第93話 メロンソーダと、日本家屋
「紗良さん、見て! この店すごくない?」
「メロンソーダ……!」
紗良さんが少し前に「絵に描いたみたいな緑色で上にアイスクリームが乗ったメロンソーダが飲んでみたいの」と言った。
最近レトロブームだし、結構あるのでは……と調べたら、バイト先から少し歩いた所にお店を発見した。
それはファミレスでもなんでもなく夜19時から24時まで営業している「大人のための給食」と銘打っていた。
俺は外で看板を指さして、
「見て。紗良さんが食べたいって言ってたお子さまランチが、ほぼ完璧な形であるんだよ」
「オムライスにエビフライに唐揚げ、それに旗が載ってる!」
「そして半分のバナナ……これぞ完璧なお子さまランチだよ」
「すごい、陽都くん!」
「夜しか営業してないから、バイト終わりにいくのが良いなーと思って言うの忘れてた」
「嬉しい、入ろう?」
紗良さんはほんわりと柔らかい笑顔を見せた。
もう俺は疲れるたびに紗良さんに甘えたくなる。紗良さんの笑顔が大好きだ。
お店に入るとスーツを着たサラリーマンやOLさんたちで賑わっていた。紗良さんが「お子さまランチを食べたことがなくて」と言っていて、俺も昔好きだったことを思い出した。なんか色々付いてて妙にテンションが上がる。小学校の最後のほうは量が足りなくなってお子さまランチとラーメンを食べていたのを今も覚えている。
紗良さんはメニューを持って目を輝かせて、
「陽都くん、ソフト麺のミートソースもあるよ」
「この白い麺、懐かしすぎる。これなんであんなに好きだったのか思い出せない」
「私も大好きだったよ。でも配膳するのが難しいし、麺が伸びちゃっててそれが悲しかったなあ」
「……ん? ちょっと待って。麺が伸びてる? 最初からミートソースの中に麺が入ってたの?」
「え? そうよ。入ってた。その状態で丼に配膳してたわよ。麺が多い少ないで男子が戦争して……もうすごかったのよ」
「ソフト麺は別だったよ! 袋に入って教室に持って来てさ、ミートソースだけ別に来るんだよ」
「えーーーっ。小学校が違うから、きっと違うのね。面白いー」
俺たちはメニューを見ながらワイワイと盛り上がり、紗良さんは「大人のためのお子さまランチ」俺は「山盛り食べたかった給食のラーメン」にした。紗良さんは俺が頼んだメニューを見て、
「給食にラーメンがあったの?!」
「そう。豚汁みたいにスープがあってさ、麺が別に出てくるんだよ。それをつけ麺みたいに入れて食べるんだけど、美味しくて」
「えー、楽しそう。そんなの無かったよ」
「量が全然足らなくて。その日に誰か休んだら給食のラーメンを誰が食べるか、朝からじゃんけん100回勝負してた」
「激戦ね」
「だって麺大盛りは熱すぎだろ」
「そんなに食べたいと思ったことないから分からない」
そう言って紗良さんはケラケラと笑った。
話している間に食事が配膳された。紗良さんはお盆を見て目を丸くした。
「すごい、完璧! オムライスが卵で包まれてて、ちゃんと国旗だ!」
そう言って旗を手に取って微笑んだ。
ふたりで写真を撮ってお互いに分け合って食べて、デザートにメロンソーダを頼んだ。ミルメークもあったけど、あれは今も昔もあまり得意じゃない。たぶん俺……牛乳がそんなに得意じゃないんだな。そもそも給食についていた牛乳が嫌いだったし。
紗良さんはメロンソーダを前にして目を輝かせて、
「これはアイスから食べるの? それとも飲むの?」
「俺のオススメは、境界線を吸う」
「なにそれ!」
笑って紗良さんはアイスとメロンソーダの境界線にストローを置いて飲んだ。
「……美味しい。妙に、なんだろう。氷がアイス味になってる?」
「そうそう。その氷が美味しいんだよ」
この妙な甘さと炭酸がたまに飲むと美味しい。
でも一番のポイントはこの丸いアイスで、これを食べながら飲む甘いジュースは最高だ。
俺たちは満喫して店を出た。給食にしては高い値段だけど、どう考えても楽しかった。
お店の人たちが給食のおばちゃんたちと同じエプロンを着ているところも面白いと思う。
紗良さんはピョンとジャンプをして俺の前でくるりと回り、
「ああーー、すごく楽しかった。陽都くんありがとう」
「シメに……。お子さまランチにはやっぱこれでしょ」
俺はカバンから小袋に入ったピロピロ笛を取りだした。
お約束の口をつけて吹くとピロピロ~~~と筒が伸びるやつだ。
紗良さんとお子さまランチを食べに行こうと決めたので、配達の隙間にドンキホーテに寄り買ってきた。
ドンキホーテは何でもある楽園だから助かる。
紗良さんはそれを手に取って、
