第40話 狸と猫の非常階段戦争

「よし、TOPページに載った」

「おおおお、辻尾っち、すごーーい、三位だ!」

「穂華さんが頑張ってるからだよ」

「うん、私頑張ってるー! でもずっと頑張ってたんだよ、でも載れなかった。でも今回は載れたから辻尾っちのおかげだよ」


 褒められると素直に嬉しくて頬が緩む。

 JKコンのトップページには、ランキングが表示されている。

 JK女子部門、男子部門、青春JK部門。それぞれ三位までが写真付きで表紙に載ることが出来る。

 これは風俗店のWEBサイトを作ってページビューを見てるから知ってるけど、トップページに100のアクセスがあるとして左上が50、あとは軒並み10くらいだ。

 みんな目立つ所にある左上のワンクリックして終わり。

 そこで興味持ったらそこから出てこないのだ。

 どれだけ頑張っても、可愛い子でも、知られない子は存在しないのと同じ。

 だから俺は風俗店の女の子紹介は読み込むごとのランダム表示にすることが多い。

 このJKコンも同じ。

 票を集めるためにトップページは最低条件だった。

 穂華さんは表情をゆがめて、

 

「でも今の一位も新山おっぱいさんだし、やっぱり刺激なのかなー」

「友梨奈さんと話してる素の穂華が評判良いみたいだね」

「そうなんですよ。わりとガチで口悪いのに良いんだって驚いちゃいました」


 そういって穂華さんは笑った。

 先日吉野さんが体操教室に行って、友梨奈さんと一緒に練習する穂華さんを撮影してくてくれた。

 吉野さんが気を遣ってくれて、友梨奈さんの顔はなるべくフレーム外になっていて編集の時に助かった。

 三位に浮上したきっかけはこの動画だと思う。

 友梨奈さんと穂華さんがギャーギャー言いながら練習している動画で、俺も編集しながら「ここまで素で大丈夫か?」と思ったが意外と好評なようだ。

 気になったのは友梨奈さんに対して入ってるコメントがキツいことだ。

 「こいつムカつく」「偉そう」「うぜぇ」と言われていて……大丈夫なのかな? と心配したけど吉野さん曰く「友梨奈はこういうサイトは全く見ないし、見たとしても笑い飛ばして終わり」と苦笑していた。メンタル最強すぎる……。

 穂華さんは椅子の上であぐらを組んでため息をついた。


「でも再生数が一番多いのは私と友梨奈じゃなく、中園先輩がちょろっと見えてる回じゃないですか。なんか悔しいな、頑張ってるのに中園先輩に負けてるみたいで」

「てかよく気がついたよな。俺何も言ってないのに」


 中園は「まあそれで再生数伸びるならよくね?」と再びポッキーを食べた。

 体験入部の届けを出す動画内で、中園がほんの一瞬見えている。

 基本的に部外者はモザイクを入れるようにしてるんだけど、カメラが大きく移動してズレてしまった。すると『穂華ちゃんの動画に制服姿の中園くんが出てる!』と評判になり再生数が伸びている。

 俺は中園のファンが書き込んだコメントを見つつ、


「大丈夫なのかよ、高校バレて」

「いや、知ってる人は知ってるし、ここまでトツしてくるヤツは今のところいない。私生活がチラッと見える感じがいいんだろ」

「まあそうだろうけど……って、あれ、熊坂さん?」


 俺たちが部室で話していたら入り口の所に熊坂さんが立っていた。

 そして俺のほうを見て、部室の中をのぞき込み、


「部活動中にごめんなさい、穂華さんいます?」


 穂華さんは手をびょーんと伸ばしてジャンプして、


「いまーーす。あっ、熊坂先輩こんにちは!」

「ちょっとお話良い?」

「あっ、じゃあ非常階段どうっスか」


 そう言って熊坂さんとふたりで部室の横にある非常階段に出て行った。

 実はあの階段……部室の窓を開けているとすべての声が聞こえるのだ。

 この部室を使い始めて二週間、何度もあそこでこっそり会っているカップルの会話を盗み聞きした。

 いや、自動的に聞こえてくるからさ、盗み聞きというか不可抗力?

 俺と中園と平手と吉野さんは窓側に鈴なりに並んで耳を澄ませた。


「はっきり聞かせてもらうけど、穂華さんは中園くんのことが好きなの?」

「あーっ……なるほど……。いや、好きか嫌いかと問われたら、好きですよ」

「えっ?! それは男の人として?!」

「いや、普通にカッコイイですよね」

「そうだけど!! そうじゃなくて!!」


 熊坂さんが叫ぶのと同時に俺と平手と吉野さんは目を閉じて首を振った。

 我慢出来なくなって乗り込んできた熊坂を煽るな……やめろ……面倒がふえる。

 穂華さんは続ける。


「部活はじめる前より印象良いのは間違いないです。近くにいるほうが魅力が見えるタイプですね」

「なにを言って……でもその気持ち分かるわ……」


 熊坂さんが煽られてキレる……と思ったら、一転同意を始めたぞ?

