第30話 ヨコシマな俺

「学食の大学芋の旨さは異常。学校行くのめんどくせーなーと思っても、水曜だとイケる」


 中園は四皿(一皿に3つ入っているので合計12個)の大学芋をむしゃむしゃ食べながら頷いた。

 俺も二皿頼んだので口に放り込む。


「このカリッカリさがいいよな。これで100円」

「旨いお茶とセットだともっと良いのに、学校だと水しかないもんな」

「確かに」


 俺と中園は感激しながら大学芋を食べた。

 これは水曜日にしか売ってないレアデザートで、やたらと旨い。

 食事を注文したタイミングで一緒に注文しないと売り切れる人気商品だ。

 俺も中園も水曜日は暗黙の了解で学食にしていて、なんならご飯少なめにして大学芋を食べている。

 非常に旨い。

 食べていたら、奥の方の席から穂華さんが歩いてきた。


「辻尾っち~~、わたくし水筒に美味しい番茶を先ほど入手したので、大学芋のお供に一杯どうですか?」


 穂華さんは体育祭以来、校内で会えばそれなに会話する仲になった。

 吉野さんと仲が良いこともあるし、悪い子じゃないのは知っている。

 でも美味しい番茶を先ほど入手って?


「え? どのタイミングで買ってきたの?」

「さっきまで仕事で外に出てて、さっき学校に来たの。しかもロケ先がお茶屋さんだったの~。その時に今日は水曜日だって思い出して買ってきた!」

「おお……じゃあ一口。食べながらお茶が欲しいなって話してたんだよ」

「分かる~~~超分かる~~~入学前に紗良っちに聞いてたんだけど、ここの大学芋マジで美味しいよね、はいどうぞ」


 開いていた紙コップにふわりと香ばしい匂いが広がった。

 飲むと煎じたばかりだと分かるほど美味しいほうじ茶だった。

 もらった中園も一口貰って目を輝かせた。


「うめぇ~~~マッチング~~~~」

「これは旨い。それに大学芋に合う。ありがとう、穂華さん」

「でしょでしょ? 地元の番組のロケでね、ほうじ茶を焙煎するマシン見てきたの。すごかったよー」


 そういった穂華さんは水筒を机においてにっこりと微笑んだ。


「これでお話聞いてもらうくらいのお仕事したかな?」

「え?」

  

 俺は飲み干したカラのコップを片手に固まった。お話聞く? 

 なんだこれは賄賂だったのか。

 横でケラケラと中園が笑っているが、その間にも穂華さんは俺の横に座りスマホを開いた。


「JKコン知ってる?」


 その表情は真剣で「支払い終わったから当然だよね」というオーラさえ感じる。

 まあ吉野さんの友達だし……と俺はスマホ画面をのぞき込んだ。


「名前だけ聞いたことあるけど、よく知らない」

「女子高校生コンテスト、略してJKコン。ここで優勝すると花印とかメイセーとか有名所のCMが自動的に決まるんだよね」

「ああ……なんかすっごい気合いが入ったCM見たことがあるかも」

「去年の花印のCMでしょ?! あれ『君が消えるまで』撮った監督が作ったんだよ、すんごく可愛くなかった?」

「ああ、そうなのか」


 『君が消えるまで』は去年の泣ける映画として有名だったので配信で見たけど、たしかに雰囲気がすごく良かった気がする。

 映画監督にCMを撮ってもらえるのは、確かにすごいフェスだ。

 でもそれと俺と、何の関係があるんだろう?

 穂華さんはスマホをツイツイといじってエントリー画面を見せた。


「このJKクイーンの部門は、もうすっごいの。日本中の有名高校生が全力でぶん殴りにきてる」

「おおー……この子も、この子も、テレビで見たことがある」


 もう投票が始まっているのか、TOP画面に載っている子たちは現在ドラマや映画、動画サイトでもめっちゃ見る子たちだった。

 次元が違う可愛さと投票数で圧倒される。

 穂華さんはそれを見て首をふり、


「ここはもう魔王城。私みたいな雑魚レベルじゃ足を踏み入れることさえ許されないの。でもね、ここ。学校の部活部門」

「へえ。青春JK部門。学校で輝くあの子……なるほど。身近な子たちが増えてきたね」


 そこには野球部のマネージャーや、クラスで一番可愛い子、バスケ部のあの子……など、学校で有名な可愛い子たちがエントリーされていた。

 中園は横から顔をつっこみ、


「こういう子のが良いよなー。ガチ部門はもう顔が怖い。身近にいるちょっと可愛い子くらいが推せるよなー」

「さすが中園先輩、その通りです」


 中園先輩?

 おかしいな、俺は辻尾っちなのに?

 吉野さんと同じ枠だから?

