第35話 何かしたいな、出来るかな

 放課後、帰ろうとしたら穂華が「駅まで紗良っちと一緒~~!」と後ろから飛びついてきた。

 「バイトだから途中までよ?」と伝えたら「穂華もお仕事だから!」と腕に絡みついてきた。

 そして口を尖らせた。 


「もーん……なんか辻尾っちを悪いことに巻き込んじゃったかなあー。まさか因縁の相手が同じ所にエントリーしてるなんて」


 穂華はいつの間にか友梨奈と親友になり、気がついたら家に来るようになっていたけど、周りを見ていて気を使える所が好きだ。

 軽く目をのぞき込んで、優しく話しかける。


「穂華は何も悪くないわ。たまたまでしょう?」

「私だったら、千載一遇のチャンス、殺す殺す!! って思うけど、辻尾っちそのタイプ~~~?」

「どうかしらね」


 どうかしらね……と言いながら、辻尾くんの話を聞いて、私はムカついていた。

 あの辻尾くんがそんなことするはずない。同じ所にいたら超むちゃくちゃ怒ったのに……とか身勝手なことを思ってしまう。

 でも同時に私もイヤな場所から逃げてしまうかもと思った。だから辻尾くんの痛みも分かる。

 穂華は、


「もう事務所のほうは学校で出るって行っちゃったけど、ダメだったら他の方法考えるしかないか~~。JKコンって三回しかチャレンジできないからぜったいチャンス逃したくないんだよねーー!」


 昔からダンスと歌が好きで、合唱サークルに入っていた穂華。

 そこに偶然いた芸能会社の社長に気に入られて今の事務所に入ったけど、その社長さんは引退してしまって、推してもらえなくなったと嘆いている。

 だから応援したいとは思ってるけど……。

 穂華は「とりま今ある仕事頑張るー!」と反対側に向かう電車に飛び乗っていった。

 さて、私も変身してバイトに行こうと思う。




「ありがとうございました。お会計はあちらとなっております」


 私は店内で頭を下げて、片付けを始める。

 この店でバイトをはじめて三ヶ月。仕事にも慣れてきた。

 ここに来る前にファミレスでウエイトレスもしたけど、お客さんに電話番号を渡されたり、店の外で待たれたり、勝手に写真を撮られたり、正直散々な目にあった。

 他の子に聞いてみたら「若い女ってだけで正直色々めんどいよ。完全に裏に入るか、開きなおって外に出るしかない」と言われて、今所属している派遣会社を知った。

 守ってくれる状態で、表に出ることにしたのだ。

 一見普通の派遣会社で、親に確認を取る時も『派遣登録』としか書かれてない。

 実際確認書に書かれた仕事は『スーパーの品だし』などだ。

 でも実際そんな仕事はなくて、現役女子高校生であることを前面に押し出した仕事が多い。

 最初は街で試供品を配っていたけど、やがてこの店を紹介された。

 お母さんには「普通のカフェ」と言っているが、どう考えても時給が高すぎる。

 でも実際に支払われるのは私の口座で、お母さんはいくら入ってるかまで調べるほど暇じゃない。


 この店はとにかくスカートが短い。

 もう腰巻きかな? ってくらい短いけど、インナーパンツがあって、それを履いているので、それを見られること前提で動いている。

 最初は恥ずかしかったけど続けていたら、変身みたいで楽しくなってきた。

 ウエイトレス以外は全員強面の男性で逆に安心。強引に手を繋いだり、触れられなくなった。

 正直ファミレスでバイトしてた時は誰も守ってくれなくて、アルコールを飲んでる人も多くて、怖かった。

 この店はソフトドリンクオンリーなのも嬉しい。


「サリー、あっちのお片付け頼んでもいい? 私指名がはいっちゃった」

「はい」


 呼ばれて私は他の席に片付けに向かった。

 私はこの店でサリーと名乗っている。本名は危険なので自分で名前を付けられるのだが、紗良からのサリー。正直なんでも良い。

 この店はウエイトレスを指名することが出来る。追加でお話タイムや、同席タイムも選択することが出来るけど、それを受付可能にするか、どうかは女の子に任されていて、私はしてない。

 指名が増えると給料も上がるけど、その分トラブルも増える。

 私以外の子は同席タイムを受け付けてるので、必然的にひたすら片付けの係になるけど、これで高時給が貰えるんだからラッキーだと思ってしまう。

 ただとにかく短いスカートで掃除する人になってる気もする。

 トイレ掃除をしてキッチンのゴミを外のバケツに運ぶ。

 

「お、紗良ちゃん発見や」

「店長さん、こんばんは」


 私がゴミ箱周辺の掃除をしていたら、辻尾くんのお店の店長さんが歩いてきた。

 その横にはうちのカフェのオーナーもいた。いつもはお店で偉そうにしてるけど、店長さんと一緒だと身体を小さくしていて少し楽しい。

 オーナーは「じゃあすいません、またよろしくお願いします」とカフェの中に入り「吉野さんと話があるんやったら事務所使ってください」と去って行った。

 店長は「すぐ仕事にいくから大丈夫や」と笑い、私にあのチュロスを渡してくれた。


「あ、これ。この前辻尾くんに教えてもらいました」

「美味しいよな~。同じ住所内で違う店は出せんから闇営業みたいになってるけど、金貯まったら表に出てくるやろ」

「そういう事なんですね」

「よくある話や。どう仕事は? ていうか、やっぱ制服すっごいな、おじさんちょっと目のやり場がないわ。陽都は店に来てるの?」

 

 店長は「あいやー」と目を閉じて口にチュロスを入れた。

 私は短いスカートを引っ張り、


「もう慣れたんですけど、辻尾くんに見られるのは少し恥ずかしいかなって」

「こんなん見たらテンションマックスで仕事しなくなるわ。いやー、こっそり見に来てるかもしれんな。あいつそういう所あるから。あれでむっつりスケベだから気をつけな? いや~~、陽都がうちの店にきた時はメンタルぐずぐず、しょんぼりボーイだったのに、紗良ちゃんみたいな可愛い彼女できて、あ~んな元気になっておじさん嬉しいわ」

「メンタルぐずぐず……」

「いつもぼんやりして遠く見ててな、焦点があわんくて、大丈夫か~~? て思ったけど、走り回ったら元気にはなったみたいやけどな。抜け殻みたいになってたで」


 じゃあ、またお店に来てな~。あんまりしゃべってると怒られるやろと笑いながら店長は裏道を歩いて行った。

 今日知った辻尾くんの過去。

 中学の時に不登校になったとは言ってたけど詳しくは知らなかった。

 そして『ぼんやりしてて遠くを見る』って……辻尾くんはコンビニの時も、今日も、そうなってた。

 私はゴミ袋をキュッと縛って顔をあげた。

 すごく、何かしたいなって思う。すごく、すごく役に立ちたいと思う。

 今までずっと自分の範囲の中で必死にやってきたけど、今はじめて、ものすごくまっすぐに、辻尾くんのために何かしたいって思う。 



 バイトが終わり、私は辻尾くんを待っていた。


「お待たせ……って、あれ、どうしたの、ソフトクリーム?」

「うん。あのね、話がしたくて買ってみたんだ。はい、どうぞ」


 私はお店で売っているくるくる巻きのソフトクリームをふたつ買ってきたので、それを辻尾くんに渡した。

 辻尾くんは戸惑いながらそれを受け取ってくれた。

 私は考えてきた言葉を口にする。


「辻尾くん、あの、私、辻尾くんの絵の具みたいになりたいって思うの」

「??」


 辻尾くんは何がなんだか分からないという雰囲気でキョトンとした表情で私のほうを見た。

 手にとろりとソフトクリームが溶けてきて、それをペロリと舐めた。


「昼間……上手に言葉が見つからなくて、キャラメル出すだけで……」

「いや、俺が買ってたやつ、吉野さんも買ってくれてるんだって嬉しかったよ。それに昔のことはもう気にしてないし」

「あの!! 手にアイスがつくと、洗わないとずっとベタベタするじゃない?!」


 私は辻尾くんのほうをクッと見た。

 すると再びソフトクリームが溶けてきて慌てて食べる。

 六月に外で食べるものじゃなかったかも知れない。でも……これが一番わかりやすいって思ったの。

 

