第89話 柊女帝と、大好きの暗号

 授業が終わり、俺は席から立ち上がった。

 カバンを持って紗良さんと中園と平手と一緒に廊下に出ると、


「辻尾くん」


 と、ダンス部部長の柊さんに呼び止められた。

 柊さんは自宅がバレエ教室をしていて、長くバレエをしている美人さんだ。

 お尻まである黒い髪の毛は、バレエの時に必要だから伸ばしているらしく、立ち姿が凜々しく美しい。

 スパイダーに憧れてうちの高校に入ってきた人で、JKコンの時にはもうスパイダーの練習をしていたのに、穂華さんと一緒にダンスを踊ってくれた。

 柊さんは長い髪の毛を耳にかけて、


「昼休みに恵真先輩が行ったと聞いたけど」

「あ、はい。スパイダーをしたいから、ダンス部に行ったと聞いたんですけど……」

「ええ、部室に来たの。突然『スパイダーを踊りたいんです』っていうから驚いたけど」


 俺はJKコンでダンス部に世話になったのもあり、慌てて、


「あの恵真先輩は穂華さんと知り合いで、俺も直接は仕事してないんですけど、さくらWEBで間接的に仕事というか……。動画を頼まれたんですけど、ダンス部のライバルになるとか、邪魔するとか、そんな気持ちは……」

「ううん。違うの。私、嬉しくて。それを伝えに来たの」

「……え?」


 その言葉に、廊下に居た俺たち映画部は全員でポカンと口を開けた。

 柊さんは胸を張り、


「ダンス部はスパイダーを踊るのが一番の花形で、みなが目指す到達点であるべきだと思っています。しかし今まで誰もスパイダーをしたいって言わなかったの。それはダンスとして難しいから。そして美しくて気高い踊りだから。みんなスパイダーを恐れてる」

「恐れ……? まあ……ものすごく大変そうなダンスだなとは思います」


 気高いとか分からないけど、ものすごく難しそうなダンスだなーと端から見てて思う。

 普通の人たちが想定する「楽しいダンス」という感じではなく、なんだかくねくねしててすごい。うん、くねくねしてる。ダンスっていうか、なんかすごい。

 俺のダンス理解力ではそのレベルでしか言えないけれど。

 柊さんは薄く微笑んで、


「だから挑んでくれる人がここにきて現れた。それだけで興奮するわ」


 そう言って冷たくて、それでいて何ひとつ負ける気がしない微笑みを見せた。

 ……すごい、本当に自信があるんだな。


「だから辻尾くんが手伝ってあげたら良いと思う。本気でこの時期から私に挑んでくるなら見物だわ。みなさん、行きましょう」


 そう言って柊さんはダンスメンバーを連れて廊下を歩いて行った。

 中園は思わず「マジもんの女帝だ……」と呟いた。正直同意見だ。

 そして柊さんと入れ替わりで、内田先生が走ってきた。そして柊さんをセンターに廊下を歩いて行くダンス部メンバーを避けて廊下の壁にへばりつき、


「おおおお……迫力がすごい。あ、辻尾くん、文化祭の話聞いた?」

「はい、今丁度、柊さんにも『気にしない宣言』されました。いや、ダンス部メンバーが良いなら別に良いんですけど……恵真先輩に勝ち目はないと思うんですけど」

「みんな同意見だけど、やりたいって言う子が出てきたのを無視は出来ないのよね。私この高校来て6年だけど、はじめてだな、スパイダーしたい人がふたり出てくるの。あれ激ムズだから。それでね、映画部に投票用のサイトと動画を依頼したいの」

「え……サイトもですか?」


 戸惑っていると内田先生はキラリと目を輝かせて、


「映画部評価良いのよね~。JKコンと夏休みスペシャルでうちの学校の名前が出て、問い合わせ多数! それで私、いけると踏みまして、映画部部室の冷暖房の申請出してみたら、通りました!」

「おおおおおおおキタコレ!!」


 俺の横で中園が飛び跳ねた。おお冷暖房……って、いやいやちょっと待て。

 俺は内田先生に一歩近付いて、


「その対価がサイト作りってことですよね」

「実績!!」


 そう言って内田先生は俺のほうをぐっと見た。


「実績があればクーラー付けられるって言ったよね。私は辻尾くんたち映画部に実績とチャンスを与えようと思って申請してあげたのよ!」

「……はあ」

「取り壊し直前のボロ校舎で、どこの教室も、部室も一カ所も冷暖房付いてないの。去年大会ベスト4の野球部も付いてないのよ? でも映画部だけ!! 学校として素晴らしい活動をしていると認められたのよ!! なんと週末には工事終わります、やったね!! 文化祭の担当先生はダンス部の福本先生、よろしくう~~~」


