第55話 ちゃんと練習すべきだった!(吉野視点)
「お姉ちゃんの彼ピ! 彼ピ! 彼ピが来る! ねえお姉ちゃん、友梨奈の服装とかメイクとか、変じゃない?」
「……友梨奈、落ち着いて。一回会ってるじゃない」
「話してないもん! 通りすがりだもん!!」
「今日だって少し挨拶にくるだけよ」
「お姉ちゃんの彼ピがくるのに普通にしてらんないーー! お姉ちゃんの彼ピだよ~~?! そんなの興味ないと思ってた。ねえ変じゃない?」
相変わらずな物言いに呆れてしまうけど、本人に悪意は全く無い。
友梨奈は楽しそうにワンピースを着てその場でクルクル回った。
辻尾くんが好き、付き合いたいと伝えてから一週間。
お母さんは「とりあえず一回家に呼んだら? どういう人か分からないとなんとも言えないわ」と言った。
今日は日曜日のお昼で、多田議員も来ている。むしろ私がいてくれるように頼んだのだ、綾子さんを知っているから。
多田議員はお茶を飲んで、
「いやあ、綾子さんのお孫さんと同級生だったなんて驚いたな」
お母さんは戸惑いながら、
「お名前だけ聞いてことあるんですけど、私はお会いしたことなくて」
「勇作くんと綾子さんが少し会ったことがあるだけだからね。僕も綾子さんには大昔に一度会っただけだよ。今のが権力者なんじゃないかな。紹介を一切受け付けなくて自分で会いたい人にしか会わないんだよ。だから突然オフィスに来たりするとは聞くけどね。いやこれはラッキーだよ、花江さん。結んどいて悪い縁じゃない。湊不動産は坂本一派や松島建設と仲が深いからね」
そう言って多田議員は楽しそうに話した。
噂には聞いてたけど、辻尾くんのお婆さま……本当にすごい人なのね。
そういえば辻尾くんのお店の店長さんも綾子さんのことを誰より尊敬しているように見えた。
辻尾くんから聞いた店に投げ込んだ話も、100万円渡してくれた話も強烈だ。
そんな伝説の人だなんて……。私は改めて会いたくなったけど、紹介を受け付けないなら永遠に会えない気がする。
孫の辻尾くんなら……? 分からないわ。
そんなことより今日のが大切……とリビングにある鏡で前髪を整えた。今日ばかりはお出かけ用の黒いワンピースを着て髪の毛をしっかり整えた。
嫌いな服装だったのに辻尾くんを出迎えるためだと思うと正装に思える。
家のチャイムがなり、私は友梨奈に突き飛ばされた。
もう、テンションが高すぎる。
家に辻尾くんがくると言ってから、誰より楽しそうにしていたのは友梨奈。
私も友梨奈の婚約者に興味がないかと言われたら、どんな人かは知りたいけれど……。
ドキドキしながら玄関に向かい、扉を開くとそこに辻尾くんが立っていた。
学校の制服を着ていて、手土産を持っている。
私たちのほうを見て頭を下げ、
「はじめまして。辻尾陽都です」
と言った。
うちの玄関に辻尾くんがいる。
もうその状況だけで、合成写真みたいで息が苦しい。
それにすごく恥ずかしい。なんでだろう、分からない。でも嬉しくて、ドアを開いて中に入ってもらう。
「……入って。ちょっとみんな、テンション高いから……ごめんなさい」
辻尾くんは玄関から一歩中に入ってきてお母さんに向かって手土産を渡して、
「『紗良』さんとお付き合いさせて頂いています。本日はよろしくお願いします」
と言った。
紗良さん。
名前で呼ばれて一気に顔が熱くなる。
こんな……でもそうよね、家中全員吉野だもの。そうよ、名前で呼ばないと。でもちょっとまって、すごくドキドキする。
想定外だったわ。顔が熱くて耳まで痛くなってきた。
こんなことになるなら、家に呼ぶまでの数日間の間に、名前で呼んでもらって慣れるべきだった?
でもすごく嬉しくてスリッパを出しながら、
「陽都、くん。入って、どうぞ」
「!!! はいえっと、すいません、お邪魔します」
陽都くんは驚いて私の方を見て、うつむいた。
もうだめ、こんなの、もっと早く済ませておくべきだった。でもずっと恥ずかしくて名前で呼べなかったんだもん。
名前を呼ばれて玄関に入れただけなのに恥ずかしくて膝を抱えて丸くなりたくなるけど……違う、こんなの絶対辻尾くん……じゃない陽都くんのが恥ずかしいはず!!
と思って顔を上げたら、ものすごくまっすぐな瞳で私のほうを見ていた。
……ちゃんとしてる。
私だけが舞い上がりすぎてる。
小さく息を吐いて落ち着いて、リビングに向かった。
「わあああテレビで見た彼ピ! ちゃんと挨拶するのははじめまして妹の友梨奈です。穂華の動画すっごく良かったですよ、穂華ってすごく奔放で適当なのに、辻尾っちの手にかかるとあんな可愛くて頑張ってる子になるのね、感動しました!! わー、お姉ちゃんと彼ピ、わああ~~、なんかすごい新鮮、ほわあああ~~よろしくです~~!」
リビングに入ってすぐにぴょこぴょこ飛び跳ねたのは友梨奈だ。
陽都くんは丁寧に頭を下げて、
「あの時はお世話になりました。学校は大丈夫でしたか?」
「全然平気~。てか私の学校にああいうの見る子いないし! これからも全然使ってください、私穂華応援委員長なので!!」
友梨奈は「ではではお話をしましょうかね。はいまずは妹の私から」と椅子に座ろうとしたが、お母さんと多田さんに追い出された。
友梨奈はドアの外で「うるさくしないからああ仲間に入れてよおおお」と叫んでいたけど、どう考えても朝から一番うるさい。
いつも主役な友梨奈が追い出されてる状況……少しだけ楽しい。
席に座ると多田議員が陽都くんを見て口を開いた。
「はじめまして。市議会議員の多田洋介です。驚いたよ、辻尾綾子さんのお孫さんだって聞いて」
「はい。祖母はいろいろなことを手かげている人で、俺が中学の時に学校行けなくなった時、自分が持っている店に投げ込んだような強烈な人です」
「はは、さすが綾子さんだね! いや僕ら世代でも伝説の人だからお孫さんに会えただけで良い話のネタになりそうだよ」
「俺はすごくばあちゃんのことが好きで尊敬してるんですけど、母と折り合いが良く無くて、正直な話、ばあちゃん繋がりを期待されると少し困ってしまいます」
「僕たちも娘さんがいたこと知らなかったからなあ。なんだか色々複雑なんだろうね。いやいや最初から期待してないよ。そもそも紹介を最も嫌う人だよね」
「あまり知らないんですけど、神出鬼没だとは思います」
「自分の好きなことしかしない人で有名なんだよ。いや、会えてよかったよ」
多田議員は楽しそうに笑った。
お母さんは、多田議員と陽都くんが話しているのを横から戸惑った表情で見ていたが、咳払いをして背筋を伸ばした。
「……紗良が恋人を連れてくるなんて意外すぎて……ちょっとまだ驚いてるんだけど……なんだか初々しくて、悪い仲じゃないのは分かるわ」
「はい。本当に良いお付き合いをさせて頂いてます。あの、高校生の領域を出るようなことは、しないと誓えます」
私は思わず横で口を開く。
「むしろ私が、お母さんがいないタイミングで家に誘ったら、陽都くんは正面から来たいって断ったのよ」
「?!?! 紗良?!?!?!」
お母さんが叫んで多田議員が爆笑する。
でもこれは陽都くんと付き合う上で、すごく大切な話だと思った。
紹介することで、部活も、デートも、伝えた上で動くことになる。だからもうこっそりふたりで……は出来ない。
でも正面から家に来てもらうことは出来る。
……あの時、家に来て貰わなくて良かったと思ってしまう。
だから今、こうして胸をはって紹介できる。ぜんぶ陽都くんが私に教えてくれたこと。
それに友梨奈は公式で一緒に旅行に行っていて、同じ部屋に泊まっているのだ。私だけとやかくいわれる必要はない。
お母さんは家族構成や、住んでいる家などを聞いて静かに目を閉じて、
「……問題は無さそうね。わかったわ。呼び出してごめんなさいね。私は立場が立場だから、どういう人と付き合ってるか把握しておくとすごく気が楽なのよ。大切な娘だから」
と言った。
陽都くんは頭を下げて、
「ご迷惑をおかけすることも多々あると思います。俺も学生で、先のことは何も分かりませんが、明日も明後日も、来月も来年も、紗良さんと一緒にいたいと思っています。どうなるか分かりませんが、よろしくお願いします」
その真摯な言葉に胸が苦しくなってしまう。
なんだか本当に、ちゃんと正面から来てくれたのだ。この家に。
お母さんが「折角だからお部屋に入ってもらったら? お茶を準備するわ」と言ってくれて、なんとそのまま私の部屋にいくことになった。
こんな家族みんないる状態で、ふたりで部屋に入るなんて逆に落ち着かないけど、でもこのリビングでずっと三人で話してるよりマシ!
私は陽都くんを連れて階段を上り始めた。
私の、陽都くんが我が家の廊下を歩いている。それだけで合成写真みたいにドキドキしてしまう。
ちょっとまって、ちゃんとお掃除したかな?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます