第45話 テンパり紗良

「何日間旅行にいくつもりなの……この荷物の量は……」


 私はスーツケースに全く入らない荷物の前で途方に暮れていた。

 金曜日の朝から土曜の昼過ぎまで。

 たった一泊の旅行だし、それに名義は部活の撮影合宿。

 予定は動物園と、撮影、BBQ。

 その程度しかやることがないのに……。


「やっぱりこんなに服は要らないわね」


 私は服の山の前で正座した。

 まず一日目、撮影も兼ねて爬虫類がたくさんいる動物園に行く。

 辻尾くんが調べるのを横で見たけど、大きなカメさんが居て楽しそう。

 蛇はそんなに得意じゃないけど、逃げ出すほどじゃない。

 その後ペンションに移動してお昼食べて撮影してBBQ。

 つまり忙しいから、やっぱりパンツを穿くべきだけど、彼氏とはじめての旅行でパンツ……と悩んでいる。

 可愛くしたい! という気持ちと、いやいや動きやすさ優先でしょ? という気持ちがせめぎ合った結果、ペンションで着替えるという選択肢が出てきてしまってスカートを中に入れている。

 そして念願のパジャマ! じゃじゃ~ん!

 念願のパジャマって変な言葉だけど、お家に誘った時から辻尾くんにパジャマ姿を見せたいなーって思ってて、いつも着てるパジャマ、普通のほうがいいって辻尾くんは言ってくれたからいつものパジャマを入れたけど、やっぱり新しくモコモコパジャマをお母さんにおねだりして買ってもらったので、やっぱりこっちのほうが良いかもって思って二組。

 ……要らないーー!!

 どっちかにすべきだけど、決められない。

 あんまり気合い入ってるって思われちゃうのもダメな気がするから、いつものパジャマにして……可愛いカーディガン羽織るのは?!

 ……荷物の量が減らないのーー!!

 よし。私はスマホを持って辻尾くんにLINEを繋いだ。

 もうぐるぐる考えるのはやめるの。こういう時は辻尾くんに聞くっ! 無駄な時間はすごさない、私は成長したの!!

 通話はすぐに繋がり、私は荷物を見下ろして話し始める。


「辻尾くん? あのね、今大丈夫?」

『うん。俺も明日のこと楽しみすぎて、声が聞きたいなって思ってた』

「私もそうなの! あのねあのね、帰る時に話そうか悩んだの。でもやっぱりその場で見せたほうがいいかなって思ったけど、やっぱりちゃんと聞こうと思って。パジャマいつものやつと、モコモコパジャマどっちがいい?」

『あっぶな……。聞いてくれて良かったよ。普通の服にして、それに足を出すのはダメだから!!』

「え? せっかく辻尾くんにパジャマ見せられるのに」

『俺だけじゃないだろ、合宿なんだから。中園とか平手とかいるんだから、あんな可愛いパジャマ姿見せなくていいよ、もしあの服装だったら『寒いんじゃない?』とか適当言って俺のジャージ穿かせる所だった!』


 私はその言葉がなんだかすごく嬉しくてベッドでコロコロしながら、


「……そっかあ。じゃあ普通のスエットにする」

『中学の時のジャージとかダサいほうがいいくらいだよ。もうあんな可愛いの絶対見せないで。いやいや、もう絶対ダメだから』

「えへへへへ。そっかあ。私辻尾くんに見せたいしか考えてなかったから」

『いや、もちろん見たいよ。すげー見たいけど、その気持ちが100なら、俺だけ見たい気持ちが1万だから』

「……うん。じゃあ、それまで取っておくね」


 私が辻尾くんのスーツ姿をみて「むうう」と思ったみたいに辻尾くんも思ってくれているのが嬉しくて今すぐ抱きつきたくなってしまう。

 辻尾くんは『あ、そういえば』と口を開き、


『新幹線の品川駅で俺の近くにずっといてね』

「えっ、どういうこと?」

『自然と隣の席になりたいじゃん。だからこう、ずっと隣にいて。そしたらスッと座れるじゃん隣に。熱海から乗る電車も海が見えるらしくてさ、面白そうだから隣に座りたい』

「……うん。ずっと近くにいる。ずっと近くにいるよ」

『中園が夜通しゲームしようとか、お前UNO持ってねーのとか、夜中の散歩しようとか、俺とお前は恋人じゃねーんだよ! って言いたくなるようなメッセージくそ送ってきてて怖いからマジで。アイツほんと親父さんと話したくないから俺で暇つぶししようとしてる』

「中園くんもすごく楽しみにしてるんだね。良かったじゃない、伊豆行くのめんどくさいって言ってたのに」

『それな。まあ中園の家がギャーギャーしてたのは知ってるし、親父さんも知り合いだから良かったと思うよ。今回世話になるし』

「うん! すっごく楽しみ。じゃあ、普通のズボンとか、普通の服にしとくね」

『……うん。俺は久しぶりに吉野さんとゆっくり出来るのが、なにより楽しみだからさ』


 明日は早いので私たちは通話を切って最後の準備をすることにした。

 じゃあもうシンプルに。いつかふたりっきりで旅行行った時に可愛くしよう、と私は荷物を詰めた。

 



「おっはよーございますっ! めっちゃ良い天気で撮影日和&BBQ日和」

「……穂華。海外に一週間行けそうな荷物ね」

「紗良っち、おはよう! アイドルは同日でも同じ衣装NGなの! 場所ごとに着替えるから、もう山盛り持って来たっ!」


 新幹線口にいた穂華は、腰の高さまでくる巨大サイズのスーツケースを持っていた。

 私が持っている最大サイズより大きい。穂華がここまで大きなサイズを持ってくるなら、私ももうワンサイズ大きなスーツケースでも目立たなかったかも知れない。ううん、でも今回はシンプルにするんだもん!


