第54話 迷い無く、顔を上げて

 すごい。

 それしか言えなかった。

 穂華は胸を張って舞台に立ち、自分の言葉で気持ちを伝えていた。

 傷ついているはずの新山さんも、自分を誇り、舞台に立った。

 ずっと見ながら思っていた。


 ……私は? って。

 私は、自分に胸を張れて、自分を好きって言えるかな?


 打ち上げに行くと言うので、ロビーで待っていたら、吹き抜けの所で辻尾くんと中園くんがスーツを着た男性に話しかけられているのが見えた。

 そこに取材を終えた穂華が来た。


「紗良っち~! 今取材終わった~。……あれ? 辻尾っちと中園先輩、さくらWEBの人に声かけられてる……」


 さくらWEBの人……有名なサイトで色んな番組を作っているのを知っている。

 そんな人が辻尾くんに何の話だろう。穂華は椅子に座って、


「さっきの取材でもすごく辻尾っちのこと聞かれたー。いやあ私やっぱ見る目あるなあ。だって紗良っちの動画、すっごく良かったもん」


 そうだ。始まりは私がミシンをかけていた動画から。

 そしてクラスの水風船動画。この前みたらあの動画は二万以上のいいねがされていた。ぜんぶあそこから始まってる。穂華は私のほうを見て、


「紗良っち、もう辻尾っちに告ったほうがいいよ。好きなんでしょ? 逆? 辻尾っちが紗良っちを好き? もうあの人、ここから結構モテると思うけど」

「!!!」


 私はその言葉に目を丸くした。

 穂華は続ける。


「中園先輩はほっとけって言ってたけど気になって。あれ、ひょっとしてもう付き合ってる?」

「っ……誰にも、言わないで」

「あ、やっぱり~。旅行の時に『仲良しだなー』と思ってた。あやや。嬉しいけどちょっと悔しいな。私より先見の明があったんだ紗良っち、やるな。紗良っちの彼氏じゃなかったら狙いを変えてた」

「穂華?!」

「人のものに興味ないよ。でも気を付けた方がいいよお~。実は私、紗良っちのママに聞かれたよ。部活にはどんな男の子がいるんだって。とくに中園先輩のこと気にしてた。ヤリチンだけど、誰にも本気にならない男なんで大丈夫ですよ~って言っておいたけど。正しいっしょ?」


 それを聞かれたお母さんの顔を想像して苦笑してしまう。

 でも……笑顔で送り出してくれたように見えたけど、やっぱり私のお母さんは甘くない。穂華は続ける。


「その時、うちのお母さんと話してるの聞いちゃったよ。『友梨奈は医者になるから、紗良が私の後継者になってくれたら嬉しい』って言ってたよ。紗良っち、そんなことしたいのかなあ? って思ってた」


 私はそれを聞いて息をのんだ。

 後継者にしたい。

 実はずっと感じていた、お母さんが私を引き込みたいと思っていることに。

 だってボランティアとか奉仕活動につれていくのは私だけだから。

 改めて自分の置かれた環境を知らされた。


「……ありがとう、穂華」

「今回紗良っち居なかったら、辻尾っちここまで動かなかった気がする。だから間違いなく闇の王は紗良っちなんだよ。辻尾っちを制したいなら紗良っちを制すべき。私はそう思ったんです、えっへん」

「私は何も出来ないわ。本当に穂華のスピーチすごかった。かっこ良かった」

「仕事増えそうです、うれしいいいいい!!」

「良かったわね」


 話していると辻尾くんと中園くんが吹き抜けから下りてきた。


「おまたせ」

「辻尾っち、さくらWEBの人と何話してたんですか?!」

「いやいや……」

「何の話だったんですかぁ?」


 穂華は楽しそうに辻尾くんの周りを周り、夏休みスペシャルの話を聞き出した。

 また続くのかな? 楽しかったから、私は良いけど……。

 今回のことで穂華に辻尾くんとのことを知られてしまったけど、強力な味方が出来た……気がする。

 そしてこのままじゃダメだってこともよく分かった。

 やっぱり逃げ回って逃げ切れるほど、私の家も、お母さんも甘くない。




「ただいま」

「おかえりお姉ちゃん、穂華が全然LINE返さない~~~あいつすでにミラクル天狗じゃね? もう家に帰ってる?」

「さっき帰ったはずよ。でもお祝いが殺到しててスマホの電源落としてたわ」

「優勝は私の効果もあると思うのよね。私を悪役にして成り上がりなんて許せないからお祝いと一緒に殴ってくる」

「……ほどほどに?」

「はあい。お姉ちゃんもおつかれさま!」


 友梨奈はそう言って家を飛び出して行った。

 JKフェスはネットで中継されて、テレビにも短く編集されて流れたほうだ。

 そこに穂華のスピーチが長めに使われていた。盗撮するヤツは許さないと言い切った姿にクイーンやキングより賞賛が集まっていた。

 

