第28話 バイト先で一緒に(陽都視点)
「紗良ちゃん体育祭おつかれさま。めっちゃかっこ良かったわ!」
「ありがとうございます!」
「あとずっと心配だったんやけど、カフェの店長に無茶なことされてへん? なんかあったらおじさんに言ってな」
「今のところ平気です。むしろあれですよ? うちの店長、怯えてて、私とおじさんがどういう知り合いなのか聞いてきてますけど……」
「そんなん『めっちゃ知り合い』って言っといて。アイツはキツめにシメんと、すぐに忘れて悪さする。三歩歩いたら全部忘れる」
「本当に助かりました」
「食べてってな」
うちの店長は常連にしか出さない『とにかく辛いカレー』を吉野さんに出した。
えー? このカレー、店長がスパイスを仕入れて作ってるヤツでとにかく辛い。食べると全ての毛穴が開くように汗かくんだけど。
俺は吉野さんに少し近付いて、
「大丈夫? このカレー本当に辛くて汗かくけど」
「このあと着替えるし、辛いの大好きだよ」
「えー? 一口食べて無理なら俺が食うからさ」
吉野さんは「じゃあ頂きます」と店長カレーを口に入れて目を丸くした。
そして「(かっら! でもおいしっ!!)」と口を押さえたままモゴモゴと話した。
今日は日曜日で、午前中いつも図書館で勉強して、外でご飯……と思ってたんだけど、店長に「運動会頑張った紗良ちゃんにご馳走したいから連れてこいや」と言われて連れてきた。
貴重なふたりでゆっくり出来る時間を邪魔して……店長め……と思うけど、吉野さんはうちの店長と話すのが楽しいらしい。
まあ俺にとっても第二のお父さんみたいな人なので、吉野さんが気に入ってくれると嬉しい。
店長は水を注ぎながら、
「紗良ちゃんのお母さんって、あの人なんだね、吉野花江さん」
「あ、はい、そうです、ご存じなんですか?」
「いや体育祭を見てた綾子さんがさ『花江さんの娘さんか』って言ってたから、綾子さんは知ってるみたいだよ。なんか色々やってるんだって?」
「そうですね、教育関係の本とか出してますし、NPOの代表もたくさん務めてます」
「あーー、綾子さんが知ってるとしたらそっち関係かも」
「なるほど」
俺は頷いた。
ばあちゃんは地元で貧困層向けの無料塾や、家をなくした女の子たちを保護するマンションを持っている。
そっち関係はNPOも関係していた気がするから、花江さんを見たことあっても変じゃない。
なによりばあちゃんと花江さんは同じ系統の人種だと見て思った。
人間の真ん中みたいな部分が強烈な人。そういう人を俺は結構しってて、あのふたりは同じジャンルの人だ。
吉野さんはカレーをきれいに完食して、
「辻尾くんのおばあさま……綾子さん、お会いしてみたいです」
「綾子さんは店にはほとんど来ないんだよ。今度くる日が分かったら陽都に連絡入れさせるよ」
「ありがとうございます」
吉野さんはそういって笑顔を見せた。
花江さんが苦手なら、うちのばあちゃんも苦手な気がするけど、こう上手く言えないけど同じジャンルだけど、方向性が違うから大丈夫なのかな。
同じ辛いでも中華とカレーみたいな?
俺が花江さんを見てあまりなんとも思わないのは、ばあちゃんで慣れてるからだと思う。
それに吉野さんはいつだって頑張っちゃう人だから、会いたく無くても、気を遣って「会いたい」と言いそうで不安だ。
そんなの何も関わらなくていいから、俺の横で笑っていてほしいと思ってしまう。
店のパソコンに通知が入って店長が唐揚げを詰め始めた。
「注文入った。陽都行ける?」
「いけます」
俺は食べていた唐揚げを口にねじ込んで立ち上がった。
すると吉野さんもペーパータオルで口元を拭いて、
「あっ、じゃあ……お邪魔だと思うけど、私も一緒に配達行ってもいいですか? 辻尾くんが背負ってるリュック、私も背負ってみたいです」
「おっ! じゃあその隣もオーダー入ってるから頼んでいい?」
「はい!」
そう言って吉野さんは笑顔を見せた。
吉野さんも一緒に? 俺は唐揚げが入った保温リュックを吉野さんにも背負わせた。
「結構重いけど大丈夫?」
「大丈夫! わ、こんな感じなんだね。後ろに引っ張られる!」
「スクエアだからちょっと重心狂うけど」
「ううん、行こう。わあ、楽しい!」
そう言って俺と吉野さんはリュックを背負って店を出た。配達先は通路を三本ほど行った奥の店だ。
二店舗とも普通のキャバクラだから、店に入った瞬間におっぱい丸出しの女の子が出てきたりしないから安心だ。
吉野さんはリュックの肩紐をギュッと握って、身体が上下に動かないように、リュックが揺れないようにサササと走っているように見える。
