第94話 スパイダーの謎と、穂華の気持ち
「うおおおお、新品ピカピカなクーラー!! リモコンどこだよ、リモコン!!」
「暑い、はやく、辻尾先輩、リモコン握って睨みきかせてるのやめてもらって良いですか?! はやく付けて!!」
ついに映画部の部室にクーラーが付いた。
今年はずっと暑くて、今日もクソ暑い。教室内はクーラーを付けていても、誰もドアを閉めないので、結局意味はない。
この地獄のような日々の中、どうしようもなくオンボロで、取り壊し目前の専門棟の映画部部室に燦然と輝く新品のクーラー。
俺はリモコンを握ったまま、
「俺と平手がサイト作って動画もアップするんだ。だから付けてもらえたんだからな。ふたりとも出来ることで良いから手伝ってくれよ」
「分かってます分かってます、分かってますからはやく付けてください~~。暑すぎですよ~~」
そう言って穂華さんと中園は俺の周りをグルグルと回った。絶対に分かってない……。
まあ暑いし……と持っていたリモコンでクーラーを付けると、新品の匂いがする冷たい風が吹き出してきた。
あ~~~涼しい~~~。俺の横に紗良さん、後ろに中園穂華さんそして目の前に平手と団子になってクーラーの風を浴びた。
内田先生曰く、対価として文化祭のサイトに集計に動画アップは必須。
それを学校紹介にも使いたいと頼まれた。このクーラー1台でどこまで仕事させられるのか恐ろしい……。
映画部部室は八畳程度なので、クーラーを付けた瞬間に部屋が冷えてきて、俺たちみんなで拍手した。
これから昼ご飯はここで食べよう。机自体が暑さと湿気でベタベタしている教室の百倍いけてる。
紗良さんは目を細めて、
「あーー……生き返る……。もうあれね、この部屋、もっと掃除して、このご飯食べる机周辺、本気で片付けるわ」
「わかる……紗良っち……さすがの私も手伝う……これはもうここですべての授業を受けたい……リモート、リモート……」
紗良さんと穂華さんはクーラーの真下で髪の毛を持ち上げて首の後ろとかも冷やしている。
髪の毛長いとそれだけで暑そうだ。
俺と平手はとりあえずパソコンを立ち上げた。一ヶ月半……40日くらい後に文化祭があり、どちらがスパイダーをするか……の投票は二週間後をめどに決めてほしいとダンス顧問の福本先生に言われた。福本先生はこの学校に10年いる教師で「ここ数年なかったけど、わりとあるの。でも数年前はこんな風にネットが当たり前じゃなかったから、体育館で立候補者に踊ってもらってその場で投票。教師で数えてたの。時間割調整も必要で大変だったけど、ネットだと楽で助かっちゃう!」と言われた。たしかにネットとかスマホとかが当たり前になったのはここ10年くらいだろうし、動画撮影が当たり前になったのはここ5年だと父さんは力説していた。教師たちがみんな苦手でも仕方ないか。
平手はアプリを立ち上げながら、
「サイトは学校内のHPに作ればいいんだよね。最低限動画アップ出来て、投票が出来れば良いと」
「投票のシステムはグーグルフォーム使えばいいよな」
「映画部のGmail作ってそこに集めようか。そう考えるとサイトは難しくないかな。ひな形使って俺が作っとくよ」
「平手~~。マジ助かる」
平手が作業を開始した横で、俺はHDDとビデオテープの山を机の下から引っ張り出した。
恵真先輩とお兄さんの動画を見た時に、とりあえずここ10年のスパイダーの動画をかき集めた。
ここ5年くらいはひとりの人が踊っていて、同じようなスパイダーが多いんだけど、恵真さんのお兄さんが踊ったあたり……10年くらい前になると、今と少しスパイダーの踊りが違っていた。そして俺が気になったのは、アルバムで残されていた30年前のスパイダーをしたときの写真だった。
それはただ人が並列に並んでいて、今と違うとかいう次元じゃなかった。
でもちゃんと「スパイダー@文化祭」と書いてあったんだ。
どっかのタイミングでスパイダーは大きく変化した可能性がある。
俺は謎解きとか、歴史みたいなものは結構好きだから、それが気になって。このタイミングでビデオテープに残っているものをすべてデジタル化、データにしてHDDに入れようと思っている。ビデオテープなんて時代錯誤なアイテム、もう限界だろ。
掃除の時にビデオデッキは発掘してあったので、
