第114話 君の目の前に立つのが私ならば

「これと、これが同じ絵だと判断されるんですか?」

「そう。拡大縮小は一発で見破るんだよな」

「ここまで拡大してるのにダメなんですか。じゃあ逆再生は?」

「それもわかる」

「じゃあ同じ場所で違う画角なら?」

「ちょっと角度変えて撮影してるなら大丈夫」

「へええ~~……」


 凍えるほど寒い日、俺はさくらWEBに来て、安城さんと話している。

 恵真先輩が考えたダンスが好評でネットに投稿するのが流行っている。

 どうせならその動画をさくらWEBに上げて貰おうと、安城さんはそういう番組を立ち上げるようだ。

 番組の放送時間中にダンスをUPすると、AIが自動判断して、レベルが高いと判定されたものから順に公開していく。

 判断は全てAIが行い、流れる順位は、その場で判断されていく。

 そしてスマホアプリと完全連動していて、投票もできるというものだ。

 当然だけど、踊ってみたを撮るのは大変だ。

 だから少し編集を変えて、背景にちょっと文字を足して……と同じ動画をUPしてくる人が多いだろうと判断して、動画判断用のAIが導入された。

 この動画判断システムがすごくて!

 ちょっと変えた程度では一瞬で気がついて弾いてしまう。

 俺は背景クロマキーで抜いて別の色にしてみたり、編集を変えたりしてUPしてみるけど、AIはちゃんと弾く。

 安城さんは俺の横で菓子パンを食べながら、


「進化してるのは知ってたけど、実用レベルまできてるね」

「すごいですね。これ裸とかは一瞬で判断するんですか」

「やってみるか。じゃあこの動画……ほい」


 そう言って安城さんはローカルに保存されていたエッチな動画をAI判断用のフォルダに入れた。

 どうしてエッチな動画がローカルにあるかは、まあスルーで?

 するとAIは見事に弾いた。

 俺と安城さんは「布の量を変えますか」と裸から胸だけ隠したもの、下も隠したもの、布の上から書き足したもの……など色々準備して、どんどんAIに判断させた。

 その結果布の上に絵を描いたものはAIがOK判断を出して、安城さんと「これスルーしたらダメだろ」と笑った。

 安城さんは食べ終わった袋をゴミ箱に入れて、


「このAI開発手伝ってくれたの、陽都が目指してる大学の教授なんだよ」

「へええ……こういうのもすごく楽しいですね」

「パクリ動画が増えてきたから、オリジナルだっていう判断は今一番急がれてるからな。勉強頑張れよ。AVに布貼り付けてる場合じゃない」

「安城さんがやり始めたんじゃないですか!」

 

 ものすごく器用にマーキングパス使って身体に布を貼り付けていたのに!

 安城さんは「寒いから気を付けて帰れよ」とケラケラ笑った。

 安城さんが紹介してくれた大学は、俺の学力ではかなり辛いんだけど、品川さんは「イケる、やれる、頑張れる」とずっと面倒を見てくれている。推薦枠のほうが希望ありそうで、来年に向けて本腰を入れたい。

 でも穂華さんの動画編集してるほうが楽しくてなー、集中できない。

 作業していると、ドアがノックされて恵真先輩が顔を出した。俺は軽く身体を浮かせて挨拶する。


「おつかれさまです」

「こんばんは。安城さんから居るって聞いて」

「はい、編集で。恵真先輩は、もう引っ越されたんですよね?」


 恵真先輩は上京した時は、寮に空きがなく、さくらWEBの上のスタジオに住んでいたけど、先日引っ越したと聞いた。

 恵真先輩は入り口近くの机に腰掛けて、


「引っ越したわ。今日は収録があって。正直ここからのほうが学校に近くて助かったわ。寮は少し変な所にあって、終電が早いの」

「意外ですね。夜遅くまで仕事する人が多いから、都心にあるんだと思ってました」

「川沿いにあるマンションなんだけど、駅から川まで結構あるのよね。でも完全防音のスタジオとか付いていて便利だわ」

「ああ、穂華さんが行ったって言ってました」

「そう。応募企画は残念だったけどね」


 そう言って恵真先輩は静かに微笑んだ。

 恵真先輩が出ている番組に、素人が応募するコーナーがあり、穂華さんは頑張っていた。

 結局入賞は出来なかったが、出演者や視聴者の感想は好意的なものが多かった。

 恵真先輩は髪の毛を耳にかけて、


「来た時にシュークリームを50個も買ってきたのよ。さすがに多いと思ったらすごく美味しくて。寮の子たちと一緒に食べたわ。その時にはじめて話した子もいて……差し入れも意味があるのね」


