第108話 朝お弁当と、白き神

「こればっかりは、心の奥底から、ずるいって思っちゃう!」

「いやー……紗良さん、ゴメン。俺、すげー嬉しかった」

「ずるいーー!」


 そう言って紗良さんは唇を尖らせた。

 今日は文化祭本番だ。

 苦手なダンスで、朝から憂鬱……なはずだった。

 でもなんと。スパイダーのサイトを作り、動画をアップした映画部としての功績が認められて、俺と平手は撮影係に任命された。

 踊らなくて済むと平手と「うおおおおお!!」とその場でエビのように飛び跳ねて喜んだら、先生が「冒頭5分は踊って、途中から抜けて」と言われた。

 なんで……?

 聞いたら「全く踊らない生徒が居ちゃいけない」の一点張り。

 PTAにいる中園母情報によると「だったらウチの子も踊らない」というのを防ぐためらしい。

 なるほど。ちょっと穴が開くと、みんなそこから逃げていくみたいな理論?

 なんだよそれ……と思ったけれど、あのダンスは合計で20分以上ある長丁場なので、五分で抜けて撮影に回って良いなら、それだけで嬉しいと受け入れた。

 編集作業もあるけど、もう気楽で気楽で!

 紗良さんもあまりダンスが好きではないようで、それを聞いた時からずっと「ずるい~」と言っている。

 そうやって口を尖らせて文句を言っている姿もすごく可愛い。

 文化祭は午後もあるので、お弁当持参なんだけど、俺は撮影関係で忙しくて紗良さんと一緒に食べられそうにない。

 そう言ったら「じゃあ朝お弁当にしない?」と提案されて、朝からこうして部室に来た。

 紗良さんはソファーをたんたんと叩き、


「陽都くんっ、持って来たよ? 食べよう? 私も一緒に朝お弁当しようと思って食べてないの」

「楽しみにしてた!」

「えへへ。最近色々作るの楽しくて、ハマってるの」


 紗良さんはカバンから正方形のお弁当箱を取り出して見せてくれた。

 中には唐揚げといなり寿司とが入っていた。

 まず唐揚げを食べると、


「ん、スパイシーなんだけど、塩かな、なんだろう、少し違う味がじゅわっと出てきて美味しい」


 そう伝えると紗良さんは目を細めて、


「実はこの前、ついに店長さんと一緒に噂のスパイス屋に行ったの」

「げ。いつの間に」


 俺がバイトしてるからあげ店の店長はスパイスが大好きで、地下にある謎のスパイス屋に出入りしている。俺は慌てて、


「大丈夫だった? 俺二時間くらい木の妙な棒でゴリゴリする係やらされて、次の日腕が痛かったんだけど」

「あっ、私も使ったよ、その魔女みたいな棒!」

「そう、妙に上に長くて、上でくるくるしてる変な棒。なんだよあれ」


 「これで擦れ」と渡された棒は、ただの棒じゃなくて、魔法のステッキみたいに上がクルルンとなってる妙な棒で、紗良さんもそれを使ったと笑っていた。どうやらスパイスの粉が入り込まない特殊な木で? スパイスを擦るのにはあれが必需品らしい。

