第57話 ふたりで一緒に学校へ
「えっとね。本音その1……学校でそんな……みんなの前で付き合ってるとか言わなくてもいいと思う。次に本音その2……JKコン以降、陽都くんが人気者になってきて、女の子たちに囲まれてるのを見るのがちょっとね、イヤなの。だからね私が彼女だもん! て思ったりもするの」
私が必死に伝えると陽都くんは小さく微笑んで、
「いや、単純に問題ないなら、俺が学校で紗良さんと話したい。それを周りの人間が『付き合ってるのかな?』とか言ってくるのが面倒だから、そういうのを全部排除できるって意味で、俺は朝一緒に登校するのがいいと思ったんだ。それでみんな分かるから」
「……目立つ、よ……?」
「いやいや、JKコンでもうとんでもないレベルで目立っちゃってるよ」
陽都くんは苦笑した。
お母さんに挨拶を済ませたあと、陽都くんは「もう学校でも秘密にする必要がないなら、朝駅から一緒に行こうよ」と言った。
そして挨拶を終えた今日、学校の最寄り駅で待ち合わせしたんだけど……もう朝の駅にいる陽都くんの時点でドキドキして苦しい。
朝、いつもの駅。制服を着た陽都くんが私を待ってる。
嬉しくて髪の毛を整えて横に立ったけど、どうしても……そんな……目立って……そんな……と思ってしまう。
朝から彼氏と一緒に登校なんて、今まで真面目に生きてきた私にはハードルが高すぎる。
だから本音①と本音②を伝えてみたんだけど、陽都くんは歩きながらアゴでツイと横をさした。
「ほらみて。あっちも、こっちも、恋人だよ。中園なんて去年だけで三人彼女変わってるじゃん。うちの学校はイベントも多いから学校内で付き合ってる子は多いし、それになんなら即別れる。だから紗良さんが思ってるほど、みんな誰が付き合ってるとか興味ないんだよ。修羅場はみんな好きだけどね」
言ってるそばから横の女の子が男の子に怒っている。
でも男の子は「まあまあ、朝から怒るなよ」と抱き寄せている。
っ……!! 朝から、みんなが見てる前で! と自分がコソコソしていたことを棚にあげてドキドキしてしまう。
今まで真面目に生きるばかりで周りを全く見てこなかったけど……よく見るとカップルで登校している子がいる。
うちの学校は駅から結構な距離を歩くので、半分はバスに乗る。
でも私は歩くのが好きでいつも歩いていた。たまに歩いている中園くんと陽都くんをこっそり後ろから見ていたりしたけど……。
陽都くんは、優しく私の手を握り、
「俺は別れるつもりも、みんなが見てるところで修羅場するつもりも全くなくて、みんなに騒がれずに紗良さんと居られるなら、それだけでいい」
「……私も」
そう言って陽都くんの手を握ると氷みたいに冷たかった。
私は温めるように両手で握る。
「……? どうしてこんなに手が冷たいの?」
「なんかすげー、緊張してるみたい。偉そうなこと言ったけど、俺も学校に彼女と行くなんてはじめてなんだ」
「彼女」
「いや……彼女でしょう……すごく、俺の彼女でしょう……違う?」
私はその冷たい手を温めるようにキュッと両手で握り、
「全然違わないよ! 陽都くんは私の彼氏です」
「はい……学校に行こうか」
私たちが手を繋いで歩き出すと、ダンス部の女の子たちが数人寄ってきた。
そして私たちを見て、
「あらら付き合い始めたの。おめでとうーー! え、ていうことは更に忙しめ? うちらの夏合宿撮ってくれない? 箱根! 密着一週間、地獄、イエス!!」
陽都くんは苦笑して、
「いやもう他にも何件か依頼きてて、ちょっと難しいな」
ダンス部の子たちは立ち止まって顔を般若のように歪ませて、
「協力したじゃん、JKコンーー! めっちゃ協力したと思わない?! 協力代金を動画で支払ってーー!!」
陽都くんはその強さに若干引きながら、
「じゃあお礼に秋の文化祭の時にダンス部のオープニング動画つくるのは?」
「約束だからね、絶対だからね!! 部員が10人も増えてマジ助かったの。また頼むからね!」
そう言って走って行った。
私は陽都くんの腕に身体を寄せて、
「依頼? 夏休みスペシャル引き受けるの?」
「うーーーん。実は中園がちょっと大変になっててさ……」
「おっはよ~~! どうも噂の中園くんだよ、探しちゃったよ……あれ。朝からお手々繋いで一緒に登校ってことは開き直ることにしたの?」
陽都くんに後ろから飛びついてきたのは中園くんだった。
中園くんは眉毛をわかりやすくシオシオと下ろして、
「陽都がいつもの車両にいないから、なんでだろ思ったらこういうことか。俺が孤独登校になるのは、どうするの?」
「別に待ち合わせして行ってたわけじゃなくて、同じ方向から来て同じような時間帯目指すから、一緒になってただけだろ」
