第52話 強く美しく、それでいて好きに
「おう……話には聞いてたけど、会場デカいな……」
「辻尾先輩、ビビったら負けですよ?!」
「編集直したくなってきた……」
「もうできませんって!!」
穂華さんに背中を叩かれて、俺はガクンと身体を前に倒した。
今日はJKコン最終審査本番。
会場は海沿いにある巨大展示場、その中にある大ホールで行われる。
JKコン最終審査は、スーパーJKフェスティバルと同時に開催される。
スーパーJKフェスティバルはネットTVに出演しているアイドルのコンサートや、放送しているアニメのイベント、ゲーム会社のコスプレ大会など、色んな事をひとつの会場で全部してしまおう、全部に興味持ってね! というアピールがすごい。
一番お客さんが多いのは、最近評判になっている4BOXという高校生男子アイドル番組のファンの女の子たちだ。
この男子アイドル番組はチャンネル登録者数で男の子たちの給料が決まるもので、そのダイレクトさから視聴者数が多い。
俺も、ダンス部のダンスを踊ってくれたと聞いて一度見たけど、リアリティーショーゆえ個人に踏み込んだものが多く、面白かった。
JKコンのクイーンとキング部門は、歌、演劇、自己表現と全てあり、会場審査で決まる。
しかし青春JK部門の最終審査は、部活としての活動内容も評価されるので3分の映像と本人のスピーチのみだ。
当然この映像を作るのは俺の仕事になり、今までの穂華さんの活動を3分にまとめて動画を作った。
もうこれが予想以上に大変だった。
まず3分。短すぎる。
人の話している速度ってそれほど早くない。
テロップで見せることも出来るけど、大きな会場にあるモニターの文字なんて簡単に読めない。
審査するのは会場の人たちなんだから、会場で読めなきゃ仕方が無い。
出ることが決まってから一週間、WEB用の撮影と編集を平手に任せて、最終審査用の動画を作ることに専念した。
俺は横を歩く平手に向かって、
「マジでラスト一週間助かった。大変だったろ、両方するの」
「最終審査に出ることが決まってからPVがかなりあって、それだけで頑張れたね。今日はスミレちゃんも来るし楽しみだ。サイン貰えるかな」
「終わったらイケんじゃね? うほほ、みんな4BOXの団扇持ってるな~」
中園は楽しそうに周りを見渡した。
そして俺のほうを見て、
「実はあの番組のプロデューサーから『出ませんか?』って連絡があったんだよな」
「えっ?! 中園先輩4BOX出るんですか?! 出たらガチでアイドルルートじゃないですか」
「あれ毎回ゲーマー枠がいるじゃん。それにどうかって言われたけど、俺ゲームできりゃそれでいいからなあ」
「中園先輩ウケると思いますけどね」
「メリットないと無理だわ~」
中園は苦笑して首をふった。
中園はゲームが上手いだけじゃなくて華があるから、番組のプロデューサーとかが気にするのも分かる。いるだけでパッとそこが明るくなって、安心感がある。映像的に使いやすいんだ、中園は。
今回のJKコンでそれを改めて認識した。
会場に入り、色々な番組を見学した。そしてJKクイーン、キング部門の審査が終わり、JKコン青春部門の最終審査時間になった。
会場の袖に入ると観客席が見えてきた。予想よりお客さんが多くて熱気もすごい。
SNSのトレンドも常に載り続けていて注目度の高さを感じさせられる。
平手が俺のすぐ横にきた。
「……なんか怖くなってきちゃったよ」
反対側に中園がピタリときて、
「俺がいつも出てるオフラインイベントよりでけぇ。無駄にビビってきた」
すぐ後ろに吉野さんも立っていて、
「……思ったより大きなイベントなのね。なんか緊張してきたわ」
我ら映画部は団子になって少し怯えてきたが、そこはこういう場所が大好きなアイドル、穂華さんが前に立って胸を張った。
「みなさんは舞台に出ないんですよ! 私です、私。私がぜ~~んぶひとりでやりますから、見ててください!!」
俺はその堂々たる姿に思わず頷く。
「……穂華さん、さすがだな。この規模の会場見てもビビらないなんて」
穂華さんはまっすぐ俺を見て、
「超楽しいです、人生で一番テンションあがってます! はい平手先輩写真撮ってください。JKコン最後の記念写真です」
「りょ」
カメラを渡された平手は慣れた手つきで穂華さんを撮影した。
やはりこの鬼メンタルじゃないと戦えない世界だ。俺はいますぐここから逃げ出したい……基本根性が裏方すぎる。
俺たちが団子になり怯えていたら、見たことある人影……宇佐美だった。
俺はそこから踏み出して歩み寄る。
「おい宇佐美。新山大丈夫か」
「……ああ、辻尾、一ヶ月おつかれ。最後には結構票開けられちゃったな」
「いやうん、宇佐美もおつかれ。新山は? 今日来られるのか?」
「今控え室で着替えてる。来てるけどさ……メンタルやばそう」
そういって宇佐美はうつむいた。
あの後、あの動画を作った犯人が捕まった。どうやら同じクラスの女子ふたりだったらしくすぐに動画は消されたけどコピーされて拡散は続いている。
それに色んな憶測が飛んでネットでは酷い言われようだ。
中学の時に経験したことと重なり、なにより一歩外にいることで、新山がどれほど傷ついたかも分かって……それもキツい。
宇佐美はうつむき、
「俺が応募したんだ、JKコン。良いチャンスなんじゃないかと思って。新山も仕事増やしたいって言ってたからさ。最初は普通に写真アップしてたのに、どんどんネタ切れして過激になってさ、もう学校の中でもお構いなしで撮影しまくって。完全に調子に乗ってて周りがどう思ってるかなんて考えてなかった」
俺は宇佐美の言葉を静かに聞いた。
一ヶ月動画を更新し続けるのは俺も大変で、過激化しているか、してないかと言われたら、最後には中園つかって逃げていたくらい、わりと疲れてた。
だから宇佐美の気持ちが全く理解できないわけではない。
俺たちが押し黙っていると、穂華さんの順番が来て、スタッフの人が呼びに来た。
穂華さんは俺を見て大きく頷いた。
「いってきます!」
大きな舞台のスポットライトの真ん中に胸をはって穂華さんが出て行く。
割れんばかりの拍手と共にまず俺が作った動画が会場に流れはじめた。
すげー緊張するけど、もう逃げ隠れできない。俺は息を大きく吸い込んだ。
俺が作ったのは、穂華さんがダンス部に体験入部する短いドキュメンタリーだ。
それは穂華さんが部室から窓の外をみて呟くところから始まる
『私、全部中途半端なんです。踊れますよ、でも上手じゃない。歌えますよ、でも普通です。話せますよ、でもそれは誰にだってできる。ひとりじゃフツーなんです。でもみんなが居たら、何者かになれるかも知れない。そう思ったんです』
そこから始まる体験入部。
うちのダンス部はとにかくダンスのレベルが高い。トップチームのダンスに圧倒される穂華さん。
それでもただ練習して、熊坂さんや友梨奈さんと言い合って、上手になっていく。
ダンス部の先輩たちに食らいつき、涙を見せる。
上手にできずに廊下で踊り、邪魔する中園を蹴飛ばす。
海辺で踊り、ワンピースで舞う。そしてダンス部が最後に開いてくれた小さな発表会で、完璧なダンスを踊り上げた。
そして俺たち映画部の四人の所にきて笑顔を見せた。
映像が終わると穂華さんは舞台の真ん中に立った。
そして顔を上げる。
「穂華です。みなさん投票、ほんとうにありがとうございました! 私、このコンテストに参加して分かったのは、自分が予想より何もできない事でした。もう少し踊れると思ってた。もう少し華がある人間だと思ってた。でも何もなくて。でも私、人が好きだなって気がついたんです。動画編集をしてくれた辻尾先輩は、芸能界なんて全然興味なくて。私が無理矢理引き込んだんです。それなのにダンス部に体験入部することとか考えてくれて、一ヶ月ずっと撮影してくれて、編集してくれた。最後にこんな……すてきな最終審査の動画……すごくて、私楽しみにしてたから見てなかったからさっきみたんですけど、私、めっちゃ頑張ってる人みたい。すご」
思わず泣き出した穂華さんに向かって、会場から「頑張ってたよ!」と声が上がる。穂華さんは「ありがとうございます」と頭を下げてスピーチを進める。
「吉野紗良さんは私の親友のお姉ちゃんなんです。もうメチャクチャな優等生なんですよ。なんでもできていつでも優しくてすごいんです。でもね、誰よりも私の話を聞いてくれる人です。いつも的確で優しくて、それでいて頑張り屋さんなんです。今回も私に巻き込まれたのになにひとつ文句言わず、私の横にいてくれる大好きな人。あ、中園先輩はどうでもいいです」
会場から笑いが漏れる。
「平手先輩は美術部の人なのに手伝ってくれて。結局こういうのって遊びになりがちなんです。真面目にやってくれる人のほうが少ない。一ヶ月続けるのって本当に大変だし。でも平手先輩はいつも私を撮影してくれました。この映像の八割は平手先輩が撮ってくれていて、私平手先輩がカメラ持ってくれると安心しました。だってぜったい上手に撮ってくれるって分かるんだもん。誰よりお世話になった人です、ありがとうございました。ほんとこのメンバーで挑戦できて良かった!」
そう深々と頭をさげた。
そして再びまっすぐ前を見て、
「なによりこれを言いたいって思ってました。ずっと一位だった新山さん。新山さんが一位だったから、私は追うために必死になれました。その新山さんを辱めるような動画をアップした人を私はまっすぐにクソだと思います。私たちはいま、ここに、こうして立っている。でもそれはすべてのオモチャにされるためじゃない。私たちは、私たちの意志で、したくてここにいるの。何されたって私たちは好きなことを続けていく。私たちが夢に向かって歩く所を邪魔する権利なんて、誰にも無い、盗撮するヤツとか、マジでムカつく、絶対ダメ!!」
そう言うと会場から割れんばかりの拍手があがった。
なんというか……穂華さんメチャクチャ本番に強いんだな。
横をみると平手も吉野さんも泣いていた。中園は目を細めて楽しそうに拍手して笑っている。
そして後ろを見ると、ベンチコートを着て会場横に来ていた新山こころがいた。
その目はまっすぐに舞台を見ていた。
「おい、新山」
近付いた宇佐美を制して、新山さんはベンチコートを脱ぎ、同時に制服も脱ぎだした。
「新山、それは」
「いいの。次は私の出番でしょ、いくわ」
そういって大きな拍手と共に戻ってきた穂華さんと入れ替わりで白い水着姿の新山は舞台に向かって行った。
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