 紗良さんはそこのお店で貰ったスパイスで作るからあげにハマったらしく、


「すっごく陽都くんに食べてほしかったから!」


 と笑顔を見せた。それは本当にジューシーで美味しくて最高だった。

 俺はもう一口食べて、


「それにベタベタしてなくてカラッとしててすごい」

 紗良さんは俺にズズイと顔を寄せて、

「この粉。この前パンケーキの時に店長さんから頂いた粉なの。世界中の色んな粉があるお店があるんだって。これ豆の粉なのよ」

「へえ~~~。紗良さん、店長にマジで色々習ってるんだね」

「配合が色々あってね、陽都くんのお店の唐揚げ、いつ食べても美味しいなあと思ったら、付けている粉が普通の片栗粉じゃないの。三種類くらい混ぜてるのよ、すごいー!」


 そういって紗良さんは俺の前で手をパチパチと叩いた。

 紗良さんは夏休みにゲーム配信をしていた時も思ったけど、わりと凝り性でそんな所もすごく可愛いと思う。

 次にいなり寿司を俺に見せて、


「これ! 陽都くんのお母さんが作ってたのすごく美味しかったから、それにウチのバージョンも足してみたの」

「バージョンを足す……?」

「食べてみて?」


 一口食べてみると、うちみたいに炒り卵が入ってるんだけど……。


「ん、甘い挽き肉が入ってる」

「そう。うちのお稲荷さん、昔お肉入ってたなーって思い出して作ってみたの」

「美味しい」


 俺がそう言うと紗良さんは目を輝かせて「陽都くんのお母さんのお稲荷さん食べて思い出したのー!」と微笑んだ。

 そんな風に考えて作ってくれるの、すげー嬉しい。全部美味しく食べてお茶を飲んでいたら、平手が来た。


「辻尾くん、吉野さん、おはよう。早いね」

「おはよう、平手」

「あっ、お仕事はじまるね。じゃあ私は頑張って踊ってくる」


 そう言って紗良さんは映画部の部室から出て行った。

 もう今日は夕方まで会えないから淋しくて廊下に出て見送ったら、紗良さんは自然と振り向いて緩い三つ編みをふわふわと揺らして手をふってくれた。マジ可愛い。頑張ろっと。

 俺と平手は「さてやりますかー」と準備を始めた。

 文化祭のスパイダーは、一年生から三年生、全員が踊るので、規模がハンパない。

 それを今までは二階に置いたカメラだけで撮影してたので、迫力も何もない。

 ただ映画部がちゃんと活動していた時は、カメラを数カ所に置き、編集していたので、それを参考に場所を決めた。

 平手が映画部から持って行ったカメラを取り出して、


「これパンケーキの撮影で借りてた。データ今出しちゃうわ」

「お。どうだった、撮影」


 先日俺と紗良さんはバイト先の店長が作ったパンケーキを食べに行ったけど(とんでもなく腕を上げていて、まるくてシュワリと消えて美味しかった)、平手と穂華さんたちは都内の店に行ったと聞いていた。

 平手は動画データをPCに移動させながら、自分のスマホを取り出して写真を何枚か見せながら、


「やっぱり穂華さんは空気読むのが上手いんだよな。集合写真撮る時も恵真先輩を立てるんだよ。でもハシャぐ時は一緒にはしゃいでさ、分かってる動きするから撮りやすいよ」

「やっぱりカンが良いんだよな。でもなんつーかあれだよな、でも主役がいるから輝くみたいな所があるよなー、なんだろこれ」


 俺と平手は「うーん」と頭を抱えた。

 JKコンのスピーチはもちろん素晴らしかったけど、ダンス部の柊さん、それに吹奏楽部とかに助けられた部分が大きい。

 そして今は恵真先輩の強烈さを見事に引き立てているように見える。

 その場の力関係を読んで立ち回るのが、すごく上手い二番手で輝くタイプだと思うんだけど、そんなのどうやって主役にすればいいのか分からない。

 平手は作業をしながら、


「俺はやっぱ穂華さんの良さを伝えたいなあと思うんだよな」

「わかる。そして難しさも分かる」

「でもドラマとか見てると、主役はひとりだけど、クラスメイト役は結局30人必要じゃん? そっちなら穂華さんのが強くないのか?」


 平手は、こうしたら良くないか? と俺と熱心に話した。

 平手はたぶん穂華さんのことを好きというより、自分の力でちょっとでも売れてほしいと思ってる。

 JKコンの時、すげぇ気持ち良かったんだよな。分かる。でもムズい。わからん。

 とりあえず色々やってみようぜと俺と平手は話しながら作業を続けた。




 抜けるような青空に、吹奏楽部が吹き鳴らすトランペットの音が響く。

 文化祭が始まる。

 でも体育祭の時のように生徒たちは浮き足立っていない。どちらかというと「げんなり顔」をしている生徒のほうが多い。

 感覚的には、参加しないと単位が貰えない体育の授業。

 保護者や、外部の人間が見に来ることができないのも地味さが増す。それなのに内容が面倒を極める。

 この土地に奉納する踊りという体があり、学校近くの神主さんが奉納? 歌? なんだかよく分からないものを読み上げてから始まる。

 学校付近の人たちもスーツ姿で集まっていて、学校の行事というより、地方のお祭りの一部という感じがする。

 これをしなかった年に校長が病気でぶっ倒れた歴史があるらしく、一年の穢れを払い、次の一年を迎えるこの土地の文化として根付いているようだ。元々この土地にいた人たちが関係してて奉納としての意味がある……と神代監督はインタビューで言っていた。

