第62話 俺には無い視点を

「あらら陽都くん大変。あらら陽都くん。どうしよう、あんな地下に。あらららら」

「紗良さんダメだ、面白すぎる」

「はわわわわ陽都くん。えー……あんな所に死体があったら匂いすごくないかなあ……はわわ見事にお腐りになられて!」

「お腐り! なにその言い方! なんで丁寧なの?!」


 俺はあぐらの上に座らせてる紗良さんを後ろから抱きしめた。

 紗良さんは配信のドラマを見ながら「あららららはわわわわ」と連発していて、すげー可愛い。

 この漫画喫茶に来たのは三日前だけど、最近はお昼をここのカップルルームで食べることが増えた。

 この前俺がバカみたいに興奮して体調を崩した後に紗良さんが連れてきてくれたところだ。

 俺は企画会議に出してもらった後、安城さんに誘われて4BOXの会議にも出た。

 それは10人以上があの部屋に集まってみんなで熱く議論をしていた。そこに俺も入れて貰って……本当に楽しかったんだ。

 ただ言葉とアイデアを広げていくような時間に興奮した。

 その後もずっと「ああしたら良いんじゃないか」「こういうのはどうだろう」頭のなかがずっと回転しはじめた。

 みんなも褒めてくれるし、俺には才能がある、やれる、母さんは何も分かってない!

 もっと褒められたい一心ですごく頑張ってたら、夜寝ててもアイデアを思いついたら飛び起きちゃうんだ。でも何も覚えてない。

 疲れて勉強も出来ないし、バイト先でも眠たくて仕方が無かった。


 その状態に気がついてくれたのは紗良さんだった。

 俺の頬を包んで「普通じゃない」って言ってくれた。


 無理だと気がついて連絡したら「えらいね、体力の線引きできるのか。更にいいね。とにかく高校生SPの企画これでOKだから進めて」と言われた。

 なんだよ……無理だったら断ったほうが褒められるのか……。

 もうやっぱりあの世界よく分からないと思っていたらホタテさんからLINEがきて「無理してぶっ倒れられるより、事前に伝えてもらったほうが100倍良いのよ。そのくせも付けて?」とさらりと言われた。なるほど。それは本当にその通りだ。

 それに父さんが「仕事として考えるなら、ちゃんと契約すべきだ。頭を安く使われるな」と言ってくれて目が覚めた。

 頭を安く使われる。会議が楽しくてそんな風に考えたことなかったけど、契約とは責任が発生することだ。それなくして参加するのは違うと思えた。

 だから高校生らしく夏休みSPに専念しようとまっすぐに思えた。


 最初に気がついてくれたのは紗良さんだ。

 俺は紗良さんがいないと、すぐに足下ガラガラ崩れて、何も分からずムチャして倒れていきそうだ。

 紗良さんが大切すぎる。俺は静かに再び後ろから抱きしめた。

 紗良さんはそんなこと気にせずドラマに夢中だ。

 

「わああ、陽都くん。奥さん全然気がついてないよ……でも、こうパカーと開けて地下にいく階段って今まで見たことある?」

「よく考えたら見たことないな。大きな家だとあるのかな」

「私だったら見つけても無視するよ。陽都くんは? 床にある扉とか開く?」

「いや……怖いな、暗いのは確定じゃん、イヤだよ」

「だよねえ。はややや、陽都くん。真っ暗なのにどうして入っていくのかな。はやく電気、電気つけて、スマホスマホ!」


 そういって紗良さんは俺のほうをむいてしがみついてきた。

 ああ、ものすごく可愛い。好きで好きで仕方が無い。

 俺がぶっ倒れて眠ってしまった時に紗良さんは、漫画喫茶だと配信のドラマが全部見られることに気がつき、ランキング一位にあったドラマを適当に見始めたようだ。

 四話まで見たんだけど、続きが気になって……と言われて、最近は午前中図書館で勉強して、お昼ご飯をここで食べながらドラマを見ている。

 漫画喫茶はイチャイチャできるし、何でも持ち込み可能だし、お互いのバイト先に徒歩10分。最強の場所だ。

 ギリギリまでこんな時間を過ごしてるんだけど、もうあぐらの上にドラマを見ながらあれこれ言う紗良さんを乗せているのが楽しくて仕方が無い。

 内容は旦那が連続殺人鬼で地下に大量の死体を隠していて、奥さんはその殺人鬼を追っている刑事というサスペンスなんだけど、内容より俺は紗良さんを楽しんでいる。

 紗良さんはどっからどうみてもサスペンスを見る才能はなく、何かあるたびに、


「はやや!」


 と上にぴょこぴょこ伸びるのだ。そのたびに俺のアゴにガンガンぶつかってくるので、さっきから肩の所にいるけど、ぴょこぴょこ伸びて面白すぎる。

 もう俺の中ではドラマの内容より、その内容により紗良さんがぴょこぴょこ伸びるタイミングを予測して逃げるゲームとなっている。

 さっきから奥さんが殺人鬼が隠した血の近くを歩いていて、しゃがんだ。


「はわ!」


 くる、と俺が少し離れるとぴょこと紗良さんが伸びた。当たった。

 そしてその血に奥さんが触れて、階段が隠してあるシートに触れようとしたら、さっき殺人を犯したナイフを旦那が落とした。

 

