三巻発売記念 追加パート
第111話 紗良と陽都と、夏休みの宿題
夏休みが終わるまで、あと一週間。
まだ残暑が残る外から逃げて、冷房が効いた図書館の中。
俺は机に倒れ込んだ。
「ああー、疲れた」
夏休みは、さくらWEBに行ったり、紗良さんとデートをしたりして楽しんだ。
楽しんだけれど宿題もある。色々あって全く手を付けてないまま、ここまできてしまった。
俺は机に倒れ込んだまま、横に座っている紗良さんを見て、
「紗良さんも忙しかったはずなのに、もう終わってるとか偉すぎる」
「毎日やる量を決めて、やる時間も決めて終わらせたの。出来ない日もあるから、後ろの十日間は計算に入れてないの。だからもう終わってるわ」
「……やっぱりスゴすぎる」
同じ高校にいて、出会い、付き合っているから忘れてしまうけれど、紗良さんは学年テストで常に五位以内の成績上位者で、すごく優秀だ。俺はうん、真ん中より下くらい?
紗良さんは三つ編みを肩の後ろに回して、
「むしろ貯めるとか、後回しとか、スケジュールがないのが怖いの。陽都くんの映像作りみたいに、時間を忘れて何かに集中する……ってことが無いからかもしれないわ」
「いや、ちゃんと時間を決めて勉強できる時点で集中出来てるとおもうけど」
紗良さんは俺のほうに椅子ごと近づき、
「楽しくて宿題してなかったなら、仕方ない! じゃあ今日はここまでにしてお昼ご飯食べにいく?」
そう言って小首を傾げた。
俺は机に転がったまま、紗良さんの細い指に触れて、
「マック?」
紗良さんはふにゃりと笑って、俺の指を握り返して、
「マック!」
と笑顔見せた。
紗良さんはもう宿題が終わっているので、俺に付き合わなくて良いんだけど「塾の宿題が無限にあるの」と横でずっと勉強して、俺が夏休みの宿題で引っかかると教えてくれた。ありがたすぎる……。
荷物を片付けて図書館を出ると、むわっと熱い空気に身体が包まれた。
紗良さんは着ていた上着を脱いで、
「すごく暑いわ」
「もう学校始まるのに、この気温で制服着るとか、地獄すぎる」
俺たちは手を繋いで話しながらマックに行き、お昼ご飯を買った。
紗良さんはいつも通り、願い石があるベンチに行こうとしたが、俺は反対方向に誘った。
紗良さんは周りをキョロキョロ見渡しながら俺に付いてきて、
「こっちのほうにも公園が続いてたのね、全然知らなかったわ」
「俺も知らなかったんだけど、小道があってさ。住宅街の裏に出るんだよ。便利で最近使ってる。それで何よりさ……」
俺は紗良さんを連れて小道を歩いた。
両側には木々が生い茂り、次第に足元は舗装されていない状態になる。
でも踏みならされていて、そこまで危なくない。
俺は紗良さんと手を繋いで、サポートしながらゆっくり歩いた。
歩いて数分経つと、紗良さんが嬉しそうな声を上げた。
「川! 川があるわ、陽都くん。あっ、願い石の池に流れ込む川なのね」
「そう。この公園少し行った所に、源泉? みたいなのがあってさ、小さな川が公園内にあるんだよ。それでここに小さなベンチがあるのに気がついたんだ」
「わあ、木陰で川があるから、涼しい」
「ね。願い石の所は日なたで暑いから、今日はここで食べようと思ってたんだ。穴場。蚊が多いからさ。ほらこれも持って来た」
俺はカバンから電動蚊取り器を取りだした。
電池が付いていて、それでファンを回すもので、品川さんが「子どもに付き合って公園行くと無限に蚊に食われるけど、コレしてたら大丈夫になった」と言っていたものだ。
紗良さんは目を輝かせて、
「なんかピクニックみたいで楽しい!」
「涼しいし、夏の間はこっちのが良いかなと思って。坂を上らなきゃいけないのが大変だけど」
「今日は運動靴だし、これくらいの道ならヒールでも全然大丈夫だよ」
そう言ってすらりと長い足を持ち上げた。
今日の紗良さんは大きめのTシャツにショートパンツ姿だ。
最近紗良さんは変装はしないけど、優等生の紗良さんでもない、開放的な服装が多くて可愛い。
電動蚊取り器を動かしてマックを食べた。
森の中にある小さなベンチで、横には小川。コンコンと水が湧き出ていて、見ているだけで面白い。