「お子さまランチのおまけだ!」
と目を輝かせた。そして袋から取り出して思いっきり吹いた。すると6本もピロピロが伸びた。
紗良さんは地面に膝が付きそうなほど崩れ落ちながら爆笑して、
「陽都くん、ちょっとまって、ピロピロが多いよ。きっとこれ、多い。変じゃない? もう無理、息ができない」
「こういうのが即買えるのって絶対ドンキだろと思って行ったら、あったんだよ。あったんだけど、一本だけのピロピロは10本入りで。そんなに要らないだろ! と思ったらすぐ横にこれが売ってて。この超大盛りバージョンは一本だけで売ってたからこれにしたんだけど、予想より豪華だな」
「もうやだ、面白くてお腹痛いよ。ちょっと、ほらはやく陽都くん吹いてみて?」
渡されて吹くと、六本のピロピロが夜の街に広がって、紗良さんはその場で膝を抱えて丸まって大爆笑した。
そして酔っ払った大人たちも笑いながら見ている。うん、間違ってる気がする。
でも紗良さんが笑ってくれたら、それで正解なんだ。
俺と紗良さんは笑いながらピロピロ笛を吹きながら駅に向かった。
これいつ使うんだろ? 紗良さんを笑わせる以外の使い道が分からないんだけど。
「ういいいす陽都やっときたな!」
「陽都くん、久しぶり。なんか男の子っぽくなった!」
「お邪魔します。すいません夜分遅くに」
「いいのよお。家もすぐそこだし、お母さんにはLINEしとくから。泊まってく?」
「いえ、帰ります。明日も学校だし」
「そっかあ~。じゃあお菓子とジュース置いとくね!」
そう言って中園のお母さんは部屋から出て行った。
ずっと中園に「部屋に遊びに来い!」と言われていたのに、平日はバイト、土日は中園が大会とかで忙しくてなかなかタイミングが合わなかった。というか、高校に入ってから家に来たのははじめてだ。
中園の新しい家は駅直結のマンションで、駅ビルにマンションの入り口があった。便利すぎる……。
そこで部屋番号を押さないとマンションのエントランスさえ入れない状態で、セキュリティーはばっちりだ。
俺はカバンを置きながら、
「ここならストーカー対策ばっちりだな」
「マジで平和だわ」
「まあ一軒家はそこに人がいるって分かるわけだから、ある意味危ないよな」
「電気が点いてるかとか分かっちゃうからな。ほれ座れよ。どうよ俺の新しい部屋」
「なんつーか、お前この部屋のどこで勉強してんの?」
「床?」
中園はニッカリ笑ってゲーミング椅子に座って膝を組んだ。
机の上にはキーボードとマウスとすんごいデカいマイクとヘッドフォンが七個くらい……漫画とプロテインバーと付箋紙メモ帳がゴロゴロしていて、勉強するスペースがない。
というか、教科書が一冊も見えない。高校出たらプロゲーマーになるから問題ないのかと思いつつ、すさまじい環境だ。
中園は箸でポテチを食べながら、
「最高に居心地良いんだけどさー。俺正直あっちの家、売りたくなくて」
「そうなん?」
「いや、マンションのが回線も安定してるし、便利、安心、駅にも近い。でもさあ、俺あっちの家のが好きなんだよな」
「へえ……」
聞きながら、中園って家とかそういうのに執着するタイプなのか……と少しだけ驚いた。
でもまあ。俺もポテチを摘まんで、
「この部屋にはあの巨大廊下がないもんな」
「そうなんだよな。そういうの。それなんだよな」
「あの壁の穴、あのままで売れるの?」
「土壁って直せる人が少ないんだって。なんか神社とか? そういうのしてる人に頼まないと無理らしいよ。だから売るなら家全部潰して更地にしたほうが良いって言われててさ」
「あー。なるほど、それはちょっとイヤだなあ。でも土壁事件は中園が悪い」
「いや陽都が悪い」
俺たちはゲラゲラ笑った。
中園の家はかなり古い日本家屋で、庭には小さな池があり、松の木があり、秋には柿が大量になり、見知らぬ鳥が池に水を飲みに来る、ちょっと珍しいくらい古風な庭だ。長年面倒を見ている庭師さんがいて、いつもキレイにしていた。
家の玄関はガラガラと引いて開けるガラスのタイプで、数年前までクルクルと回す棒が鍵だった。
玄関には石が敷き詰めてあり、そこから前と左にどーんの長い廊下がある。それがもうピカピカで黒光りしている。
俺と中園はその長い廊下がとにかく好きで、小学生の時全力で走って膝を付き、そのままスライディングして距離を競う遊びが流行った。
それをずっと小学校の廊下でして遊んでたんだけど、ある日中園に家でやったら廊下がツルツルすぎてそのままふたりして土壁に激突。
土壁が崩れて、大量の粉みたいなやつが身体に降り注いだ。
伝説の土壁崩壊事件だ。