 内田先生はテンション高く去って行った。

 やっぱり面倒だから押しつけただけだ。

 中園は楽しそうに、


「新品の冷房マジかよ。これでいつでも行けるじゃん!」

「いやいや中園、お前何もしないから気楽なんだろ」

「だって俺っ……編集もサイトも出来ないしっ……。あ、部員なら無限に増やせそうだけど入ってもらう?」


 そういった中園の後ろには、今日一緒に帰る約束をしたという女の子がワラワラと待っていた。

 俺は静かに首をふり、


「……結構です」

「じゃあおつかれーー! あ。家に来いよ。いつなら良いのかLINEして」


 そういって中園は女の子たちに囲まれて廊下を去って行った。

 横に平手が来て、


「美術部活動停止っぽくなってるから、俺がサイト作っても良いよ」

「平手ーー……。マジか、助かる。一緒にやろうぜ」

「全然良いよ。それに夏休みスペシャルでまた連絡とりはじめた人たちにも『元気だよ』って教えられるからさ」

「あ~~~あの音楽の先生」

「サイトも動画もひとりで作れるんだ?」

「いや平手ごめん、悪かった、俺が間違ってた」

「だよね。いや、正直恵真先輩がスパイダーするのは無理だと思うけど、サイト作って動画アップする程度で冷暖房付けてもらえるなら、わりと良い条件だと思うよ。だれも恵真先輩が勝てると思ってないから動画見てくれない気がするけど、それは俺たちの責任じゃないし」

「なるほど……」

「じゃあ俺、バスであっちだから」


 そう言って平手は俺と紗良さんに手を振って去って行った。

 なるほどなあ。面倒なことになりそうだ……としか思えなかったけれど、よく考えたらそれほど荒唐無稽な話じゃないのか。

 確かにサイトに置くのが動画と投票ボタンだけなら、簡単に作れる。

 横を見ると紗良さんが小さく首を傾げて俺のほうを見ていた。


「確かに、ずっと暑くて部室使えてないし、専門棟に部室がある人たちの話だと、冬は極寒で居られないみたいだから、ラッキーかも」

「うーん……さっきまで無いわと思ってたけど、なにより柊さんとダンス部のメンバーがあの反応なら、まあ良いかなあ……って気がする。どうしても楯突くみたいな感じで、世話になったからなあ……と思ったけど」

 

 紗良さんは俺の手を優しく握って苦笑して、


「すごかったね、柊さん。でも自信があるから、むしろ嬉しそうだった。ワクワクして目が輝いていた」

「いや、ちょっと驚いたわ」

「本気で好きで、それに自信があるからこそ、同じ思いを持つ人は嬉しいんじゃないかな」


 そう言って紗良さんはふわりと微笑んだ。

 そして、


「陽都くん、まだ時間平気? 陽都くんのお店の店長さんに友梨奈のこと相談に乗ってもらったお礼したいの。それを陽都くんと選びたいなって思ったんだけど」

「おお。さすが紗良さん、気が利く。平気だよ。何にする?」

「前にカレー作ってもらった時に思ったんだけど、店長さんいつも頭に日本手ぬぐい巻いてるよね? だからそれが良いかなって思うんだけど」

「確かに。それならどれだけあっても良いから喜ぶかも」


 俺と紗良さんは手を繋いで歩き始めた。

 学校で付き合っていると宣言してからこうして正々堂々とイチャイチャできるのが心底楽しい。

 でもまあ……と俺は歩きながら、


「今日丁度、安城さんたちに呼ばれてて。すげー編集手伝ったから、旨い中華連れてってくれるって。だから恵真先輩の話聞いてみるよ。たしかに紗良さんの言うとおり、あれほど地頭が良さそうな人が、こんなこと言い出すの変だもんな」

「うん……それがすごく引っかかるの。普通に考えたら無理だもん。何でなんだろうって、聞きながら思ってた。それにひとつ上とは思えないくらい大人びてた。もう仕事してる人よね、あの話し方とか」

「そうだよな。それも気になった。でもついでに企画出せって言われそう。俺何も考えてないけど大丈夫かな」


 そういうと紗良さんは俺の前に回り頬を両手で包み、


「大丈夫? 前みたいに無理してない? 陽都くん、すごい頑張って疲れちゃうから」

 