「中園と穂華さん。このビデオデッキ、そこの古いテレビに繋げてさ、スパイダーのところだけスマホで録画してよ。それでデータ化するから」
「え?? なんでそんなことするの??」
中園はメンヘラゲーをしながら俺の方を見た。
俺は、
「どうせならここから数年使えるアーカイブのサイトにしておいたら便利だろ」
「え~~~。そんなこと頼まれてないですよお~~~」
クーラーの真下でジュースを飲んでいた穂華さんも文句を言った。
俺は「やるっていったらやる!」とテレビとビデオデッキ、そしてビデオテープの山をふたりに押しつけた。
俺と平手がひーひー言いながら作業するのに、中園と穂華さんだけ何もしないのは許せない。
俺の横に紗良さんが来て、
「私は歴代のスパイダーをした人とか、写真とかまとめようかな。サイト内のテキストは私が書くわ。アンケートも」
「助かる。そういうのをお願い出来ると、俺と平手は動画に集中できるから」
「私動画つくったり出来ないから、出来ることはするね!」
そう言って紗良さんは笑顔を見せて、HDDの中を整頓しはじめた。紗良さんは先を読んで作業してくれるし、本当に助かる。
紗良さんと平手の三人でするなら、作業ストレスは少ないけれど……。
「中園先輩、黄色は黄色に決まってるじゃないですか。どうして黄色に白いこうとしてます?」
「キレイじゃん?」
「お絵かきしてるんじゃないんですよ。てかケーブルめっちゃ長い、ヤバい!」
「すごいな、そっち持って!」
「やばい10mくらいありますよ、え、もっとあるかな、やだ縄跳び出来ますよ~」
中園と穂華さんはキャイキャイと遊び始めた。うるさい……。
俺はスマホをパソコンに繋いで、恵真先輩から届いた動画をダウンロード、そして編集ソフトに入れた。
まずは簡単な自己紹介を頼んだので、それと、さくらWEBのスタジオで練習している動画が送られてきていた。
俺が編集をはじめると、横からのぞき込んできた紗良さんが、
「なんか……前も思ったんだけど……恵真先輩の踊りって、冷静ですごい」
横でサイトを作っていた平手も動画をのぞき込み、
「分かる。なんだろう。あんな風に教室に殴り込んできてスパイダーやらせてくれって言うのに、こうあれだよね、淡々としすぎてるというか。穂華さんみたいに動画からあふれ出すパワーみたいのがない」
そこにケーブルを身体中に巻き付けた穂華さんが来て、
「平手先輩ったらお上手ですう~~。私はパワーありました?」
「うん。そうだね。こう画面に収めたいって思えるようなパワーがあるし、撮ってても楽しかったよ」
「えへえへ、嬉しいです! えへへへへ!」
みんなが言うのを聞きながら、まあ確かに……と俺は思っていた。
なんかロボットみたいなんだよな。人間性が見えないというか、カンペでも読んでるのかなと思うほど自己紹介も淡々としている。
出身地と引っ越してきましたよろしく……のみ。そして練習も、ただひたすら自分に習っているというか、だらけることもなく、ただひたすら自主練している。カメラが固定ということもあって、恐ろしく映えない画面だ。
これは何をどう編集すればいいのか全く分からない。
俺はマウスで動画を早送りしながら、
「これさあ……見る人いる? 俺、学校の他の生徒だったらわざわざ見ないな」
平手も横で見ながら、
「あれだ。学校の授業とかで流れる説明動画っぽい」
穂華さんはグイと近寄って画面を見て、
「……ていうか、メチャクチャ上手いですね。見る人が見れば、この動きのヤバさは分かりますけど、まあなんていうか驚くほど玄人向けですね。この着地見てくださいよ。二度も三度も寸分違わぬ場所に着地してるんです。三回ですよ。どういうことです? 不可能ですよ。ヤバい、これが練習。やば~~~。いや、無理、絶対できない」
そう言って穂華さんは首を左右に静かに振った。
なるほど……見る人がみればそこまですごい動画なのか。
でもここまで淡々としたものを誰が見るのだろう。
投票は先生が学活の時間に呼びかけて強制にするみたいだから、最終的なスパイダー動画は見て貰えるかもしれないけど、それじゃ絶対勝てないから、何かアップした方が良いと思って、練習動画でも……と思ったけど、これアップする意味あるかな?