「辻尾くん、気にしてないって言ってたけど、この前のコンビニの時も、部室にいたときも、少しこう、遠くを見るの。辻尾くんは嫌なことがあるときにね、遠くをぼんやりみてるの。だからえっと、手にアイスが付いてるみたいに、もう消えてるんだけど、なんかやっぱりベトベトしてるのかなって。そう話そうって思ってこれ買ったんだけど、どんどん溶けてきちゃうね。えーん……辻尾くんがいつも私にしてくれてるみたいに優しくしたいのに、全然できないーー。これ買ってきたの間違ってたー?」


 掃除しながらすごく必死に考えたんだけど、なんかやっぱり無駄な比喩な気がする。

 辻尾くんは黙ってしまって「……とりま、せっかく買ってきてくれたし、食べようか」とソフトクリームを食べ始めた。

 ううう……やっぱり上手に言えなかったかな……そう思った瞬間、地下鉄の自販機横、影のところで辻尾くんに抱きしめられた。

 ふわりと全身が辻尾くんの香りに包まれる。


「……ごめん、気にしてないこと無いわ。あのコンビニも実は宇佐美とよく行ってた店なんだよ。だから、たぶん今も嫌いは嫌いなんだな」


 その声は消え入りそうなほど細くて、小さくて、それでいて甘えているような声だった。

 私は辻尾くんに必死にしがみつく。


「あのね、辻尾くんがコンビニが良い思い出になったって言ったのを思い出して、なんかそういう風に一緒に動画作れたら、そういうの絵の具みたいに、いつも辻尾くんが私にしてくれてるみたいに、昔の嫌な気持ち、上書きできるかなって思ったんだけどね、でもイヤなら、やらなくていいと思う。あれー? 私こんなに話すの下手なのかな? 分かる?」

「分かる」


 辻尾くんはそう言って、私の頬を包んだ。

 その手はソフトクリームで冷やされていて冷たくて、でも私の頬は熱かったから一瞬でなじんだ。

 頬を包み込むように引き寄せてゆっくりと目を閉じて……辻尾くんは私の唇にキスをした。

 冷たくて甘くて、同じ味。

 辻尾くんの唇が私に優しく触れて、唇から溶けちゃうみたいに気持ちが良い。

 もっとしたくて、してほしくて、背伸びして自分からも辻尾くんにキスをした。

 気持ち良くてクラクラしてきて力が入らなくなってきて……そのまま辻尾くんにしがみついた。

 少しの間私にしがみついていた辻尾くんはクンと身体を起こした。

 その目はもうさっきとは全然違っていた。


「……昔から思ってたけど、アイツは撮影が下手」

「おっと?」

「カメラふりすぎて気持ちわるいし、なによりセンスがない」

「おっと?」

「いや、ほんと、あれは過去のことだ」

「……うん」

「だって前と今ではいる場所も環境も違う。なによりこうして気にしてくれる吉野さんがいる……ありがとう」


 その言葉が嬉しくて私はコクンと頷いた。

 そして手を繋いだまま辻尾くんの顔をのぞき込んで、


「……むっつりすけべって本当?」

「なにそれ?!?! どゆこと?!」


 あ、店長か?! 店長でしょ、店長だなー! と辻尾くんはさっきとは全然違う笑顔で笑った。

 一緒だから大丈夫。ちゃんと伝えられて良かった。

 でもキスがどんどんエッチになってきてるから、きっとむっつりスケベだと思うの。


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