「おはよう。わあ、穂華さんすごいな」


 いつも通りの姿で現れたのは辻尾くんだった。 

 バイト先で見たことある服装に少し大きなリュックですごく身軽だ。

 それでも品川駅……いつもと違う場所にいる状況だけで、もうワクワクしてる自分が分かる。

 それでも冷静に、


「おはよう。中園くんは?」

「さっき品川着いたって言ってたけど、ああ、来た」

「ういーす。はやすぎ、眠いわー。おわ、穂華ちゃん荷物デカいなー」

「気合い入ってるんでっ! 見ました? 朝の更新でついに1位になりましたよ」


 そう言って穂華は指を1本立てた。

 それを聞いて辻尾くんがスマホを立ち上げて順位を確認する。


「おお。見てなかった。って、ダンス動画のPV数とコメント数がすごいね」

「4BOXのメンバーがアップしてくれたんですよ『踊ってみた』!」

「ええ? 何それ」

「知りませんか?! 4BOX、さくらWEBの人気番組ですよ!」


 穂華がスマホで再生したのは、男性四人が踊っている動画だった。

 穂華はそれを見ながら、


「この番組、今めっちゃ人気あるんですよ。視聴者数で給料が決まるデスダンス!」

 中園くんは動画をのぞき込んで、

「これひとり知り合いのゲーマーでさ、頑張ってるから俺も見てる。あれだよな、ビリは夕食が鮨のガリになるやつ」

「そうですそうです~! それに出てる四人がダンス部のダンスを踊ってくれたんです!」

 みんなで見てるそばからコメントが入り、再生数も投票数も伸びていく。

 穂華は目をキラキラさせて、


「それにこの動画を去年のJKコン・クイーンのスミレちゃんもRTしてくれて、もう今グングンきてるって感じですよ!!」

「来期のアニメで声優もするんだよね、スミレちゃん。俺もすき」

「平手先輩おはようございますっ! スミレちゃん好きなんですか?!」

「見たよ『踊ってみた』。テンションあがるね」

「ですよねーー!!」


 穂華と平手くんはキャッキャッと盛り上がった。

 そして穂華は「だからっ!!」と言って中園くんをクッと睨んでみた。


「ちゃんと撮影しますよ! 中園先輩はリュックサックからバドミントンはみ出してるし、UNO持って来いしか言わないし、辻尾っちは爬虫類動物園のことばかり調べてるけど、撮影の合宿ですからね?! 遊びじゃないですよ、この旅行は! さあ待ち合わせから撮影しましょう!」


 そう言って穂華は、辻尾くんが持っていた荷物を私に渡した。

 一位になったことで気合いが違う! 私は慌てて荷物を受け取った。

 結局新幹線の中で穂華は積極的に食レポして、真面目に撮影をした。

 品川から熱海はすごく近くて、すぐに乗り換えになった。

 熱海駅から乗った電車は特殊な形をしていて、窓が外を向いていて海がよく見えそう!

 これが辻尾くんが言ってた電車! 平手くんと辻尾くんは穂華を窓際に座らせてiPhoneを覗く。

 辻尾くんは画面をみて「うーん」と首を傾げて、


「この電車は新幹線みたいにフレーム切りにくいから、静かに外を眺める穂華さんだけ撮ろうか。box席じゃないから声も響くし」

 平手くんもiPhoneをのぞき込んで頷く。

「うん、確かにそうかも。撮影はしにくいかもね。レイアウト的に後ろの人がどうしても入っちゃうな」

 中園くんも鞄からパンを取りだして、

「じゃあ俺、品川駅で買ってきた朝飯たべていい??」

 穂華は化粧品が入ったリュックを背負い立ち上がり、

「じゃあ、ちょっと私化粧直しちゃいますね」

 とトイレに消えていった。


 撮影は一回休憩のようだ。


 中園くんと平手くんは談笑しながら朝食を食べ始めた。

 私も休憩しようと思って横を見ると辻尾くんが座って微笑んでいた。


「品川駅で荷物持ってくれてありがとう」

「ううん。1位だもんね、今アップしたら更にコメント伸びて良いかも!」

「一応現地でも編集しようと思ってノートPC持って来たから重かったかなって」

「平気……」


 と答えていたら、右手が柔らかく包まれているのが分かった。

 それは辻尾くんの手。電車の狭い席で隣同士に座っている私たち……その隙間にある私の右手を、辻尾くんの左手が優しく包んでいた。

 そして私の方に少し身体を寄せて小さな声で、


「(疲れた。充電)」


 と言って目を細めた。私はその言葉に小さく笑ってしまう。

 真っ暗だった視界がふわりと明るくなり、目の前に海が広がった。

 中園くんは景色を見ながら、

「外向きの席、座ったのはじめてだけど、こりゃキレイだな」

 辻尾くんはまだ私の手を優しく包み、指の間に指を入れて握りながら、

「……すげーキレイだな」

 と呟いた。

 浮かれてるけど仕方ないじゃない? だって好きな人とはじめていく旅行だもん。

 となりの席に座って海を見てるだけで、もうすっごくすっごく楽しいの。

 私は辻尾くんの手をクッと握った。

 

 

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