第31話 動いてみるって決めたの

「人の細胞って、どうして変化するんだろって、お姉ちゃんは考えない?」


 友梨奈は部屋の真ん中に転がった状態で私のほうを見て口を開いた。

 また始まった……と苦笑してしまうが、友梨奈は私の事など気にしない。

 いつも勝手に入ってきて語り始める。

 思考すること、それを口に出すことが友梨奈の大切な動線らしく、わりと脈絡がないというか、頭を整頓するために話しかけてくる。

 お母さんと友梨奈が話しているのを聞くと、常に討論会なのに会話はかみ合っておらず、双方から意見を求められる私は疲れ果ててしまう。

 でもさすがに長く付き合っていると、私に求めているのは同意ではなく聞き役だと知っている。

 友梨奈が言った言葉のひとつに何かを加えて聞き返せば勝手に話すのだ。

 友梨奈は私と話したいのではない、自分の頭の中を整頓したいのだ。


「細胞変化ねえ、ガンとか?」

「そうなの。私医者になって手術をめっちゃしたいんだけど、特に脳ね、行くなら脳外。でも病理のほうに興味があって。先生にそれは実は方向性が逆の医大に入る必要があるから、なんとなく決めたほうがいいって言われてて。うーん、困っちゃう」

「病理って研究側?」

「研究より診断かな。もうすっごく楽しそうって思っちゃう。この前読んだ論文がすごかったの。同じ肺がんの細胞なんだけど、変化過程が全然違うの。それでも見る部分が決まっててね、それを見つけるまでに必要な薬剤があるんだけど」


 友梨奈はiPadを取りだして論文を見せてくれた。

 翻訳されているものだけど、当然私が見ても全く分からない。

 お父さんが難病で死んだのをキッカケに友梨奈は医者を目指し始めたけど、元々向いていたのだろう。

 お母さんは「人と話せば話すほどパワーが湧いてくる」という人で、いつもどこかに行って討論してる。

 ずっと「ふたりみたいに私はできない」と思って生きてきたけど、じゃあ私は何が得意なのかと改めて考えてみると……特に好きなこともないのだ。

 それはきっと長く友梨奈と比べ続けてきたから。

 何をしても友梨奈と比べて「出来ない」と思ってきた。

 でも辻尾くんに出会って、それが私の考え方のクセだと気がついた。

 嫌いだと思ってたこと、苦手だと思ってたこと、きっと「友梨奈に比べて出来てないから」嫌いで苦手だったのだ。

 そんなこと言ったら……ものすごくたくさんのいろいろなことに蓋をして生きてきた気がする。


「お姉ちゃんどうこれ。ちょっとお嬢さますぎない? 一周回ってなんかメイドっぽいんだけど」

「あら。細胞の話は終わって今度はファッションショーが始まったの?」

「たっくんにさあ『なんで服くれるの?』って聞いたら『好きな子が俺の好きな服着てくれるのが夢だった。コスプレだと思って着てくれ』とか言うの。え~~? やっぱ俺色ってことって思いながら、なんか素直に頼まれるとオッケー味出てくる。どう?」


 そう言って友梨奈は白と黒のメイド服風の服を着てクルクルと回った。

 クラッシックでシンプルなワンピースだけど、どこか高級感があって……でもやっぱり、


「メイドさんみたいね」

「だよね~~~? まあコスプレだと思えばいっか。これ着ていこっかな~。あ、お姉ちゃんあの大きなゴロゴロ貸して?」

「旅行に行くの? 別に良いけど」

「今度お母さん三重に出張なんだよ。藤間さんも一緒! 私も一緒にいくことにしたのー! 藤間くんがお仕事してる間は私は気になる先生の研究所見てくる! 夜はデートなの」

「あらそうなの。どうぞ、持って行って」


 友梨奈は「借りるねー!」と言ってかなり大きなサイズのキャリーバッグを持っていった。

 旅行に行っても行きたい場所が気になる先生の研究所。こうなると本当に研究や勉強が好きなのね。 

 私が辻尾くんと旅行に行ったら……? そう考えたらそわそわしてきてスマホで三重を調べてみた。

 パンダー! 海ー! 一緒に手を繋いで歩きたいなあ。私だったら何を着る? ワンピース? その前に夏?

 ひとりで想像して妄想してベッドで転がった。

 一緒にもっとお出かけしたい。

 少しでも一緒にいたくて、学校でも辻尾くんと穂華たちが「部活を……」なんて話をしてる時に割り込んでしまった。

 だって体育祭実行委員が終わっちゃって、学校で話す時間が減っていた。

 バイト先でも時間が限られてるし、もっと話したいの、一緒がいい。




「内田先生から鍵を預かってきたわ。『部活にするなら届け出してね? しないならパソコン二台くらい職員室に運んでくれない?』って言われてるわ」

「そんな作業先生がすべきだと思うけど」


 辻尾くんの言葉に私は苦笑した。

 私はどうしても頼まれると断れない。お母さんのところに教員団体の人達がきて、色々と訴えているのを知っているからだ。

 私は辻尾くんの方を見て、


「昨日演劇部の子たちが、あの部屋使わせてくれないかって言ってきたみたいだけど、内田先生が『吉野さんたち使うみたいよ?』って断ってくれたみたい。悪いことばかりじゃないよ」

