第64話 中園のマンションと水色クマ吉

 俺は中園が住んでいるマンションの前に立って口をポカンと開いた。

「これはマンションというより、商業ビルだな」

 平手も建物を見上げて、

「一階にスタバもコンビニもラーメン屋もある。すごいな」 

 穂華さんは、

「駅からめっちゃ近いし、すごいですね。さすがさくらWEB。地下には小さいホールもあるんだ」

 紗良さんは、

「すぐ横を電車が通ってるし、裏は大通りだし風俗店ばかり……住環境としてはどうなのかしらね」

 と周りを見渡している。

 俺もそれを聞きながら、

「確かに住むっていうより会社そのものだけど、正直この上に人が住んでると思えないし、入り口もよく分からない。だからストーカー対策には良いかもなあ」

「待ち合わせ場所は会社用の入り口なのかしら。それもよく分からないわね」

「中園がホールまで迎えにくるってさっきLINEきてたけど……」


 今日は中園が避難しているマンションに来た。

 最初は部活なんだし、学校で作業しようと思ったんだけど、学校で作業するためには制服を着る必要がある。

 穂華さんは仕事、俺も紗良さんもバイトがあって、わざわざ制服を着て学校にいくのはダルい。

 どうしようかと思っていたら中園が「俺が避難するマンション、みんなの真ん中あたりじゃね?」と言い出したのだ。

 確認すると、学校より良い感じの場所にあり、なにより会社が入っているビルなので回線も強く、なによりクーラーがある。

 部室はクーラーがなくて、その中でパソコン立ち上げるのはそもそも大丈夫なのか? と思っていた。

 そして夏休みスペシャルのメインスポンサーはさくらWEBなので、むしろそれが正しいと思えるような状態だった。

 指定された場所にきてホールのような所で待っているとエレベーターが開き、


「やっほー! みんなこっちこっち~」

 と中園が現れたが、その服装と雰囲気に穂華さんが爆笑する。

「中園先輩、中東あたりにいるやばいマフィアみたいになってますよーー!」


 中園は、首が取れたクマが無限に並んでいるTシャツを着て丸いサングラス、何の草だか分からない雑草だらけのパンツに、ビーチサンダルで現れた。

 たしかにこれで白ジャケットを着たら安いマフィアのできあがりだ。

 中園は俺たちをエレベーターに乗せて、


「そんなに長くいるつもりもないのに荷物取りに行くのが面倒で『服がないよー、何もないよー、どうしよおお』って配信で言ったら山のように会社宛に送られてきたんだよ。だからそれ着て生活してる」

「ネット時代の最先端ヒモだね」

 平手が呆れながら言うと、中園はサングラスをクイクイ持ち上げて、

「戦略的ヒモだろ? だって送られた服きて配信出ると、すげー喜ぶもん。本当に着てくれるんだっ! って更に送ってくれる」

 俺はため息をついた。

「お前、やべー荷物送られるのイヤがってたのに大丈夫なのかよ」

「さくらWEBは、届く荷物全部一回開封して、何か変なものが付いてないかとかもチェックしてくれてるんだよ。俺が所属してるゲーム会社は届いた荷物をそのまま俺の所に転送してきて、その中にGPSも入ってた。俺さくらWEB所属して今のゲーム会社で仕事出来ないか問い合わせてる最中。ゲーム会社は配信者守らねーもん。いつか死人でるぞ、マジで」