俺は思わず笑ってしまう。
「忍者みたい」
「なんかほら、中で唐揚げがひっくり返っちゃうかもって思うんだけど」
「固定してあるし、専用のパックに入ってるから大丈夫だよ。俺もカレーの時は少し丁寧に運ぶけど」
「このリュックでカレーも運ぶの?! 絶対べちゃあああってなっちゃうよー」
ふたりで笑いながら道を走り、順番に配達した。
そして軽くなったリュックを背負って、少し遠回りして店に戻ることにした。
帰り道……俺はふと気がついてビルとビルの間の抜け道に吉野さんを誘った。
外階段しかなさそうに見える空間の奥に実は道があって、ここを入って、裏側からしか登れない階段の二階に向かう。
吉野さんは鼻をクンクンさせた。
「んんっ、なんか甘い匂いがする。こんな路地裏で?! すごく甘い、それに揚げてる匂い!」
「すごい、正解だ。実はこのビルの裏階段から入ったところの二階にさ……ほら、チュロスだけ売ってる店があるんだよ」
「えーー?! なんでこんな所に?! もっと表でお店しないとお客さん来ないよね?!」
「夜は居酒屋してる店なんだけど、昼間は裏口だけ開けてチュロス売ってるんだって。なんか働いてる人が店でこっそり出してたんだけど評判になって、昼も営業始めたんだってさ。俺も最近知ったけど、これが旨いんだよ」
店の前にいくと、どこの国の人なのかわからない……肌が黒くてとにかく身体中に色んなアクセサリーを付けた方が、
「シナモン? シュガー?」
とだけ聞いてくる。俺はこの前食べて美味しかったシナモンを二本頼んだ。
すると小窓から二本のチュロスと電子マネーをタッチするマシンが出てきた。
毎回思うけど、闇取引感がスゴすぎる。俺はスマホで支払って一本を吉野さんに渡した。
揚げたてでふわふわのカリカリで、シナモンがたっぷり付いていてものすごく旨い。
最近風俗の女の子たちに「唐揚げついでにチュロス買ってきて! 金は二倍はらう!」とオーダーを受けて知った。
小さくて口に付かなくて、口紅した状態で食べやすいからはやっているらしい。
吉野さんはそれを食べて目を輝かせた。
「サクサク! それに脂っこくない! カレーのあとだとすごく甘く感じる、美味しいーー!」
「カレー大丈夫だった? 無理して食べなくていいよ? あのカレーまじで辛いから」
「ううん。本当に大丈夫だったけど、口の中がカレー!! ってなってたの。でもこれで甘くなった。ありがとう気にしてくれて」
そう言って吉野さんは非常階段をピョンとおりた。
ヒールがカツンと高い音を立てて階段に広がる。
金色のウイッグを揺らしながら吉野さんは階段を一段一段下りながら口を開く。
「運動会の後ね、お母さんと少し話してみたんだけど、私が食事が苦手って言ったこと、本当にそんなに気にしてなかったの。驚いちゃった」
「良かった。気になってたんだ」
あんな風に言い切って大丈夫だったのか心配してたけど、朝から元気だったから大丈夫だったのかな……と思っていた。
俺も予想外だった。吉野さんの話を聞いていたので問答無用で連れて行くのかと勝手に思っていた。
吉野さんはうつむいて少し静かな表情で、
「やっぱり、お母さんの言うことに反対の意見を言うのは、嫌われたらって……すごく怖い」
「うん」
「それでも私は、私の言葉を少しずつ取り戻すって決めたの。だって辛くなってもこうして辻尾くんに甘えられる」
ビルの隙間、本当に少ししか光が入ってこない切り取られた空の下、吉野さんが俺に向かって手を伸ばしてきた。
俺はその小さな細い手を握った。吉野さんは嬉しくて仕方が無いという笑顔で目を細めて、俺と一緒に非常階段を下りた。
ビルの隙間に入ってきた夕日が今日の終わりを知らせて、24時間居続けるカラスたちがゴミバケツをつついている。
狭くて汚いけど、誰もいない、ふたりっきりの空間だ。
吉野さんは「えい!」と最後の階段を下りて振り向いた。
ウイッグの金色が夕日を飲み込んでキラリと光った。
俺は光と共に、握られた手と一緒に吉野さんを引き寄せた。
吉野さんは俺の腕にネコが甘えるみたいにスリスリと頬をすり寄せる。
そして「んしょ」と背伸びをして、俺の頬に軽くキスをした。
「えへへ」と背伸びを戻して、
「口の中がカレーとチュロスが混ざってて、今日の甘えんぼはこれが限界なのだー」
そう言って俺の腕に再びしがみついて口を尖らせた。
ああ、ものすごく吉野さんが可愛い。すごく可愛い。
俺は吉野さんと手を繋ぎ、裏路地を歩き始めた。
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