 恵真先輩は地方から東京に出てきて夢を追っている人だ。

 複雑な事情を抱えて自分を律してる人で、人との付き合いはあまり上手じゃない。

 最近やっと映画部メンバーと、特に穂華さんと仲良くなり、かなりくだけた表情をするようになってきたけれど、やっぱり固い。寮は同じ事務所の女の子たちが大勢一緒に住んでいるという。

 食堂やスタジオ完備の完全同居型の寮で、恵真先輩は少し苦労するのでは……と思っていた。

 俺はなんとなく心配になり、


「寮、大丈夫ですか。単純に人多いですよね」

「ずっとひとりだったから、正直落ち着かないわね。そもそも相部屋だし」

「そうですよね、慣れないですよね」

「もっと稼いで、上のフロアに移動したいわ。そこは家賃が発生するけど普通のマンションなの」


 どうやらそのマンションは一棟買いされているらしく、上のほうが有名な人たちが住んでいるようだ。

 たしかにセキュリティーを考えたら理にかなっている。

 恵真先輩はポケットから髪の毛を留めるヘアクリップを取り出して、


「これ穂華ちゃんの。この前うちのマンションに忘れていったの。当分会えそうにないから、渡しておいて欲しくて」

「わかりました。預かります」


 恵真先輩は推薦も決まり、学校に来る必要がない。

 恵真先輩は髪の毛を解いて、また縛り……を繰り返しながら、


「……私、人との距離感が全然分からないのよ。辻尾くんとだって、本当はもっと話したい。でも彼女がいる人はあまり話しちゃいけないのか、ふたりっきりがダメだとか、よく分からなくて。だって仕事相手よ。そういう距離感の取り方とか、普通の人がどう感じるか……が分からなくて」


 確かに恵真先輩は、察する……ようなものは苦手な感じがする。

 俺は、


「少なくとも穂華さんは、恵真先輩がダンス教えてくれるの、すごく嬉しいって、学校に来てくれ教えてくれるのも、感動してましたよ。恵真先輩のこと、尊敬してると思います」

「……そう?」

「穂華さんは、イヤだったらちゃんと言うし、わりとそのままだと思います」

「じゃあ、そのヘアクリップ、私が渡すわ。昨日会ったし、また会うの、会いすぎかもしれないって思って、辻尾くんを経由しようと思ったの」


 そう言って俺に渡したヘアクリップを恵真先輩はポケットに戻した。

 あんなに仲良くしてるように見える穂華さんに対してもこの態度……この人……本当に人との距離感がよく分からなくて苦労してるんだな。それなら穂華さんは、丁度良い相手な気がする。


「友達なら、毎日連絡しても、毎日会っても、全然普通ですよ」

「そう……友達なら良いのね。私と穂華ちゃん……友達よね?」

「いえあの、俺に聞かれても。でも聞いたら良いと思いますよ、ヘアクリップ渡した時に」

「そうよね。ライバルで恐れられたりしてないわよね」

「あの、二度目言いますけど、聞いたら良いと思います」

「そうよね、でも怖いのよ、分からないから。でもそうよね……そうしましょう……」


 恵真先輩はブツブツ言いながら部屋から出て行こうとした。

 でもふと立ち止まって俺の方を見て、


「今日は絶対雪になるわ。絶対雪になるから、もう帰ったほうがいい」

「え? 雪の予報なんて出てませんよ」

「降るわ、分かるの。雪国にずっと居たんだから、それくらい分かる」

「……そう、なんですか? 分かりました、出ます」

「じゃあね」


 そう言って恵真先輩は出て行った。

 雪が降ると東京の交通網は一瞬で死ぬ。雪国に住んでいたから分かると言われると説得力が違う。

 とりあえず穂華さんに「恵真先輩の所にヘアクリップ忘れてない?」とLINEだけ打って、俺は編集スタジオを出た。

 さくらWEBを出ると、エレベーター横に紗良さんが待っていた。

 実はマックの新商品が気になり、帰る前に一緒に行こうと約束していたのだ。

 紗良さんは鼻を少し赤くして、


「外、すっごく寒いの。冷蔵庫の中みたい」

「大丈夫? 来てくれてありがとう」

「ううん。陽都くんと手を繋げば平気」


 そう言って紗良さんはふんわりと微笑んだ。

 ものすごく可愛い。俺は恵真先輩が「穂華さんに毎日連絡してよいのか悩んでるらしい」と話した。

 紗良さんは俺と優しく手を繋いで歩きながら、


「穂華、SNS投稿はすごくするけど、連絡は結構おろそかだし、戻ってくるLINEもシンプルなのよね。SNSに全ての力を注ぎすぎてるのかしら」

「アイドルだとそういうの考えるの大変そうだよな」

「今日来られるの? みたいなのを聞いても、スタンプだけで『OK』とかするタイプね」


 俺は紗良さんの腕をキュッと握り、


「俺は紗良さんからすっごくたくさん連絡があっても、無くても、好きだから。大丈夫だからね」

「どうしたの? でも私も同じ。忙しいなら連絡しなくても良いのよ。出来るときに、たくさんしてね」


 そう言って微笑む紗良さんの頬が赤くて、俺は両手で包んだ。 

 すごくひんやりしていたので、手の温度をじんわりと伝える。

 紗良さんは目尻をふんにゃりと下げて、


「蕩けちゃいそう」


 あまりに可愛くて軽く唇にキスをした。

 紗良さんは、


「陽都くんの唇も冷たいっ」


 可愛すぎてギュウギュウ抱きしめて歩き始めた。

 でも今日は本当に寒い。俺は、手を繋ぎ直して、


「さっき恵真先輩がさ、今日は絶対雪に……」


 そう言って顔を上げたら、ビルの隙間からふわりと白い物が降ってきた。

 紗良さんはピョンと飛び跳ねる。


「雪……雪じゃない?! 陽都くん!」

「おお……これは、雪だ。すげーきれい……うわー……小さいけど雪だ、これ」


 高いビルの隙間から、小さな雪の粒がふわふわと落ちてくる。

 紗良さんは「きゃーー!」と言いながら、雪を追いかけて掌にのせた。

 そして俺の所に走ってきて、


「ほら、雪っ!」

「雪だ。おおーー。マジで降った。雪国出身の人のカンはすごいな」

「恵真先輩が言ったの?」

「そう、今日は絶対降るから、帰ったほうが良いって」

「そうなんだ、すごい、当たってる! わあ、結構降ってきた」


 紗良さんは落ちてくる雪を「えいっ」と言って手袋に触れさせて集めて、俺に見せた。

 そのぴょんぴょん移動している姿が可愛くて、俺は動画に収めた。

 積もったら大変だからと今日のマックは諦めて帰ることにした。

 駅にくると、紗良さんの頭にふわりと雪が乗っていた。髪の毛の隙間に優しく白く。

 俺はその雪を丁寧に払った。

 紗良さんは目を閉じてその時間を待ち、ゆっくりと目を開けた。


「……取れた?」

「うん、大丈夫。行こうか」

 

 乗り込んだ電車からも雪は見えるほど降り、数分で止んだ。

 俺と紗良さんは手を繋いで電車の中からそれを見た。

 今年の初雪をふたりで見られた。

 それはものすごく大切で、なんだか甘いこと。









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6/7に「いつもは真面目な委員長だけどキミの彼女になれるかな?③」が発売されました。

すでに読んで頂けた方からも好評な感想を頂けて、わりとなんというか、かなり大変なスケジュールだったんですけど、頑張って良かったなあと思いました。

三巻できれいにまとめましたので、まだの方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです


カクヨムの方も、一週間に一度★をもらうとオススメに乗れる(TOPページに載れる)らしいので

こちらもご協力頂けると助かります。

よろしくお願いします!

 


 

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