第60話 こんな世界知らなかった

「企画会議に陽都が出るの?」

「うん、俺が考えた企画だから」

「会議に行くのに、そんな普通の服装で大丈夫なの?」

「なんか普通の服で来いって言われてるから」

「会議なのに? よく分からないわね……。会議は普通スーツでするものなんじゃないの? 誰かと一緒にするものなんだから。失礼に当たらない?」


 そう言って母さんは俺の服装を見て不思議そうにした。

 俺もよく分からない。ただ「普通に来てよ。普通の会議」と安城さんに言われただけなのだ。そう伝えると、母さんは戸惑いながら、


「やっぱりテレビ業界はよく分からないわね。そもそも母さん、ご近所の方に聞かれちゃったわよ、陽都くん芸能人になるの? って」

「全然違うだろ」

「でもほら。最近あったじゃない、さくらWEBの高校生の子がバイクで……」

「ああ、あれとは違うよ」


 俺は首を振った。

 最近高校生の男子ふたりがさくらWEBの企画で原チャリ日本一周をしていた。

 最初は普通に回っていただけだけど、途中から視聴者数を集めるのに躍起になり、夜通し走ったり、廃屋に入り込んでみたり、禁足地を言われる所に入ったりして、騒ぎになっていた。

 母さんは、


「みんなが求めるから、それに答えるように派手になって行ったのよ。陽都も求められるままに使われてたら、ああなるわ」

「あれは表に立ってる人たちだろ。俺は裏方。表に出ることはないよ」

「JKコンの審査のドキュメンタリーだって、さくらWEBですごく取り上げられてたじゃない。何が違うの?」

「大丈夫だって」

「ねえ、陽都。私がしてほしかったのは普通の部活よ。映画部は……別にいいわ。ダンス部の映像も、みんな頑張ってて素敵だった。でも夏休みスペシャルは全然違うんじゃないかしら。スポンサー相手に企画出してそれを通すとか……普通の高校生がすることじゃないわ」


 俺は押し黙る。

 正直……そろそろ言われるだろうなと思っていた。

 さくらWEBの4BOX部門はリアリティーショーを得意としている。

 普通の子たちにスポットを当てて、それを面白く見せていくのが上手い。

 俺は裏方で原チャリの子たちとは全然違うんだけど、制作者もたまに密着しているから時間の問題かも知れない。

 母さんは続ける。


「高二の夏よ? そろそろ受験に本腰入れないと。推薦狙うならもう遊んでる時間ないわよ。加点狙いで部活を立ち上げたのよね?」

「……とにかく、夏休みスペシャルは中園のこともあるから、引き受けるよ」

「あっ、そうね、マンション貸してくれたのさくらWEBさんなのよね……そうか」

「悪い人たちじゃないよ」

「でもそんな個人をオモチャにするからマンションとか必要になるんでしょ?」

「とにかく行ってきます」


 俺は玄関まで付いてきて叫ぶ母さんから逃げるように家から飛び出した。

 夏休みの初日からこれでは……本当に先が思いやられる。俺は真夏の日差しから逃げるように日陰を求めて走り始めた。




 電車で40分の所に言われたビルはあった。

 古びた商店街から一歩入った所にある古びた三階建てのビルで、一階は八百屋さんだった。家の近くにこういう店の前に商品を並べている店は知らない。緑の籠に色とりどりの夏野菜が入っている。

 二階へ向かうとそこに安城さんと共にふたりの男性が待っていた。

 ひとりはものすごく髪の毛が長い……お尻まで髪の毛がある男性は「ホタテよ」と名乗った。

 ホタテ……? と思ったら「保立ホタテ」と髪の毛を揺らして教えてくれた。

 そしてもう一人はどうしようもなく神経質そうな表情でスクエアはメガネをしている男性で「廣瀬ひろせだ」と名乗った。

 通されて入った部屋は六畳ほどだろうか。手前に小さな台所がある普通のワンルームに見えた。

 会議だと言われていたので、もっと大きな会社の、すさまじく広い会議室に呼ばれると思っていたのに、予想と違う。

 外は大通りでひっきりなしにパトカーや救急車が通り、トラックの音が響き、一階は八百屋で「らっしゃいらっしゃいトマトどう、トマト」という声が響いてくる。

 これがさくらWEBの会議室?

