第43話 だって、甘えたいの

 やっぱりスマホをバイト先に忘れたのね。

 私は辻尾くんと歩きながら安堵のため息をついた。


 いつもバイトが終わると駅まで一緒に帰る。

 ほんの少しの時間だけど、手を繋げて甘えられてすごく大好きな時間。

 外が暗いから他の人の視線も気にならないし、いつも駅までもっと遠ければいいのにって思う。

 夜の闇に溶け込んで消えて、ずっとずっと甘えていたい。

 

 駅で別れたあとも辻尾くんはいつもLINEをくれる。

 それは他愛ない内容で、明日の学校のこととか、宿題どこまで終わってるとか、バイト先の話とか。

 小さな話をずっとしてくれて、それがとても嬉しいんだけど……昨日は一度もLINEがこなかった。

 だから私から『今日の撮影はどこだったの?』って打ったんだけど既読にならなくて、インスタを見たらオンラインになって無かった。

 きっとスマホを忘れたのね……と思ったけど、やっぱり何か変なことを言って嫌われちゃったんじゃないかって、夜中にすごくこわくなった。

 家の電話番号なんて知らないし、その前にかけるなんて出来ない。

 私なにか変なこと言っちゃったかな……とかすごく考えて夜眠れなかった。

 ひとつのことをきっかけにぐるぐる考えてしまうこの弱さは変わらない。

 でも良かった、嫌われたんじゃなくてスマホを忘れただけだったんだ。

 それに噂の品川さんにも挨拶できて良かった。本当に安心した。

 品川さんと交換した連絡先を見ていたら、目の前のドアが開き女の子が数人入ってきた。

 

「辻尾くん、インスタフォローありがと! ダンス部の動画すっっごく良かった」

「良かった。照明変えちゃったの、大丈夫だったかな」

「全然平気。雰囲気最高だったよ! カメラアプリは何か特別なの使ってるの?」

「iPhone標準の。でも加工をPCでやってて結構手間かかってるかも」

「そうなんだー。こんなにいいね貰ったのはじめて! それに体験入部も増えてるの、ほんとありがとう! そろそろ体験入部も終わるし、最後にミニ発表会もしよっかなって部長と話してるんだよー!」

 

 ダンス部の子たちが何人か辻尾くんの周りに集まって話し始めた。

 数日前に辻尾くんたちは昼休みにダンス部の練習を撮影した。 

 その時に普通だった部室の照明を少し変えていた。その映像が昨夜アップされてたんだけど、少し暗めの室内でダンス部の子たちが見本となる踊りをしてて……すごくかっこよく見えた。

 それをずっと見てる穂華の目だけにピントがあった絵も力があり、さっき確認したらJKコンのサイトで二位に浮上していた。

 ダンスの動画をJKコン去年優勝者のスミレちゃんがTwitterで褒めたらしくて、それも大きかったようだ。

 辻尾くんが褒められてるのは本当に嬉しい。

 でもどうしても「これ以上辻尾くんの人気は出なくていいのに」と思ってしまう。

 辻尾くんはそう伝えるたびに嬉しそうに私の手を繋いで「いや、動画に人気があるだけで、俺は何の人気もない。ジャニーズの動画にいいねが集まるのはジャニーズがカッコイイからで、動画の出来が良いからじゃない」って言うけど、そうじゃなくて。

 クラスで女子と話しているのが「むううう」という気持ちなのだ。

 だからって「私が彼女!」と叫んでも面倒が増えるだけで、別に辻尾くんは普通に女子とこれからも話すのだ。

 つまり私の自己肯定力が地面なのが問題。

 あとすごく辻尾くんが好き。この前も日曜日デートできなかったし、辻尾くんの成分が少し足りてないんだと思う。

 甘えたいー!!

 辻尾くんはずっと騒いでいるダンス部女子に向かって、


「いや、撮影したのは平手と中園だし」


 と言った。

 ダンス部の子たちは一気に中園くんのほうに移動して目を輝かせた。


「中園くん、そういえば今度オフラインイベントあるじゃん?! あれ中園くんと写真撮れるのかって他の学校の子に聞かれてるんだけど」

「ああ、撮れるんじゃない?」

「えーー、伝えとくね? 差し入れは?」

「食べ物以外ならオッケー」


 中園くんと話していると現れる……それは熊坂さん。

 騒いでいる女子を押し分け、中園くんの席に到着した。

 

「中園くん、動画みてくれた?」

「熊坂、おはよう。見た見た。いや撮影の時も思ってたけど、熊坂マジで運動神経いいんだな」

「そうなんだよーー! ダンスわりと好きなんだからー! えー、踊って良かったーー! 部員集まってるの、私のおかげでもあるよねえ?!」


 そう言って辻尾くんの周りにいた女子を全員追い払っていく。

 前は「すごいパワーね」と思っていただけだけど、今は心のどこかで「いけいけ熊坂さん!」と思っている自分がいる。

 こんなんじゃ中園くんの「熊坂は優秀な虫除け」を肯定することになってしまうけど、いけいけ熊坂さん!!

