第113話 親友だけど師弟関係で、それでいて迷いの無い

「全然無理、嘘みたいに難しい。こんなの絶対できない」

「いや、前よりかなり良いけど」

「俺もそう思う」

「ぜんぜんっ、ダメです、恵真先輩の足元にも及ばないっ!!」


 そう言って穂華さんは旧音楽室の床に倒れ込んだ。

 放課後、穂華さんに頼まれてダンスの撮影をしている。平手も一緒だ。

 最近さくらWEBで新しい番組が始まった。それは4BOXのダンス版のようなもので、四人のダンサーが自分のダンスを考えて、最も人気が出たものを四人で踊る番組だ。

 思考が全く違う四人が曲を考えるところから始まり、人気が出始めている。

 その番組に恵真先輩が出ていて、これがもうすごい。

 恵真先輩が考えたダンスは、一部がものすごく特徴的な動きをしていて、それがエロカッコイイ。

 そこは30秒程度に収まっていて、そこを真似て踊り、投稿する人が増えてきた。

 恵真先輩は頭が良いから、ダンスを考える時点でそれを狙っている。

 30秒だけ誰にも出来て、それでいてキャッチーな動きを。SNSでウケることを前提に考えてるんだ。

 その思考も強いし、ダンスも上手いし、話してみればキャラも強いし、メンタルも鬼強い。

 だから四人の中でダントツに異彩を放っていて、どんどん人気が出ている。

 穂華さんも踊って自分のSNSにあげようとしてるんだけど、苦戦しているようだ。

 平手は撮影された動画を見ながら、


「いや、マジでかなり良い……というか、同じ物じゃないけど良いって感じ」

「それじゃダメなんですよねー。踊ってみたの場合は、完コピが一番良いです。でも恵真先輩のダンスマジで完コピ無理です」

「腕の使い方が違うのよ」

「恵真先輩!」


 声がして入り口付近を見ると、そこに恵真先輩が立っていた。

 穂華さんは駆け寄る。


「恵真先輩! 学校来てるの珍しいじゃないですか」

「そうなの。忙しくて。でも穂華ちゃんに会いたくて探したらここだって言うから」

「マジすか。嬉しいっス!」

「さすがに忙しすぎるわ。美味しくて甘いものも食べたくて」

「いいっスね。ダンス教えてくれたらとっておきの場所教えますよ!」

「あら……踊ってる本人に直接お願いするなんて、贅沢ね。あ、これはさくらWEBから言われてるけど、私が他の場所で踊ってるのをSNSにUPするのNGだから。それでも良い?」

「ぜんぜん良いです、よろしくお願いします!!」


 そう言って穂華さんは頭を下げた。

 今恵真先輩は売れはじめてるのもあって、とにかく忙しく、学校で全く見ない。

 三年生だし、ウチの大学に推薦で行くのが決まっているから、仕事に本腰を入れているようだ。

 そんな状態でも学校にきて、穂華さんを探すとは……仲良しなんだなあと思う。

 恵真先輩は制服の上着を脱いで、腕を捲った。

 そして音楽と共にスッと腕を動かして、踊り始めた。

 ……やっぱり別格なんだよなあ。よくわからないけど、空間が狭く感じる。

 同じダンスなのに、全然違う。一度決めたポーズがぶれない。これは筋肉なのかな?

