第72話 平手の苦い思い出と、新たな一歩

「何か新しいこと分かった?」

「就業施設の隣にある病院で看護師をしていた人から連絡があって、焼きたてのお菓子が食べられて重宝したって言ってた」


 平手はリュックサックを背負い直してスマホで時間を確認した。

 今日は新しい場所に取材に行く。俺たちは移動中の電車の中で話しながら考えをまとめていた。

 就業施設ではお菓子とかも売ってたのか。

 そもそも俺と平手が「パン屋」に限定して探していたから、聞かれたほうもそれだけで答えてくれたんだろう。

 焼き菓子とか、甘い物とか、作りたての何か……とか聞けば良かったのか?

 そう考えると取材ってメチャクチャ難しい気がする。先入観を与えたらそれしか返ってこないわけで。

 でもこっちも持ってる情報なんて限られてるから、広い間口で聞くのは難しい。

 平手は手すりを握り直し苦笑した。


「でも売ってた場所が分かっても、そこで作ってた人なのか、売ってた人なのか、お客さんなのか、何も分からないだろ。分かったのは、俺が焼きたてパンを食べた記憶は間違いじゃなかった。それだけなんだ」


 確かに。もしお客さんだとしても、その店でパンを買う人はたくさんいて、そのお客さんたちをすべて覚えているのは不可能だ。

 でも……俺はベビーカーが乗り込んできたので、通路の真ん中に移動しながら、


「絞ることは出来るよな。いつも同じパンだったんだよな」

「そう。あんパン。あんパンとロールパン。ロールパンは大きな紙袋にたくさん入ってて、香ばしくて美味しかったんだ。俺はいつもロールパンのほうを貰って食べてた」

「同じパンを同じような時間帯に、しかも大量に買う人ってわりと覚えてる気がする。だって電車もさ、同じ時間帯に乗って毎回会う人って覚えてるじゃん」

 

 俺は入り口付近にベビーカーを固定して座る女の人を見た。

 俺が学校に行くとき、いつも小学生の子たちが学校に行く時間で、その子たちを親くらいの年齢の人たちが、なんとな~く守ってるのを見ていた。

 親は電車の外で乗るのを見送っていたから、たぶん親じゃないんだけど、見守っている人たちはいつも同じような人たちで。

 なんとなくこの時間に子どもだけで電車に乗るから見守っている……という雰囲気だったんだ。

 そう話すと平手は、


「あ~。確かに。電車でいつも会う人とか覚えてるかも」

「だから働いてた人に重点的に聞くのがいいかも」

「オケオケ。なるほど。そんな感じで記事をフェイスブックにアップしてみるわ。わりとリアルタイムでみんな見てくれてるみたいで、フェイスブックには情報が入ってきてるから」

「そっちは頼んだ。んでさ……これ、会った時から言おうか、ずっと今まで悩んでたんだけさ……平手……今日のためにこの企画考えたとか、ない?」

「は?! 突然なんだよ?! なんで辻尾くんそんなこと言うんだよ?!」


 そう言って平手は背筋を伸ばした。するとよく分からないレベルに固められた平手の髪の毛がビヨンと束で動いた。

 俺はその髪の毛を見て、


「髪の毛固めすぎじゃね? なんかバリバリになってるけどいいの?」

「えっ?! どこが?」

「後ろ。寝癖直そうとして、かなり付けた?」

「うん。なんかびょーんってなってたからお母さんの付けたんだけど」

「ちょっと多いかな。なんか濡らして広げたほうがいいかも」

「マジで? それでなんとかなる?」

「……たぶん」


 今日の平手はいつもの平手と雰囲気が違う。会った瞬間から気になってたんだけど、すぐに言うのもなんか悪い気がして、とりあえず電車に乗って……と思ったんだけど、やっぱり髪の毛がパリパリすぎると思うんだよな。

 平手はわりと寝癖が付きやすい髪質ぽくて、いつもわりとどっちかに髪の毛が寄ってるんだけど、今日はわりとピシッとしてて……というか整髪料で無理矢理固められていて気になった。べったり付けた感じが気になるだけで、別に良いと思うんだけど……。

 あと服装も上がチェックのシャツで下もチェックのパンツで、解像度がバグったゲームみたいなんだけど、コレは今更言っても変更できないわけで……。

 平手は「これで何とかなる?」と言いながらウエットティッシュで頭を拭いていた。

 こんなオシャレに気をつかっている平手を見るのは初めてだから、何かあると思うんだけど……。




「わああ、平手くん!! すごい。わあああ、大人になったのね」

「藤井先生は相変わらず、ですね」

「そんなことないよ、もうおばちゃんだよーー」

「いえいえ、本当に。すいませんはい、おひさしぶりです、すいませんこんな所まで押しかけて」

「でも話し方は全然変わらないね。あーー、懐かしい。お母さんに言われて久しぶりにフェイスブック入ったよ。あ、すいません入り口で、どうぞどうぞ」


 そういって藤井彩花ふじいあやかさんは俺たちを音楽教室の中に入れてくれた。

 ここは中園のマンションから電車で一時間ほど移動した所にある音楽教室だ。幼児教育をしている施設の一部で、小学生以下の子を対象にしているようで、教室の中には動物のキャラクターなどが可愛く飾られている。

 俺は藤井先生にカメラを回しても良いか確認してからiPhoneで撮影をはじめた。

 そして編集をするので普通に話してほしいこと、顔など出したくない場合はモザイク処理などすることを伝えた。

 藤井先生はけらけらと笑って、


「大丈夫よ。別に変な話をするわけじゃないし。個人情報だけ何も考えずに話してたらカットして貰えるかな?」

「はい、わかりました」

「よろしくお願いしますね!」


 そういって藤井先生は目を細めた。おお、なるほど。やっぱりの美人さんだ。

 平手は緊張した面持ちで背筋を伸ばしながら口を開いた。


「今日はありがとうございます。えっと……あの時は本当に申し訳ありませんでした」

「やだ、もうそんな昔のことっていうか、平手くんのせいだけじゃないと思うから、本当に」

「いえ、マスクをして行くべきでした」

「だから大丈夫だって!」


 俺は口を挟まないと決めているが、これでは説明ベースのナレーションが必要になってしまう。

 俺は平手の目をまっすぐに見て「説明からだ~~」と念を送る。

 前の旅行編は、みんなが何かしている所を撮影して編集して出した。でも今回は謎を追うドキュメンタリー状態になっている。

 そうなると、情報を引き出すとき、何かわかる時にカメラをちゃんと回してないと、あとでテロップ説明になってしまう。

 これが話の速度をガクンと落としてイケてないことに気がついた。でもこれがすげー意識してないと全然ダメで、普通に話を進めてしまう。

 俺の視線に気がついたのか、平手は「あ」と言って頷いた。


「すいません。最初から説明します。太田小学校最後の日……音楽の藤井先生の伴奏で、体育館で校歌を歌うことになっていました。でも俺はその一週間前にインフルエンザになってしまって。でも治ったんです。治って出席停止も終わり、藤井先生のところにいったら、次の日……本番の日に藤井先生がインフルエンザになってしまい、伴奏で歌うことが出来ませんでした。俺はそれをずっと自分のせいだと思っていて、もしゲームの中に音楽を流せるなら、藤井先生に校歌を弾いてほしいなと思ったんです」


 オッケー、完璧だ。俺は頷いた。

 平手から「もう一人、会いたいというか、話したいというか、お願いしたい人がいるんだけど」と言われたのは先日のことだ。

 どうやら平手は、自分がインフルエンザを藤井先生にうつしてしまったとずっと思っていて、それを悔やんでいるようだ。

 藤井先生は、


「学校だったし、平手くん以外にもインフルエンザの子はいたよ。だから平手くんのせいじゃないよ」

「いや、あの時期、インフルエンザだったのは俺だけでした」

「だからもういいよ。こうして来てくれて、また会えただけで嬉しい。それで楽譜は手に入ったの?」

「はい。統合された小学校に残ってました」

「えーー、そういうものなんだ。すごい。見せて?」


 平手はリュックサックの中から持って来た楽譜を取りだした。

 どうやら廃校になっても、学校の旗や校歌の楽譜、それに記録などは、市役所もしくは統合先になった学校に保管されるらしい。

 これは役場の人たちに聞いたらすぐに出てきた。

 藤井先生はそれを持ってすぐにピアノに座り、弾き始めた。

 平手は、

「おおおおお……ああああ、すごい、覚えてる。覚えてますね」

 藤井先生は弾きながら、

「あらやだ。すごい、そうよ、覚えてるわ。わあ~~蒼き空に~~この歌を~~」

「胸を張ってさあ歌え~~あはははは!!」


 俺は笑いながら歌うふたりを撮影した。

 校歌って卒業すると一瞬で忘れるのに、歌われるとすぐに思い出すからすごいよな。

 藤井先生はMIDもやるということで、この校歌を電子音にしてアップすると言ってくれた。

 竜上生活はその街に入った時にオリジナルの音楽を流すことができる。だから自分の家の中だけで好きな曲を流している人も多い。

 電車の中もちゃんと専用のアナウンスが作られて流れている。

 だからもしお願いできるならそれが良いと思ったんだ。うまくいきそうで良かった。

 藤井先生と俺たちはお茶を飲みながら話した。

 藤井先生はフェイスブックを見ながら、


「私ね、たぶんこの病院に病院内教室の先生として行ったことがあるの」

 俺たちは顔を上げた。

「えっ……」

「ここの病院って今もあると思うんだけど、小児科が強いのよね。この県で一番大きな小児科だったの。だから病院内教室があってね、たまにそこに教師として行ってたの」

 俺はそれを聞きながら、

「え……じゃあわりと、この病院には長期入院してた子が多かったってことですか?」

「多かったわ。太田村って空気と水が綺麗で有名だったでしょ。だから一家で引っ越してきて長期滞在してる家の子もいたわ。私家庭教師もしたもの。だからひょっとして、そういう関連の子かなって思ったの。あそこら辺、子ども少ないから見たことない子って少ないと思うの。でも療養のために一時滞在とかなら、あり得るかもって」

「なるほど……そうだ……そうかも知れないですね」


 俺は静かに頷いた。

 東京で子どもを探していると言ったら難しいけど、山のなかで子どもを探していると言ったらすぐに分かる気がする。

 絶対数が少ないんだ。それなのにここまで大々的に調べて何も分からないとなると、その可能性は多いにある。

 取材を終えた電車の中で平手は、


「……確かに体力は無い子だった。山を登るのは嫌がってた。でも外遊びは結構した気がするけど……」

「なるほど」


 聞きながら、だとしたらこれ以上追うのは悲しい結果を知ることになる可能性もあり、追われる本人も嫌がる気がする。

 でも休みの間だけ遊びにきていた子の可能性も捨てきれない。

 俺たちは藤井先生が弾いてくれた校歌を聴きながら東京に戻った。

 平手は個人的に連絡先を交換したようで、嬉しそうにLINEしている。

 俺はそれを横目で見ながら、


「……藤井先生綺麗だな」

「吉野さんにチクるわ」

「いやいや、綺麗だって言っただけだよ」

「……そうだよ、昔から綺麗だった」

「そっか」

「……もう何もないって言ってるだろーーー!!」

「何も言ってないだろ! あとその上も下もチェックなの変だからな、次は止めた方がいいぞ!」

「え? どこら辺が? 上も下も一張羅なんだけど」

「紗良さんにチクるとか言うヤツはしらねー!」

「ねえ辻尾くん!!」


 俺たちは追いかけっこしながら中園のマンションに戻った。

 戻って中園に俺たちの中学の校歌覚えてるか聞いてみたら完全に忘れてた。俺もだ。

 そしてネットで検索して冒頭だけ聞いたらすぐ歌えた。校歌身体に染みついてて怖い。



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