第2話 投げ銭というのは一体何なのだろう
役三か月に渡る準備期間を経て、満を持して迎えたデビュー日。
久しぶりに緊張感というものに全身を支配された。その日は朝からずっとふわついていて、今でも気持ちは震え浮いている。
自宅の慣れ親しんだデスクが、どこかのスタジオかのように見慣れない。この日のために新調したPCの電源を入れた。研修で習った通りアバターの準備をする。最後に水を汲んだコップをデスクに置いた。
「これが僕……」
画面上に映し出された自分の分身。有名イラストレーター提供の事務所の肝煎りアバター。
僕が右に傾くと、画面上の僕も右に傾いた。
恐る恐る、押した配信開始ボタンを今でもはっきり覚えている。
デビュー配信は一時間を少し過ぎたところで無事終了した。
第一声は裏返ってしまって恥ずかしかった。
人生で初めて『投げ銭』というものをいただいた。見ず知らずの人たちから、まだ何者でもない僕に向けられた有償の好意。飛んできた投げ銭の総額は百万円を超えていた。
それは僕へというよりは、所属事務所へという気持ちが大きいかも知れない。
僕は何もしていないのにお金を貰うという、感じたことのない罪悪感。それに反して飛び跳ねたくなるような高揚感。本来、相容れない二つの感情が僕の中で介在していた。
名前も知らない画面の向こうにいる人たちから祝われるという不思議な感覚。
この日のために頑張ってきた三か月が報われた気がした。
Vtuberというコンテンツが世間に認知され、言わば戦国時代というかバブル状態だった。日に日に増えていくフォロワー、同時接続数。それに比例するようにサブスクライバーや投げ銭も増えていった。
向いていたのか、ただ時代が良かっただけなのか。一年後、僕は事務所を代表するようなvtuberとなっていた。
配信を開始すれば数万から数十万円が入ってくる。いつしか当たり前となった投げ銭に、いちいち感謝の意を示すこともなくなっていた。
間違えてほしくないのが、決してファンに対して感謝していないということではない。ファンがいて自分がいる。ファンに生かされている。ただ投げ銭に対して特別な何かを感じことはなくなっていた。少なくとも罪悪感は感じなくなっていた。
散々貰っておいて言うのもなんだが、投げ銭というものをどうして行うのか一年経った今でも理解できない。
投げ銭というのは一体何なのだろう。
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