 俺は聞きながら頷いた。

 確かに中園が所属しているプロゲーマーの会社は資本がアメリカで、日本の法人は職員が数人しかいない状態だろう。

 アメリカで仕事するなら話は別だろうけど、支社的な日本でそんなに人がいるはずもなく、個人として人気が出てきたら中園みたいなことになる。

 その点さくらWEBは配信に特化した会社だから、対応にも慣れているのだろう。

 話している間にエレベーターが到着した。扉が開くとそこは受付嬢がいる本当に普通の会社だった。

 中園は受付のお姉さんたちに「やっほー!」と手を振り中に入っていく。

 俺たちも中園の後ろを「おつかれさまです……」と言いながら縦一列になって歩く。

 ただの会社だ……部屋はどこだ……こそこそ付いて歩いていたら後ろから声をかけられた。


「陽都! 来てたのか。ああ、学校の皆さんも。こんにちは、安城です」


 声をかけてきたのは安城さんだった。

 そうかここはさくらWEBだから居てもおかしくない……けど俺は安城さんの姿に驚いていた。


「おはようございます。……そんな普通の服装もするんですね」

「おいおい陽都。俺のことなんだと思ってるんだよ、俺普通の会社員だっつーの」

「いつもと違いすぎて」


 俺は苦笑した。八百屋の上にある会議室で会っていた安城さんは白いヨレヨレTシャツにショーパン、クロックスのニセモノをつっかけたオッサンだったけど、今日はパリッとした高いスーツ(夜の街で見てるから分かる)に先が無限に尖った靴(これまた高いブランド品)を身につけていた。

 いつも話しながらグチャグチャ引っ張るから上にモジャモジャと伸びている髪の毛も今日は整っている。

 話しかけられなかったら誰だか分からなかったかも知れない。

 安城さんは眉を思いっきり落として、


「今日はめんどーーーな会議なんだ。仕方ないからコスプレ。ホタテも廣瀬もコスプレしてるよ。あっ、陽都もいく? 今日の敵は面白いよ~~」


 俺はその言葉に首をぶんぶん振る。


「いえ。これから夏休みスペシャルの作業が始まるので」

「あ、そうだった。陽都はそっちで来てるんだった。他の所難航しててマジで陽都の所だけになるかも。そしたら尺伸ばしてもらうかも知れないから相談させて。竜上生活の村尾さんと路線クリエイターの石垣さんも顔出すって言ってたから、そのVも撮らせて」

「分かりました。尺を伸ばす必要があるなら本数を早めにください。竜上生活の方とお話しできるなら早めのほうがいいかも知れないです。作っていく上で先に知った方が良いかもしれないので」

「尺の関係は本数決まり次第出す。じゃあ陽都が次にくるタイミングをメールして。iPhoneいる?」

「もう今日から撮影始めるのでiPhoneは予備含めて3台貸してください」

「加藤~~iPhone三つ~~。あと費用は全部こっち出しだから領収書ジュースの一本から頂戴ね。とにかく上げ多めで編集余地増やしといて。ナレ取りするなら候補送るから」

「領収書の管理はアプリで出しても大丈夫ですか? 指定アプリがあるなら教えてください。ナレーションは今の所入れる予定がないですが、そちらのほうで使ってほしい人がいたら言ってください」

「領収書アプリだと助かるからそれも今……LINEで送った。これで頂戴。使って欲しい子……いいね、いるな。あとでメールする。よろしくね!」


 そういって安城さんは去って行った。

 ふう……。やっぱり安城さんは必要なことを一気に話す。こっちが口を挟む前に一気に全部伝えてきて、その中に必要なことが無限に含まれてるから、頭がすげー疲れるんだよな。でも何度も小さなことを聞きにいくのは面倒だからこのほうが話が早く終わって助かる。俺は受け取ったiPhoneとメールで届いた領収書アプリを見て思った。

