第29話 私って?


「え。すごい、これ、全部辻尾くんが作ってるの?」

「そう。最近写真は信用されないんだよ。加工が簡単になりすぎてさ。動画が大切なんだ」

「すごい……これ写真加工の動画版みたいな感じ?」

「むしろ話してる雰囲気をわりと重視してるかな、もちろん顔色とかも大切なんだけど」


 辻尾くんは動画を再生して、器用に加工していく。

 顔色が悪かった女の子たちの肌が白くなり、華やかに……なによりカメラに楽しそうに話しかけている。


「これ撮影も辻尾くんがしてるの?」

「そう。俺が一回撮った動画の評判が良くて……いやわりとお姉さんたちにバカにされてたんだけど、素顔が見えて良かったみたいで、そこから定期的に頼まれてるんだ」

「……すごい、雰囲気がよく分かるよ」

「写真だけよりお客さんが増えたみたい。少しはお金になってるし、撮影は楽しいかな」


 動画の中で辻尾くんは「最近行ったオススメ温泉は?」とか「浴衣派? パジャマ派?」とか、女の子が答えやすい質問をちゃんとしている。

 女の子たちは「最近銭湯にハマってるんだ~」とか「この前真っ黒なお湯だった! 入ったことある? てか銭湯行ったことある?」とか身近な話を楽しそうにしている。

 加工された写真より全然可愛くて、お店にきたらこういう風に話せるのか……と自然に思えそう。

 この子に会ってみたいって見てて思える動画。

 それが長いのではなく30秒以下に上手にまとまっていた。


「……辻尾くんすごい」

「いやいや、オモチャにされてるだけだと思うけど」

「そんなことない、全然、そんなことないよ。なんかすごく分かった……こういうことしてるから、辻尾くん私にも優しいんだね」

「え……いや……吉野さんは特別だけど」

「!!」


 突然真顔で「特別」と言われてドキリとしてしまった。

 辻尾くんはすごく真面目な顔して、こういうこともわりとサラリと言うから驚いてしまう。

 嬉しくなって横に立っていたけど、辻尾くんが座っている椅子のよこに小さくなってみて、


「……嬉しい。私も、辻尾くんが特別」


 とちゃんと伝えてみた。

 最近の私のテーマは『思ったことをちゃんと口にする』。

 言ってみるとほら、辻尾くんは嬉しそうに目を細めてくれた。

 ふと気がつくとパソコン奥の扉が少しだけ開いていて、店長さんがずっと見ていた。


「学割のラブホ知ってるけど、割引チケットあげようか?」


 その言葉に辻尾くんは席から立って叫ぶ。


「店長!!! すいませんでした、バイト時間始まりますね、分かります!!」

「ここでエッチするなら鍵かけてね? 俺そういうの理解あるタイプだから。別に俺は外から開けられる鍵持ってるから」

「店長?! 外から開けられる……そんな鍵あるんですか? 俺知らないですけど。ていうか色々とよくないですよ、そういうの!!」

 辻尾くんが声を張り上げて店長さんが爆笑した。いいな、このお店。

 私もここで働きたいけど、時給がちょっと安い。

 それが譲れなくてここまで来てる。それにさっき運ぶようのリュックを背負ったけどすごく重たかった。

 それに辻尾くんがこうして近くにいると甘えちゃって、大好きで、仕事にならない。

 私はご飯のお礼を言って自分のバイト先に向かった。

 この街でバイトを始めた時は心細かったけど、信用できる人が近くにいるのってすごく安心できる。




「……お寺って、本当にお寺なんですね」

「そう、本当にお寺なのよ。でもねー、お寺さんって地域に長く根付いてるからものすごく重要なの。それにここは幼稚園も併設してるから」

「知らなかったけど、結構あるんですね、こういうの」

「税金がね~~優遇されてるからね~~」


 お母さんは目を細めて私のほうを見た。

 今日は事前に頼まれていたお寺の奉仕清掃だ。

 どうして食事がすごく嫌なんだろうと考えた結果、当然だけど美味しいものを食べるのは好きだと思った。

 この前食べた店長さんのカレーもすごく美味しくて楽しかった。

 じゃあなんでそんなに嫌なんだろうと考えて、あの食事と一緒にある討論会が嫌なんだと分かってきた。

 少し気がついてきたんだけど、私はそれほど人と話すのが好きじゃない。

 たぶん……ものすごく話している相手の気持ちを、言葉を、その先を想像して話してしまうからだと思う。

 こう言ったけど大丈夫かな? 嫌われないかな? 怒られないかな? いつもそう気にしてるから、人と話すとものすごく疲れる。

 怒られないって思えるのは辻尾くんだけで……だからすごく気が楽なんだと思う。

 お母さんと一緒にお寺の住職さんに挨拶をして回る。

 お母さんの後ろについて『よい子』をするのは慣れている。

 それに清掃は自分の意見など求められないから良い。


「じゃあ、本堂の裏側の雑草抜きをお願いしても良いですか?」

「わかりました」


 住職に頼まれて軍手をして裏庭に回った。

 このお寺は幼稚園を併設してることもあって、とにかく敷地が広い。

 今日はお母さんの支援者や地域の人達もみんな来て、一斉清掃をしている。

 お母さんは清掃をしながらも、地域の人達と話して案を出したりしている。

 こういう地味なことを続けていく先に議員という席があり、そこから先に、お母さんが本当にしたいことがある。

 ブチッと雑草を引き抜いて思う。

 そんなのすごく先まで頑張らなきゃいけなくて、つらそう。

 引っこ抜いた雑草をゴミ袋に入れながら思う。

 

