第63話 なりたい姿

 漫画喫茶を出て夜間学童保育所に入っていくと、中庭に夏祭り用の荷物がたくさん置いてあった。

 提灯に、のぼり、屋台の骨組みや、カラフルな幕もたくさん!

 やきそば、唐揚げ、チョコバナナ……どれもカラフルで、独自の雰囲気だ。

 中で作業していたヨーコさんが私に気がついて、


「おはよう~、紗良ちゃん!」

「おはようございます、ヨーコさん、すごい。本格的なんですね」

「そうそう。レンタル業者があるのよ。あったほうが盛り上がるじゃない?」

「屋台でしか見ないこのオレンジの下地に青色の文字とか、好きです」

「遠くから見えるように目立つようにしてあるんだろうね~。ほら今日もやること山盛り、始めて行きましょう!」

「はい!」


 私はさっそくエプロンをつけて保育園の中で作業をはじめた。

 夏休みが始まり日中から居る子が増えた。私は基本的に前と変わらない夕方から夜にバイトに入っているけど、入った時点で保育所の中がものすごく荒れていることが増えた。だからとにかく片付けから始まる。

 転がりまくったオモチャや本を片っ端から片付けていく。私はこの機械的に動き続ける作業、全然嫌いじゃない。

 夏休み中ここにくるのは、小学校の子が多い。

 親がずっと働いているとどこにも行けないので、ここで友達と遊んでいるほうが楽しいらしい。

 それにここは学校の学童より自由に出来るらしく、気楽だと言う。

 そのうちの一人……黒崎結乃くろさきゆのちゃんが私を見つけて手をふった。 


「紗良ちゃんだーー! ねえ紗良ちゃんって夏休みの自由研究なにした?」

「結乃ちゃんこんばんは。まだ自由研究ってあるんだ」

「あるよ。三年生にもなるとネタ切れ? もうスライムは三年作って飽きたし~~」


 そういって結乃ちゃんはため息をついた。

 ここで知ったんだけど、小さい子はとにかくスライムを作る。

 私はそんなの一度も作ったことがなくて、最初に「スライム作ろ!」と言われた時は戸惑った。

 でも見ていたら洗濯のりに四ホウ酸ナトリウム水溶液を混ぜると網目状の構造に変わる架橋結合かきょうけつごうを利用したオモチャだった。

 つまり科学。「なるほど、ヒドロキシ基と水素結合させるのね」と言ったら「はああ??」という顔をされたが、こういう風に科学に触れるのはすごく良いと思う。

 銅板入れて電気も流して電池にしたら楽しいのに。

 私……? 私が過去にした夏休みの自由研究は、


「そうね……セロファンを利用した手作りの湿度計とか作ったわね」

「はああああ??」

「セロファンに棒を張ってね。それで日々変化する角度を一日三回記録するのよ。毛髪でも出来るのよ?」

「毛髪?! 怖いんだけど!! てかそんなのクソつまんない。授業じゃん~」

「自由研究なんだから勉強よ?」

「紗良ちゃん、前から思ってたけど、真面目すぎだよ!! 今時はキットとか、そんなんでいいんだよー」


 キット? スマホで調べてみたら、何個も出てきた。

 そのままくみ上げれば出来るクレーンゲーム機、宝石石けんを作ろう、手作りゼリーキャンドル……。


「すごい、こんなことになってるのね」

「でもねー。これはみんな使うからカブるの。私クラスの子とカブるのマジで無理」

「なるほど……。あ、レモン電池を作ろうだって。楽しそうね。これも科学」

「紗良ちゃん何か面白いのない?」


 そう言って結乃ちゃんはゴロゴロと床に転がった。

 私の頃にはキットなんて無かったし……と思いながらスマホで自由研究のページを見ているとピンポン玉ゲームが目にとまった。

 木の板に釘を打ち付けて、ビー玉を転がしてゴールに向かわせるものだ。

 私はその画面を見せて、


「あ、結乃ちゃん、これ良いんじゃないの?」

「えー? これいつも誰か作ってるよ。カブるじゃんー」

「結乃ちゃん。可愛いどんぐり集めてなかった?」

「あるよ。だけどそれがどう関係あるの?」

「結乃ちゃん私に一回見せてくれたでしょ。可愛いどんぐり入れ。たくさんあるけど使い道がないって。あれを木の板にたくさん貼って道みたいにして、中でビー玉ころころ出来るようにしたらどうかな? 終わったら飾ってコレクションにもなるし、図鑑みたいで可愛いよ」

「あ、それいいかも、紗良ちゃん、天才ーー!」


 そう言って結乃ちゃんはすぐに家に戻り、宝物のどんぐり箱入れを持って来た。

 前に見せてもらったんだけど、可愛いどんぐり、背伸びしたどんぐり、まんまるどんぐり……とどれも気に入っていて可愛かったのだ。

 結乃ちゃんは余っていた木の板を貰い、そこに絵を描くことに決めたようだ。

 見ていて他の子たちも集まってきて、ついでに夏祭りの看板を描くことになった。

 高学年の子たちを中心に、ヨーコさんと共に木に色を塗り始めた。

 人が集まり始めた中……ひとりそこを離れていく子……高木千歳たかぎちとせちゃんが見えた。

 中庭のベンチで本を読んでいたんだけど、中庭が騒がしくなってきたので、本を持ったまま台所のほうに移動をはじめていた。

 私は千歳ちゃんと一緒に台所に向かう。

 千歳ちゃんが台所の床に座って静かに本を読み始めたのを確認しつつ、頼まれていたレモンを取りだして皮を厚めにむきはじめた。

 レモネードを売るから! と頼まれていた作業だ。

 中庭ではワイワイとみんなが看板を描いている笑い声が聞こえてくる。

 私はその声を聞きながら、静かにレモンを洗い、ただ剥いた。

 横では千歳ちゃんが本をペラ……ペラ……とめくりながら読んでいる。 

 一時間も経っただろうか。頼まれた段ボールひとつ分のレモンを剥き終えたころ、横に千歳ちゃんが立っていた。


「……手伝う」

「嬉しい」

「ん」


 そう言って千歳ちゃんはレモンを静かに洗い始めた。

 私はここで、子どものころに横にいてほしかった人に私がなれたら良いなと思っている。

 困った時にはアイデアと知識を与えられる人。

 何も要らないときには無視してくれる人。

 千歳ちゃんとなにひとつ話さず、ただレモンを洗い、皮を剥いた。


「紗良ちゃん、見て見て! すっごく上手に描けた!」

「あら、すごい。花火の絵なのね」

「そう! 夏祭り楽しみだから!」


 板に絵を描いた結乃ちゃんが持って来て見せてくれた。

 私は手を洗い、結乃ちゃんの描いた絵を見た。すごく上手。

 結乃ちゃんはすぐにiPadを開き『どんぐりで作るピンボールの作り方』の動画再生をはじめた。

 なんというか、今は何かしようと思ったら全部YouTubeで探す時代なのね。

 見ていると、履歴履歴の所に見慣れた顔が見えた。 


「中園くん」

「あ。紗良ちゃん、ナナナチャンネルのふたり知ってる? これ姉妹の、ナツミちゃんとナナカちゃんなんだけど、めっちゃ仲悪くて面白いよ」


 そう言って結乃ちゃんが再生した動画は、音ゲーで対決している女の子ふたりが写っていて、その真ん中に中園くんが写っていた。

 ええ……? 見ると4BOXに出演している姉妹だった。女の子ふたりは右に左に中園くんを引っ張って大ケンカしている。

 それを見て結乃ちゃんはケラケラ笑い、


「このふたりほんと仲悪くて最高。いつも男取り合って殴り合ってるの」

「なんでそんなことを……」

「女の子がケンカしてるの見るの、すごく面白いよ!!」


 ケンカを見てるのが面白い? 私は陽都くんの親友ってこともあり、中園くんが心配になってしまうけど……。

 どうやらこれはさくらWEBで公開している番組らしく、4BOXに出ている子たちが総出演していた。

 4BOXという番組は、私も穂華のダンスを踊ってくれていると聞いてみたけど、リアリティー番組ゆえの演出なのか、本気なのか、全然分からない。

 そして中園くんは姉妹が作ったお世辞にも美味しそうとは思えない料理をたべて「??」顔をしていた。

 それをみて結乃ちゃんがケラケラと笑う。

 こんなに目立つことをしていて夏休み終わりに家に帰れるのかしら……。



 バイトが終わると、陽都くんが迎えに来た。

 気になってその話をしたら笑いながら、


「俺も見たよ! さくらWEBの仕事だから断れないんだろうな。でもナナナのふたりは姉妹じゃないんだよ。顔が似た人を姉妹として売り出してるんだ。よく見ると『姉妹(系)』って『系』が小さく書いてある」

「!! 本当ね」

「元々バラで活動してたふたりを安城さんがバトル系姉妹として売り出したんだ。人気出てきたよね」

「バトル系姉妹……?」

「安全な場所から人が戦ってるのを見るのはみんな大好きだからね。自分が出来ないことの一種だ。それにリアリティー番組ってものすごくちゃんと脚本があるんだよ」


 陽都くんは楽しそうに目を輝かせて話した。

 私は手を握って、


「陽都くん、やっぱりそういうお仕事したいのね」

「……興味はあるよ、会議も面白かったし。でも今の俺には無理、たぶんまた倒れる。実力が伴ったら。もっと先かな……いつか……とは思うけど……どうかな、そんなの夢物語かもしれない」


 キラキラと目を輝かせて語っていた陽都くんの目が、一気に寂しそうになって、私は思わず腕にしがみついた。


「明日から高校生SP作り始めるの、楽しみね。中園くんの住んでるマンションで作業するんでしょ?」

「そうだな。俺もはじめて行くんだよ」


 そう笑った陽都くんの口の中に私はキャラメルを入れた。

 

「!! ……甘い」

「いつもね、持ち歩いてるの。陽都くんが私にくれてからずっと」

「……紗良さん、好き」

「帰ろう。明日楽しみ」


 ふたりでキャラメルを口に入れて夜の街を歩いた。

 少しずつ気がついてきた私のなりたい姿。

 弱い人にも、強い人にも、同じ強さで横に居られる人になりたい。

 弱い人の横に立ち、強い人を励ます。寄り添うだけじゃない。私らしく色んな人の横に立てる人になりたい。

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