第53話 最終審査結果発表(陽都視点)

 舞台に立った新山の姿をみて、会場がどよめく。

 俺も思わず息をのんだ。

 新山は制服を脱ぎ捨てて、写真にいつもチラリと見えていた白い水着のみの姿だったからだ。

 誹謗中傷動画を流した犯人はクラスメイトで、大きな騒ぎになっていた。

 それに自分で流したんじゃないかと散々言われている状態での、水着姿。

 ざわざわと騒がしい会場の中、音楽が流れはじめた。

 それは宇佐美が編集した新山の紹介動画だった。

  

 それは静かな日常。

 朝登校して、クラスに入り、授業中に宇佐美のほうを見て微笑む新山。

 休み時間に一緒に話し、昼休みは男子に混ざってお菓子を食べる。

 放課後はマックで食べて一緒に帰る……それはどうしようもなく普通に日常だけど、チラチラと常に水着を露出させて見せていて、それが妙な雰囲気。

 日常の中に潜むエロさと、新山の昭和な雰囲気がマッチしていた。


 動画が終わり、新山がマイクを握って顔を上げた。


「まずは投票して下さった方々に感謝します。そして色々とお騒がせしてすいません。実はこういうのは昔からよくあるんです。小学校の時から道を歩いているだけで知らないおっさんに『エッチだね!』と言われました。ランドセル背負って歩いている小学生相手にですよ。最初は意味が分からなくて、高学年になると気持ち悪さだけが残りました。でも私は走るのが好きで、中学の時に陸上部に入りました。楽しかった。そこから少しずつ、自分を好きになっていったんです」


 そう言って顔を上げた。


「今回の誹謗中傷動画はショックでした。しかも犯人はクラスメイト。正直マジで許さない。でも私が問い詰めたら彼女たちは言ったんです『どうせこれもネタにするだけでしょ。そうやってちやほやされてるだけじゃない。なでなでして貰えばいいでしょう? 男子に』。それ聞いたときに思ったんです。もったいないなーって。私の話ばっかり。自分の話はなにもしない。怯えて震えてバカみたいって。でもね、さっきまで私、ベンチコート着てここに出るつもりだったんです。怖くて。動画も自分で流したんじゃないかって言われてて怖くて自分を隠そうとしてた。でも穂華さんのスピーチ聞いて、イヤになっちゃった」


 そう言って舞台袖に立っている穂華さんを見た。

 穂華さんはピースをして笑顔を見せた。


「私やっぱりなにも悪く無い。私、私の身体が好きなんです。私は私が好き。何も悪いことしてないわ。これから何度だって傷つく。きっと私が私である限り永遠にね。でも、私は私の好きなことを変えない。それがこのコンテストで私が掴んだ結論。すごくムカついたけど楽しかった。本当に参加して良かった」


 会場から拍手がおこった。

 新山は深くお辞儀をして舞台から袖に戻ってきた。

 穂華さんは一歩前に出る。新山は「敵に塩送られるなんてサイテー。あなた相当頭が良いわね」と口を尖らせると、穂華さんは目を輝かせて、


「本番に強いのは自覚しましたね。ていうか、マジでスタイル良いっスね。筋肉ムキムキじゃないのがすごいっス」

「胸小さくしたくないから、運動は選んでるの。おっぱいは脂肪だから」

「揺らすだけでダメです?」

「垂れるのが早くなるらしいわ」

「マジすか」


 そういってベンチコートを羽織った新山と楽しそうに話し始めた。

 なんというか……ここまでコミュ強なのはすごいな。

 敵に塩を送るどころか、完全に自分の味方にしてる。

 話している所を後ろから見ていると、新山が着ているベンチコートは久米工業のもので、背中に大きくロゴが入っていた。

 作業する時とかに着るんだろうか。

 俺はそれを見ながら口を開いた。


「……あのベンチコート着て車整備してさ、中に白水着のほうが絶対バエたのに」

「え?」


 そこの言葉を聞いて俺に寄ってきたのは新山だった。


「こんなのダッサい学校のコートじゃん」


 ずっと陸上部で一緒だったけど、盗撮事件以来一度も話してなかった。

 少し緊張してうつむくと、俺の腕に温かさを感じた。

 横に吉野さんがいて、俺は顔をあげた。……大丈夫。


「工業高校に女子少ない時点で気が付くといい。車整備できる女子なんてレアだし、正直ツナギを着てその下に白い水着着てる方がバエる」


 宇佐美と新山は顔を見合わせて呟く。


「……学校だとみんな出来るから、考えたことなかった」

 俺の肩を中園が掴んでくる。

「制服よりツナギのがどー考えてもエロいっしょ。いいと思うよ、整備女子。なあ、陽都」

 俺は静かに頷いて、

「新山の良い所は、身体だけじゃなくて、色々あると思う。頑張れ」


 それを聞いて宇佐美は、頭をガリガリかいて、グッと頭を下げた。


「……中学の時のこと、改めて謝る。俺、マジで何もわかってなかった。新山のことも、全部」

「……もういいよ。昔のことだ」


 新山は口を尖らせて俺の目の前にきて、


「中学の時の話って何? ていうか辻尾くんってやっぱセンスあるんだー。辻尾くんに撮ってもらえば一位取れるかなあ。ねえ来年さあ……」


 そして伸ばしてきた手を穂華さんと、吉野さんがたたき落として……俺は笑ってしまった。

 強固に守られてて、嬉しい。

 そして会場中に大きな音楽が鳴り響き、スタッフに先導されて穂華さんと新山と三位の子が舞台に中心に向かった。

 いよいよ結果発表だ。

 俺たちも舞台袖に出ると、観客の視線が一気に集まりスマホで撮影される。

 ほとんどが中園目当てなので、一番前に中園をセットして俺たちは後ろに隠れた。

 表に立って何かをする人はこれが気持ち良いっていうんだからすげぇよな。

 そして司会者が声を張り上げる。


「JK青春部門、最終審査結果を発表します!!」


 真っ暗になった会場にドラムロールがなり、巨大モニターに結果が発表された。


『青春JK部門・優勝者・穂華&映画部』


 そして穂華さんにスポットライトが当たった。


「やったーーーーーー!!」


 穂華さんは大きくジャンプして叫んだ。

 前後に立っていた平手と吉野さんと中園が俺に飛びついてくる。


「辻尾くん、やったわね!!」

「勝ったじゃん、すげえ、ほとんどがウチラに投票してるよ!!」

「おおおおおお、やっぱテンション上がるな!! うひょおおおお~~!!」


 そして舞台の真ん中にいた穂華さんは大喜びでジャンプしてこっちに飛んできた。


「辻尾っち、ありがとううううう……うえーーーん。JKコン終わっちゃった、楽しかったあああ……」

 

 そう言って号泣する姿を舞台下からみんながスマホで撮影している。

 勝てて良かった……。でも勝利のポイントは俺の動画っていうより、敵さえ飲み込んだ穂華さんのスピーチだったと思う。

 だからこれは間違いなく穂華さんの実力。

 いやでも一ヶ月動画作り続けたのは、間違いなく俺たちだ。勝てて嬉しい、良かった!!


 その後穂華さんはJKクイーンやJKキングたちと一緒に取材に追われた。

 正直クイーンやキングたちはレベルが違う美人とイケメンだったけど、穂華さんは上手に立ち回り、何より楽しそうに話して取材を盛り上げていた。

 俺も一応部長(だったらしい)として話を聞かれて、なんとか答えた。

 でもやっぱりああいうのはどうにも苦手だ。俺は裏でひたすら作業してるのが向いてるなあ……と今回の事でよく分かった。

 取材を終えて部屋をでると中園が待っていた。


「陽都ー! もう少ししたら穂華ちゃんも取材終わるっていうし、打ち上げにカラオケいかね?」

「久しぶりに延々歌いたくなったのか」

「テンションあがっちまったよ。今日俺の美声聞かずに何を聞くんだよ」

「いや、疲れたから寝たいけど……」


 中園はそれほど歌が上手くない。正直絶対に穂華さんのほうが上手いから、そっちのが良い。笑いながら話していたら、前からスーツを着た男性が着た。


「辻尾陽都くんと、中園達也くんだね」

「はい」


 俺は立ち止まった。

 スーツを着た男性は名刺を出して、


「僕はさくらWEBで4BOXを担当してる安城正樹あんじょうまさきと申します。いや、穂華さんの良かったよ。あれプロデュースしたの辻尾くんだって?」

「プロデュースというか、はい、アイデアを出したのは俺です」

「さくらWEBで今年の夏休みにさ、青春JK部門スペシャル番組作ることになってて。もし良かったら参加しない? 企業がフルサポートするからお金がガッツリでて注目度も高い。企画書が必要になるけど、君なら書けるだろう。それに4BOXの撮影もあるから見においでよ。君みたいな人材がリアリティーショーのスタッフとして来てくれると僕が助かるんだけどな」


 その言葉に驚いてしまう。

 俺が4BOXに関わる?

 安城さんは続ける。


「カッコイイ子も可愛い子も山ほどいるんだけど、それを見せられる人がいない。人は顔を見たいんじゃない、ドラマを欲してるんだ」

「まあ……はい……分かる気がします」

「それに君は、人を動かして造る面白さも知ってる」 


 その言葉に、ああ……と俺は思った。

 今回何が面白かったって、穂華さんの特性を見抜いて、チャレンジさせ、それをひとつの物語に仕上げるのがすごく面白かったんだ。

 それが何だったのかよく分からず、とりあえず終わった~と思っていたけど、これが『人を動かして造る面白さ』だとしたら、分かる。 

 安城さんはチラリと中園を見て、


「中園くんもすごーーーく一緒に来て欲しいんだけどな。君はすごく冷たい。そこが僕はすごく好きだね」

「なんという酷さ。俺ほどハートフルな人間はいないのに」

「まずは夏休みスペシャル、ぜひ参加してくれよ。現場も見てもらえると嬉しいな」


 企業フルサポート……。

 つまりウケさえ良ければかなりよい待遇で動けるってことだ。

 夏休みの間吉野さんと一緒に居られる理由になる……? 俺がそう思っていると安城さんが微笑んだ。


「ディレクター向きってあんまり居ないんだよ。でも辻尾くんは裏側の楽しさを知っているでしょ」


 じゃあね、と笑いながら去って行った。

 俺の中に安城さんが言った言葉が残った。

 『裏側の楽しさを知っている』……それは本当にそうだ。

 今回、本当にそれが楽しかったんだ。


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