第88話 スパイダーと、始まりの時

「今日も陽都に逃げられた。男女交際禁止条例中園法を執行しようと思う」

「名前が厨二すぎる」

「危うく遅刻する所だったんだぞ!」

「いやだから、俺がいなくてもいつも通り電車に乗って学校行けよ」


 紗良さんと話したくて朝はやく行ったら、ずっと中園がすねている。

 もう言ってることが小学生だ。


「中園くんあれだよね、夏休みの時も思ったけど、すんごいさみしがり屋だよね」


 平手はそう言ってスマホの漫画をスクロールした。

 夏休み前は部室でお弁当を食べたりしてたけど、今年は暑すぎてクーラーがない部室に居られなくて教室で食べている。

 内田先生に「映画部の部室にクーラーが欲しいです」と訴えたら「実績がない」と言われた。JKコンで穂華さんを優勝させたのは実績じゃないのだろうか……。教室よりのんびり出来るからそっちに行きたいんだけど。

 中園はペットボトルのお茶を飲んで机に突っ伏して、


「さみしがり屋なんじゃなくて、陽都が冷たいんだ」

「わーった、わーった。何か話あるんだろ、部屋遊びに行くよ」


 俺は弁当を片付けながら言った。

 電車の中で話せない内容は少し気になる。中園は机から顔を上げて、


「今日?」

「今日はさくらWEBに行くから無理」

「行く行く詐欺。その心はめんどくさい」

「さみしがり屋だなあ」

 

 平手は呆れてるけど、中園はさみしがり屋というより、俺が楽しそうにしてるからちょっかい出してるだけだと思うけど。

 話していたら教室に穂華さんが入ってきた。


「辻尾先輩、こんにちは!」

「おお、穂華さん……と……? あれ……」


 教室に入ってきたのは穂華さんの後ろに、金髪の美少女が居た。

 身長がかなり高くて、穂華さんより頭ひとつ大きく見える。まつげや眉毛まですべて金髪なのに、瞳が真っ黒で、そのコントラストがすごい。

 あれこの子、どっかで見たことが……。俺がそう思っていると穂華さんがその子を前に出して、


上原うえはら恵真えま先輩です。お父さんがアメリカ人で、お母さんがハーフなんですけど、ばっちり日本育ち!」


 恵真さんってどこかで名前を……? と思っていたら平手が、


「恵真さんって……ひょっとして、あの白骨死体の……」

「えーーーーっ!! 恵真ちゃんだ、わーーー、えっ、うちの制服、転校してきたの? すんごい可愛いわあああ」

「恵真ちゃんって、あれだろ、次の4BOXに出る子だよね?!」


 そう言って熊坂さんやお調子者の日比野が集まってきた。

 そうだ、どこかで見たことがある子だと思ったら、ナナナ姉妹と一緒にダイエット合宿をして、白骨死体を見つけてしまった人だ。

 俺はあのトラブルが起きたときに安城さんに頼まれて編集をしていた。編集ってあまり人の顔を意識しない。

 素材でしかなくなって、どう繋ぐか……しか考えられなくなるから、顔見ても、名前聞いてもすぐに分からなかったけど、白骨死体を見つけて手を合わせていた金髪の美少女が目の前にいた。

 穂華さんもかなり可愛く、目立つ存在だけど、恵真さんは天然の金髪で何より身長がかなり高く、スタイルも良く、肌が陶器のように白い。

 普通科にいると、全く違う人種がいる……という雰囲気がすごい。

 あの白骨死体を見つけた番組は恵真さんの行動含めて賞賛されていて、朝のニュース番組でも流れたと安城さんが言っていた。

 人気がぐっと上がり、次の4BOXの出演が決まった……までは夏休み終わった時に聞いていたけど、まさかうちの学校に転校してくるとは。

 穂華さんは俺の横に立ち、


「上原先輩、4BOXに出ることが決まって上京したんです。学年は三年の芸能科です!」


 三年の二学期に転校してくることが出来るんだ……と思ったけど、芸能科は単位制で、通信学校的な通い方をしている生徒も多いと聞いている。試験以外は学校に来ずに済ませる人もいると聞いてるから、時期はあまり関係がないのかもしれない。