 その温かさに俺は紗良さんの手の上に自分の手を置いて、


「店長へのお礼なんて何でもいいから、漫画喫茶でイチャイチャしたい」

「陽都くん、何言ってるの! 日本手ぬぐいのお店調べてきたのよ。駅前のエピオ」

「もうあれだよ紗良さん、ドラッグストアでリアップ買えばいいよ。店長生やしたいみたいで買ってるし。生える可能性アップだし」

「陽都くん!」


 そう言って頬を膨らませる紗良さんと手を繋いで俺たちは店に向かった。

 前は「安城さんたちの前で自分をよく見せよう」と思ってわりと必死だったし、考えるのが楽しくて、認めてもらえるのが嬉しくて、すこし考えすぎてた気がする。でも紗良さんがいて、いつも気にしてくれるって分かってるから、あれも大事、これも大事という感覚がある。

 一番は紗良さんに心配かけたくないし、一緒に楽しく笑顔でいたいと思う。



「わ。すごい可愛い、色んな日本手ぬぐいがあるのね」

「おお。種類がすごい」


 俺たちは駅前商店街の真ん中あたりにあるショッピングモールで日本手ぬぐいを選び始めた。

 ここのモールは、ファーストフードや食品店、少しオシャレな100均や無印とかも入っていて、学校帰りにみんなが寄っている場所だ。

 紗良さんと学校帰りデートできるのが嬉しい。店長の趣味……。俺はムキムキマッチョが踊り狂っている手拭いを手に取り、


「これじゃん?」

「うーーーん……ちょっとなんだろう……マッチョが頭に飛び交って……?」

「店長筋肉のことばっかり考えてるから、頭にマッチョまとってるくらいで丁度よくない?」

「あっ、これは? 『お父さんの心得手ぬぐい』……お父さんの心得① 娘に金を渡せ。え~~~~?」

「あははは! お父さんの心得② 家に早く帰るのはやめろ。これ良いじゃん。これにしよう」

「ちょっと酷いわ。あ、これは? クマちゃん、クマちゃんがたくさい描いてあって可愛い!」

「店長にこんな可愛いクマはなあ……あ、紗良さん、これ良く無い? カレーだ、カレー!」


 俺が見つけたのは生地の八割がカレーの具で、二割が白い……つまり頭にカレーの皿を巻き付ける状態になる。

 紗良さんはそれを見て目を輝かせて、


「これ可愛い~~! そうだ。店長さんって言ったらカレーだよね」


 それにしようと手に取って、レジ横に大きなミシンがあることに俺は気が付いた。

 見ると、

 

「紗良さん、この日本手ぬぐい、好きな刺繍が入れられるんだって」

「え。可愛い。わあ、こんなに種類があるの? え、ひとつ100円だって。入れよう? 陽都くん、店長さんのお名前って?」

「え……?」


 俺はその言葉に呆然としてしまった。店長のLINEを見るが登録名は『店長』……知らない。

 結局店長の顔っぽいイラストと、娘さんと奥さんっぽいイラストの三点と、今日の日付を入れて貰った。

 なんかプレゼントっぽくなった! 今度それを一緒に渡そうと話していたら、紗良さんが俺の制服の袖をツンと引っ張って、


「……私も陽都くんとおそろいのハンカチ、刺繍入れて作りたいな」

「オッケー、作ろう。いいよ、どれにする?」


 可愛くて仕方が無い。まずはシンプルなハンカチをチョイスした。紗良さんは目を輝かせて、


「あのね。陽都くんって太陽でしょ? さっき刺繍一覧みた時にそれを入れたいなって思ったの。あとほらみて、皿の刺繍があって!」

「ええ? 紗良さん皿でいいの? こっちの三つ編みしてる可愛い女の子の刺繍のがいいよ! ぜったいこっち、これが紗良さん」

「紗良で皿の刺繍のほうが暗号っぽくない?」

「暗号? なぜに? どうして突然暗号が出てきたの? どうしておそろいの可愛いハンカチに暗号が必要なの?」

「なんか暗号って、上がるでしょ?」

 

 すごく真剣な表情でそんなことをいう紗良さんが可愛すぎるが何を言ってるのか分からない。

 結局おそろいの水色のハンカチに太陽とお皿の刺繍を入れた。暗号? もう紗良さんが可愛いからそれでいい。

 俺たちはそれをお互いのカバンに入れて電車で別れた。

 ああ、紗良さんとおそろいのハンカチ……刺繍入りなんてもったいなくて使えない。

 ハンカチなんていつも行方不明になるし。でも紗良さんと一緒なら持っていたいかも……。

 見せびらかしたいし、さくらWEBに行こうっと。

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