 母さんの「テレビ業界なんて普通じゃない」という言葉を思い出して、まあ本当にその通りだ……とどこか思ってしまう。

 でも部屋は狭く真ん中に古びたソファーがあり、壁には無限の本と紙束。そして山盛りのお菓子に飲み放題のジュースとコーヒー。

 なんだか居心地はすごく良い。

 安城さんはポテチを抱えたまま、口を開く。


「よしはじめよう。この企画意図は?」

 俺は企画書を机……といってもお菓子だらけだけど……においた。

「はい。廃校をゲーム内に復活させるというアイデアが良いかなと思いました」

 髪の毛がやたら長いホタテさんが口を開く。

「言葉として弱いわ」

 俺はそれを聞いて、

「……言葉、ですか。それとも内容?」

 廣瀬さんはソファーの周りをグルグル歩いていて、一秒だって止まらない。うつむいたままブツブツと小声で話す。

「ありふれている。よくありそう。イメージがイメージを超えてこない」

 安城さんは髪の毛をグチャグチャとさわりながら、

「他の二高はただスポンサー企画に乗ってきてるだけだ。部活の仲間がいた学校を再現するという独自路線を見せようとしていることだけは認められる」

 ホタテさんは髪の毛を持ち上げながら、

「この企画の感情のコアはなぁに? 喜怒哀楽」

 感情のコア? 喜怒哀楽で何を最も大切かって事?

「……哀、でしょうか」

 安城さんは、

「だったらこうじゃないほうが感情にストレートに持っていける。泣かせたいなら人を中心に持っていくべきだ。番組が出来上がった時の画面イメージは? 人? ゲーム何が何割?」

 俺はものすごい速度で繰り出されてくる質問になんとか答えていく。

「構成はほとんどがゲーム画面予定です」

「それでどうして哀になる。どうしてゲーム画面見てて悲しくなれるんだ。見ている人は何に興味を持って番組を見続ける?」

「自分たちが無くしたものがゲームの中に作られているのを見ていく……という新しさ?」

 廣瀬さんはソファーの周りを回りながら、

「それを見て、誰が感情移入できる? 誰がこの番組を、映像に興味持って見続ける?」

 俺は顔を上げる。

「元廃校にいた人たちだけだ。それじゃダメか。ダメだな」

 安城さんは目を細めて満足げに微笑む。

「そうだ。この企画をしたい。ゲーム内にもう無いリアルを作りたい。その企画は良い。しかし見ている人たちの感情を考えろ。人は見たこともない行ったこともない街を作っているゲーム画面を延々見せられてそれを見続けるほど暇じゃない。君は友達の廃校だから『よい企画』だと思った。番組を見る人は皆他人で友達じゃないんだよ。視聴者の感情ラインを準備しないと、最後にあるであろう村の人たちとの感動再会部分しか見ない。もっと視聴者の視線を多角的に考えろ」

 廣瀬さんはソファーの周りを歩きながら、

「そういう意味で、君は本能で分かってるんだよ。そろそろ穂華くんに飽きられている、だから中園くんのファンを使おう。そう思ったからヘビを入れてる。あれこそが多角的な視点なんだ」

 俺は思わず頷いてしまう。

「……なるほど。誰が見てるか意識しろってことですね」

 安城さんは、

「そうだ、企画はいい。じゃあこの企画をどう見せていくか、どう角度を増すか、それに君の元にあるコマは何だ? 考えていこう」

 そういって『企画の多角的な視点』『自分が持っているコマ』と書いた紙を安城さんは机に上に置いた。

「なるほど」

 俺は頷いた。

 結局二時間以上、六畳の部屋でパトカーや救急車の音に負けないように声を張り上げながら、ジュースを飲みお菓子を食べて、延々と企画の話をした。

 話すたびに自分の癖が見えてきて、他の人のアイデアが面白くて、話しているだけでワクワクして仕方が無い。

 それに俺のような高校生が意見しても、誰もバカにしない。

 俺の言葉を拾い、広げて、別の言葉を投げてくる。

 思いつくままにメモを書いて机に置くので、机の上は雑多に書かれたメモの山が出来ていた。

 俺はそれを全部鞄に入れた。

「……すごい。宝ですね」

 それを聞いて、二時間ソファーの周りを回り続けていた廣瀬さんがやっと立ち止まり、

「この子見所あるね」

 ホタテさんは髪の毛をしばりあげて、

「確かにねえ」

 安城さんはにっこりと笑ってスマホをポケットから取りだした。

「じゃあこれは通しますね。いいですか」

『了解です』

 とスマホから声が聞こえた。


 ……何がなんだか分からないけど、何か通ったようだ。


 その後、ビルの横にある中華料理屋で食事をしようと誘われた。

 遠慮するな、高校生の本気を見せろと言われたので、俺はラーメンとあんかけチャーハンと餃子を頼んだ。

 すると「チョイスが若けぇぇぇ」と三人が叫んだ。

 安城さんは、

「まずチャーハンがあんかけってのがすごいよね」

 廣瀬さんはメガネを拭きながら、

「それ単品でもうしんどいよ。チャーハンの上に卵と挽き肉。トリプルパンチャー」

 ホタテさんは冷水をごくごく飲みながら、

「それに餃子を頼むなんてねえ。つまり餃子は単品勝負よ? ビールがあるわけでもない。油の単独戦。そんなの無理~」

 安城さんは、

「若いなああ~。でも、よく付いてきたね。他の子はみんな途中で帰っちゃったよ」

 そう言うと廣瀬さんとホタテさんはコクコクと頷いた。

 どうやら今日の企画会議は、スポンサーさんたち全員に通話が流されていたらしく、そのまま審査になっていたらしい。

 さすがリアリティー番組を得意とする4BOX。やり方が抜き打ち的でエグい。

 でも……俺は持ってこられたラーメンを食べながら口を開いた。


「……すごく、面白かったです。血がたぎって、もっとここに居たいって……思ってました」


 それを聞いた廣瀬さんは目を丸くして、

「いいねえ~、いいよいいよ、毎日来なよ。俺たちこんなこと毎日してるから。このあと編集。8カメあって地獄。さあ行こうか」

 俺はそのテンションに首を振る。

「いえ、このあとバイトです」

 ホタテさんは餃子をビールで流し込み、

「良い子見つけたじゃない、安城ちゃん。いや、久しぶりに若い感性浴びたって感じするわ~」

 安城さんは、チャーハンを食べながら俺を見た。

「俺たち三人は4BOXのメインディレクターなんだ。それぞれ下に10人くらい抱えて仕事してる。あの部屋は俺たち三人だけのタコ部屋。企画を揉むためだけに使ってる部屋なんだ。昔はクソみたいに広い部屋でさ~渋谷のど真ん中でみんなクソ真面目にスーツ着てやってたんだけど、もうそれだと全然みんな固まって何も言わないんだ。それで確立されたのがこの会議方法。毎回企画がくると、こうしてみんなで揉むんだけどね。大体の子が泣いて居なくなっちゃう。虐められてると思うみたい。これを楽しかったって言い切った子には久しぶりに会ったね。ていうか怖くないんだけどねえ。議論になれてない子が多すぎる」

 ほんと、ほんと、かかってこいよって話なんだけどなあ……と二人は頷いた。

 そして今回のことを踏まえて、練り直した後、来週同じ時間帯にまた会議をしようと言われて、俺はバイト先に向かうことにした。




「……はあ」


 俺は三人と別れて、コンビニで冷たいお茶を買い、イートインに座った。

 ものすごく身体が熱くて、中で何かがグツグツとしているのが分かる。

 鞄の中にはプロの三人がくれた意見がたっぷり。すごい、本当に宝の山だ。

 俺は冷たいお茶を再び飲んだ。

 ……ヤバイ。ものすごく、面白かった。

 今まで何をしていても、こんなに「もっと」と思ったことはない。

 でも今日は、自分の思考を誰も止めず、否定せず、ただ話している時間が、ものすごく楽しかった。


「……劇薬だ」


 俺はベンチに座り込んで息を吐いた。 

 こんな楽しい世界があるなんて、知らなかった。



 

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