第39話 私のカタチ

「んーーっ、伸びてるって感じがするっ……!」

「穂華身長伸びた?! 友梨奈さんは負けて居られないぞ、穂華立って! お姉ちゃんちょっと横で測って。あっ撮影してたんだっけ、ごめんっ!!」

「……はいはい」


 私は穂華のストレッチを撮影していたけど、画面に友梨奈が飛び込んできたので止めた。

 今日は体操教室の個人レッスンに来ている。

 一時間貸し切りで身体に関することなら何でも相談に乗ってくれる場所で、私と穂華は月に一度、友梨奈は毎週通っている。

 体操教室の先生は、パンパンと手を叩いて穂華を立たせた。


「じゃあダンス見てこうか」

「よろしくお願いしますっ!」


 先生は何でも教えてくれる人で、穂華のために今週は三人でダンスを習うことにした。

 習うことにしたけれど……これは友梨奈と比べるとか比べないとかいう次元になく、私はダンスが好きではない。

 踊っている人を見るのは好きだし、かっこいいと思う。

 ただ自分がしていて楽しいと思えないし、なによりダンスは見て貰って完成する所があると思う。

 私はひとりで走ったりするのは好きだけど、誰かに見て貰いたいという感情が欠落してるみたいで、見て貰うことで完成するダンスが好きではない。

 身体を動かすのは好きなので、ヨガは好き。

 私は辻尾くんから渡された撮影用のiPhoneで撮れているか確認する。

 これは辻尾くんがバイト先のホストさんから格安で買い取ったものだと聞いてる。

 女の子に投げつけられたみたいで? 背面が少し割れてるけど、使うには全く問題がないし、最新型だからとにかく画質がすごい。

 辻尾くんは「最近カメラは要らない。iPhoneで撮ったほうがいい」と断言していたけど、本当にそうね。

 「ダンスの練習するなら撮ってきて?」と辻尾くんに頼まれたけど、私は撮影なんて全く自信がない。

 だって今まで人を撮影してきたことがほとんどなかった。

 撮ってきたのは参考書の書面とか、本の購入リストとか、お買い物一覧とか、メニューとか。

 だから「全然上手に撮れないよ?」と言ったけど「色んな絵があるだけで一本作れるからダンスシーンだけカメラ固定して撮ってくれれば。あとは雰囲気で良いよ」と言われて預かってきた。

 ふ~む? やってみますか!

 というわけでさっきから穂華を撮影している。

 先生は体操から走り方、鉄棒にダンスまで何でも教えてくれる身体のプロで、まずは見本になって踊っている。


「1.2.3でこっちにジャンプして、肩を意識。そう肩を中に入れてそこから手を出すと長く見えるから」

「はい!」

「今の視線いいよ!」


 んん? これは踊ってる所を正面から撮るべき? でも下手に動くと画面がガタガタ揺れそう。

 たしか辻尾くんは、一回動かずに撮って、そのあと別の場所から撮ってた。

 辻尾くんはこの前「体験入部します!」とダンス部に行く所を撮影してたんだけど、穂華固定で平手くんが撮り、全体は自分が撮ったもの、音声は中園くんに頼む……そしてそれを編集でくっ付けててすごかった。ここの部分は何度も踊って練習するはずだから、次は別の所から撮影すればいいんじゃないかしら。

 ……なんだか楽しくなって来ちゃった。

 ダンスが終わったタイミングで録画を確認すると、私の「はあ、はあ」という息づかいが全部入っていてひっくり返った。

 変態なの?! 辻尾くんが撮った動画はこんなの入って無かったーー!

 なんで? 息止めればいいの? 死なない? ガスマスクが必要? とイジっていたら友梨奈が叫んだ。


「友梨奈も、友梨奈も踊りたいの!」

「よし、先生と一緒に踊ろう。1.2.3でこっちに入って……いいよ!」


 見ていた友梨奈は我慢出来なくなったのか、穂華が習っているダンスを踊り始めた。

 これがまた嫌みなほどに上手い。元々身体の使い方が上手いのだから当然だけど、ダンスが大きく見える。

 それに一度覚えたことを忘れない。

 ……圧巻だ。穂華と同じダンスを踊っているのに別物のように見える。

 横で汗をふいてそれを見ていた穂華が顔を上げる。


「くっそ友梨奈は何でもうめぇなあああ!! 邪魔だ、このヤロー!! てめーは鉄棒で回ってろ!!」

「ははん。こんなんでダンス部とかやってけんの? 私が踊れる医者目指したほうがよくない? おほほほん」

「まって友梨奈。今の動きすごくエッチで良いと思う。どうやってるの?」

「腰だよ、腰。ね、先生、腰だよね」

「そう、腰を向こう側に飛ばす感じで動くと自動的に足が出る。人は関節で繋がってるのを意識してみて。関節の先を飛ばす、飛ばす」

「なるほど!!」


 穂華はすぐに受け入れて踊り出した。

 友梨奈は昔から友達があまり居ないように見える。

 なんでも完璧に出来てしまうから、友梨奈といるとみんなイヤになってしまう。

 クラスで一番頭が良かった子が、運動が出来た子が、友梨奈をみてドンドン病んでいくのを見た。

 圧倒的天才の前にみんな何も言わずに消えていく。

 それが友梨奈。

 だからひとりでいる事のが多いけど、そんな中でも長く一緒にいるのが穂華だ。

 穂華は友梨奈に常に喰ってかかる。友梨奈のほうが上手だと分かっていても気にしてないのだ。

 むしろ良い所を常に飲み込もうとしているように見える。

 