 それに穂華は本当に熊坂さんと上手に付き合っていて、この動画でも一緒に練習しているのは熊坂さんだ。

 辻尾くんが「ドキュメンタリーは独り言が増える。もしくは説明のナレーションが必要になる。でも話し相手がひとりいるだけで、ぐっと楽になるんだ」って言ってたけど、本当にその通り。

 説明くささが抜けて、本当にダンスを練習してる熱のこもった動画になっている。

 それに最後に小さな発表会をしてくれるようだし、最終的にすごく良いものになりそう!




「二位から上がれないな。あと一歩って所かなあ」


 昼休み、部室でお昼ご飯を食べながら辻尾くんが呟いた。

 穂華はサンドイッチを口に投げ込み、


「すごいよ!! 事務所にも問い合わせが結構来ててね、この前の駅前のインタビュー番組、レギュラーになれそうだよ」

「そりゃ良かった」

「辻尾っちのおかげなのーー!! あっ、ダンスの撮影は中園先輩と平手先輩にお世話になってますっ!!」

「これ半分以上平手だからな」

「iPhone14欲しくなってきた……」

「平手先輩、まーじで才能あります」


 そう言って穂華は拍手した。

 中園くんのことで色々あったけど、部室の空気も距離感も何も変わらない。

 熊坂さんの好意を利用してるのは明白で良くないんじゃないかと思ったけど、瞬時に中園くんがあんな……エッチな方法で注意して……考えられないわ。やっぱり中園くんは危険よ。

 その危険人物中園くんがスマホの通知を見てため息をついた。


「なあ提案なんだけど。俺親が離婚しててさあ、父親に会いに行けって言われてるんだよね。それが伊豆の下の方にある別荘でさ、俺まーーじでひとりで行きたくないんだよ。だから皆で行ってそこで撮影しない? 一年逃げ続けたけど離婚条件に面会が含まれてて、もう行かないとダメ臭い」


 私はその言葉に心の中でめちゃくちゃびっくりした。

 伊豆の別荘で撮影?! このメンバーで?!

 まず大きな声を上げたのは穂華だった。


「伊豆ですかっ?! えっ、いつです、どこです、行きたいです!!」


 中園くんは、


「伊豆のねー、結構下のほう。親父の趣味がサーフィンでね、ここら辺。行くのにすげー時間かかるし、ゲームできないし、正直いきたくねーんだよな」


 私も後ろからスススと画面を確認する。

 なるほど、結構遠いわね。

 穂華は画面を見て頷きながら、


「わああ、結構下のほうですね。これ特急とかあるんですか?」

「熱海までしかないんだよな。そっからが遠い。来週金曜祝日だから、金曜の朝から土曜ってどう?」


 中園くんはそう言って辻尾くんを見た。

 辻尾くんは腕を組んだ状態で話を聞いていたけど静かに頷いて、


「……いいんじゃないかな、うん。海の絵はさ、あるだけで強いから。俺は大丈夫だけど……みんなは?」


 そう言って私のほうを見た。

 えっ、本当に学校の用事で公式にお泊まりできるの?! そっか、部活でお泊まりって方法があった!!

 えっ、すごく嬉しい。ちょっとまって!!

 両日バイトを入れていたけど、こんなの無くしちゃう!!

 私はとりあえず冷静な顔を作って、顔を上げた。


「大丈夫よ。穂華は?」

「全然平気っ。平手先輩も大丈夫ですか?」

「何の用事もない。あ、ここ、爬虫類で有名な動物園がある辺りじゃないかな。良い動画撮れるかも」

「え?! 爬虫類ってどの辺りの?」

「蛇あたりの」

「私、わりと好きなんですよね、トカゲが特に」

「そうなんだ、そのキャラ良いと思うよ」


 最近メインで撮影している平手くんは静かに頷いた。

 私たちは内田先生に部活の合宿について質問に行った。

 映画部は表向き内田先生が顧問になっているからだ。

 内田先生曰く、合宿するためには、教師か保護者の付き添いが必要なようだ。

 保護者が証明書を提出しなきゃいけないんだけど、確認したら中園くんのお父さんがすべて引き受けてくれると言った。

 それに中園くんの家はお母さんがPTA会長さんで、内田先生は「たぶん通ると思うよ」と言ってくれた。

 そもそも中園くんのお母さんが「行きなさい」と行った行程に、合宿をくっ付けたのだ。通るに決まっている!

 それに私のお母さんとも知り合いで、すんなりOKが出ると思う。

 こんな手があったなんて!! 中園くん危険とか、ラブホの話聞きながら「変態」とか思ってごめんなさい!!


 昼休みが終わって五時間目が始まったけど、私はもうそわそわしててはじめて授業の内容が全く頭に入ってこなかった。

 えーーっ、辻尾くんとはじめての旅行、お泊まり!!

 まずはモコモコショーパンパジャマを買おうっと。

 あとはあとはなに? 何がいるかな!

 

 

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