中園の母ちゃんと俺の母ちゃんにメチャクチャ怒られて、弁償するにも職人が居らず、とりあえず庭師さんのアドバイスで粘土のようなもので急所壁にした。あれは正直今思い出しても最高に面白い。
降ってきた粉とそれにまみれた俺たちは、怒られる恐怖で、廊下に土壁の山を作った。
どう考えても小学生。
中園と俺はお菓子を食べながらスマホゲーしながらゲラゲラ笑った。
中園はポッキーを食べながら、
「あの家の屋根裏覚えてる?」
「あ~~~? あったな。あのトイレみたいな扉の中にある折りたたみ式の階段だ」
「そうそう。ギイギイ妙な音がする階段。ホラーみたいな日本人形が入れてあった場所の先」
「あったな~~」
二階のトイレがありそうな小さな扉の中に屋根裏に続く階段があった。
その中には昔ながらの日本人形が何体かあって、はじめてその扉をトイレだと思って開いたときはマジで怖くて泣いて逃げた。
木製の階段というかほぼハシゴの上に、今の俺たちだとギリギリ立てるか立てないか……正直微妙なレベルの天井の屋根裏があった……のは覚えている。
中園は椅子にもたれて、
「あそこに天体望遠鏡あったの覚えてない?」
「いや。日本人形しか覚えてない」
「あれ強烈だったもんな。あの屋根裏にさ、天体望遠鏡があったんだよ。それが、あの別荘にあって」
「あ。へえ~~~、穂華さんたちと見に行ったやつ。離婚の時に持っていったってこと?」
「俺もあそこにあるのが、うちのだってあの時まで知らなかった。あれさ、親父のじゃなくて、母さんの妹さん……桜子(さくらこ)さんって言うんだけど。その人の持ち物なんだよな。陽都は何回か会ったことあるよ。夏休みうちに泊まった時に、庭でラジオ体操付き合わされたの覚えてない?」
「!! あった。あったわ。した。なんでやねんと思いながらした」
「そうそう。あの人が桜子さん。あの人の持ち物なんだよな」
「へえ~~~あ~~、あったな、そんなのこと」
俺は何度も頷いた。
中園の家に最も泊まっていたのは小学生の夏休みの頃だ。
家がデカくて楽しいし、親同士が友だちだから気楽で、一週間連続で泊まったりしてた。
その時に庭で強制的にラジオ体操させられたわ。なんでこんなこと……と思ったのを覚えてる。
中園は椅子の上であぐらを組み、
「あれがあそこにあるの、ムカついてさ、母さんに連絡させて送らせた。ほら」
中園が立ち上がって押し入れを開けると、そこにはゴルフバッグがあった。
それはものすごくゴツくて、俺の身長くらいあるように見えた。中園はそれをズルズルと引っ張り出して、頭だけ開けて中を見せてくれた。
そこには天体望遠鏡が入っていた。
「へー。てか、ゴルフバッグの中に入れるもんなの?」
「そう。持ち歩く人の中ではメジャーな方法。固くて持ち運べて、安全」
「ほえ~」
わざわざ取り戻すなんて、マジで大切にしてるんだな。
中園はそれを抱えたまま、
「星が見たくてここでセッティングしてみたんだけど、駅前はやっぱ駄目だわ。街路樹強すぎ。やっぱあの屋根裏じゃないと駄目だわ。だからさあ、俺あの家売りたくなくて」
「へえ……」
「でもセキュリティー的にアホなのは分かってるからさ、家の周りにレンガでも積んで守ろうかなと」
「マイクラか!!」
「いやそれは嘘だけど。お金貯めてあの家、ちゃんとしようと思ってる。そんで戻りたい」
中園はあまり人や事柄に執着するようなタイプじゃないと思っていたから、少し意外だけど、そんな一面もあるのか……と思う。
ていうか、
「なんか中園がゲーム以外に目的言ってるのはじめて聞いた気がする。金貯めようと思うのはいーんじゃね?」
「だろ? だからずっと誘われてる4BOXもアリかなと思ってる」
「へー。安城さんは喜ぶんじゃね?」
「だから陽都も一緒にやろうぜ。俺、やっぱあの家出たくない」
「……お前毎回、色々遅いよな。引っ越す前はさくらWEBのマンション最高~とか言ってたのに」
「いや、やってみないとわかんなくね? 女もヤってみないと相性わかんなくね?」
「あ。忘れてた。安城さんがお前の下半身キングギドラだって言ってたぞ」
「なにそれ?」
「怪獣。首が三本あるんだよ」
「俺のチ○コが三本あるって話?!」
俺たちはギャーギャー笑ってお菓子食べて24時に解散した。
最近はずっと紗良さんといたけれど、やっぱり中園といるのは別の気楽さと楽しさがある。
母さんも中園の母さんからLINEが入ると甘いから楽でいいし、たまに家に寄るわと話した。
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