「はわわわわわ!!」


 くる、と更に離れたら予想よりぴょこぴょこしてタイミング合わずにアゴにぶつかった。


「痛い……」

「わーん、陽都くんごめん。私ここから下りる……」

「ダメ、絶対下りちゃだめ。俺紗良さんのぴょこぴょこから逃げるゲーしてるから」

「なにそれ。私ぴょこぴょこなんてしてないもん。ほらみて、陽都くん。もうバレたと思う?」

「どうかなー。でも指先に付いたよね。あれ刑事なら調べないかな?」

「そうだよね!!」


 そう言って紗良さんは目を輝かせて一時停止。そして「えへへ。ちょっと甘えるの」と笑い、俺のほうをみてしがみついてきた。

 頬にキスをして首の所に頭をいれてもたれてきた。

 我慢できなくてキスをすると嬉しそうに胸元の服を握って少し引っ張って伸ばしながら、


「あのね。小学校の頃、みんな同じアニメとか見てね、盛り上がってたの。でも私は習い事が忙しくてテレビとか全然見てなかった。少し憧れてたの、こうやって同じ番組見て、感想言い合うの。だから今、ドラマ見るのより、陽都くんとお話しながら見られるのがすごく楽しいの」

「……そっか」

「だからね、先に見たらダメだから! 気になっても私と一緒に見るのよ。それでこうやって話したいの。話したいから見たいの。ネットで考察見るのも禁止だから!」

「分かった。一緒に見よう? ほら、ここに座って。たくさん話そう」

「うん。えへへ。後ろから抱っこがいいなあ。怖いの。見たいの。でも一緒がいいの」

「うん。ほらでもね、紗良さんがぴょこぴょこするから痛いんだよ」

「はわわわわわ! 科学研究所だよ、調べるのかああ」

「ほら、ぴょこぴょこ」

「陽都くんーー! あ、違うの? 調べないの? 陽都くんどういうことだと思う?」

「これ別の事調べるんじゃない?」

「そういうこと?!」


 もうそんなに苦手なのにどうしてサスペンスを見るんだろう。しかもこれすごく怖いジャンルだと思うけど。

 とにかく紗良さんが可愛くてしかたがなくて、俺は何度も怯えて叫ぶ紗良さんを後ろから抱きしめてドラマを……いや紗良さんを楽しんだ。

 ここは俺と紗良さんのバイト先に近いので、ギリギリまで一緒に居られるところがいい。

 夕方前、バイトが始まるまでイチャイチャして、俺たちは外に出た。

 夏が始まる夜は、いつもどこか湿った雨と、どうしよもない熱の香りがする。

 紗良さんは背伸びをして鞄を持ち直し、


「明日は久しぶりに部活ね」

「そうだな。やっと企画のOK出たから動き出せる」


 夏休みの間に活動するから『夏休みSP』なのに、企画会議ばかりして活動を始められていなかった。

 そもそも数年間に優勝したチームが数校参加するという話だったのに、企画を提出した所、スポンサーから許可が出たのは結局うちらだけで、独占状態。 

 それもあって、数校が対決! という縛りが消えて、安城さんも「8月から毎日更新してくれたらいいや」程度になってしまった。

 やっぱりスポンサーが付いて仕事としてやっていくのは甘くない。

 平手の廃校のアイデアが強かったけど、指摘された部分はまだ全然クリアになってないんだ。

 もっと考えないと……と思う。

 紗良さんは俺の手を握り、


「また始まるの楽しみ! あとね、週末に夜間学童保育で夏祭りがあるの。店長さんにも伝えたけど、陽都くんもスタッフで助けてくれたら嬉しいなって」

「あ、それ俺も店長に頼まれた。あそこそんなことしてるんだね」

「うん。屋台出してね、お店も結構あるの。私もスタッフだから浴衣着れないし忙しいんだけど……陽都くんが一緒のほうがいいなって」

「たぶん大丈夫だと思う」

「うれしい、楽しみ!」


 そう言って紗良さんは俺の腕にしがみついた。

 ああ毎日が夏休みだったらいいのに。

 それに俺はドラマを見ながら一喜一憂する紗良さんを見て、これこそが安城さんが言っていた『視聴者の視点』だよなあと思っていた。

 紗良さんみたいに、見て一喜一憂してくれたら、作ってるほうも楽しいよなあ。

 それに感想を話し合うのが一番楽しい。うーん……考えことがなかった視点。

 つまり関心を持ってもらうためには視聴者の人たちにも何か目的を持ってもらったほうがいいのか……? なんか見えてきた。

 俺は紗良さんの頬にキスをした。

 紗良さんといると俺にはない考え方がたくさん出てきて新鮮だ。

 

 

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