第49話 ふたりっきりだよ?

「ドロフォーからの、黄色」

「中園先輩、それは鬼ってやつですよ!!」

「どうしてここまで引きが強いんだろうね、さすがだよ」


 温泉から戻ってきて二時間。

 みんなでリビングに集まってカードゲームやスマホゲームをして遊んでいる。

 主な参加者は中園くんと平手くんと穂華。

 私は中園くんのスマホを渡されて、それを撮影、配信している。

 「ただ俺を撮ってればいいから」と言われて写してるけど、同時視聴者数がどんどん増えてさっき500人を超えた。

 コメントも山ほど入ってきてすごい。

 中園くんは女の子に人気があり、穂華しかいないと見えると嫉妬されるので、平手くんが手だけ写って参加しているけど全く勝負にならない。

 さすがゲームの中園くん……すべてのゲームに鬼のように強いのね。

 平手くんは残ったカードを机に放り投げた。


「中園くん5勝で終了」

「もうゲームやめたぁ。中園先輩に勝てないです!」

「じゃあ今日の突発配信もここまでかな。まったねー」


 そう言って中園くんは私からスマホを受け取り、配信を切った。

 私も配信は何度か見たことあるけど、配信ってしている側からだとこんな感じなのね。新鮮だわ。

 穂華は中園くんに近付いて目を輝かせた。


「中園先輩、屋根裏の天体望遠鏡、気になります!」

「おお、いいよ。木星がまじで木星に見える。なんとびっくり……木星なんだよ」

「……そのままじゃん」

「そう言うなよ平手。秘密基地みたいで面白いぜ。俺ひとりで泊まるときはそこで寝てる。陽都は?」

「編集してます。中園先輩の蛇動画、アクセス多くてイヤだから、はやく今日のアップしてほしいです、これ以上邪魔しないでください!」

「もういいじゃん俺がJKクイーンで」

「……キモい……」


 そういって三人は笑いながら屋根裏部屋に続く階段を上っていった。

 辻尾くんが編集中? どこで……と思って探すと、台所の椅子に座って作業していた。チャンス!!

 私は机に置きっぱなしになっていたコップやお菓子をお盆に乗せて台所に向かった。


「辻尾くん、おつかれさま。みんな天体望遠鏡を覗きに行ったわ」

「吉野さんもおつかれさま。あ、コップ洗おうか」

「ううん、私がするよ。辻尾くんは編集終わりそう?」

「これなー……害悪なのは中園だ。平手はすげー上手に撮ってくれてるのに、毎回中園が飛びついて画面ガタガタ揺れてる。あ、ほらこれも」


 編集画面をのぞき込むと、穂華が蛇に楽しそうに触れていると画面がガタガタッと揺れて中園くんの「白い蛇ああああああ目が赤いいいい」と叫び声が入ってくる。

 辻尾くんは苦笑しつつ、


「中園、蛇苦手なんじゃねーの?」

「辻尾くんがカメさん楽しみにしてたから苦手だって言わなかったのかも」

「そうかもな。でもカメの所でも、すげー騒いでて音が割れてて使えないんだよ。やっぱはしゃいでるだけだろ、これ」


 カメパートでは、穂華が可愛く餌をあげようとしているのに、横でカメの周りをぐるぐる移動して騒いでいる中園くんが写ってる。

 それに平手くんが「すごく邪魔」と冷静につっこみを入れていて笑ってしまう。

 私は横に座り、


「みんなで海に続く道を歩きながらね、楽しいねって話してたの」

「そうだな。陸上部の時も合宿は行ったけど、朝から晩まで走らされるだけでただの地獄だった。こういう楽しみ方があるのはいいな」


 そう言って辻尾くんは目を細めて作業を続けた。

 私はお茶碗を洗って……横に立ってみる。

 みんな屋根裏に行ったよと伝えたんだけど……。

 私は辻尾くんがマウスを握っている手にちょんと触れた。


「……みんなでも楽しいけど、今、ふたりっきりだよ……?」

「!!! みんな屋根裏?! ごめん集中してた!!」


 そう言ってすぐに立ち上がり、トトトトと台所の入り口まで行き引き戸をカチャンとしめた。

 そして椅子戻ってきて、横の席をトントンと叩いた。


「引き戸があることに気がついたから、ここで作業してたんだよ、忘れてた」

「そうだったの」


 さっきまで真面目な表情で作業していたのに、ウキウキしていて笑ってしまう。

 でも私もずっとずっと辻尾くんに触れたかった。

 辻尾くんは私を横に座らせた。そしてゆっくりと背中に手を回して抱き寄せてくれた。

 ふわりと辻尾くんの香りと体温に包まれた。


 ……ああ、ものすごく落ち着く。


 辻尾くんに抱きつくときは、いつもたくさん服を着ている。

 制服だったり、上着だったり。

 でも今日はお互いにパジャマ一枚で、それにお風呂あがりだから柔らかくて、まあるい清潔な匂いがする。

 ピカピカで新しい……温かい生まれたての毛布にくるまってるみたい。

 気持ち良くて首の下に頭をぐいぐいと入れてしがみついて、手を辻尾くんの背中に回す。

 辻尾くんは細そうに見えるけど、抱きついてみると分かる……身体がすごく男の子なの。

 しっかりしてて筋肉があってね、細すぎなくて辻尾くんのカタチ、すごく好き。

 足の間に挟まれるみたいな感じで私を包み込んで抱きしめてくれる。

 前からも、横からも、背中に回した手からも、私が大切だって伝えてくれてるのが分かる。

 全部私を隠しちゃうくらい大切そうに、辻尾くんのなかに取り込まれちゃいそうなほど強く、それでいて甘く。

 大きな手が背中を撫でている。

 ……すごく気持ちが良い。

 その手が私の頭に移動して髪の毛に触れた。


「……すげー良い香り。シャンプー、これがいつも使ってるやつ?」

「うん。なんかね、色々買ってね、これにしようかな、あれにしようかなって思ったの。でもいつもの匂いを、いつもの私を辻尾くんに知って欲しくて」

「……そうなんだ。これがいつも使ってるシャンプーなんだ。一日の終わりにしか抱きしめたことないからさ」

「これがいつもの香り。いつも家でこのシャンプーで洗って、お布団で寝てるの。辻尾くんと電話でお話してるときも、ずっとこの匂いだよ。覚えておいてね? 全部ね、全部いつものままの私を知ってほしいって思ったの。だから普通の私を全部ここに持って来たの」

「うん……これから電話するたびに……この匂い思い出す……」


 そう言って辻尾くんは私から少しだけ身体を離した。

 そして両手で私のメガネに触れた。


「前から聞きたかったんだけど、目悪いの?」

「乱視がちょっときつくて、それようにメガネしてるの。バイト先でしてるコンタクト入れると1.5になるけど、メガネだともう少し弱め」

「……メガネとっても、俺の顔見える?」

「見えるよ。こんなに近かったら、見えるよ……」

「外したらこの、吉野さんに触れて緊張してさ、どーにもならないこの顔、見られないかなって少し思ったんだけど」

「……外してみて?」


 私がそういうと、辻尾くんは私のメガネを両手でゆっくり外した。

 目の前には私をまっすぐに見る辻尾くんがいた。その表情は戸惑っていて、でもどこか、どうしよもなく私を好きだって分かる強さで。

 辻尾くんは私のメガネを机においた。カシャ……と軽い音が響き、同時に私の頬が優しく包まれた。

 まっすぐに見る辻尾くんの真っ黒な瞳が私を捉えた。

 そしてゆっくりと瞳が閉じて、近付いてくる。

 引力に引き寄せられるように、私も目を閉じる。

 そして辻尾くんの唇が、私の唇に優しくふれて優しく濡らされた。

 二度、三度。

 優しく甘く、何度も。

 辻尾くんは少し顔を離して、


「……見える?」

「すごく、見える」


 今度は私から辻尾くんの唇にキスをした。

 私の頬を包む辻尾くんの手が髪の毛から中に入ってきて、どんどん引き寄せられる。

 背中に回した手が私を引き寄せて、逃げ場なく抱き寄せられる。

 身体を持ち上げられて、そのまま身動き取れないまま、何度も何度も唇を奪われる。

 私の耳元にあった辻尾くんの手。その指が、私の耳に入ってきた。その快感に思わず喘ぐ。


「……ふ」

「吉野さん、好き。ずっとキスしたかった。こういう風に、ゆっくり、たくさん」

「して?」

 

 私が服の袖をツンと引っ張ると、辻尾くんが抱きついてきた。

 そして私の首の横で小刻みに頭を振る。


「ダメだよ、絶対だめ、俺以外にそんなこと言ったら、絶対ダメ」

「……言わないよ。だって、してほしいのは辻尾くんにだけだもん。全部辻尾くんだけ」

 

 そう言うと辻尾くんは目を細めて微笑み、再び私にキスをしてきた。

 私の顎を持って、少しだけ口を開かせる。そのままゆっくりと舌で私の中に触れてきた。

 親指は耳を撫でて、そのまま首筋へ移動する。するすると撫でるように、私のカタチを確認するように。

 私の中に触れていた唇が離れて、そのまま耳に移動する。

 チュと軽い音を立てて私の耳にキスをした。

 ぞくぞくと快感がせりがってきて、辻尾くんの頭に手を伸ばす。 

 辻尾くんの唇が耳から頬に移動して、私をまっすぐに見下ろした。


「……吉野さん」


 私は無言で唇を開いた。

 そこに辻尾くんが再びキスをする。

 ……どうしよう、ものすごく気持ちが良い。

 もっと、もっとがいいの。

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