「これだから初彼女ができた男はダメなんだよ。女にばっか集中してると……俺みたいになるぞ……恐怖の世界に震えろ……」
中園くんはぷるぷると震えて目を閉じた。
陽都くんは私のほうを見て苦笑して、
「中園、JKコンで更に人気が出てさ、家にもストーカーが来るようになっちゃったんだよ」
「マジでヤバイ。聞いてくれよ、ついに昨日洗濯物盗まれたよ」
その言葉に陽都くんは目を丸くして叫ぶ。
「マジで?! 外に干してたやつ?!」
「母ちゃんが庭に干してた俺のパンツ。無印で買った俺のパンツ、普通に盗まれた。庭に女の子が入ってきて盗んでいったの母さんが見たんだよ。普通に窃盗で通報したけど、警察が出した結論はなかなかすごかったね、『服を外に干さないでください』だってさ」
私は眉をひそめる。
「ひどい」
「な。女だったらもう少しまともに取り合ってくれるらしいけど、男子高校生、それも顔出ししてるゲーマーだと全然無理な。『自己防衛してください』って言われたよ」
中園くんは「これこそ差別だよな、だって母ちゃんの服もあるのにそれは無視だからな」と苦笑して両肩を上げた。
JKコンの時にも思ったけど、中園くんの人気はすごい。
人の文句を言わない、解決策がない愚痴を言わない、明るく優しく、差別発言もしなくて公平。それに熊坂さんの時も思ったけど、アンチ寄りの人の扱いがすごく真摯で上手なのだ。
人気がでるのはよく分かる。
だからって盗まれて当然だとは全く思わないけれど。
中園くんは、
「まいっちゃったのは俺の母ちゃんだ。外でも『中園くんのお母さんですか、中園くん帰りましたか?』って聞かれる。いつも見張られてる気がするってさ」
「ええ……それはちょっと……なしね……」
「なしだろ? だから一回家を出ることにした。相談したらさくらWEBの会社の上に、そういう風に家に居られなくなった子のために住居があるんだってさ。会社だからセキュリティーガチガチの最上階。4BOXのプロデューサーもそのほうがいいって言うし、学校にも通える距離だし、最適。俺そこに落ち着くまで住むわ」
4BOXのプロデューサー……。
この前JKコンの後に話していた安城さんという人だろうか。
でもプロゲーマーとして表に出続けるつもりなら、加熱しすぎた人気を落ち着かせるため避難するのはアリなような気がする。
中園くんは陽都くんの腕にしがみつき、
「俺は地味にゲームしたただけなのに、その俺をこんな人気ものした陽都が悪い」
「いや、俺が調子に乗ったのはヘビ動画だけだ。あれは謝るけど」
「俺に部屋を貸す条件は『俺たち映画部が夏休みスペシャル参加すること&俺のさくらWEBの何か色々出演』みたいなんだ。吉野さん、夏休み大丈夫? 映画部続けたいんだけど」
私はコクンと頷く。
「何もしてないし、役にも立てないけど、全然大丈夫よ」
中園くんは眉をつり上げて、
「なーーにも分かってないな。陽都が映画部引き受けたのだって、吉野さんとふたりでイチャイチャしてカッコイイ所見せたかったからだろ。吉野さんいなかったら、そもそも陽都は体育祭実行委員からしてないはず」
その言葉に陽都くんが中園くんを横目で見て、
「……ぎく」
「陽都がそんなめんどくせーことすんの、おかしーだろって思ったけど、吉野さん目当てだったんだなー。さすがに合宿で気がついたわ。まあ俺はさ」
そう言って中園くんは私のほうを見た。
「陽都が楽しいのが一番いいからさ。吉野さんも一緒でしょ」
「……うん」
「だから俺をのけ者にするなよ、陽都。お前初カノだから舞い上がりすぎる。俺の監視が必要だ」
「中園、今彼女いなくて寂しいだけだろ。ウザイな」
「中園くんの彼女!! いい響きね、中園くんの彼女!! 身体に何かが満ちるわね! おはよう、中園くん!! それにあら、付き合い始めたの? 辻尾くんと吉野さんも、おはよう!!」
「……おはようございます」
中園くんの彼女の話をしていると、ほぼ100パーセント熊坂さんが現れるのは、もうちょっとすごいと思う。
なにか特殊センサーでも付いているのかな? 私も陽都くん専用のセンサーが欲しくなってしまう。
中園くんはパワフルな熊坂さんを見て苦笑する。
「熊坂さんパワーがウチまで届いたら、パンツ盗まれないのにな」
「パ、パンツ?!?! えっ、中園くん、パンツ盗まれたの?!」
「そうなんだよ。今履いてるのと同じやつ。無印の」
「見せなくていいわ、見せなくていい!!」
「パンツ盗んでどうすんだろうな」
陽都くんが遠くを見ながら、
「自分で穿いて中園の配信を見る……かな?」
思わず私も熊坂さんも中園くんも立ち止まった。
その発想はなかった……。
陽都くん、それどういうこと……?
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