 奉納って言ってるけど、エンタメに持って行ったの神代監督だけど、それはいいのかな。よく分からない。


 神主さんの歌みたいのが終わった後、太鼓の音が鳴り響いて、奉納の踊り……まずは一年生が踊り出す。 

 一年生は入学直後からこの練習をさせられるから、マジでヤバい。

 青と白と紺色と紫のTシャツを着て、指定された場所に向かって踊りながら移動する。

 これが引き絵で見ると波みたいに見えると知ったのは、引き絵の録画を見てからだ。

 去年は中園と「わけわからん」と嘆きながら適当に移動したことしか覚えてない。

 そして二年生の俺たちがそこに参加していく。俺たちは緑、黄色、ピンクをメインしたTシャツを着ていて、たぶんこれは切り崩されていく山なんだ。一年生が流れるような動きをするなかで、俺たちはまとまっていた真ん中から、どんどん切り崩されるような動きを断続的にする。

 これはもう、前のヤツについて動けば良いので簡単……ではないんだけど、俺でもなんとかなる。

 そして波にのまれて吐き出されるように、俺たちは演舞の外に出た。

 うおおおお無罪放免、踊った踊った!!

 俺と平手はTシャツを脱ぎ捨てて、そのままカメラを掴んで撮影位置に移動した。

 今日はiPhoneではなく、映画部にあったデジタルカメラで撮影することにした。

 近くから撮影するにはiPhone一択だけど、ズームした時の映像が汚すぎる。

 ホタテさんに聞いたら、デジタルカメラが現役で、遠くから撮るならそれが一番だと教えてくれた。

 そして絶対三脚を使うこと。部室には無限の三脚があり、良さそうなものを見繕ってセッティングした。

 すべてがはじめての体験だけど、やっぱり撮影は楽しい。

 三年生はその山から崩れ出てきた……たぶん、呪いとか、祈りとか、何かそういうものをダンスで表現している。

 波が踊り、山が崩れ、そこからあふれ出してくる赤や黄色の原色カラーを着た三年生たちが、四人一組で複雑なダンスをしながら雪崩のように出てくる。

 三年生は100人以上いるのに、全員がしっかりと意志を持って踊る姿は圧巻だ。

 そして最後に真ん中を突き破るように、ダンス部メンバーが出てくる。

 全員黒い衣装を着てるけど、スパイダーを踊る柊さんのみ、全身真っ白で、顔にも白い顔料を塗っている。

 同時に100人の動きがピタリと止まる。俺はまっすぐにこっちを見て歩んでくる柊さんをカメラでとり続けた。

 糸が切れたように放たれて踊るその姿は、この土地を治める神さまそのものだ。

 蜘蛛のように祈るように、すべてを連れて、まき散らして、暴れ続けるその場所を押さえつけるような踊りで、ダンス部メンバーと共に踊る。そして三年生の中を、断ち切るように動く。

 自分こそが神なのだと、その場の全員に知らしめる。

 去年はここら辺でもうグラウンドからアウトして地面に転がっていたので全然知らなかったけれど、ここまで長く、ダイナミックな踊りが続くのかと驚かされる。柊さんが動くと、それを包み込むようにダンス部メンバーが動き、波紋のように三年生が散るように動く。

 その波はどんどんと広がり、その地を広げていく。

 そして大きな太鼓の音と共に雷をその手で掴んで、蛇のように広がった真っ黒な髪の毛が風を飲み込んで大きく広がり、柊さんがセンターに立った。

 真っ白な衣装に紺碧の空、そして天を突き刺すように伸ばした指先まで、なにひとつ迷いはなく美しい。


 これがスパイダー。 


 柊さんはどうしようもなく気持ち良さそうに、染み出すようにゆっくりとニタリと笑って、その顎筋を白く濁った汗が撫でるように落ちていった。

 それをカメラ越しに捉えた俺の背中をゾクゾクッ……とした感覚が上っていって、身震いした。

 きっとグラウンドにる全員が、ふ……と息を吐いたその瞬間に一年生と二年生が一斉に拍手する。

 地面が揺れて、その音が波のように広がっていく。これはお世辞の拍手ではなく、心が勝手にする拍手だ。

 それを充分に受け取った頃、柊さんが立ち上がり、そしてダンス部、そして三年生が頭を下げる。 

 マジですげえ。これは奉納だ。なんか神様に捧げた感じする。

 俺と平手は撮影しながら心に決めた。

 これをものすごく良い一本にして、来年このダンスをするのを回避する。 

 俺たちは撮影終わりにそれを固く誓った。

 絶対にこんなの踊りたくねー! 無理無理。

 なによりまたこれを撮影したい。

 コンテが頭の中に浮かんで楽しくて仕方が無い。





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