第51話 世界はもっと自由で良い

「ふぉおお……! 紗良っち、見た?! 一位確定で最終審査出場決定ですっ!!」


 旅行から帰ってきた月曜日。

 登校していたら、後ろから飛びつかれた。

 振り向くと大興奮した穂華で、スマホ画面を私に見せてジャンプしている。

 画面にはJKコンのWEB審査が載っていて青春JK部門で穂華が一位通過していた。

 

「やったわね」

「嬉しいよおお、最終審査にいけるー! 最初は絶対無理だと思ってたのにー!」


 穂華が道でジャンプすると、左右の知らない子たちが「動画見てるよ」と声をかけてきてくれた。

 穂華は「ありがとうございます! ありがとうございます!」と頭を下げた。

 そして私の腕にしがみついて、


「最近全然知らない子に突然話しかけられることが増えてきて! もうファンですとか言ってくれるんです!!」

「それは嬉しいわね」

「そうなんですー。でも同じくらい『中園くんの蛇動画良かった』って言われます……」

「ああ……あれはもう……仕方が無いわね、公式にも拾われちゃったんでしょ?」

「そうなんです、何なんですか、あの人~~~!」


 穂華は悔しそうに地団駄踏んだ。

 中園くんの蛇動画は、所属するゲームーチームが見つけてツイート、そのまま再生数が伸びていた。

 辻尾くんはヤバイと思ったのか、帰って来てすぐに穂華がメインの動画をUPしたけど時すでに遅し……。かなり拡散されてしまった。

 旅行ですごく疲れていたように見えるけど、帰ってすぐに総集編アップするなんて、辻尾くん、すごい。

 でも本当に旅行楽しかった。こっそり持って行ったショーパンも見せられて良かった! タイミングが合わなかったら、なんだかすごく悲しくなった気がするもん。


「おはよ、見た?」


 そう言って後ろから声をかけてきたのは平手くんだった。

 穂華はくるりと振り向いて笑顔を見せて、


「平手先輩っ!! 一位確定しましたよお、本当にありがとうございます! 平手先輩のおかげですっ!!」

「それは良かったなあと思うんだけどさ。新山こころ、誹謗中傷動画上げられてる」

「え……」


 私と穂華は平手くんのスマホの前で動きをとめた。

 それはどうみても学校内で撮られた動画だった。

 廊下で男子に囲まれて楽しそうにしている所に『はい、コビ女』。

 体育で走ってる動画に『わざとSサイズですかねw』撮影風景を横から撮って『露出狂乙』……とにかく酷い内容だった。

 平手くんは画面を閉じて、


「今までエロで票を稼いできたから、これも作戦のうち、炎上商法乙とか、めっちゃ言われてる」

 穂華はブンブンと首をふって、

「こんなのアップして一位になりたい女子なんていないよ!!」

 私は頷く。

「さすがにそれは無いと思う」

 穂華は、もおおおおお……と叫び、

「こういうことするヤツ、ほんとクズ!! それにせっかく一位通過したのに気持ちよく喜べないのが、なによりムカつくーー!」

 本当にその通りで……なによりきっと新山さん、ものすごく傷ついていると思う。

 同時に辻尾くんも。私の胸はちくんと痛んだ。


「……新山こころ自身は、わりとさっぱりした性格で炎上商法するようなタイプじゃない」

 教室で動画を見た辻尾くんははっきりと言った。中園くんは頷いて、

「そう。アイツ自身はそんなヤツじゃねーんだけど、まー女子からは嫌われるね」

 そこに熊坂さんもサササと寄ってきて、

「だって教室で撮ったりしてたじゃない。悪いけど、私だったらすごくイヤだわ」

 平手くんも静かに頷き、

「マナー違反はあったかもしれないね。JKコンにアップされてた画面に映ってる子にモザイクもかけてないから」

 と言った。

 でもみんなで、

「だからってコレはないわ~~~」

 と呆れた。本当にそう思う。不満だとしてもやり方を間違えている。

 辻尾くんは小さな声で、

「本当にこういうのは良く無い」

 とはっきり言った。本当にそう思う。




「……悪意の塊……すごいわ……」


 品川さんは動画を見て首を振った。


「コメントも本当にきつくて……イヤですね」

「犯人は捕まったの?」

「まだみたいです。それに最終審査が来週、大きな会場であるのに大丈夫かなって……」


 私はうつむいた。

 今日バイト先に行ったら、カフェの店長に『なんか吉野さん貸せって兄貴に言われちゃったんだよ、だから今日は兄貴の店のほう行ってくれる?』と言われた。兄貴って……と思っていたら品川さんが私のバイト先に顔を出した。

 どうやら品川さんが夜働いている不動産会社が経営している塾で、たくさんの人が夏風邪で倒れてしまったので助けてくれないか……という話だった。

 店長が許可してるなら……と連れられるままそこに向かっている。

 そこで私は公開されて大騒ぎになった動画の話をしたのだ。

 品川さんは、


「今はすぐにこうやってネットに上げられちゃうから怖いわね。私たちの時代も机に落書きするとかあったけど……それがネットになったのね」


 私は静かに頷いた。

 入っているコメントも『投票目当てで目立ちたいなら、あきらめろ。有名税』という趣旨の物が多い。

 うちのカフェも床にカメラを置いて女の子たちをローアングルで撮影してる人は何人かいる。

 見つけるたびにデータを消してるけど、それでも無限に沸いてくる。

 でも追い出された人が言っていた「それも含めた時給だろ」が頭から離れない。

 でも、盗撮を含まれた時給なんて存在しない。それと同じことだと思う。

 品川さんはとあるマンションの前で立ち止まって私のほうを見た。


「さてと。ここよ。中高生の塾なんだけど、奥に綾子さんが経営してる店で働いてるママの子たちもいるの。夜間学童保育ってところかしら」


 連れてこられたのは、いつも辻尾くんと勉強している図書館より、もう少し住宅街に入った所にあるマンションだった。

 一階に『中高見ます』という看板があるが、上は普通のマンションに見える。

 中にはいると、受付があり、奥には教室がある普通の塾に見えた。品川さんは塾の中を抜けて中庭から他の部屋に入った。

 すると普通のマンションの部屋があり、そこには下は赤ちゃんから小学校低学年までの子たちが走り回っていた。

 品川さんは私の両肩をグッと持ち、


「私ね、これから高校生と中学生見ないといけないの。先生全員倒れて大ピンチ。だから悪いんだけど小学生の子たち、みてもらっていい?」

「わかりました」

「はいみんな注目、今日のピンチヒッターは吉野紗良さん、優しくしてあげてねー!」

「はーーい!!」


 私が椅子に座ると、子どもたちが一気に私を取り囲んだ。


「可愛いー、それウイッグ?」

「うん。そうだよ。お気に入りなの」

「お洋服も可愛いー! それスカートなの? あれ、筆算違った?」

「これ、問題書き写すのを間違えてるかな」

「えーーもう面倒になってきちゃったぁ」


 文句を言う子の前におにぎりを山ほど持った人が来て、それを置いた。


「琴ちゃん、文句言わずに終わらせないとココアなしにしちゃうよ」

「マシュマロあるなら頑張る! おにぎり食べて良い?」

「いいよ、みんな食べながら宿題してねー! 吉野さんもどうぞ。私はここの飯炊きおばさんだよ、ヨーコだよ、よろしくね」


 そう言ってどんどん食事を運んでくる。

 子どもたちはそれを食べながら宿題を進めた。

 子どもたちの宿題があらかた落ち着くと、ヨーコさんは自分の子どもを膝の上に乗せて抱っこしながら、


「品川ちゃんの知り合いだって? 私世話になってるのよ、このあと居酒屋で仕事なんだけど、その間品川ちゃんがうちの子どもと一緒に寝てくれてるの」

「なるほど」


 少し前に品川さんはシンママがたくさん住んでいるマンションに住んでいると言っていた。

 そこではみんなが助け合っているという話だったけど、こういうこと……。

 ふわりと香水の匂いがして顔を上げると、横にミニスカートを穿いた人が座って紙を見せた。


「おっしゃ、C判定、良い感じですよ、ヨーコさん!」

辰美たつみちゃん、おつかれ。受かりそうじゃない?」

「今年こそ合格しますよ~~! おにぎり頂きます。あら、可愛い子。ホストで風呂沈んでない? もし困ったら相談してね」


 そう言って辰美さんはおにぎりを手に取った。

 そこに数人の女の子たちが駆け寄ってきた。


「辰美さん~~。今月マジでヤバイです~~」

「また貢いでるの? どこのホストぉ? ……あら顔が良いじゃない」

「これ今期推したくて!」

「人生の限度額オーバーよぉ~ダメダメ~」


 辰美さんはおにぎりを食べながら借金の相談に乗り始めた。

 あとでヨーコさんに聞いたら、辰美さんは元男性で、今はキャバクラで働いて行政書士の資格を取るために勉強しているらしい。

 すごい……本当に色んな人たちがたくましく……それでいて楽しそうに生きている。

 私は場所のパワーに圧倒されつつ、子どもたちと遊んで時間をすごした。





「吉野さん、ここにいるって聞いて迎えにきたんだけど……」


 10時ごろ、夜間保育所に辻尾くんが現れた。

 一緒に遊んでいた子たちが辻尾くんを取り囲む。


「まさか紗良ちゃんって陽都の彼女?!」


 辻尾くんは子どもの視線になるように膝を折って、


「そうだよ。みんな優しくしてね。俺の大切な彼女だから」

「はあああああ??? 誰がのろけろって言ったんだ、ああああんんん? 陽都の分際で! 二度死ね!!」


 と理不尽に殴られて、痛そうだけど少し笑ってしまう。

 でも人前で「彼女」と言われたのははじめてで、少し嬉しくなってしまう。

 品川さんに見送られて私と辻尾くんは夜間学童保育を出た。

 辻尾くんは私の手を優しく握り、


「大丈夫だった? 俺もたまに駆り出されるけど、すげーキツいから、あそこ」

「うん。すごく色んな人たちがいて、驚いた」

「井戸端会議所みたいな所だから、捕まると長いし、俺は苦手……」

「仕事はきつかったけど……なんかもっと楽しくていいんだって思えた」


 普段の生活してると会わない人たち、生活。

 辻尾くんが学校に行けなくなって、この街に投げ込まれた時に目が覚めたって言ってる気持ちがよく分かった。

 みんな強く、好きに生きていて、それが私にはまぶしく見えた。

 その話をすると辻尾くんは私の手を優しく握り、


「分かる。簡単じゃないけど、それでいいって思えるよな」

「うん」


 そういってつま先立ちすると、辻尾くんは私を抱き寄せて唇にキスしてくれた。

 幸せで嬉しくて腕にしがみつく。

 えへへ「俺の彼女」だって。


「……辻尾くんの彼女?」

「彼女」

「大切な?」

「大切な!」


 嬉しく嬉しくて少しスキップしながら駅に向かった。

 辻尾くんが大好き。

 なんだか「ちゃんと生きていかなきゃ」という心の重さが少し取れた気がする。

 私はもっと自由で良い。


 

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