第44話 旅行決定、恋せよ男子

「陽都、いつの間に部活に入ってたの? お母さん知らなかったわ」


 夕食を出しながら母さんは目を細めた。

 部活というか、ほぼ突発的なものだったので伝えて無かったんだけど。

 でもここは部活を頑張っている顔をしたほうが良いと判断して俺は笑顔を作った。


「母さんが前に高校生の時にしかできないことをしろって言ってただろ。だからさ」

「映画部っていうのがよく分からないけど……中園くんのお父さんがいらっしゃるなら大丈夫ね。合宿いいじゃない、行ってきなさいよ」


 うおおおおおお!!

 こんなに簡単に外泊オッケーがでるなんて!!

 部活って実は神なのでは?!

 母さんはお茶を飲みながら、


「なんかねー、中園くんはお父さんと本当に難しいみたいで。まあね、本当に色々あったから。だからこう陽都が、こうなんか、楽しくしてきなさい!」

「ええ……? それは絶対無理だけど、とりあえず中園のお父さんの顔見てくるよ」

「久しぶりねえ。離婚して二年経ったかしら? いいじゃない合宿、青春! これよね~!」


 そう言って母さんは笑顔を見せた。

 俺は高速で夕飯を食べて映画部のグループLINEを確認。

 みんな親OKがでて正式に合宿に行けることになった。マジで嬉しい!!

 部活にJKコンにバイトに勉強。

 最近は忙しすぎて吉野さんとゆっくりデートできていなかった。

 映画部の部室でコソコソイチャイチャ出来るかと思ったら普通に忙しいんだ。

 バイト帰りに手を繋ぐのが精一杯で、もっとゆっくりしたいと思っていた。

 でも家にはいきたくない、ウチは無理、どうしたら……?! と思っていた。

 部活で合宿はあのあとすぐに調べたんだけど、部費で行くためには最低でも一年以上の活動履歴が必要だった。

 普通に考えたらそりゃそうだ。そんなに簡単に部費が出るならみんな部活を作りまくる。

 それに合宿するなら保護者の同意が必要……って、もう完全に詰んだと思っていた矢先の中園の提案だった。

 最高かよ!




『みんなで行くって行ったらテンションあげすぎてBBQするって言い出してる』

「いいじゃん。すげー楽しそう」


 夜、中園に誘われて通話しながらゲームを始めた。

 冷静に話してるけど、おいおいおいBBQとか吉野さんと出来るの天才かよ?! と脳内で俺が飛び回っている。

 吉野さんが焼く肉。吉野さんが渡してくれるご飯、吉野さんと夜を過ごせる……?!

 ……ちょっとまてよ。俺は顔を上げる。


「中園の父さんの家って高校生五人が泊まれるほど広いのか?」

『もともとペンションだった所を買い取って会社兼自分の家にしてるから部屋数だけはメチャクチャあるはず。ただほんと島の先にあるから行くのげんなりする』


 おいおい、もとペンション&島の先ってことは敷地も広いからこっそりイチャイチャできるだろ!

 中園は『はああああ~~』と大きなため息をつき、


『もう断れなくて。まーーーじで行くのが面倒すぎるんだよ。家で仕事できるからって変な所に住みすぎ。年に一度が限界の不便さだぜ。まあ家でギャーギャーケンカされてた頃の一兆倍楽だけど』


 さっき母さんが言っていた『中園くんはお父さんと本当に難しいみたいで』という言葉を思い出す。

 中園の家は中学校の時に離婚してる。たしか中園のお父さんの不倫だった気がするけど詳しくは知らない。

 「大人が胸ぐら掴んでケンカしてる風景ヤバすぎる」と俺の部屋に何度か避難していた。


『この面会システムも離婚の時に勝手に決められただけで、俺の気持ちなんて完全無視だからな。言っとくけど家の周り、まーーーーじで何もないぞ。コンビニなんて存在しないし、そもそも家が無い』

「なんだかすごそうだな」

『親父が車準備して全部付き合ってくれるらしいから、それで移動しよ。もう全部の距離が遠くて移動もきついし』

「助かるな」

『いや、もうすげーー楽しみにしてるみたいでLINEえぐい。こんなんで良いなら前回も陽都連れて行けば良かった』


 いやごめん、中園とふたりなら全然行きたくないなと思ったが、とりあえず感謝を込めて、


「いつでも付き合うよ。良いじゃん海」

『よくねーよ!! まあ今回でラストな気がするから、助けてくれ! みんなでワイワイ遊ぶの楽しいし』

「そうだそうだ」


 ダラダラとゲームして通話を落とした。

 別荘、広い、部屋がいっぱい、BBQ、海……海に入るには早すぎて水着はないけど、いや、吉野さんの水着なんて誰にも見せたくないからそれでいい。

 中園はマジでげんなりしてるけど、天才!!