湧き出す水だから一度も同じ動きをしないのが面白くて、ご飯を食べ終わった紗良さんは間近でそれを見ていた。
俺は食べ終わったゴミを片付けて紗良さんを呼んだ。
「ここでお昼を食べようと思っていたから、持って来たんだけどさ」
「え、なになに? 折り紙?」
「これ、濡れない折り紙ってやつなんだ」
「え。すごい。何かコーティングされてるね」
「配達した時に折り紙で船を作って流して遊んでる子どもたちを見たことがあってさ。それを紗良さんとしたら面白いんじゃないかと思って」
「船を流すの? 川に? え、すっごく面白そう!」
そういって紗良さんは折り紙を手に持った。
この川は浅くて細い。その川が周辺に何個もあって、それが合流して願い石の池まで続いているのだ。
川の最後はゴミ防止用の柵があるので、そこで船が止まるだろうと思って持って来た。
紗良さんは「折り紙で作る船……これはYouTube先生の出番ね!」とさっそく検索をはじめた。
何個も紹介動画があったんけど、ひとつはハサミが必要で、ひとつはホチキスが必要だった。
そこまで準備してなかったので、折るだけで作れるものを選び紗良さんと折り始めたんだけど……。
「ちょっとまって陽都くん。この塗れない紙って想像以上に折れないのね」
「濡れないようにコーティングされてるわけだから……あ、石で折り目を付けるってどう?」
「ナイスアイデア!」
そう言って紗良さんは落ちていた石でしっかり折り目を付けながら、ボコボコしているベンチなのに全くズレず、しっかりと正確に船を折っていく。やはり性格が出る。
俺はなんというか、こういうのはどうしても得意じゃないので、まあなんとなく。
コーティングされてば何でも浮くし? 流れるし?
「これでここを平らにしたら……できたーーー!」
そう言って紗良さんは出来上がった船を掌に載せた。
それはYouTubeに出ていた通り、キッチリと仕上がった船になっていた。
紗良さんは俺のほうに来て、
「陽都くんの船は? 私が赤色でね、陽都くんが白で、並べたら可愛いかなって思ってその色にしたんだよ?」
「出来た」
「陽都くんちょっとまって、なんでこっちが細いの?」
「分からないけど、紗良さんが作ってるの横で見ながら、同じように作ったらこうなった」
「ダメ、面白い、左右で何か違うよ?」
「まあ浮くよ、浮く。だってコーティングされてる紙だし」
「うーん、まあそうかも! わあ、楽しみ。ね、あっちに水たまりあったから浮くか試してみない?」
すぐに川に流さず、テストするところが紗良さんらしい。
俺たちは船を持って小さな水たまりにきた。
源泉から出た水が少しだけ貯まっている所みたいだ。
そこに船を置くと、紗良さんの船も、俺の船も全く安定せず、一瞬で転覆してふたりで叫んだ。
調べると少し重しを乗せると良いようだ。石を船に乗せてみたら、それでもひっくり返った。
紗良さんが思いついて、真ん中縦に小枝を乗せてみたら安定して浮いてふたりで拍手してしまった。
紗良さんは、
「これでちゃんと流れるね」
と目を輝かせた。俺たちは船を持って川が始まっている所にきた。
俺はさくらWEBに出入りし始めてから、撮影が楽しくて仕方が無い。
船が流れる動画とか、撮りたすぎる! なので紗良さんにふたつの船を流してもらい、俺は撮影することした。
俺がスマホを構えると、紗良さんは川のすぐ近くに膝を抱えて丸まった。
「陽都くん、良い? 流すよ?」
「オッケー、いいよ」
「これたぶん、置いた瞬間にバーーッと流れちゃうんだよ? 大丈夫?」
「ふたりで追おうか」
「今日運動靴で良かったっ! じゃあ置くね……はいっ!」
紗良さんが川に船を置くと、一気に船が動き出した……のは紗良さんの船だけだった。
俺の船はすぐにグルンと反転して、川に沈んでしまった。見た目通りのダメさ。
紗良さんは川辺を走り出した。
「キャーー、陽都くん! 私の船、動いてる、すごい、グングン進む」
「頑張れ俺の船! 浮き上がれ、諦めるな!」
そう言ってカメラで寄ったら、沈んでいた俺の船は水中をグリングリン回転しながら進み始めた。
えーー? 紗良さんはケラケラと笑い、
「陽都くん、進み始めたよ、すごい速い」
「潜水艦みたいだけど、まあいっか。追おうか」
「うん!」
俺たちは船を追って川辺を走った。
紗良さんの船は石を乗り越えて順調に流れる。
「紗良さんの船すごい安定して進んでるじゃん」
「そうなの……って、あーーっ、止まっちゃったよ、なんで?!」
見ると紗良さんの船は、石と石の隙間に引っかかり動きを止めていた。
少しつつけば動きそうなんだけど……。
俺は川縁に落ちていた長い木の棒を持って、
「そんな時は……ほら、これで上からツンツンするんだよ」
「えーーっ、届くかな? 大丈夫? 私、川にぼちゃんってしない?」
紗良さんはそれを持って不安そうな顔を見せた。
その間に、俺の沈んでるのになぜかやたら進むのが早い船が回転しながら追い抜いて行った。
「えーーー?! コークスクリュー君、速すぎない?! あっちが正解なの?! もう負けちゃうっ! 陽都くん手を繋いで?」
「コークスクリュー君? いつの間に俺の船にそんなカッコイイ名前が……?」
「陽都くん、ほら、はい。絶対離さないでね?」
紗良さんは俺のほうに不安そうに手を伸ばした。……可愛い。
俺はその小さい手をギュッと握った。紗良さんはその状態で川のほうに身体を動かして木の棒を限界まで伸ばした。
小さな川なんだけど、それなりに高低差はあるわけで、落ちたら当然全身ずぶ濡れだ。
なにをこんなムキになって……と思うけど、途中で止まるとイラッとするのは間違いない。
「あとちょっとだよ。陽都くん、こう……もうちょっと、あと20センチくらいみょんって腕を伸ばせないかな?」
「紗良さん、ちょっと、踏ん張りが利かなくなるから、そんな面白いこと言わないで」
「もうちょっとなの、ちょっとだけ腕が欲しいの」
「あはははは!!」
「ん~~、あっ、流れたっ、流れたよ陽都くん! 流れたーー!」
そう言って紗良さんは身体を戻して、俺にぎゅうと抱きついた。
その目は今まで見たことが無いくらいキラキラしてて、髪の毛がモジャモジャになってて。
遊ぶのが本当に好きなんだなあと思う。
俺の船は、再び川に潜ってしまって、もう船というより高速移動する潜水艦だ。
挙げ句の果てには大きな石に潜って姿が見えなくなってしまった。あれはもう救えそうにない。
紗良さんの赤色の船は深い森の細い川をぐんぐんと流れていく。
「すごくちゃんと流れてる!」
と川縁を叫びながら走って行く。
そして段差も乗り越えて、ゴミ防止用の柵がある所まで流れ着いた。
紗良さんはそれをみて目を輝かせて、
「陽都くん、ここまできたよーーー!」
「やっぱりちゃんと作ると流れるんだな。俺のコークスクリュー君は潜っちゃってもう見つけられないや」
と、話していたら上流からゆっくりと俺の船が流れてきた。
それを紗良さんが掴んで目を輝かせる。
「陽都くん、ほらコークスクリュー君も流れてきたよ!」
「……おお。石に阻まれてもう無理かと思ったけど、よくぞ抜けて……」
絶対に無理だと思ったのに、なんとかたどり着いたようだ。
俺も船を持ち上げた。潜水しまくったわりには形を保っているというか、むしろ研ぎ澄まされて細くなっていて笑った。
これが最終形態……!
紗良さんは川辺を歩いてベンチに戻りながら、
「あー、すっごく楽しかった。他の船も作ってみたい! YouTubeに何個もあったよね。発泡スチロールとかで作ってみたい!」
「すごい本格的。夏休みの宿題みたいだね」
「小学校の時、何した? 私、湿度計算機作って、毎日測定してたの」
「えー……? 俺スーパー泥団子」
「なにそれ気になるっ!」
紗良さんは汗で少し濡れた髪の毛をハンカチで拭きながら笑顔を見せた。
そして、学校が始まるからもう来れそうにないね、もっと早くくれば良かったと話しながら
「でもね、学校が始まるのなんてイヤだったけど、陽都くんと知り合ってから学校が楽しいの」
「……俺もそう思ってた」
俺たちは手を繋いで荷物がある所まで戻った。
紗良さんがいれば、どこだっていつだって楽しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます