第71話 紗良さんと一緒に

「さて、始めるかな」


 俺は編集用のノートパソコンを、中園マンションの会議室で開いた。

 今日平手は、太田村に住んでいた人たちが数人東京にいるということで、会いに行っている。

 同行しようかと思ったけれど、同郷の人たちと話す時に俺がいると「取材!」という空気になるのが良くないかなと思った。

 だから今日は紗良さんの配信動画の編集をすることにした。

 紗良さんと穂華さんのゲームプレイは配信しながら常にさくらWEBにアップされてるんだけど、高校生SP用に再編集が必要だ。

 再生を始めると、さっそく紗良さん扮した昭和のオッサンが目を輝かせていた。


「じゃあ今日は、小麦の強度について発表したいと思います! わあ~~育ってる~~~!」


 そこに冷静なコメントが並ぶ。


『おい、オッサン。小麦はもういいから動き出せ。もうパンは竜の息に行けるほど貯まった』

『きました、オッサンの小麦コーナー。楽しんで見てます』

『マジで。マジで動かないと終わらないって』

『穂華ちゃ~ん、早く戻ってきて~! このオッサンをそろそろ動かしてよ』


 紗良さんはコメントを「こんにちは」と軽く読み流しながら作業を続ける。

 そしてネクタイを振り回して叫んだ。


「これはっ……ああっ! これはすごいですよ。皆さんっ!! 強度マックス。竜の胃の中でも溶けないパンがやっとできましたーー!!」


『パチパチパチパチ』

『わかったわかった、はやく動け』

『もう全部刈り取ってキューブにしたほうがいいよ。そしたら移動先でも使えるし』

『しかしこのオッサン、まだ小麦に夢中である』


「出来ました皆さん、最強のパンの完成です! わあ~ちょっと食べてみます! んん~体力の回復メーターが一口でマックス越えですよ。すごいすごい!!」


『おいちょっとまて、それをここで食うな』

『オッサン、それ竜の胃で食うヤツや』

『意味がわからない』

『ただの特殊パン職人乙』


「あははははは!!」


 俺は動画を見て爆笑した。やっぱり紗良さんがマイペースで面白すぎる。

 紗良さんと穂華さんに取りに行ってもらう竜の息は最悪、この企画が終わる直前にあれば良い。

 竜上生活をはじめて二週間以上経過したけど、来ているのは米袋朗だけだ。

 中園のファンたちは、場所のヒントがある紗良さんと穂華さんの配信を見て頑張ってるみたいだけど、やはりこの場所を見つけるのはかなり困難だと分かる。

 紗良さんは何を言われてもマイペースを崩さず、のんびり竜上生活を楽しんでいた。

 この状態では、住民は米袋朗だけで終わるのでは……? と思ったけれど、どうやら橋をかけた時に見えた映像にかなり特徴的な塔が写ってたみたいで、それを目指して中園ファンが大移動していると昨日Twitterで見た。

 そこまでは電車が来ているらしく、そこから廃校に線路が通るのではないか……と考察されていた。

 そして早く線路を作りたい電車オタクたちがその塔に集結、線路用の石や木材を大量に集めているというからすごい。

 あとは本当に竜の息なんだけど、唯一真面目に進めていた穂華さんが、ここにきて仕事で離脱。

 三日間ほど留守にしている間、紗良さんだけでゲームをしてるけど、これがもう面白いくらい進んでない。

 紗良さんは小麦の強化にハマってしまったらしく、色々な小麦を作って石を組み合わせて、パンを生成している。


「日本には何種類の小麦粉があるか知っていますか? 約20種類もあるんですね、私は全然知りませんでした」


 最初はオッサンのキャラに合わせてなんとか「俺」と言っていたけど、最近はもう素の紗良さんがオッサンの容姿で小麦を語る時間になってしまった。

 最初は見ていた人たちも『早く進めろ!』とキレていたが、なんとなく位置が分かり、塔の場所にいれば数日後に電車が出来るだろうという安心感もあり、紗良さんの配信はただののんびり小麦農家ライフになってしまった。


「日本で最初に作られた小麦粉は『はるゆたか』なんですけど、はるゆたかは病気になりやすいんです。それを品種改良したのが有名な『春よ恋』なんですね。でも、味としての『はるゆたか』のファンも多くて。結局種を薪くタイミングを変えて再チャレンジしたらしいんですよ。それが大成功して復活したんです! このお話からわかるのは、品種が悪いんじゃない、時期を変えて粘り強く付き合えば、芽は出る! 良い話です~」