 よく分からないけど、穂華さんとは格が違うのは分かる。

 穂華さんは横で真剣な表情で見ていたけれど、すぐに立ち上がり、


「角度だ。角度が違うんですね」

「あと腰の入れ方かな。腕よりほんの少し早く、カメラ角度に対して、こう」

「なるほど、わかります」


 そう言って横に立って、貪欲に練習していく。

 穂華さんと恵真先輩はたっぷり一時間おどり「じゃあ甘い物食べに行ってきますー!」とふたりで出て行った。

 仲が本当に良い。こう……ものすごく上手な人がいて、その人に到達できなくて。

 そうなると普通に嫉妬すると思う。どうしても勝てない、イヤになる。

 それが普通なのに、穂華さんは素直に懐いてて、習える時は貪欲に吸収しようとする姿勢……すげぇ良いなと思う。

 平手は映画部の部室のPCにデータを移動させながら、


「分かる。だからなんか手助け出来ないかなって思うんだよね」

「なんか手伝いたくなるよな、ストレートに頑張り屋さんだから」

「そうなんだよ。前向きでさ。でもこれに差があるのはダンスに詳しくない俺も分かるんだよな……」


 平手は動画を編集しながら言った。

 まあ上手いんだけど……その後に撮った恵真先輩のバエっぷりはちょっと異次元だ。

 俺と平手は穂華さんを売りたい委員として、何か手助けをしたいよなあと動画を編集しながら話した。

 映画部のPCは最近、もう穂華さんの動画を編集するのにしか使ってなくて、平手と「相変わらずの穂華さん応援部だな」と笑いながら編集した。




「最近穂華すごいのよ。体操教室が終わったあとに友梨奈捕まえて一緒に練習してるの」

「いや、最近はすごく集中してるなって平手とも話してたんだよ」


 俺と紗良さんは学校帰りのマックでポテトを食べながら話していた。

 騒がしい夕方のマックで、後席の人たちの笑い声が響いた。

 紗良さんは俺に少しだけ身体を寄せて首をコテンとさせて微笑み、


「……えへへ。こっちのが陽都くんの声がよく聞こえる」

「夕方だと仕方ないよね。しかしマックのポテトは譲れない、旨すぎる」

「わかるっ! この色々あるチキンナゲットのソース移動してると、無限に食べられちゃう」


 そう言って紗良さんはバーベキューソースを付けたポテトを口に運んだ。

 最近は学校帰りやバイト終わりにマックでポテトを食べるのにハマっている。

 紗良さんはジャンクフードに目覚めたようで、色んなお店のポテトを食べていると笑った。

 そしてオレンジジュースを飲み、


「この前ね、穂華と私と恵真先輩で商店街を歩いてたんだけど、恵真先輩近所の女子校の子達に声かけられて」

「ああ、最近すげー人気出てきてるもんね」

「そうなの。それで穂華にスマホ渡して、恵真先輩と写真撮って下さいって言うの」

「あー……なるほど、ちょっとキツいね」


 紗良さんはポテトを口に運んで少し俯いて、


「穂華もアイドルだから辛いんじゃないかと思って。でも笑顔で対応して偉いなって思ったの」

「うん」

「でも偉くなんてないの! その後強引に私の部屋に乗り込んできて『私もアイドルなのに、ちくしょーーっ!』って暴れて」

「あはは、なるほど」

「靴下も脱がないで制服のまま私のベッドで暴れてね」

「あー……」

「布団もグチャグチャにされて部屋にあったお菓子を全部食べられて」

「あー……」

「叫ぶだけ叫んで、暴れるだけ暴れて、勝手に帰って行ったわ」


 そう言って唇を尖らせる紗良さんが可愛くて俺は思わず笑った。

 俺は紗良さんの手を握って、


「穂華さんは紗良さんの前だけでは甘えてるんだね。外では言わないように気を付けてるんだ」

「陽都くんと食べようと思って取っておいたクッキー、全部食べちゃったのよ。もう酷いんだから」

「あははは!」

「口とか身体にクッキーのカケラ付けたまま、私の布団の中から出てこないし!」

「……それはちょっと蟻が出そう」

「そうなのー、そうなのそうなのー! 分かってくれる? もう困っちゃうの! だから蹴飛ばして追い出したの!」

「蹴飛ばして!」

「そうでもしないと出て行かないの、ポテチまで開封してたのよ、お布団の上で!」


 紗良さんはそう言ってむくれた。

 穂華さんの前では文句を言うお姉さんで、それに甘えてる穂華さんも何だか良いなあと思った。

 数日後、また穂華さんから「ちょっぴしコツを掴んだのでお願いします!」と頼まれて、旧音楽室で撮影をした。

 この前より全然よくて俺も平手も「すげーな」と話しながら撮影した。

 穂華さんは汗をかいてお茶を持ち、床に座ってスマホを取り出した。


「私この前、事務所のインタビュー番組出たんですよ。新人の子たちを紹介する番組で」

「へえ。すごいじゃん」

「この動画、SNSで恵真先輩がRTしてくれて、めっちゃ見て貰えたんですよね」

「ほんとだ。すげーRT回ってるな」

「でもこっちのダンス動画はRTしてくれない」

「……なるほど」


 穂華さんのSNSのTLの中には、インタビュー動画や、ダンス動画がUPされていたけれど、そのインタビュー動画だけRTが回り見られていた。そもそも今大人気の恵真先輩のフォロワーは、穂華さんの数倍いた。

 俺はこの前紗良さんから聞いた話を思い出して、チラリと穂華さんを見た。

 本当はすごく悔しいはず……なんだよな。

 穂華さんはグイッとお茶を飲んで顔を上げて、


「恵真先輩は、私に同情全くしないんです。それがむしろ、嬉しいんですよね」

「……嬉しい?」

「そう。同情されてないのって、嬉しいです。余地があるというか、バカにされてないというか。やっぱ結局実力ないと、そこに上げられても意味がないんですよね」

「なるほど」


 穂華さんはスマホを落とし、


「叫んで悔しがって、でも踊るしかない。そこまで行きたいなら。私の司会とかは認めてくれてる。でもダンスは認めてくれてない。でも教えてくれてるから……ここまで来いってことですよ。燃えません? こうなったら食い下がりますよ」


 そう言ってペットボトルの蓋をキュッと閉じた。

 横でスマホを見ていた平手が声を上げる。


「恵真先輩が出てる番組、企画やるって。四人が踊ったダンスの踊ってみたアップして、四人が見る企画」

「マジですか、いつです?!」

「二週間後が締め切り」

「うわあああ……すぐだ、すぐすぎる。間に合うかな。あ……だから教えにきてくれたのかな、恵真先輩。だとしたらありがたすぎる……うわー、間に合うかなー」


 そう言って穂華さんはお茶を置いて立ち上がった。

 それは専用サイトも準備されていて、そこに動画を各自アップしているようだった。

 さっそく何人かが踊ってみたをアップしている。企業のサポートも入っていて、少し大きめな企画のようだ。

 平手はカメラを立ち上げて、


「手伝うよ、編集。なるべくたくさん動画をアップしよう」

「よろしくお願いします!」


 そう言って穂華さんは平手に向かって頭を下げて踊り始めた。

 なんとなく恵真先輩は、この企画が終わるまでは旧音楽室に来ない気がする。

 企画を知っていて、最後に教えに来たのかもしれない。

 恵真先輩のサイトを見ていたら『この前、久しぶりに甘い物食べた!』と積み上がったパンケーキと生クリームがアップされた。

 友達? 甘い物仲間? それでいて師弟関係? 

 よく分からないけれど、こういうのはすげー良いなと思う。

 


 

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