第48話 更けゆく夜に

「わあああ、夕日!! BBQ!! お肉すごい!!」


 穂華さんは中園のお父さんが準備してくれた場所を見て叫んだ。

 そこはペンション一階のデッキ部分で海がよく見える。

 周辺に民家も街灯も無いから、もう星が見え始めていた。

 そして男子高校生三人ということで、お肉がたっぷり準備されていて、すごく美味しそうだ。中園のお父さんは準備を進めながら、


「ははは、穂華さんは何でも素直に喜んでくれて準備しがいがあるよ」


 と微笑んだ。

 穂華さんはBBQ用に持ってきたという肩だしミニスカワンピースを揺らして、


「私こういうの大好きなんです!」

「屋根裏に天体望遠鏡があるから、使うといい。達也が使い方知ってるから」

「すごい見たいです! あっ、紗良っち、夕日があるうちに一緒に写真撮ろうよ」

「穂華。ここはペンションじゃないの。お邪魔してるんだから準備のお手伝いは自分たちですべきだわ。あっちに茶碗もお箸もあるし、ちゃんとして」


 そう言って現れた吉野さんの姿を見て、俺は心の中で天を仰いだ。

 ……スカートにエプロン姿……、ありがとうございます、感謝します。

 吉野さんは膝丈のスカートを穿いて、長めのエプロンをつけてご飯を運んでいた。

 スカートが短くてエプロンが長いところがいい、すごく良い、五億点に良い。

 俺は正直はじめて会った時のミニスカから、ずっと吉野さんの足が好きだ。

 少し太めの太もも、膝から下が長くてすごくキレイだと思う。変態みたいで本人には言えないけど、膝が小さい所もすごくいい。

 俺はすっと吉野さんに近付いて、


「手伝うよ。まだあるの?」

「うん、あっちにサラダとか置いてあるの。もうみんな撮影と写真に夢中で全然手伝わない」

「まあ撮影に来てるところもあるからさ、食事の手伝いは俺もやるよ」


 デッキでは平手と中園が撮影しながら大騒ぎしている。

 俺は吉野さんと一緒に台所のほうに向かい、耳元に向かって小声で、


「(エプロンすげー可愛い。テンションあがった)」

「!!」


 そう言うと吉野さんは俺のほうをパッと見て顔を赤くして、身体ごとトンとぶつかってきて俺のほうを見た。

 その唇にさっきまで塗られてなかったグロスが光っている。

 それによく見ると軽くお化粧をしたみたいで、甘い香りがした。

 アイシャドーが薄く塗られた目で俺のほうを見て、


「(良かった。穂華みたいに肩出しのワンピースとかにしようかなって思ったんだけど……)」

「(いやもう、今の吉野さんが最高に可愛い。すげーキスしたい)」

「!!」

「(……嘘です)」


 そう言うと吉野さんは周りをチラリと見渡して俺に一歩寄って、


「(夜にね?)」


 と言った。俺はその言葉に驚いてデッキから中に入ろうとしていた入り口にバイイインと身体をぶつけてしまった。

 いてぇ!! 吉野さんは俺のほうを見て目を細めて、


「気をつけてね」

 

 と微笑んだ。夜にキスしていいんだ……いつ……? 俺まだ爬虫類見て叫ぶ穂華さんの編集が終わってないんだ。

 カメラがガタガタ揺れてて使えるカットが少なすぎて、作業に時間が掛かってるんだよ。

 すべて平手にしがみついて大騒ぎしてた中園のせいなんだ。

 ちょっと待て。この後お肉食べてお風呂入ってその後編集仕上げて何時になるか分からない……でも吉野さんとイチャイチャしたい!!