『押し寄せるパンチクに息もできない』

『感動してパンしか食べられない』

『小麦の種類なんて調べたことないわww』

『私も冬まで眠ります』


 紗良さんは実に真面目に小麦を語り、楽しそうにパンを大量生産していた。

 そして最後にはパンが20個と、これまたレアな竜の血石を使って作り上げるパンのゴーレムを作り出した。

 これはパンを延々作り極めた人しか生み出せない竜上生活最強の傭兵だ。

 ここまでくると笑っていたリスナーたちは紗良さんの本気に気がつき、リスペクトし始める。

 もう俺は面白くて仕方が無い。だって紗良さん扮するオッサンがパンのゴーレムを従えて、パンの馬で移動しているんだ。


「いっけーーー! パンのゴーレム一号。いけいけーー! やった。すごい、私のパンのゴーレムすごくつよい!!」


 と大騒ぎだ。もう面白くて爆笑しながら編集していたら、会議室のドアがノックされた。

 リビング横は中園が寝てるし(完全に昼夜逆転中)、パソコンがある部屋は紗良さんが配信しているので、俺と平手は会議室を使っていた。

 ドアを開くとそこには紗良さんがいた。

 夏休みで暑い日が続くので、キャミソールが見える大きめのTシャツをダボッと着ていて可愛い。少し伸びてきた髪の毛は緩くポニーテールでまとめられている。


「今日も穂華も平手くんも居ないって聞いて、お弁当作ってきたの。一緒にどうかなって」

「!!! 食べたいです!!!」

「良かった。……あ。私のところ編集してたの? カッコイイでしょう? パンのゴーレム。もうすぐ三人目も作れるのよ」

「あはははは! うん、すごく。すげー元気にプレイしてるから編集してて楽しいよ」

「今までゲームって戦いがメインだと思ってたからしてなかったけど、こんなに楽しいのね。あ、食べましょう」

「うん」


 俺は書類や地図が広がった机の上を片付けて、紗良さんを座らせた。

 紗良さんはハンカチで結んであるお弁当箱を置いて、


「体育祭以来ね。一緒にお弁当食べるの」


 と目を細めた。そうだ、あの時も紗良さん手作りのお弁当を食べた。

 俺は「いただきます」と伝えて包みを解きながら、


「あの頃と紗良さん、すごく変わったね。こんな風にゴーレム従えて叫ぶ姿、あの頃想像できなかったよ」

「これは私じゃないの。昭和のオッサンなの!」

「紗良さんって、すごくそういう所あるよね。別の人間になるとすげー強く出てくるというか」

「そうね。基本的にはずっと自分に自信がないのよ。でもね、陽都くんにすごく大切にしてもらって、大好きってたくさん言って貰えて、あのね、頑張って作ったぬいぐるみをスマホに付けてくれたりとかね、どんな私でも受け入れてくれる毎日だとね、最近は素の私でも大丈夫だなって。すごく私のなかに貯まってきてるんだよ」


 その言葉に俺はなんだかすげー嬉しくなって、紗良さんを自分の膝の上に座らせた。

 紗良さんが作ってくれたクマのぬいぐるみは、あの日からずっと俺のスマホにぶら下がっている。

 正直無くしそうで怖いけど、そう伝えたら「そしたらまた作る! 上手になるかも!」と言われて安心してずっと一緒にいる。

 見るたびに紗良さんのことを思い出して、嬉しい気持ちになる。

 そう伝えると紗良さんは俺の太ももの上でくるりと回転して俺の首にしがみついた。

 そして首の後に腕を回してギューッと抱きついて、


「えへ。作って良かった! 最近私、毎日楽しいの。陽都くんの彼女になれて幸せ」

「はーーー、紗良さんかわいい。なにこれもう、あーーーかわいい」


 俺がそう叫ぶと紗良さんは俺の頬を両手で包み、優しくキスをしてくれた。

 中園の家というか、部室的な場所で、前は少し困ったように甘えてきていた紗良さんからのキスに俺は嬉しくなって紗良さんを抱き寄せてキスを返した。

 紗良さんは「えへへ」と目を細めて俺の膝の上から下りて「お弁当たべよう?」と笑顔を見せた。

 あー、紗良さんがかわいい。もっと可愛がりたいし、甘やかしたい。

 紗良さんが作ってくれたお弁当はサンドイッチだった。卵にハムに野菜がたっぷり入ったものに、ツナ缶。

 紗良さんは俺のほうを見て笑顔になり、


「ゲームで小麦に詳しくなって、近所の自然食品のお店でライ麦とかのパンを買ったの。そしたらすごく美味しくてね。陽都くんにも食べてほしくなったの」

「あははは! うん、美味しそう。……ん。香ばしい」

「そうなの。ゴマが入っててね。竜上生活もゴマは取れるらしいの! 知ってる? ゴマって3000種以上もあるのよ? ゴマの歴史すごいの!」


 紗良さんは食べながら俺にゴマの話を延々してくれた。

 こんなにハマってくれるのは予想外だけど、つまらなさそうにされるより全然嬉しい。

 そしてお弁当はすげー嬉しい!

 


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