 穂華さんは続ける。


「でも近くに居れば居るほど、よくわからなくないですか、あの人」

「……分かるわ……そうね……分かる……その気持ち分かるわ……あなたわりとちゃんと中園くんをみてるわね……」


 よく見ているというか、それが穂華さんの特性なんだと思う。

 いや、でもな? 中園は真面目に付き合おうとするとよく分からなくなるが、実は何も考えて無い雑な悪党だ。

 俺の隣にいる吉野さんなんて「何が始まったのかわからない」というキョトンとした表情で顔の周辺に『?』マークが浮かんでいる。

 うん、正解。ここにいる全員がそう思ってる。

 穂華さんは続ける。

 

「でも安心してくださいっ! 正直、今、私。JKコンにめっちゃやる気で恋とか興味ないです」

「そうなの! 良かったわ。私も動画見てるけど、よく頑張ってると思うわ」

「でも正直JKコン終わったらわかんないスね。それくらい中園先輩が魅力的なのは分かります」

「ええーー、ちょっとまって、あんた私のライバル宣言するつもり?!」

「え? 告白もなにもしないで、こうやって周りぐるぐるしてるのが熊坂先輩の本気なんですか?」


 おおーっと……誰も言わないことに本人が聞いてる横で切り込んでいくう……。

 俺も吉野さんも平手も横目で中園を見るが、中園は目を細めて聞いてるだけだ。

 穂華さんは続ける。


「熊坂先輩、私とダンス部体験入部しませんか? ライバルはやっぱり正々堂々っスよ。てか話せないからここまで来てるんですよね? 夕方の撮影は中園先輩と平手先輩なんで、自動的に話せますよ!」

「……面白いじゃない、やりましょう?」

「てか、なんで告白しないんスか? こんな文句出張便と見張り、面倒じゃないスか」

「ダメよダメダメ。私から言ったら追う立場は変わらない。言ってほしいの、絶対私からは言わない!!」

「ムリなんじゃないスか?」

「はあああああ?!?! あんた何いっちゃってんの?!」

 

 非常階段でふたりはキャイキャイと騒ぎ始めた。

 完全な欠席裁判でここから先は聞く必要がない。俺たちはスススと窓際から離れた。

 たぶん穂華さんは、友梨奈みたいな子が学校に欲しいと判断したんだろう。

 だから仲間に引きずり込んだ。たぶん必ず乗ってくると読んだ上で……だ。

 中園は最近昼休みはずっと映画部の部室にいて、暇さえあったらここでダラダラしてる。

 教室にいる時間が極端に減り、熊坂さんは接触時間が減っていたんだ。でもこうすれば撮影にいる中園と話すことができる。

 穂華さんは自分が下だと熊坂さんにアピールすることで戦意喪失させて味方にして、あげく利用しようとしてる……んだと思うんだけど、話が巧みすぎて、本当に中園を好きなのかも知れない。

 俺はチラリと中園を見た。


「めんどうなことになりそうだけど、良いの?」

「いや、あんまよくないね、こういうのは」

「だよなあ」


 俺は頷いた。部活内で恋愛ゴタゴタは良くない。俺のことは横に置いておいて良くない。

 昼休みが終わりのチャイムがなり、俺たちが部室を出ると、穂華さんと熊坂さんも非常階段から出てきた。

 熊坂さんは穂華さんの方を見て、

 

「じゃあ放課後、ダンス部に行くわね」


 そして中園のほうを見て、


「放課後の撮影は中園くんが担当だって聞いてるけど?」

「……そうなんだよ。陽都がバイトだから放課後は俺と平手が撮影してる。熊坂もくるの?」

「私もちょっと興味あるから、一緒に体験入部しようかなって」

「へえ、いいじゃん。俺ダンスしてる女の子見るの好きだからさ」


 そういって中園は微笑んだ。

 熊坂さんは「へえ~~そうだったの。へええ~~」と笑顔になって嬉しそうに教室に戻っていった。

 静けさが戻った部室で中園は笑顔を作って穂華さんの横に行き、肩を抱いた。

 そして顔をのぞき込み、


「俺のこと好きだなんて気がつかなかった。キスでもする?」


 穂華さんはズルズル……と距離を取り、


「まだ見ぬ未来にヨロシャスです!!」


 中園は「ははは、嘘だって」と笑って穂華さんに向かって、


「人の気持ちをオモチャにするとオモチャにされちゃうよ?」


 と言って微笑んだ。

 さっき言ってた『よくない』ってこっち側に『よくない』ってこと?!

 穂華さんは「えー? 中園先輩のことはホントカッコイイと思ってますよ! 半分くらい本当なのに!」と口を尖らせた。

 半分? なにが、どこが? どこら辺まで?

 ポカンとしてる俺の横で吉野さんが、


「……普通に部活をしましょう」


 と真顔で言った。

 俺はあまりの面白さに思わず床に膝を抱えて座り込んだ。

 ダメだ面白すぎる。うん、普通に部活したほうがいいよ、そうしよう。

 俺と吉野さんと平手は「怖い怖い、部活しよ部活」と静かに首をふりながら教室に戻った。

 

 

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