 とりあえず状況は理解した。恵真さんは俺たちの横に立ち、つむじが見えるほど正しく身体を折り曲げて頭を下げて、


「はじめまして。中園さん、辻尾さん、そして平手さん。上原恵真です。二学期からこの学校の芸能科に入ることになりました。よろしくお願いします」

「あ、はい……」


 あまりに奥ゆかしいというか……学校でここまで丁寧な挨拶を同年代の人にするのを見たことなくて、なんだか困惑する。

 正しく頭を上げて、


「今穂華ちゃんが『上原先輩』って紹介してくれたけど、私は仕事を『恵真』でしてるので、恵真先輩と呼んでもらえると嬉しいです」


 そして恵真先輩は平手のほうを向き、


「平手さん。穂華ちゃんの撮影、素晴らしかったと思います。それに夏休みスペシャルも楽しく拝見しました」

「あ……はい、ありがとうございます」

「中園さん、色々なご活躍、拝見してます。最近上京したので、夏休みの間にご一緒出来なくて残念でした」

「あ、どうも」

「そして辻尾さん」


 そういって恵真先輩は俺のほうをまっすぐに見た。

 そしてもう一歩前に出た。金色の髪の毛が教室の太陽でキラキラと光っている。


「辻尾さんが55地蔵巡りを提案してくださったと安城さんに伺いました」

「あ、ああ。それはうん、そうなんだけど」

 

 ナナナ姉妹と恵真さんが行った山に、55地蔵巡りという願いを叶えるための行動……みたいのがあると俺に教えてくれたのは品川さんだった。

 だからそれを安城さんに伝えたら、偶然行方不明になっていた方の白骨死体が見つかったのだ。

 安城さんも「すごい」と褒めてくれたけれど、正直ガチの偶然だ。

 でも安城さんがいう通り「知識をくれる人が周りにいることが『運』」だというなら、それはそうかもしれない。

 恵真先輩は真剣な表情で、


「私あのダイエット合宿に賭けてて。もう藁でも何でも良いから掴もうと思って参加したんです。でも特に注目を集めることは出来なくて。もうダメなのかなと思っていた矢先の出来事で、事故に遭われた方は大変お気の毒だと思うんですけど、私が見つけられて良かったと思うことにしました」


 白骨死体を見つけた時の冷静な表情と水をすぐに置いて祈りを捧げた絵は本当に印象的で、山の中の景色に金髪に美少女ということもあり、俺もはっきりと記憶している。

 俺は椅子に座り直し、


「いや、同じ状況になったら俺なんて叫んで逃げると思うけど、そこでちゃんと対応できた恵真さん本人の資質みたいなものが出たんだと思うよ」


 山の中で白骨死体って!! いや無理。想像するだけで怖い。礼儀は分かるけど、咄嗟には絶対出来ない。

 最近配信者たちがたくさん出てきてるけど、結局最後は何かあった時に本人がどう動くか……が大切になっている気がする。

 俺がそう言うと恵真先輩は少し緊張していた表情を解き、


「……そういって頂けると、嬉しいです」


 恵真先輩は静かにもう一度頭を下げた。

 いやいやいや……さっきから話していて、あまりに丁寧な対応に落ち着かない。仕事じゃないんだし。

 ここは学校で、しかも恵真先輩はひとつ年上だ。


「あのちょっと敬語やめてほしいです。落ち着かないんですけど」

「いえ。あの私、辻尾さんにお願いもあって来たんです」

「え? お願い?」

「私。秋にある文化祭でスパイダーを踊りたいと思っていて」


 恵真先輩がそう言うと、クラス中がザワリとなった。

 スパイダーは……無理なのでは? 

