第47話 違う角度からみた辻尾くんの話
「これが……道?」
「道だよ、道。完全な道っしょ!!」
前を歩く中園くんはグイグイと山道を登っていく。
別荘の裏から入っていくと小さな海岸に出るからそこで撮影しよう……ということになり皆でいくことにした。
道があるから! と中園くんは言っていたけど……。
私は思わず呟く。
「……中園くん。これは獣道っていうんじゃないかしら」
「道ってついてんじゃん~~、道だよ、道」
と一番前を歩く中園くんはピースをした。
違う……。私は立ち止まって首を振った。
道というほど太くないし、なにより足場がほぼない。それに木の根がすごくて歩きにくいし、視界も葉だらけで酷い。
私は普段山なんて歩かないから、つらくて仕方が無い。
平手くんもそうかなと勝手に思っていたけれど、ヒョイヒョイ歩いていて驚いた。
後ろから穂華がヒョイと顔を出して、
「ジャングルみたいで楽しい! 一番前歩きたいです、中園先輩撮影してください!」
「よし、前に来て。道は一本だからさ。あ、蜘蛛の巣あるから木の棒ぶんぶんしながら進んだほうがいい」
「冒険者って感じですね、まずは木の棒ゲット!!」
「かなり初期のドラクエじゃね? そのセンス」
「お父さんがレトロゲー好きなんです」
「マ?! 他に何やってるの?」
ふたりは楽しそうに撮影しながら坂道をグイグイ登っていく。
体力がすごい。私はもう疲れてきてしまった。でも海は見たいし頑張ろうとグイを前に出たら、背負っていたリュックサックがヒョイと外された。
「持つよ。俺全然平気だから」
「辻尾くん。もう持ってるのに」
「いや、ここで怪我されても、病院も近くにないみたいだからさ」
「ごめん助かる」
「軍手あるから、どうぞ。周りの雑草掴むと楽に上がれたりするから」
「ありがとう」
私は辻尾くんに軍手を借りて、リュックサックを預けた。
そこで撮影ついでにお昼も食べようと、中園くんのお父さんが準備したお弁当を持って来た。
中園くんのお父さんは「ええ……大丈夫かな」と言っていたけど、今分かった。
こんなの普通の道じゃないもん!
中園くんは、あまりあの家にいたくないみたいで「大丈夫、そんな酷い道じゃない、行こう」って言ってたけど、中園くんは歩き慣れてるからだー!
後ろから辻尾くんが平手くんに声をかける。
「平手はわりと平気なんだな」
「俺、すごい山の中から引っ越して東京出てきたんだ。田舎にいたときは毎日山登ってた。いまそれ思い出して……悪くない」
「そうだったのか。いや良かった。なんかいつの間にかすげー撮影頼んでるし、悪いなって思ってた」
「いや。スミレちゃん、俺が好きなゲームで声優やってる子だから、それはガチ嬉しい」
「それは偶然だけど良かった」
「教室から逃げられるのも助かってる。クラスの人数が多すぎて対応できないよ、あんなの。だからさ、今サムネに使えるかもと思って穂華さんの絵も描いてる」
「マジか」
「部員だからね、映画部の」
そう言って平手くんは笑った。
平手くんは一年生の時同じクラスだったけど目立たない存在で、私はほとんど話したことがなかった。
でもこうして一緒に行動してみると、冷静で、なにより絵を描くのが上手なだけあって、撮影も上手。
辻尾くん曰く「同じレイアウトだからなあ」。
きっとクラスのみんなもこうやって知ったら色々あるんだろうなって最近は思う。
平手くんは私のほうを見て、
「東京出てきて驚いたことのひとつに、吉野さんがある。吉野さんは完璧すぎて人間じゃないと思ってた。今もちょっと思ってる」
「あら」
「勉強もできて、この前の運動会も一番目立ってた。あのタイミングでアンカーできるの、マジすごい。それに今も問題児の中園と穂華さんと、自由気ままな風来坊の辻尾まとめて、すごいよ」
「おい」
辻尾くんが後ろからツッコミをいれる。
自由気ままな風来坊。辻尾くんってクラスでそんな位置なんだ。
私の中ではもうとにかく好きな人で固定されてしまっているので、なんだか面白い。
でもあの街で出会うまで、中園くんの親友としか思ってなかった。
「私も、こんな風にクラスメイトたちと合宿するなんて思ってもいなかった」
「いや、いいね。わりと楽しい。美術部は部屋で描いてるだけで、あれはあれで楽しいけど……これもいいよ」
「ね。……疲れたけど」
「まだかな」
私と平手くんは「お腹すいた」「向こうで食べてくるべきだった」と文句をブツブツ言いながら歩いた。
その後ろを辻尾くんが笑いながら付いてくる。
わりと登って下った先。木の隙間にキラキラと光が見えてきて……その後海が見えてきた。
「わあああ! ちゃんと砂浜あるじゃないですか。すごい! 小さいけど、プライベートビーチじゃないですか!」
到着した小さな海岸は、奥はすぐに崖だし、手前には山があり、本当に隙間に出てきた……という場所だったが、誰もいなくて海の先に抜け出して来た感じがすごくて、なにより海がすごく気持ちが良い。
中園くんはごろりと転がり、
「はあ、はあ、あれ。すげー疲れたな。こんな大変だったっけ」
「中園くん。これはちょっとした道を抜けたらプライベートビーチに出る……じゃない。ものすごい獣道を上りきった先に、小さな砂浜がある、だよ」
平手くんは中園を睨んで横に座った。
私もぺたんと砂浜に座り込む。ああ、疲れた。
辻尾くんと登山に行こう! なんて言ってたけど、無理。グラウンドと山登るの、全然使う筋肉違うー!