「穂華うまーーい!」

「でしょでしょ? 友梨奈、ここは? どうしたら良い感じに見える? 足が先? 手が先?」

「穂華は首が長いから手からだしたほうがいいよ。穂華の首はマジできれい」

「ぐへへひれ伏せ」

「穂華好きーー!!」

「邪魔じゃ友梨奈!!」


 ふたりはキャイキャイ笑いながら楽しそうに踊っている。

 こうして冷静になって見て見ると、友梨奈は穂華に救われて居るのかも知れない。

 再び踊り始めた穂華を、私は今度は息をすこ~~しずつ吐いた状態で、別のアングルで撮影した。

 そして見てみたら、わりと上手に撮れていた。

 一時間ふたりはみっちりと踊り、私は撮影をしてデータを貯めた。

 これで一本作れるとよいけど……私がiPhoneの動画を見ていると、ひょいと小さな頭がのぞき込んできた。


「すごーーい。あのふたりのお姉ちゃん、ダンス上手だね」


 見ると次の時間に習う小学生の子たちだった。 

 私たちのレッスンが終わると次は小学生向けの体操教室が始まる。

 その子たちがもう教室に来ていた。

 小学校低学年だろうか、女の子は私の横でダンスの動画をみてため息をついた。


「……私、ダンス全然上手にできないから、したくないの。全然やりたくない」


 髪の毛をふたつにしばった女の子はリュックサックを抱えてため息をついた。

 さっき先生が言っていたけど、今はダンスが必須科目で、当然のように結構大変なダンスを踊らされると言っていた。

 そんなの大変すぎる。

 私は友梨奈と穂華のダンスを流しながら話しかけた。


「このお姉ちゃんたち、なんと10年以上この教室に通って練習してるんだ」

「えっ。すごっ、ながー! だから上手なんだね」

「でもね、実は私も10年通ってるけど、全然踊れないし、好きじゃないよ」

「あはははっ、ミホと同じだね。好きじゃないよーー。ミホはね、縄跳びが好き」

「お姉ちゃんも縄跳び好きだよ」

「お姉ちゃん見てて見てて、ミホ、綾飛びが上手なの、見てて!!」


 さっきまでダンスイヤだ~と言っていたミホちゃんは、体操教室の籠に入っていた縄跳びを持って綾跳びを始めた。

 すごく笑顔で元気で可愛くて、小さな身体で上手に綾跳びを始めた。

 

「すごく上手ね」

「でしょー?! 綾跳びクラスで一番できるんだよー!」


 ミホちゃんが元気に跳んでいると、そこに着替え終わった友梨奈が来た。

 そして縄跳びをしているミホちゃんを見て、


「あっ、縄跳びしてる。私もできるよ!」


 と言って手を伸ばしてきた。私はそれを静かに制した。

 だって今はミホちゃんが楽しそうに跳んでいたから。


「……今はこの子が頑張ってるから」

「そう?」


 友梨奈は何で今跳んではいけないのか分からないといった感じで首をかしげた。

 友梨奈はいつだって自分のほうが上手に出来るからそれを見せたいのだ。

 自分が見たら出来るから、周りもそうだと思ってる。

 ダンスもそうだった。友梨奈は見たらできる。そしてそのまま主役になるんだ。

 でも……今の主役はミホちゃん。

 とっても上手だった。私は可愛くてたくさん拍手した。


「すごく上手」

「えへへへ~~。あっ、横にいるのさっきのダンスのお姉ちゃんだ」

「そうだよ、ダンスお姉さんだ~~」


 そう言って友梨奈は気持ちよさそうに踊り出した。

 その背中を穂華が蹴飛ばす。


「小学生相手にドヤってんじゃねーぞ高校生!!」

「いたぁぁい、穂華ひどぉぉい。ねえお姉ちゃん、穂華ひどくない?! 友梨奈を蹴ったよおおーー!!」

 

 あまりに目の前でドストライクに蹴飛ばしたのを見てて笑ってしまう。

 でも私は口元を押さえて、


「……ドヤってるように見える人も、結構いると思うわ」

「ドヤってないもん!! 普通だもん!! お姉ちゃんまでひどぉぉい!!」


 友梨奈は叫んだけど、私はほんの少しだけ気持ちが良かった。

 そうね、友梨奈はそう思ってなくても、私がそう思ったって、いいじゃない。

 誰もが友梨奈のように出来るわけじゃない。穂華のように立ち向かえるわけでもない。

 だったら見ないのも、関わらないのも、選択していい。

 私はふたりの騒ぎ声を聞きながら思った。

 すこしずつ見えていた私のカタチ。




 

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