第46話 可愛すぎる吉野さん

「陽都くん以外は、はじめまして。中園の父です」

「よろしくお願いします!」


 最寄り駅で降りると中園のお父さんが車で待っていてくれた。

 ロマンスグレーの髪に、サーフィンが趣味だという身体は、俺の父さんなんて足下にも及ばないほどしっかりしている。

 それに最後に会った時より、若若しく見える気がする。

 たしか前に会ったのは中三の夏……中園とファミレスにいたら車で迎えに来た。

 顔とか全然覚えて無くて、ただ外で待っていた中園のお父さんが黄色の傘をさしていて、それがものすごく気になった。

 大人が黄色の傘なんてさすんだなって、妙に覚えてる。

 ゲリラ豪雨で逃げ込んだファミレスの中、中園も俺もお金がなくてドリンクバーだけ頼んで雨がやむのを待っていた夏の暗い昼。

 何を話していたのかも覚えてないけど、中園はすげー楽しそうなのにすげー悲しそうで、世界に絶望しながら俺と笑っていた。

 俺は中二の時に宇佐美に裏切られて中園に救われたから、あの頃は少し荒れてた中園とただ一緒にいると決めていた。

 中園のお父さんは、ニコニコしながら俺に近付いてきた。


「陽都くん、久しぶりだね。なんか大人っぽくなったね。お母さんは元気?」

「はい。なんか電話したみたいですいません。長話でご迷惑かけませんでしたか?」

「久しぶりで嬉しかったよ。聡美とも仲良くしてもらってるみたいで助かってるんだ」

「そうですか」


 聡美とは中園のお母さんのことだ。

 中園のお父さんの家に撮影合宿にいくというのは絶大な説得力があって本当に助かった。


「さあ、乗って。行こうか!」

「よろしくお願いします」


 挨拶を終えて俺たちは止めてあった大きめのミニバンに乗り込んだ。どうやら今日のために借りてくれたみたいだ、助かる。

 この辺りは車なし移動できないということで、中園のお父さんが全部送迎してくれるようだ。

 穂華さんが見えてきた海を見て声をあげる。


「わあ、すごく景色が良いですねー!」

「景色しかないけどね、良い所だよ」

「景色が良いってことは、ご飯も美味しいってことですよね」

「お昼に海鮮丼を準備しておくね」

「海鮮! 中園先輩は何の海鮮が好きなんですか?」

「……ホタテ」

「貝ですか! 私はアサリ派です!」

「ボンゴレ良いよね」

「さすが平手先輩、同意見です」


 穂華さんは中園のお父さんとはじめて会ったのに、上手に会話を広げて周りに渡していく。これは本当にある種の才能だ。

 車はさっそく爬虫類がたくさんいる動物園にきた。


「着替えたいですっ! 車借りていいですか?!」


 到着すると穂華さんはすぐに大きなスーツケースを開き、車の中で着替え始めた。

 意識してなかったけど、たしかに同じ日に撮った動画も服装が違うだけで別の日に撮ったように見える。

 見ている人は同じ日の動画をダラダラ見せられているより、新鮮な気持ちでクリックできるとアクセス数UPのサイトに書いてあった。

 中園のお父さんはスーパーが遠いから買い出しにいくらしく、二時間後くらいに迎えにくると去って行った。

 

「じゃあ撮影してく」

「よろしくお願いします!!」


 完全に撮影にハマった平手がメインで穂華さんを撮影しつつ、動物園内に入る。

 ここは爬虫類専門の動物園で、入ってすぐに大きなトカゲが出迎えてくれる。おおお……すごい。

 幸いこのメンバーは「爬虫類絶対ムリ!!」と人はいなくて「得意じゃないけど逃げ出すほどではない」らしくここに来る事にした。

 実は俺はここでものすごく気になってる生き物がいた。それは……、


「おおお……でかい、これが……」


 暗い通路の奥にもっさもっさと動く物体、リクガメだ。

 ここは通路にリクガメがいて、餌をあげられる体験ができると知っていた。


「わああカメさんです、カメさんです、わあああ!!」

 

 穂華さんもテンションが上がっているが、実は密かに俺もすげー楽しい。

 撮影は平手がしているので、俺も餌を買って近付いてみる。

 近くで見ると思わず声が漏れる。


「おおおお……カメ、でかい」


 横に同じように餌を買った吉野さんも来て目を輝かせた。


「辻尾くん、これ楽しみにしてたよね」

「リクガメやばくね? このでかさとゆっくりもっさり……なにより足が可愛くね? やべえリクガメ可愛いわ」

「そんな風に考えたことなかったけど……たしかに可愛い……あっ、ごめんね、あらら、ちょっと私邪魔かな。あっ……ごめんね、踏んでない? カメさん、あのカメさん」


 そう言って吉野さんは餌を求めてウロウロ移動するリクガメに気を遣って遠くに離れていく。

 その時に持っていた餌を落としてしまい、勝手に喰われてしまった。


「あ……小松菜……」


 俺はもうその姿が可愛くて、平手にも中園にも見られたくないと思ってしまう。

 ふたりが穂華さんの餌やりを撮影している間に奥の方に移動して、カメの前に座り俺が持っていた餌を渡して小さな声で話しかける。


「(はい、どうぞ)」

「(……辻尾くんは?)」

「(俺もあるからさ。なにより吉野さんみてるのも楽しい)」

「(もお)」

 

 そういって目だけチラリと動かして俺のほうを見て、小松菜をリクガメの口元に持って行くとモッサモッサとリクガメが食べ始めた。


「(食べてる! やだ、可愛い。モクモクしてるのね……って何撮影してるの?!)」

「(……いや、こういうショットも必要かなって)」

「(もお……ダメだよお)」


 そう言って吉野さんは身体ごとトン……と俺にぶつかってきた。

 そして少しだけ俺に身体を預けて腕にスリ……と甘えてきた。

 この通路はものすごく暗くて混んでいて、くっ付いていても変じゃない。

 なによりリクガメにご飯をあげて「見て見て、辻尾くん! すごいモックモック全部食べちゃったよ」と微笑む吉野さんが可愛すぎる。

 ああ、もっと見ていたいと思うが……。


「リクガメかっけえええ! 恐竜!! 太古のエナジーを感じるぜ!!」


 暗い通路に中園の声が響き渡っている。

 もはや他の客に迷惑なレベル。俺は顔を上げて普通に突っ込む。


「……中園テンション上がりすぎだろ」

「いや陽都が楽しみにしてたから何かと思ったけど、リクガメやべえ、遊園地の屋上にあった乗り物思い出すわ」

 

 車のなかで一言も話さず外見てた中園が、テンションマックスで面白すぎる。 

 いやでも分かる。リクガメまじでいい。

 その後も暴れ狂うワニに食事を投げたりして動物園を楽しんだ。

 そして俺はお土産コーナーでリクガメのキーホルダーを手に取った。

 すると吉野さんも隣にきて、同じキーホルダーを手に取った。

 おそろい……と思ったら、俺の後ろの中園は超巨大なリクガメぬいぐるみを購入しようと抱えて並んでいた。

 ……なんでだよ。




「わあああ、すっごく大きい、キレイ、えっ?! お父さんこんな所にひとりで住んでるんですか?」

「一応会社なんだよ。倉庫もあるし、海外からのお客さんが多いからゲストルームも完備してる」


 そう言って中園のお父さんは微笑んだ。

 中園のお父さんは商社勤めで、海外を飛び回る生活をしていた。退社後もそのコネをいかして貿易関係の仕事をしているらしい。

 ゲストルームとして使うことも多いと言われて通された部屋は、洋館なのに中は和風で、美しく整えられていた。

 穂華さんは目を輝かせて、


「すごくバエる~~~! すごい~~~~」

 平手は両手をポケットに突っ込んだまま「ほえー」と家の中を見たが、

「個人宅だから家の中の撮影は控えめのがよくない?」

 中園は、

「わりと再生されること考えたら、外メインのがいいかもな。晒されても引っ越しできないし」

 と言った。

 部屋は男女に分けて二部屋借りることになり、近くには温泉もあるらしく、BBQの後に車を出してくれるという話だった。

 温泉!!

 一緒に入れるわけでもないのに、露天風呂で頭にタオルを巻いて温まっている吉野さんが浮かんで黙った。

 いやカメラ待て先走るな。まず俺が先に入って待ってると吉野さんが入ってくる。足下からカメラあげてタオルを前にした吉野さんが微笑んで湯船にはいって?!

 いやいやいや、俺ほどのチキンがそんなの妄想するのも……いや家を出たら全然あり……え? そんなこと提案できるの俺?

 いやいやいや、未来のディナーより本日頂けるディナー。

 俺は湯上がり女子が大好きだ。少し濡れている髪の毛とか、もっさりとした雰囲気とか、お風呂上がりの肌とか。

 そういう姿を見られるのも旅行に来たって感じがする。

 俺レベルになるとむしろ風呂上がりからの風呂の中の妄想がディナー、いや前菜。何考えてるのかよく分からなくなってきた。

 色々と妄想していたら俺の視界にヒョイと中園が入ってきた。


「大丈夫か、陽都。なんか虚無虚無プリンみたいなってるけど」


 おっと、色んな吉野さんを妄想しすぎて意識を失っていた。

 冷静に心を整えて意識を戻す。


「……大丈夫だ。海が近いんだろ、そこで撮影するカメラワークを必死に考えてた」

「そうそう。建物の裏から細い道抜けるとプライベートビーチと言う名の隙間海岸に出られるぜ」

「早めにそこに行こうか」


 俺たちは荷物を置いて準備をはじめた。

 早めにそこにいって、早く撮影して、早く今日のぶんだけ動画つくって、はやく飯くって……いや、飯も楽しみか!

 とにかく撮影しちゃおう!! もう作業は全部早めに終わらせよう!!

 

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