辻尾くんは荷物を砂浜においてシートを取りだして広げた。
ブルーシートは風に煽られて大きく広がり、ふわりと舞った。
「辻尾っち! あっちのが景色きれいっぽい! 灯台見えるから、あそこまで登ってお昼にしよう!」
「わかった」
辻尾くんはブルーシートを持って小高い丘をトントンと登っていく。
私の荷物も持たせちゃったのに、辻尾くんすごい……。体育祭の時も思ったけど体力すごくある、きっと穂華の次にあるわね。
私の横で転がっている中園くんが口が開く。
「吉野さんの所、親、やべーの? うちの母ちゃんが『吉野さんの所のお嬢さんなら大丈夫ね』って言うってことはやべー人なんだけど」
その判断は一体……と思うけど、やべー人と言われてしまうと少し笑ってしまう。
静かに頷いて、
「ヤバイかどうか分からないけど、NPOとか色々してる人で、中園くんのお母さんとも話したことがあると思うわ」
「あー、そっち系か。吉野さんめっちゃしっかりしてるもんなー。え、塾どんだけ行ってるの?」
「全然行ってないわ」
「そういやバイトしてるんだった。マジかよ、それでよく成績保てるなーー」
そう行って中園くんは転がった状態から座った。
小高い丘の上にお昼ご飯のセッティングが済んだみたいで、穂華と辻尾くんが「こっちこっちー!」と叫んでいる。
平手くんは「うう……なんでまた丘の上に?」と言いながらよぼよぼと歩き出した。
私が立ち上がると、中園くんも立ち上がり丘の上にいる辻尾くんに手を振った。
「俺、陽都がいるからこの高校にしたんだよなー」
「あら、そうだったの」
「どこでも良かったから、陽都がいく所にした。それが俺の志望理由」
辻尾くんは「盗撮事件の時も中園だけはずっと味方でいてくれた」と言っていた。
私の知らない中学時代の辻尾くんの話。もっと聞きたいと思い、口を開く。
「すごく仲が良かったの?」
「てか丁度よくて。アイツ、絶妙じゃん。俺もうガチで一時期家に帰りたくなかったんだけど陽都が『俺んちでゲームしよぜ、教えろよ』って言ってくれてさ。マジで一時期助かった。熱く説教してくるわけでもなく同情もしすぎない、でも遠すぎない。全部が丁度いいんだよ。アイツがいるから好きに出来る」
すごくよくわかる。
私も辻尾くんがいるから分かったこと、見つけられたこと、たくさんある。
後ろにずっといてくれるって信じられるから、頑張れる。
なんだか中学生の頃の中園くんと辻尾くんがリアルに浮かんできて嬉しくなった。
中園くんは丘を見上げて、
「今回もどーーしても来たくなくて陽都と一緒にみんな巻き込んじゃった。ごめんな」
「……ううん。さっきも平手くんと話してたけど、ほんと楽しいねって」
「うん、悪く無いよ」
「俺親とすげー空気悪いけど、ごめん。俺マジでここイヤなんだよ。本当に会いたいならお前が来いって話だよ」
「いや、親と旅行なんて行かないよ、わかる」
「だよなあ、離婚後の面会勝手に決めるなんて、何考えてんだろうなああ」
そう言って三人で丘を登った。
なんでも器用にやっているように見える中園くんも、平手くんも、色々あるのね。
当然だわ……となんだかまっすぐに思ってしまった。
中園くんのお父さんが準備してくれたお弁当は海鮮丼で、すごく美味しかった。
それを食べて砂浜で踊る穂華を撮影して、少し奥のほうまで探検して動画を撮影した。
「おわわわーー! もうこれ、夕日になりますかー!」
「そうだな。ここは街灯って観念がないから早めに戻るか。陽都撮れ高どう?」
「良い感じ。ここだけで二本取れそう。編集もあるから戻ろうか。平手は?」
「これだけあれば良いと思うよ。なによりあの道をまた歩くんだ。早くいこう」
それを聞きながら私も片付けを始めた。
昼間の太陽がすぐに夕日になる海の近く。ゆっくりと打ち寄せる波と静かな風。
遠くには島が見えて、夏より少し前の風が気持ちが良い。
横をみると辻尾くんが立っていた。
「車で少しいくと、有名な写真スポットがあるんだよ。行ってみたいな」
「映画部だし、良いんじゃない? さっきもね、みんなで話してたけど、楽しいねって」
「な。正直思ったより楽しい」
「陽都ーーー!! 今日の夜は寝かさないぜーーーー!」
私と辻尾くんが話していたら、後ろから中園くんが飛びついてきた。
中学の時の話、もっと聞きたい!
私たちは今度は再び荷物を持って獣道を歩き始めた。
下りた分だけ登り、登った分だけ下りる。
うーん、これだけはやっぱイヤ。登山なんて好きじゃない!
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