「まさか中園くんと同じ学校だったなんて知らなかったわ。進学校じゃないから、塾にいる子の学校なんて覚えてないし」


 バイト先で唐揚げを揚げながら品川さんは言った。

 俺はそれを保温容器に移動させながら、


「マジでビビりました。俺普通にバイト先の知り合いって言う所でした。頭まわらなくて」

「紗良ちゃん、ここら辺りで働いてるの秘密にしてるんでしょ?」

「そうなんです。あの様子で俺が品川さんと同じバイト先って知ったら、中園来そうでした」

「唐揚げは食べたがるかもしれないわね。まあこんな所まで来ないと思うけど」


 そう言って笑った。

 こんな所まで来ない……。

 いや、中園とは五年の付き合いになるけど、アイツが俺が一緒にいた女の人に向かって「付き合ってるの?」と聞いたのははじめてだと思う。

 俺は、


「中園……わりと品川さんを気に入ってると思いますけど」

「そうなのよ、何度も指名してくれて助かっちゃう! あの塾指名料すごいのよ~~」

「いや、そういう意味じゃなくて……女の人としてってことです」

「はあ? なんの話? 意味がわからないわ」

「いや、カンっす。ていうか前から気になってたんですけど、品川さんって再婚しないんですか? すげーモテますよね。品川さん目当てで買いにくる人もいるし」

「そうねー。表の塾がイヤな理由のひとつにねー、父親がデートに誘ってくるのよ」


 俺は驚いて盛っていた唐揚げをトングから落としてしまいそうになる。


「えっ?! 子どもを塾に通わせてる親が、品川先生をデートに誘ってくるんですか?!」

「不倫なら『死ね!!』で終わりだけど、一番困るのはシングルの父親なのよねー。私がシングルだって聞くとわりと本気で来るの。まーじーでイヤ」


 品川さんは肉にグイグイと味付けをしながら叫ぶ。


「これは子持ち三十路女の強がりじゃなくて本気でね、私は再婚したくないの。私は礼が一番大切。でも私と再婚したい人は私のことが一番好きでしょ? 礼が一番じゃない。その時点で再婚なんてアウトなのよ。パワーバランスが狂ってる。礼を誰より好きになってくれる人なら再婚してもいい……いや、本当に要らないな~~~。今住んでる所、綾子さんが持ってるマンションなんだけど、みんなシンママでね、助け合っててすごく気楽なの。このままでいいわ~~」

「でもっ、恋愛はしたくないですかっ、品川さんっ、ポテトくださいっ!」

「あら、ミナミちゃん。いらっしゃい。昼のお仕事終わったのね」


 店頭に顔を出したのはいつものミナミさんだ。

 上も下も黒いスーツだから、今仕事を終えて着替えのために来たのだと分かる。

 普通の会社用の顔だと、本当にわからない。


「お腹すいちゃってー。品川さん、結婚ガチでなしの恋ならしたくないんですか?」

「そんなの、不倫したい男の常套句じゃない。アホらしい、不倫したがる男は全員クソよ」

「確かに~~まじで確かに~~」


 そう言ってミナミさんはポテトを買って着替えのためにビルに入っていった。

 結婚ガチなしの恋。つまり恋だけ……? なんて観念、俺にはまったく無かった。

 なんとなく恋の先には結婚、ずっと一緒にいたいって……思ってる。

 それはもちろん吉野さんと。

 そんな簡単じゃないって分かってるけど、それでも一年後も十年後も見えない恋なんて考えられない。

 でも品川さんとか、中園の家のこととか見てると、そんなの絵空事なのか?

 

「いや! とにかく、まず、ちゃんと色々頑張る!!」


 思わず叫ぶと品川さんが優しい目で俺のことを見ていた。


「恋せよ男子。紗良ちゃん幸せにしてあげてね。はい、これとこれよろしくね!」

「はい」


 俺は受け取った唐揚げをリュックに入れて走り始めた。

 先のことなんて何も分からないけど、俺は今日今吉野さんが大好きで、週末の合宿が楽しみで空も飛べそうだ。

 はああーー、なんか色々と買いたいけど金がねええええー!

 

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