「おかえり、紗良。疲れたでしょう、プリンあるわよ」

「お母さん、ただいま。食べたいな」

「あとね、ひとつお願いがあって。来週末またお寺の幼稚園で奉仕活動があるの。そこに多田さんたちもくるから手伝ってくれない?」


 私はそれを聞きながら荷物を置いて手を洗い、椅子に座った。

 お母さんはプリンを出してオレンジジュースを準備してくれた。 

 私はジュースを飲んで顔を上げた。


「あのね、私。今はカフェでバイトしてるんだけど、ここにバイト先を変えようと思ってる」

「ん? どこ? ……あら夜間学童保育。え? どうして? なんでこんな所に?」

「少しお手伝いしたことがあって。そこで働きながら行政書士の資格を取ろうとしてる人がいて、すごいなって思ったの。興味があるから出入りしてみようと思って」


 お母さんは首をふって、


「紗良、夜間学童保育なんて大変よ。弁護士になりたいと思うのは素晴らしいわ。それなら塾に入りましょう、良いところがたくさんあるわ。そして私付きの弁護士に……」

「お母さん、私、弁護士になりたいなんて一言も言って無い。それに政治家には絶対ならないよ。向いてないから」

「紗良……」

「だからお寺の奉仕活動も、ボランティアももういかない」


 私ははっきりと言い切った。

 お母さんは少し慌てて、


「ねえ、ちょっとまって。紗良。夜間学童保育は良い文化じゃないわ。夜、女が子どもを預けてまで働かなきゃいけない環境が社会が間違ってるの。みんな苦しんで泣きながら子どもを預けているのよ。みんなあんなことしたくないのよ」


 私は静かに首をふった。

 違う、全然違う。

 というか、あそこのいた人たちを、そんな風に言われたことにはじめて苛立った。

 ああいう場所があるから、失敗しても、強く生きていけるんだと思った。

 私はずっと失敗したらもうおしまいだって思ってた。でも全然違うんだ。

 失敗してもダメでも、誰かがああやって居てくれたら、また立ち上がれる。

 私にとってそれが辻尾くんで……その大切さがよく分かる。

 お母さんと私では、考え方が違う。

 私はやっと強く思えた。

 お母さんは必死に続ける。


「夜間学童保育みたいな場所で働く人を助けていくのもママのお仕事なの。一般市民が言っても聞かない言葉を、認知されている人がいうとみんな聞くの。それが政治家よ。皆の言葉をあつめて目立つ人が伝えていく。それがお母さんの仕事」

「そう、それがお母さんの仕事。私の仕事じゃない」

「紗良……」

「お母さんの仕事に、私を連れて行かないで」

「でも、紗良、あなたは私の娘なのよ。お父さんと私でやっとここまできたの。このまま繋いでいけば根っこから世界を変える人になれるのに。政治家は一代では意味が無いの。子どもが継いでくれて、やっと声を響かせられる所までいけるの」

「継がない、向いてない、自分で行きたいところに行く」


 お母さんは呆然と私を見た。

 実はずっと品川さんに誘われていた。

 夜間学童保育、人手が足りなくて本当に前は助かった。給料はカフェと同じくらい出せるから来てくれないかと。

 だから引き受けた。だって私はあそこに行って目が覚めた。

 お母さんは私のほうをまっすぐに見て、


「ねえ紗良。短絡的に物を考えて決めるのは良く無いわ。もっと熟考してから動くべきなのよ」

「ずっと思ってた。考えたことなの。でも怖くて動けなかったの」


 私はジュースを飲んだ。

 穂華に「お母さんが私を後継者にしたがってる」と聞いて、ぞくりとして……同時にどこか嬉しかったんだ。

 友梨奈はボランティアに呼ばれない、奉仕活動に呼ばれない。

 友梨奈に劣った私の、唯一勝てること。

 それを手放したくなかった。

 跡継ぎになりたい、なれる自分になりたいってきっと思ってた。

 優等生なんてイヤだと思いながらずっと続けていたのは、きっとそう。


 すごくお母さんが、好きだったんだ。


 お母さんに好かれる私になりたかった。お母さんみたいになりたかった。


 好きな人に、好きって思ってほしかったの、絶望される私なんて嫌いだった。


 でも違う、私は『この人にはなれない、なりたくもない』。


 私は顔を上げた。


「お母さん、私ね、今日一緒にテレビに出ていた辻尾陽都くんに告白されたの」

「えっ?! さっき一緒にテレビに出ていた男の子? えっ……?!」

「旅行で好きになったって言われたわ。私も好きなの、付き合っていいかな」


 これは私たちの過去を守るために必要な嘘。

 でも私たちはなにひとつ間違えた付き合い方をしていない。

 お母さんに好かれる必要なんてない。

 お母さんの顔色を窺って、先を考える必要もない。

 私は、私の好きなことを、ちゃんと真ん中において、大切に生きていきたいの。


 私が、私が好きなことに胸を張りたい。




 


 

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