 うちの学校には、創立の頃から踊られていたという創作ダンスがある。昔この土地にいた蜘蛛のような化け物を追い出して、この場所を切り開き、学校を始めた……という伝説を元に作られたダンスで、毎年秋の文化祭で全学年で踊る。

 十分以上に渡る複雑な動きをするダンスで、一年生は体育祭が終わり次第その練習させられるほどだ。

 そこに熊坂さんが来て、


「え~~~。恵真ちゃんでもスパイダーは無理でしょ。今年はひいらぎさんでしょ?」

 

 中園も平手も大きく頷く。まあ正直俺も同意見だ。

 創作ダンスの一番の目玉……センターで踊るスパイダーの役は、その年のダンス部部長が踊るのが恒例になっていて、今年は二年生でダンス部部長……柊さんが踊るのは決定事項だと思う。

 なぜならもう文化祭は二か月後で、スパイダーのダンスはとても複雑な動きをするので「やりたい」「はいどうぞ」という物には見えない。

 それに俺たち映画部は、穂華さんがJKコンに応募するときに、ダンス部に世話になった。

 もうすぐ文化祭があるのにも関わらずJKコンのダンスに協力してくれて、あれもあってなんとか優勝できたと思っている。

 俺は穂華さんを見て、


「JKコンの時にダンス部に世話になったのは、伝えてあるんだよね?」

 穂華さんはいつもとは違う少し真剣な表情で、

「……はい、もちろんです。ね、恵真先輩」

 恵真先輩は静かに頷いて、

「すべての話を聞いてますし、JKコンの映像もすべて見ています。そして私、ダンス部にももう行ったんです。スパイダーが踊りたいから入れてくれないかと」

「えー……」


 俺たちは少し驚いてしまった。普通にダンス部に入部したい! なら分かるけれど、来月ある文化祭のメインである「スパイダーを踊りたい」って……もはや道場破りのレベル……いや言葉が違うのかな。平手はチラリと顔を上げて、


「柊さんはなんて?」

「ダンス部に入ることは出来る。もしあなたが二年生なら一年間修行して目指すことは可能だけど、三年生なら現時点であなたがスパイダーが踊れる可能性はゼロだと」


 俺たちは全員で「だよねえ……」と頷いた。

 文化祭は二ヶ月後だ。何年も準備してきた人がいることを考えると、さすがに無理な話だと思う。

 恵真先輩は、


「ここ十年の間で、何人かがスパイダーに立候補した歴史はあるの。先生に伺ったら、複数の立候補者が出たなら、動画を学校内のサイトにアップして、投票にする予定だと聞きました。可能性がゼロじゃないなら、チャレンジだけでもしたい。その動画撮影だけでも、辻尾くんにして貰えないかと思って穂華ちゃんに無理を言って連れてきてもらいました」


 そういって再び頭を下げた。

 うーーーーーん……。撮影するのはその場で撮るだけだから、固定カメラでもいける。

 でも正直やるだけ無駄なのでは……。

 ダンスだどれだけ上手でも、ひとりで「したい」と言って出来るものではない。それも三年生で転校してきた子が。

 唯一の勝ち筋は4BOXに出るほどの有名人、そしてこの美貌、そしてこのガッツ……だけど、どう考えても難しいと思う。

 とりあえずチャイムがなり、恵真先輩と穂華さんは戻っていった。

 さすがに無理だろ……と思っていたら、俺の近くですべての話を聞いていた紗良さんが口を開いた。


「……恵真先輩、無理で無茶苦茶な事を言ってると思う、けど。『ここ十年の間で、何人かがスパイダーに立候補した歴史はある』って……うちの学校の歴史を調べてるってことよね? 私たちも十年前のことなんて知らないのに」


 それを聞いて平手はスマホをいじりながら、


「三年で転校してくる人は芸能科でも珍しい気がする。出身地……サイトがあった。青森だって。へえー……ずいぶん遠くから、すごいな」


 俺はそれを聞きながら、そういえば恵真さんをダイエット番組に出すために動いていたのは「俺もばあちゃんの孫だ」と言っていた天馬さんだったと思い出して、心がザワリとする。

 俺はばあちゃんに関係していると言い出した時から、あの人が気になって仕方が無い。

 紗良さんは俺の横で、


「恵真先輩、すごくしっかりした人だった。だから何か理由があるのかも」


 その言葉に俺も周りのクラスメイトも頷いた。

 正直かなり無謀なことを言ってるけど、人に対する態度や言葉、それに行動は、俺たち以上にしっかりしてる。

 先生が教室に入ってきたので、紗良さんは俺に小さく手を振り、


「お話したい! 今日も一緒に帰ろう?」


 と言った。

 俺はその言葉に静かに頷いた。

 今日は丁度さくらWEBに行くし、安城さんに恵真先輩のことを聞いてみようかな……と俺は思った。

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