第61話 無理せずゆっくりふたりで甘く
「わあ。カップルルームってこんな感じなのね。あ、陽都くんこっちで横になって」
「……ごめん、マジでこんなにクラクラしてくるなんて思わなかった」
「熱中症かも」
「いや、寝不足だと思う……それに何より、紗良さんに甘えたい」
「分かったから。冷たいお水持ってくる?」
「ん。氷が入ってるのが良い……」
「分かった」
私はカップルルームのソファーで陽都くんに横になってもらい、お腹に毛布をかけ、冷水を取りに行った。
ここは私が何度も来たことがある漫画喫茶。
でもそれはウイッグを洗うためだった。
漫画を読んだこともないし、パソコンに触れたこともない。それどころか席に座ったこともなかったから知らなかったけど、カップル席なんてのがあって、そこにはソファーも毛布もあって、ゆっくり出来そうだった。
それに飲み物も充実してる。とりあえず頼まれた冷水に氷を入れてふたつ持って行く。
夏休みに入り、タイミングが合うときは午前中図書館で勉強。お昼をたべてバイトに向かう日々を送っていた。
今日も午前中に集まって勉強していたんだけど、陽都くんが途中から全く集中できなくなっていた。
なんだか頭がクラクラする……体調が悪いかも知れない……と。
よく話を聞くと、最近遅くまで企画を書いていて、昨日もさくらWEBの安城さんと電話してて寝たのは深夜だと言った。
いつもと違う顔に気がついて、私は陽都くんをここに連れてきた。
冷水を持って部屋に入ると、陽都くんが身体を起こした。
私はそれを制す。
「大丈夫。横になってて」
「いや、ちょっとでも水飲んだほうがいいかなって。本当に脱水かもしれないし」
「そうね。お水飲んで、少しでも眠ったほうがいいんじゃないかしら」
「……甘えたい」
「分かったから……えっと……抱っこ?」
「膝枕」
そう言って陽都くんは部屋に入ってきた私の太ももの上にトスンと頭を置いてきた。
!! 驚いてしまって動けないけど……本当にあまり体調が良くないみたいで、私の太ももの上に頭を置いて目を閉じている。
さっきまで外を歩いていたし、スカートの下はストッキングも穿いてない生の足。
汗をかいて臭くないかな……とか心配になったらちゃんと聞くべきなのだ。
「く、臭くないかな。足に汗もかいてるし」
「……全然。柔らかくて温かくて、すごく気持ちが良い。ずっと頭がぐるぐる動いてて、全体がぼんやりしてて……夜眠れてなかった。でもこう……真ん中が休まっていくのが分かる。すごい……気持ちが良い……」
「寝て良いよ」
私は陽都くんの髪の毛に触れた。陽都くんの髪の毛はものすごくまっすぐ。サラサラのストレート。一度だって寝癖が付いたところを見たことが無いから、ものすごく強い髪の毛なんだと思う。
私が今まで陽都くんの髪の毛に触れたのは、キスをする時だけ。
陽都くんに引き寄せられて、キスをする時にもっとしてほしくて、何度か髪の毛に触れた。
というか、陽都くんの頭を引き寄せたくて髪の毛に触れていたんだ。
だからこんな風に、ゆっくりと髪の毛に触れるのはきっとはじめて。
手を頭の上に置いて、ゆっくりと指先から頭皮に向かって指を入れる。表面は冷たいのに、中はすごく熱い。
……これって本当に熱中症とか、発熱とかでは? 心配になっておでこにふれると……熱は無さそうだった。
でも本当に陽都くんは私の太ももの上に頭をのせて、すやすやと眠ってしまっていた。
……どうしよう。すごく無防備でかわいい。
私はまずお腹あたりに適当に置いた毛布を広げてあげたくて手を伸ばす……これ無理ね。
私が動くと、陽都くんの枕である私の太ももが動いて起こしちゃいそう。でも部屋はわりとクーラーが効いているので本当に風邪を引いちゃうかもしれない。
太ももを動かさないように気をつけながら限界まで手を伸ばして、なんとか毛布をかけることに成功した。
顔をのぞき込むと……うん、起きてない。寝顔がかわいい。
サラリと落ちた前髪、閉じられている目、寝顔をみたのははじめてで、ずっと髪の毛に手を入れて頭を撫でてしまう。
どうしよう、すごく愛おしい。ものすごくキスしたくなったけど……これ無理ね。
お腹あたりで身体がポキンと折れないとキスなんて出来ないわ。それに少し足がしびれてきた。
私は正座を右に、左に崩して、それでも陽都くんを起こしたくなくて、あまり動かさない状態でスマホを見たり、目の前にあったテレビ(色んな配信が見られるのね、知らなかった)を見て時間を過ごした。
テレビもドラマもあまり見ないので適当にランキング一位のドラマをつけてみたら面白くて見ていた。
すると私の太ももの上で陽都くんがモゾリと動いた。
「……え、ちょっとまって。俺、ガチ寝したの?」
「一時間くらい寝てたかな」
「えっ?! マジで、え?! 紗良さん、足がしびれちゃったんじゃない、ごめん!」
そう言って陽都くんは私の太ももから起き上がろうとしたけど、私は頭を撫でて優しく制した。
「少し体勢変えてたし、大丈夫よ」
「……うん。ありがとう。でも喉渇いてるから飲む」
「氷溶けちゃってるけど平気?」
私はそう言って机の上にあったふなふなの紙コップを両手で持って渡した。陽都くんはそれを一気に飲み、部屋の壁にもたれた。
そして膝を立てて、真ん中をトントンとした。私は膝をついてトコトコと膝の間に入る。すると陽都くんに後ろから抱きしめられた。
陽都くんは私の肩の上に頭を置いて、後ろから優しく腕を回してきた。
「……ありがとう。すごく……寝れた」
私はアゴの下にある陽都くんの腕に触れて、
「良かった」
陽都くんは私の肩に頭を置いて、ぐりぐりとゆっくり動かしながら
「俺さ、高校生SPだけじゃなくて、さくらWEBでしてる他の会議にも出してもらってさ、すげー楽しかったんだよ」
「大興奮してたものね」
「家では母さんがブチブチ言うんだ、芸能人にでもなるのかって。違うって言っても、何言っても聞く耳持たない。でもあの人たちと話してるとそれを忘れられて。俺のことバカにしないし、楽しくて仕方が無かった」
「うん」
「でもさ。紗良さんが勉強が全然進まない俺の頬をさ、両手で包んで『陽都くん、顔が違う』って真顔で言っただろ」
私は静かに頷いた。
さっき図書館で一緒に勉強していたとき、陽都くんは明らかに変だった。
ノートも参考書も見てない……ううん、見てるんだけど、全然頭に入ってないかんじ。すぐ横にいるのに、横にいない。前を見てるのに、見ていない。図書館にいるのにそこにいないように変な顔をしていた。
これは……と思った。
宇佐美くんの話をしていたコンビニの時も、陽都くんはこの表情をしていたのだ。
だから私は陽都くんの両頬を包んで、自分のほうを向かせたのだ。
そして「今、陽都くん大丈夫じゃないよ。全然別のこと考えてる」と言った。それから陽都くんは顔中から力を抜いて机に倒れ込み、疲れた甘えたいと我が儘を言い始めたのだ。
陽都くんは続ける。
「俺、次の会議で何を話そうかってそればかり考えてた。文句ばっかり言われてる家じゃなくて、ここじゃない所に行きたい。それしか考えられなくなってたんだ」
「そう」
「楽しいよ、楽しいけど、今の俺には無理だ。褒められて嬉しくなってたけど、夜寝れないし頭痛いし勉強できないし、疲労も取れない。今の俺には刺激が強すぎた」
「うん」
「高校生SPに集中しますってさっきグループLINEに書いた」
「うん」
「俺その時、すげー紗良さんのこと考えた。期待されてるって思うと、抜けるの、怖いな。でもさ、さっきグループLINEみたら『また気が向いたら来い』『てか自分の企画やれよ』『オツ』としか書いてこないんだ。気が抜けた……」
「うん。自分のペースで大丈夫なんだね」
「……紗良さん、キスしたい」
陽都くんは私の肩から頭を退かして、私を膝の間でくるりと回転させた。
目の前に陽都くんの顔がきた。それは図書館の時みたいに遠くを見て無くて……。
私は目を細めて、
「いつもの陽都くんだ。大丈夫な陽都くん」
「紗良さん好き」
そう言って陽都くんは私の唇にキスをした。一度触れて私に触れて……大きな手で頬に触れて。
温かくて目を閉じると、まぶたの上に優しくキス。嬉しくなって目を開くと、包んだ両頬を引き寄せて再び唇に触れた。
陽都くんがするキスは優しくて、大好きってキスされてるだけで分かる。気持ちが唇からちゃんと伝わるの。嬉しくて唇を求めて強くしがみつく。
そして私を抱き寄せたまま、背中を壁に沿わせて、ずるるるると横になった。
私の目の前に陽都くんの首がある。おでこでスリ……と寄ると、ものすごく陽都くんの匂いがして抱きついた。
陽都くんは私をそのまま抱き寄せてくれた。
陽都くんの足が私を包んで、身体全部、隙間がないみたいに抱き寄せられる。
ひとつの塊になったみたいに、陽都くんの心臓のトクントクンと、私の息がひとつになって、気持ちが良い。
私は我慢できなくなって、陽都くんの首に唇をゆっくり付けた。
……温かい。なにより良い匂い。どうしよう、すごく……もっとキスしたい……と思って上を見たら、スコーー……と陽都くんの寝息が下りてきた。
「……完全に、寝てる」
私は下から陽都くんの顔をみて呟いてしまった。
体勢的にすこし辛かったのでモソモソ……と脱出してみたけど……陽都くんは転がって完全に寝ていた。ちょっと、びっくりするくらい完璧に。
もう笑えてしまって、私は毛布で枕をつくり、陽都くんの頭の下にいれた。そして追加で毛布を借りてきて掛けて、乾燥してるように感じたので、加湿器も借りて中でつけた。
そして見ていたドラマを再びつけて、無料のソフトクリームにチョコをたくさんかけて、売っていたポテトチップスも食べた。
お昼ご飯も注文できると知ってナポリタンを頼み、食べ終わったころに陽都くんが「嘘だろ……俺また寝てたの?!」と大の字になって叫んだ。
なんと陽都くんは二時間も寝ていて、もうバイトの開始時間になってしまった。
陽都くんはひたすら謝ってたけど、全然平気。
私は眠っていた陽都くんにこっそりたくさんキスして、髪の毛に触れて、こっそりと首元の匂いもクンクンして楽しんでしまった。
それに漫画喫茶はドラマも見られてご飯も食べられて楽しかった!
なにより陽都くんが自分のペースを取り戻したみたいで良かった。
ふたりで一緒にゆっくり。私たちはまた来ようと決めて漫画喫茶を出てバイト先に向かった。
夏の夕方の匂いが気持ちが良い。
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