事情を知っているだけに応援したい気持ちはあるけど、誰も興味を持つ気がしない。
作業をしていたら、中園が横に来て、
「陽都~~~。土曜日うち泊まるのOK出た?」
「いやいや、お前の家と、俺の家、ちけーから泊まる必要ないだろ」
「なんだよ、ついでに泊まれよ」
「布団もねーだろ!!」
そこに穂華さんが駆け寄ってきて、
「新しい家にお泊まり会ですか?」
「陽都と夜空鑑賞会。な?」
「雑草抜くの手伝わされるだけだよ」
結局中園はお母さんにあの家を手入れして住む家にしたいこと、そのお金を捻出するのを目標にすることを話した。
中園のお母さんにとっても大切な家らしく、すごく喜び、セキュリティーと外壁工事の見積もりを取ってくれたようだ。
そして「将来的に達也の名義にしてあげるから、雑草抜きなさい」と言われて、なぜか俺も召喚された。
住んでない家に庭師は呼べないし、荒れている家にはゴミを投げ込まれたり、放火の可能性さえあるらしい。
だから数年後に戻るとしても管理が必須らしい。だからってなんで俺まで……と思うけど、あの家には俺も思い入れがあるから、遊びながらならまあ付き合う。
俺と紗良さんはバイトの時間になり、先に帰ることにした。穂華さんも「私も仕事です~」と一緒に学校を出た。
夕方でも暑くて、学校を出た瞬間から汗が噴き出す。配達で走るのキツそうだ。
でも最近は行ける日が限られてるし、店長や品川さんにも会いたいからやっぱり辞めたくない。
三人で駅まで歩き始めたら、穂華さんが「あの」と髪の毛を耳にかけた。
「夜空鑑賞会って……ひょっとして天体望遠鏡でするんですか?」
「そう。なんかアイツそんなの好きなんだなあ。昔はそんなのイジってたイメージないけど」
「その天体望遠鏡ってひょっとして、あの別荘にあったやつ、とかですか?」
俺は答えようと口を開いて、でも一瞬考えて、
「気になるなら中園に聞いて。俺はあんまり人のことを勝手に話すのが好きじゃないんだ。自分が話されたくないと思ってるから」
「そうですよね、はい。すいません。そういうところ、すごい信用できるって思います。だからこれも中園先輩に言わないでほしいんですけど、中園先輩……あの別荘で天体望遠鏡、全然使い方分からない~って笑ってたんですけど、全然使えそうだったんです。なんかすごく手際よく分解しちゃって」
「へえ」
「使わせたくなかった、みたいな感じがしました」
それを聞きながら、やっぱりあれ、マジで大切なヤツなんだなーと思った。
みんなに触れさせたくなかった……ってことか? 穂華さんは続ける。
「それでその時、天体望遠鏡の近くにあった写真立て見て……あれは、絶対に、すごく怒ってました」
「へえ……」
「ものすごく怖い顔して、その写真立てから写真出して、ポケットに入れてました」
穂華さんは俯いて、
「実は……あれがずっと気になってて。どういう事なんだろうって。どうしてそんなことしたのかなって。中園先輩って、いつも適当な感じなのに、突然あんな顔するの、ずるい」
「あー……うーん……」
良く無い流れだな~と俺は思ってしまう。
これはあれだろ……裏の顔見て……みたいなの……だよな。
俺の横で静かに聞いていた紗良さんが授業中より真剣な表情で、
「穂華。中園くんは駄目よ」
「……あはははははは!!」
俺は紗良さんのあまりの直球の言葉に爆笑してしまった。
本当にそうなんだよなあ。わかんない、全然わからないけど、その写真にはこの前話していた桜子さんが写っているんじゃないだろうか。中園にとって特別な人なんだろう。
細かい事情は全然分からないけど、天体望遠鏡もムカついたあげくの果てに取り戻してる。
紗良さんは穂華さんの正面に回り、真顔で、
「私も全然恋愛は分からないわ。でも中園くんのことも、穂華のこともよく知ってる。だから言うわ。中園くんに恋愛的な興味を持つのは、間違いなくやめた方がいいと思う。血は繋がってないけど姉として言わせて。あの男に本気の恋はダメ。今なら立ち止まることができる。やめましょう。時間の無駄よ」
「あは、あははははははは!!!!!」
俺はあまりに面白くてその場に膝をついて笑ってしまった。
俺の親友で、親友の穂華さんが気になってる男で、しかも同級生なのに、その扱いが面白すぎる。
「友だちでいるのは楽しいやつだよ」と俺は自分の感想だけ伝えて穂華さんと別れた。
その後も紗良さんはずっと「駄目だと思うの、駄目だと思う、ねえ陽都くんそう思わない?」とずっと言っていて面白すぎた。
うん、中園はすげー良いヤツだよ。俺も友だちとしては最高に好きだ。
でも恋だけはやめといたほうがいい。
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