「紗良! ここにいたの。幼稚園のみなさんが来るまでにここら辺キレイにしちゃいましょう」

「はい」


 私はお母さんと一緒に雑草を抜き始めた。

 お母さんは私の横で作業をしながら、


「この前、少し驚いたわ」

「え?」

「紗良が議員さんたちとの食事が苦手だなんて、本当に知らなかった」

「ああ……うん。でもね気がついてきたんだけど、食事っていうより、あの議論会みたいなのが苦手なのかも」

「あら。楽しいじゃない。これからの世界は自分の意見をしっかり言って行かないとダメよ。人の言いなりになって、それに何の文句も言わずただ生きていくだけの人生はもうおしまい。主張を持って、ひとりの女じゃない、人間として立って生きていかないと。男も女も関係なく生きていく時代にしていくのよ。ちゃんと自分を持たないと。こういう場所はそのための練習でもあるのよ」

「うん……」


 お母さんがいつも私に言っていることだ。

 ニュースを見ていても、新聞を読んでも、これについてどう思うか意見を求められる。

 どう思うかって……その時私がぼんやりと考えていたのは「そろそろ駅前のスーパーに抹茶のお菓子が入ったかな」だった。

 でも友梨奈はお母さんに聞かれてもすぐに自分の意見を……ダメダメ、また比べてる。

 私はブチッと雑草を引き抜き、


「……人前で話したり、自分の考えを言ったりするのは、そんなに好きじゃないかも」

「得意じゃないことがあってもいいわ、当然よ。お母さんも運動は全部苦手。でもディベートは好き。じゃあ紗良は何ができるの? もう高校二年生よ、考えてね」


 お母さんはそういって、遅れてきた幼稚園の人達と笑顔で話し始めた。

 そんな……何ができるのなんて……色々頑張ってるけど、それじゃダメなのかな。

 雑草をぶちりとちぎった時に、辻尾くんの顔が浮かんだ。

 辻尾くんは……人と話すのがすごく得意で、あんな風に動画も作れる。

 私は勉強は頑張れば点数が取れて、頑張れば運動もギリギリ、人と話すのはそんなに得意じゃないけど頑張ればできる。

 全部頑張って、ギリギリなんとか。

 じゃあ何ができるの?

 お母さんの言葉が私の頭の中にすみついた。




「ええ? そんなこと考えたこともないな」


 バイト終わり。

 近くで待ち合わせして会った辻尾くんにそのことを話したら、辻尾くんは顔を思いっきりゆがめて「はあ??」という表情で言った。

 私は辻尾くんの服の袖を引っ張り、


「でも……辻尾くんは人と話すのが上手だよ」

「エーー?! ちょっとまって、吉野さん、学校でメチャクチャちゃんと人と話してるよ」

「でもそれは頑張って……」

「いやいや、俺も頑張ってインタビューしてるよ。めっちゃ緊張してる、毎回変なこと言ってないかドキドキしてるよ。冷静な声に聞こえたかも知れないけど内心ひやひやしてるよ」

「……私も、同じ」

「そうだよ、何ができるなんて考えたことないよ。とりあえずやってみたいからやってみて、大変だけどなんとかしてるだけ。その場その場のギリギリ対応だよ」

「……あはは、あはははは!! うん、私もそうかも。あれ? 私何を悩んでたんだっけ」

 

 笑うと辻尾くんが私の手を優しく握ってくれた。

 

「俺はもうなんていうか……今日は吉野さんと何を話そうとか、手を繋ぎたいな、とか、そんなことしか考えて無い」


 その言葉が嬉しくて、辻尾くんの手を強く握る。


「私はね、何ができるのってお母さんに言われて、駅前のスーパーで抹茶のお菓子入荷したかなって思ってた」

「抹茶好きなの? あれ苦くない?」

「えーー?! それは美味しいのを食べてないからだ。今度いこう?」

「うん」


 私と辻尾くんは手を繋いで駅に向かって歩き始めた。

 口に出してみると、私が感じていたことなんて、他愛がないことだった。

 ひとりだったら、またぐるぐる考えて逃げ場なくて胃を痛めていたかもしれない。

 私、話すのが苦手だと思ってたけど、辻尾くん相手なら好き。

 もっともっと、たくさん私のことを知ってほしいの。

 

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