 若干不思議に思うが、まあいいか。

 穂華さんは続ける。


「それにこれは学校名と明かして部活単位でエントリーしなきゃいけないから、敷居が高くてそんなにライバルがいないの」

「部活でエントリーか。たしかにハードルが高いかも」


 俺の言葉を聞いて穂華さんが両手をパンと叩いて拝むように俺を見てきた。


「辻尾くんが作った紗良っちの動画も、クラスで水風船投げてた動画も、すっごく良かった。マジで良かった!!」

「あ、ありがとう」


 特にクラスで旗を作った時の動画は、撮ってる時に楽しくなってしまい、上から下から、水風船が割れるところまでスローモーションを用いて、それは楽しく作ってしまった。インスタに上げた動画は万越えのいいね!が付き、知らないやつらからのフォローが増えた。

 穂華さんは続ける。


「儚くて高校生っぽくて、エモエモのエモだったよ。色も淡くてさ、文字も可愛くて、テンポも良くて今風だった! あれを私に作ってくれないかな!? もう事務所は全然推してくれないから、学校から出たほうが絶対良い順位に行ける気がするの。お願い辻尾くん!!」


 ここまで褒められて嫌な気持ちにはならないけど、たくさんの問題点がある。

 俺は座りなおして穂華さんを見た。


「俺さ。バイトしてて学校終わったら即行きたいんだ。それをやめる気はない。それに部活単位でエントリーって言ってるけど、部活に入るつもりないから、悪いけど手伝えないな」


 体育祭委員の仕事も終わったし、正直少しでも早くバイト先に行って吉野さんと会ってふたりになりたい。

 それにうちの学校の部活はどこも厳しくて有名だ。この話だと映像部とか演劇部とかそこら辺に入って作る必要がある。

 そもそもうちは芸能コースがあるから、そこに所属してる子がその部活から出る気がする。

 ひとつの部活からはひとりしかエントリーできないみたいだから、色々とナシだ。


「映画部が三年前に潰れて、部室がそのままになってるのを知ってる?」


 振り向くと後ろに吉野さんが立っていた。


「紗良っち~~。辻尾っちを説得して~~。青春JK部門で出たいんだけど、辻尾っちがバイト行きたいから嫌だって」

「アルバイトは、社会勉強にもなって良いけれど……」


 そう言って吉野さんは俺の左側の席に座った。

 穂華さんはスマホを掴んで俺の右側の席に座り、


「紗良っち、さっき言ってた映画部って何?! 潰れたの?」

「そう、三年前に潰れて部室がそのままらしいわ。専門棟三階の物置横。内田先生にこの前パソコンの片付けを頼まれたの。でも私PC全然詳しくないから、辻尾くんに一緒に頼めないかな……と思ってたのを話を聞いていて思い出したの」

「え?! 部活の復活って届け出一枚だよね?」

「そうね。簡単だと思う」


 吉野さんはそう言って俺のほうを見た。

 ええ……? これは吉野さんも穂華さんを手伝ってほしいってことだろうか。

 戸惑っていると、吉野さんは目を細めて、


「高二になったし、私に何が出来るのかなって考えることがあって。お昼だけでも色んな活動を学校でしてみるのも良いかなって思ったの。体育祭委員の時も楽しかったし、辻尾くんと穂華でやれたら『学校でも楽しいかなって』」


 そう言って吉野さんは俺の腕に少しだけ身体をくっ付けてきた。

 これは……学校で悪い子にしてほしい宣言の続き……? 

 俺の心臓がばくりと大きく動いた。それに映画部の部室は専門棟三階って、誰も来ないので有名な場所だ。

 再び完全にヨコシマな俺が顔を出す。

 陸上競技場でしたキスは、正直めちゃくちゃ興奮した。


「あの部屋女子に誘われて何回かこっそり入ったけど、結構良いゲーミングPC置いてあったぞ。俺も塾行かないなら部活入れって母ちゃんにめっちゃ言われてるし、幽霊部員しよっかな。いいじゃん、やろうぜ」

 

 そう言ったのは中園だった。

 女子に誘われて何回かこっそり入った?

 なるほど、ここはスルー推奨。でもそれくらい誰もこなくて有名な場所だ。

 ということは母ちゃん対策に中園も入るの? まあいっか。いつの間にか近くにきていた平手も小さく手を上げた。

 うちの古くからある部活は入るのも続けるのもキツいけど、新規で始めた部活はわりと緩い。

 それに誰も来ない部屋で吉野さんとふたりになれるタイミングが増えるなら……。


「……とりあえず明日の昼休み部室見に行こうか」

「辻尾っち、ありがとうううう!!」


 そういって俺の横で穂華さんが目を輝かせた。

 吉野さんは相変わらず俺の横で腕にピタリと身体を寄せている。

 ごめん穂華さん、俺と吉野さんは完全にこっそりイチャイチャ目的だし、中園は間違いなく学校のPCでダラダラしたい。

 平手はゆっくり漫画読める部屋が欲しいって言ってた。

 穂華さん以外は別の目的を持ってるけど、そういえばこの前吉野さんは「私に何が出来るんだろう」って言ってた。

 色々チャレンジしてみたい……その一部なのかなと俺は思った。


 

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