 俺は肉の山を見て静かに決意を決めた。

 

「豪華な肉だけど、高速で腹に入れるしかない……」

「陽都くん。たくさん食べてね。お母さんからたくさん振り込まれちゃったからさ、みんなのご飯代金ももらっちゃったくらいだよ」

「あっ、中園くんのお父さん、どうもすいません」


 振り向くとお肉が載った皿を両手に持った中園のお父さんが立っていた。

 俺は机の上にまだあったご飯やスープをお盆に乗せて一緒に運ぶ。

 中園のお父さんは運びながら俺のほうを向き、


「……達也は、どうだい? 学校で」

「あ、はい。めっちゃ元気です。プロゲーマーになったの知ってますか?」

「動画見てるよ。良い時代だね、離れていても息子が元気にしてるか見られるんだ。騒いでてね、まだまだ子どもだなって思って見てるよ」

「学校でもすげーモテてますし、俺も中園と同じ高校で良かったなって思ってます」

「そうか。陽都くんが同じ高校って聞いてね、本当に安心したんだよ。中学校の時から君と達也は仲が良かったからね、やっぱりそういう子がいてくれると親としても安心だよ」


 そう言って食事を運ぶ中園のお父さんの左手薬指が俺は気になった。

 日焼けしているのだ。指輪の所だけ白くて、あとは焼けている。

 中園のお父さんはサーフィンを趣味にしていて、ここに住んでいると聞いた。

 俺はミナミさんが言っていた言葉を思い出した。

 「左手薬指、指輪抜いたみたいに日焼けしてる男は、見せたくない女の前でだけ指輪抜くの。だから見るとすぐに分かるんだから。他に家があるって」

 中園のお父さんが再婚したとは聞いてない。というか、再婚してたとしても、こうして中園の前だけで指輪抜く時点でどうなんだ?

 別に堂々としてれば良いと思ってしまう俺は間違ってるんだろうか。

 到着した時から思ってたけど、人が住んでる感じがまったくないんだ。本当にゲストハウスと倉庫という感じがする。

 それにBBQに使ってるものも何度も使われた形跡がある。

 詳しくは聞かない。でも俺みたいに中園の友達ってポジションなのに、その日焼けした指みただけでウンザリした気分になった。

 俺は飲み物を運びながら中園のお父さんを見た。


「俺たち、高校生で子どもですけど、やっぱりもう、子どもじゃないんです」

「……そうだね、分かってるよ」

「中園とはずっと友達するつもりなんで、また今度も、俺たちときます」


 それだけ言って俺はデッキに戻ることにした。

 中園がここに来たくない理由がなんとなく分かってしまって、そう伝えた。

 きっとそのほうが、なんとなく中園のお父さんにも良い気がしたんだ。


「陽都! 俺が揚げたニンニク、食えよ、すげーー上手に揚げたから」


 戻ると中園が鉄板の上に置いた油でニンニクをカリカリに揚げていた。

 俺は焼き肉の時にたべるカリカリなニンニクが大好物だけど……今日はやめておこう。

 くっそ、ブレスケアとかそういう系統持ってくれば良かった。いやでもちょっと待てよ、そんなもん飲んだってニンニクの匂い簡単に消えないだろ。

 俺は、


「中園のせいで画面ガタガタで編集終わってないから、もうゆっくり食ってる暇ねーよ、どんどん食うぞ!!」


 と叫び鬼のような速度で肉を焼いて食いまくった。

 早く食べ終わるつもりが肉が美味しすぎた。食後に出てきた紅茶にもたっぷりフルーツが入っていて味わってしまった、なんだあれ、どうして紅茶にフルーツを……? どんどん時間がなくなっていく……最後にでてきたアイスもレベチで旨い。最高すぎる。




「編集終わってねえ……」

「辻尾くん、もう今日は諦めたほうがいいよ。こんなところまで来てアップしようってのが無理だって」

「陽都、こっちこっち、ここの露天風呂、ここから海が見えてマジでいいから」


 食後、中園のお父さんの運転で近くにある温泉施設にきた。

 サウナや露天風呂がある広い施設で最高に気持ちが良い。

 温泉のお湯は少し海水が混じっているのか、潮の匂いがする。

 変な所にあるから観光客も少なくて空いている。

 俺たち三人は真っ暗で、ただ波の音だけを運んで送る風を感じながら露天風呂に浸かった。

 朝から移動して、動物園行って、獣道歩いて撮影して、飯くって風呂……これで戻って作業って……眠い。

 いや! 俺は風呂から出て髪の毛をガシガシ洗った。

 夜ちょっと長く起きてて作業してる感じで台所にいて(そこに扉があるって気がついた!)みんなが寝静まった頃に吉野さんにLINEしてイチャイチャする、そう決めた!!!

 温泉から出て着替えて待ち合わせの部屋で女子を待っていると、


「やっほー、どう? 可愛くない?」


 そういって女湯から出てきたのは、上と下がツナギになっている動物のキャラクターになりきれるパジャマを来た穂華さんだった。

 フードも付いていて、そこにはウサギの耳が見えた。

 平手は、


「うん。アイドルって感じだ」

「じゃあ温泉の前で写真撮って! アップしたいの」

「了解」


 そう言って写真を撮り始めた。そんなことより……俺は吉野さんをちらりち見た。

 お風呂上がりの吉野さんは普通のトレーナーにパンツ姿なんだけど、温泉上がりで頬が赤くなっていて、まだ少ししっとりしている髪の毛がすごくいい。

 グロスだけ簡単に塗ったのか、唇がつやつやしてるのもすごくいい、ものすごく家のお風呂から出てきて『素』みたいな感じがすごくいい。

 俺をみつけて近付いてきて、


「露天風呂良かったね」


 と微笑んだ。近付くと甘い香りがして、艶やかな瞳も化粧水を塗ったばかりの肌もメチャクチャ可愛くて、膝をついて神に感謝するところだった、あぶねぇ……。

 なんとか意識を保って、


「……うん、すごく良かったね」


 と答えた。本当に温泉あがりの吉野さんは最高に良い。

 そして中園のお父さんが運転する車に乗り込んだ。

 俺が座ると、横の席に吉野さんが座ってきた。近付くだけでふわりと甘い香りがする。

 うわ……ちょっと、もうだいぶキツいな。そう思って虚無虚無プリンになろうとしたら俺の右腕に、吉野さんの左腕が触れた。

 それは今まで触れた腕の中で、一番柔らかくて温かくて。

 それだけで心臓がバクバクと苦しくなってきたのに、真っ暗な車内のなかで俺の右手を、柔らかくなった手でこっそりと握ってきた。

 その手はお湯の中みたいにふんわりと柔らかくて温かくて、それでいて表面だけ冷たくて。

 ドキドキして心臓が痛い。


 ペンションに戻ってみんなゲームをしようと言い始めたけど、俺はPCを持って台所に向かった。

 ここで作業してる顔してみんなが寝るのを待とう。てか終わらせよう。

 24時までに一本あげないと記録が途絶えてしまう。それはダメなんだ。

 編集を始めたんだけど、本当に画面が揺れる。どう切り取っても難しくて、俺が撮っていた動画と組み合わせるが明度が違いすぎる。

 これここでイジるの無理だろ。家のPCに入ってるプラグインがあればすぐに終わるのに。

 それにさっきの甘い香りと、お風呂上がりの吉野さんが脳裏から離れず、もう正直まったくやる気にならず。


「……もうこれでいいや」


 と動画をアップして今日の仕事は終了。

 数分後、UNOのカードを抱えた中園がリビングに走り込んできた。


「おい陽都てめー、何アップしてんだ!!」

「ダメだ、なんのやる気も出なかった。今日はこれでPV稼ぎしよう。明日のは今からつくる」


 面倒になって、蛇を首にかけられてフリーズしている中園の動画をアップして終わらせた。当然ものすごい量のPVが付き、コメントが入っていく。

 もう俺は疲れた……ここから先吉野さんとイチャイチャする事しか考えたくない。

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