第58話 新たなる挑戦
「陽都。これ俺の部屋の鍵。ひとつ持っててよ」
「どうして俺がそんなの持ってなきゃいけないんだ」
「学校来てなかったら電話して。出なかったら覗きにきてくれよ。部屋で刺されて死んでるかもしれないし」
「……おい、そんなにストーカーやべぇのか?」
そんなこと言われるとさすがに心配になった。
中園は手をヒラヒラさせて、
「冗談だよ。会社を突破しないと入れない所にあるから安心。ただ遊びに来てほしいだけ。広くてさみしそう」
「そっか。まあパンツ盗まれるのはキツいな」
「結構メンタルに来るぞ。でも俺が『マンション入った』って配信すれば、家は安全になるから、それだけでいいよ、陽都たまにうちも覗いてくれよ。お前の母ちゃんにも言っといて」
「ああ、それはさっきLINEした。さっそく今度ランチ誘うっ!! って言ってたから大丈夫だろ」
「お前の母ちゃんと仲良くて助かるわ。てか見てよ、前の人が住んでた家具そのままなんだけど、ベッド天蓋付き」
そう言って中園が見せてきた写真には、お姫さまが眠るような巨大ベッドが写っていた。屋根があってなにかフサフサ付いていて、カバーはピンクで全体的になんだかキラキラしている。
「お前、ここで寝るの?!」
「落ち着くまで借りるだけだから、仕方ないだろ。陽都も吉野さんとエッチするのに使っていいよ」
「……お前なあ」
「陽都の事だから親にも話したんだろ? 彼女できたって。なら家でイチャイチャするほうがいいよなあ」
「……中園くん。君のお口にガムテープを貼ろうか」
「いーなー、彼女。俺も欲しい」
俺は思わず熊坂さんを見てしまうが居ない。トイレだろうか。
俺は机に転がって小さな声で、
「お前なんて無限に彼女作れるだろ。よりどりみどりじゃん」
「女めんどくせえ……」
「どっちなんだよ!!」
「なんかそういう田んぼに水引くところからはじめる農場、いいじゃん。エルフとのスローライフ」
「ケンカ売ってんのか、てめー」
前の中園の椅子を蹴飛ばすと同時に先生が入ってきて朝のHMが始まった。
紗良さんは知らないと思うけど、うちの学校は「朝一緒に駅から歩いてる子たちはカップル」という認識がある。
付き合いはじめたらそれをする。それでお知らせ終了だ。なにより制服を着た紗良さんと朝からイチャイチャできるのは良い、すごくいい、早起きが余裕で出来る。
昼休み、俺たちは部室に集まった。
俺はJKコンのサイトに書かれた『夏休みスペシャル決定!』の文字を見ながら、
「結局、今年の優勝者として出る事になったけど、平手は美術部のほうは大丈夫?」
「平気。冬に個展があるからそれに向けて書いてるだけだから。結局4BOXにディレクターとして参加するの? 誘われたんでしょ?」
俺が頭をかきながら、
「正直それは今の所全然考えて無いな」
実はJKコンをテレビで見ていた母さんにチクりと言われたんだ。
『陽都まさかYouTubeになるとか言わないわよね』って。
YouTubeになるってどういうことだ? アプリになるの? 俺。でも母さんの認識はそのレベルだ。母さんからしたらYouTubeもYouTuberも作ってる人も全部同じ……普通じゃない人だ。
俺は普通に大学に入って、普通に就職する必要がある。テレビ局とかならワンチャンあるかも知れないけど、普通に入れるとは思えない。
平手は、
「そうなんだ。行くのかと思った。あ、そういえば辻尾くんと吉野さん、カップル成立おめでとうございます。俺今朝はじめて知ったよ」
その言葉に中園と穂華さんも「ぴゅ~~」と笑いながら拍手した。
どういう顔をしたらいいのか分からず、紗良さんと目を合わせて苦笑する。
「一昔前のお見合い番組みたいだけど……ありがとう。恥ずかしいから話を逸らそう。穂華さんは当然オッケー?」
「もちの論太郎ですよ。ただですねーー、私夏休み、もうすでにお仕事がっ!! 色々決まってまして!!」
穂華さんはスマホの画面を俺たちに向けて胸をはった。
そこに立ち上げてあるスケジューラーには、もう何個か仕事が見えた。
「夏休みべったり暇ではなくなりました、ありがとうございます!」
中園はスマホをいじりながら、
「朝の『スムーズ』にも出てたじゃん。司会の佐藤アナ、俺結構好きなんだけど」
「いやー、貴重な体験させてもらいました。あんま頭良い発言すると叩かれるし、バカな女子高校生役で呼ばれてるワケでもないし、ムズいっすねー」
そう言って穂華さんは目をパチパチさせた。
その嗅覚があれば、なんか微妙なところをついて生きて行けそうな感じがする。
でも穂華さんメインに出来ない……残ったのは、俺、吉野さん、中園、平手……。
このメンバーで何かテーマを見つけて一本撮る必要がある。
中園は鼻に触れて顔をあげて、
「俺とストーカーの100日戦争でも撮る?」
平手は、
「血はNGなんじゃないかな」
俺は、
「ホラーはちょっと」
紗良さんは静かに首をふり、穂華さんは「見たいです!!」と爆笑した。
そもそもそんな企画にスポンサーが付くはずも無い。
金を出す価値があると認められるか、スポンサー側に利用価値があると『俺たちが思われないと』話にもならない。
平手はスポンサー一覧からアルクTVを指して、
「アルクにさあ『あの時をもう一度』って番組あるじゃん?」
「ああ、懐かしい人を探してもらう番組な」
「俺、すげー田舎から出てきたって言ったじゃん。実はそれ、田舎というか限界集落なんだよね」
そう言って画面で見せてくれた場所は、ほんとうに『山』だった。
細かく見ると細い道が連なった所の先に『丘の上中学校(廃校)』と出ていた。
紗良さんはそれを横から見て、
「だから海の獣道、全然余裕だったのね」
平手は、
「そうだね、俺はね、この川の横の辺りに住んでたんだけど、この道をね、ず~~~~~っと毎日歩いてたから」
「これに比べたらあの道は余裕だな。いや、平手すげぇなと思ったんだよ」
中園も自分のスマホで見ながら頷く。
平手は続ける。
「どんどん人が居なくなって廃校になっちゃった。会いたい人がいるからさ、この番組で会わせてもらえないかなって思って」
平手の言葉に中園と穂華さんが目を輝かせた。
「いいじゃん、泣けそう」
「絶対イケてますよ、それ~~~」
確かに間違いなく良いネタだと思うけど……俺は顔を上げる。
「でもそれは普通に番組応募しろって話だ。『青春JK部門・夏休みスペシャル』で求められてるのは、人の企画に乗っかるものじゃない」
それは企画じゃなくて『優勝者の権限を利用して番組に出たい』だと思う。
そうじゃなくて……でも廃校は良い気がする……俺は廃校周辺のマップを見ながら考えて、一カ所で指を止めた。
「廃校の理由って、ひょっとして橋?」
平手は俺の見ていた画面を横から見て、
「あーーーっ……懐かしいな。みどり橋」
俺が見つけたのは廃校に一番近い橋だった。
都内のマップでは見たことが無い『通行不能』のバツ表示が目を引いた。
そこには『今までありがとうございました』『直せないの?』『この橋がないと困る』など150をこえるレビューが書かれていた。
平手は橋の写真を見て目を細めて、
「ずっとこの橋渡って学校行ってたんだけどね。懐かしいな。台風の鉄砲水でドッカーンと壊れちゃってさ。他に橋は上流三キロ先か、四キロ先の下流。すげー大変になったんだよ。橋っていうか台風被害が酷かったのも原因かも」
「……なるほど」
俺は静かに頷いて、JKコン・夏休みスペシャルのスポンサー一覧を再び開いた。
「スポンサー一覧の中に『竜上生活(りゅうじょうせいかつ)』があるじゃん」
中園が画面を見て口を開く。
「ああ、あの電車系MMO」
紗良さんたちは「??」という表情で俺を見た。
中園は楽しそうに説明をはじめた。
「竜上生活は、1万年眠り続ける竜の上で生活するオンラインゲームなんだよ。わかりやすくいうとネットの世界でゆっくり生活を楽しむもの」
「どうぶつの森の世界が竜の上、みたいな?」
「イメージはそんな感じ。でも竜っていってもサイズが日本くらいの大きさで、1万年動いてないけど死んでない。基本的に竜のうろこを削って薬にしたり、生える毛で服を編んだり、血で病気を治したり、竜の身体という名の大地を探索する。竜の体内にしかいない種族とかも存在するんだ。そんでこのゲームはログインすると竜の一部の土地を貰えてさ、そこを開発するのがメイン」
「マインクラフトみたいな? 面白そうね」
「そう。竜を探索すれば何でも手に入るけど、この竜上が始まって五年、まだ見つかってない竜の秘密がてんこ盛りで、それで建築要素も変わる。自由度高い分、作り込みに時間がかかるし、かなりのクオリティーじゃないと誰もこない。でも人が来ると……こんな大きな街を作りだす人たちもいる。これは竜上生活の中、最大の街なんだけど、今も建築が続いてて、最大の都市になってる。ふう、マジカッケー!!」
そう言って中園はスマホで画像を見せた。
山の斜面に延々と作り上げられていく迷路のような街で、そこには商売をしている人や、遊んでいる子どもがいて、オリジナルの電車も動いている。
「このゲーム開発した人は想定外だったと思うんだけど、なぜか竜の上に電車を張り巡らす人たちが発生してさ。自分が作った街にアイテムさえあれば電車が来てくれるんだよ。ゲーム内の企業が運営してて、世界中の電車オタクが集まって24時間動かしててさ、しっかりとした時刻表で運営されている。だからゲームする人たちの中では有名は電車系MMO。この中にしか走ってない古い電車がたくさんあるんだよな~」
中園は興奮して語った。
俺は平手のほうを見て、
「竜上生活……つまりゲームの中に平手の学校とか、壊れちゃった橋を再現できないかな。番組で作ってるのを取り上げて貰えれば、平手が会いたい人が気がつくかも知れない」
平手はスマホで竜上生活の動画を見ながら、
「……なるほど。そのほうが、企画っぽい」
「お菓子メーカーのお菓子を普通に食べてもダメで、番組に参加したいもダメ。それを使って何か伝えたいことがあるが最適案でスポンサーも喜ぶ。それにこのゲームは電車ゲーとして有名すぎて、一般の人たちが入りにくくなってるんだ。だから良いと思う」
平手は俺のほうをまじまじと見て、
「……さくらWEBの人が辻尾くんを欲しがるのがわかるよ」
俺は、
「増やすべきはさくらWEBに取り込まれた中園の配信だし」
「オッケー、俺竜上生活やってみたいと思ってたから全然アリ」
「スマホ版もあるから、仕事で忙しい穂華さんも参加しやすい」
「助かりますっ!!」
「竜上生活でどうしても欲しいアイテムは時間がかかるから、紗良さんに頼みたい」
「分かったわ」
そう行って紗良さんは微笑んだ。
それを見ていた平手は目を細めて「ふ~~ん」と息を吐き出して、
「……紗良さん。辻尾くん名前で呼んでるんだね」
「はああ~~~なんかうらやま~~~」
「陽都、俺のことも名前で呼んでくれ。いますぐだ」
……非常にウザイ。
でもこのメンバーでまた何かをはじめられそうで、それが楽しみだ。
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