「おー! ラッキーじゃん。いや部活の立ち上げって加点ポイント高いし面接の自己アピールにも使いやすくていいじゃん。部室でサボれるし」


 一緒に歩いていた中園くんはジュースを飲みながら楽しそうに歩いている。

 辻尾くんと一緒にいるから話すようになったけど、根が明るくて、水風船の時もクラスの雰囲気を救ってくれた人だから、委員長的に言えばとても便利な人。ネットでも有名人だし、芸能コースの子よりファンが多く見える。

 でも友梨奈っぽくて、私は少しだけ苦手。こう考えてみると本当に発想の根に友梨奈がいて驚いてしまう。

 中園くんはモテるから……少し弊害もあって……。

 私は中園くんを方を向いて、


「あのね、熊坂さんから、中園くんが部活に入るなら私も関わりたいって言われたんだけど」

「あ~~~~。分かった、俺から断っとく。ごめんね、吉野さん、めんどうかけた」

「いえ、いいの。ただ……大丈夫?」


 私は思わず聞いてしまう。

 熊坂さんが中園くんを好きなのは、もうクラス中の女子が知っている。

 中園くんを好きな女の子たちは「熊坂さんと付き合ったあとに、私と付き合ってもらおう」と思っている子さえいる。

 それを聞いた辻尾くんが苦笑して口を開く。


「熊坂さんぜったい中園と付き合うまで諦めないと思うんだけど」


 私は無言で頷く。

 実は私も部活を立ち上げるという話が広がった時に「吉野さんは学校で彼氏作るタイプじゃないよね」と念押しされた。

 当然「興味がないわ」と答えたけど、近付く女の子をひとりでも許さないパワーを感じる。

 中園くんは廊下を歩きながら、


「実は熊坂から一度も告白はされてないんだよ。あいつ絶対自分からしないの。されるの待ってるの。されたら断るんだけどな。言われてないのに断るのも間違ってるだろ。だからとにかくあっちの出待ちだ。壁潜伏分かってて出る必要ないだろ」

「壁潜伏……?」


 私は首をかしげると、辻尾くんが笑った。


「ゲームの話だよ。壁に隠れてる敵を知ってて出て行く必要はないってこと。まあたしかに死にに行くようなものか」

「壁の向こうで銃持ってニコニコしてるんだぜ。周りの味方もすべて銃殺済だから顔は血だらけ。とりま出てきたら撃つわ」

「いやいや、だからなんで銃殺? 完全にやべー熊坂の顔で再生されたんだけど」


 中園くんと辻尾くんが話しているのを聞いているだけで楽しくて笑ってしまう。

 三人で話しながら専門棟にある映画部の部室に到着した。

 たしかに教室がある所からかなり遠く、それに奥は倉庫で、手前で理科準備室だから人気がまったくない。

 ただ工事の都合上、ここの部屋から高速回線が引かれているようで、部員の人達は元々物置だった部屋を改造して部室にしたって聞いたけど。

 ドアを開くとものすごくホコリ!

 私は慌ててカーテンを開いて、窓を開けると首筋を気持ちのよい風が吹き抜けた。

 うん、気持ちが良い!!

 さっそくパソコンを立ち上げた中園くんが叫ぶ。


「陽都これかなり新しいぞ」

「委員会準備室のノートパソコンより全然良いヤツだな」

「いやちょっとまて。これソフトもかなり入ったまま放置されてんな」

 ふたりがワイワイ話していると扉がバーンと開いて穂華が入ってきた。

「やっほーーー! みんなのアイドル穂華ちゃんだよ。さて打ち合わせをしましょうか。うわああ部屋が臭い。汚い~~~」


 それを聞いた中園くんが椅子にあぐらをかいて座り、


「誰より君が片付けるべきだね、穂華くん」

「イエッサー、ボス! あれ、中園先輩がボスなの? 辻尾っちじゃなくて? てかこれは何です? ゲーム?」

「これはあれだ、メンヘラしか出てこないクソゲーだ」

「なにそれ、面白そうです」

「これやべーんだよ。どの選択肢選んでも、全員殺しに来るんだ」

「クソゲーじゃないですか!!」


 中園くんと穂華は楽しく話し始めた。

 辻尾くんは中園くんの横を離れて、私がいる窓際のほうに来た。

 そして窓から外を見る。


「おお、なるほど、位置がわかった。ここは専門棟のふちだから野球部のグランドが近いんだ」

「そうなの。ゴミ焼却場もよく見えるわ」

「ん、なるほど」


 そう言って辻尾くんは黙った。

 ゴミ焼却場……たぶん私も辻尾くんも同じことを考えてる。

 体育祭のあとにキスした木も小さく見えている。

 私は辻尾くんに一歩寄って小さな声で、


「(今度、お母さんと友梨奈旅行なんだって。家にひとりなの。少しゆっくりしたいな)」

「?!?!」


 それを聞いて辻尾くんは外を見たまま目をまん丸に大きく開いた。

 正直ね、辻尾くんは私のこと好きだって知ってるから、私が辻尾くんのこと好きだって知られてるから、こういう事いうの、すごく好き。

 もっと私でドキドキしてほしい。

 もっと私のことで心をいっぱいにしてほしいの。

 

 

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