 振り向くとみんながポカンと俺を見ていた。


「……陽都、大人みてぇ……」

「辻尾くん、すごいな早口選手権みたいな人とよく話すね」

「辻尾っち、仕事できる人みたいでカッコイイ!!」

「陽都くん。よくあんな速度で一気に話されて対応できるわね……」

 俺は苦笑して、

「だからぶっ倒れたんだ。ギリギリ対応できるけど、もう疲れた。紗良さんとゆっくりしたい」


 俺がまっすぐに紗良さんを見ると、後ろから中園が蹴飛ばしてきて、右から穂華さんがぶつかり、左から平手がぶつかってきた。

 そして「惚気んな!!」「カッコイイと思ったらだたのかっこ付けだった」「目に毒。勝手に惚気を見せられる料金払ってほしい」とか散々なことを言われた。 

 頑張ってるんだから、これくらい許してほしい……身体がペラペラに薄くなってしまう。

 でもどこか心の奥で「安城さんと話すのはやっぱり面白いな」と感じてしまう。すべてのスピードが速くて気持ちが良い。

 でも最近母さんは俺の顔を見ると「履修科目の選択が始まるから、いい加減大学の方向性だけ決めなさい」と言い続ける。

 たぶんもうこんなにゆっくりできる長期の休みは、受験が終わるまで無い気がする。

 ついこの前高校受験でうだうだ言われてたのに、もう大学受験の話なのか……と心底げんなりするが、母さんも父さんも有名大学出てるから、俺が逃げられると思えない。

 横をみると紗良さんは目を細めて微笑んでくれた。

 ただこうしてずっと一緒にのんびりしたいのになあ。

 大人になるの面倒すぎる。




「どーぞー」


 ドアを開けられたのは会社の中にあるエレベーターを更に上がった所にある部屋だった。

 二重構造になってるから、これはもう外で見つからない限りストーカーなんて近付くこともできない。

 母さんに「これは安心だ」と伝えよう。

 ……と思って中に入り、爆笑してしまった。


「中園、お前これ、さすがにどかせよ」

「可愛いだろ。俺の部屋の主、水色クマ吉」

「ぎゃははははは!! 中園先輩、なんで玄関にクマのぬいぐるみ置いてあるんですか。でっか。かわいい、水色なんだ。うわあ、ふわふわじゃないですかー!」


 そういって穂華さんはクマに抱きついた。

 玄関入ってすぐの所に巨大なぬいぐるみのクマが置いてあったのだ。

 しかも水色。とにかくデカくて立たせたら俺たちよりデカい。

 中園はクマを抱えて、


「この部屋を前に使ってた人が持ってたものなんだけど、まあ部屋全体が可愛いのなんのって」

「ぎゃははは! ちょっとまってください。全部パステルカラーじゃないですか。やだ全部白いですよ、可愛い~~」

「な。もうすごいんだよ。でも長く居るつもりないし、てかわりと癒やされるし、なにより配信のウケがめっちゃいい」


 中園は諦めたように巨大なクマを抱き、白いソファーに座った。

 そして窓の外には電車の線路が見えて遠くまで街が見える。

 穂華さんは窓に張り付いて、


「すごいい!! 展望台みたいな眺めじゃないですか」

「いやほんとすごいよね。マジで高い部屋だと思う。だからもう頼まれると出演断れなくてさ……」

 俺は中園の隣で目を細めた。

「お前寂しいんだろ、こんな広い部屋にひとりで。だからあんな騒がしい番組出てるんだ。しかもここ会社の中通過しなきゃいけないから、女の子も連れ込みにくいよな」

 中園は俺の両肩をガッと掴んで眉毛を下げた。

「そうなんだよ陽都おおおお。広くて友達クマ吉しかいなくて、夜中に話しかけちゃうんだよ、やべぇよ俺。無性に寂しくなるんだよおお、こんな良い部屋にいるのになんでだろうなああ。陽都今日泊まれる? 泊まれるよな? ママには俺が電話するから、な? 俺と朝までゲームしよ?」

「普通にバイト。はい、作業しよ。パソコンある部屋別にあるんだろ? お、会議室ふたつもあるじゃん、すげー!」

「陽都おおおお。平手は? 泊まっていけよ、旨い店すぐそこにたくさんあるぜ」

「普通に塾」

「寂しいいいいああああ……予想より寂しいいいい!!」


 俺は中園の叫びを聞きながらそうだろうなあと思った。

 中園はもともとさみしがり屋だから、誰かと話したくて配信を始めたんじゃないかと俺は思っている。

 それなのにこんな所に幽閉されて……と思うけど、半分自業自得だろう。

 さて。どういう風に番組を作ろうかな。

 俺は作業部屋のPCを立ち上げて思った。

 おおおー、回線すげー早い!!

 全ての椅子にクマの人形が置いてあり、座るためには抱っこしなきゃいけない事を除けば快適空間だ。

 なによりさっきから水色のクマ吉を抱いている紗良さんがすげー可愛い。

 はー、可愛い。紗良さんにクマさんのぬいぐるみを買おう。




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