第25話 体育祭ークラス対抗リレー
クラス対抗リレーは、二年A組からE組の5チームで戦う。
走るのはクラス全員だ。
つまり極端に足が遅い子も、速い子も、一緒に走る。
得点が大きいこともあり、クラス一丸となって走る順番を決めて練習してきた。
最初に速い子を入れるのがいいか、最後にまとめるか、どうしても走るのが苦手な子をどこに配置するか……。
他のクラスも変えてくるので、こうすれば絶対勝てる……ということはないけど、うちのクラスは前半にとにかく速い子を詰め込んで距離を稼ぎ、中盤に遅めの子、そして後半で逃げ切ることにした。
クラスの人数が一番多い所に走る人数を合わせる必要があり、うちのクラスは生徒数が少ないので数人が何度か走る。
俺もそのひとりで、前半と後半に二度走る。
熊坂さんも二度走ることになっていたが怪我してしまい、そこは吉野さんや他の子で補充された。
400mが最も速かったのは、吉野さんがすごく頑張ったからだ。
それがこんなことに繋がるなんて……。
頑張ったらそれで終わりじゃないなんて、頑張りたくなくなる。
それなのに吉野さんは……と考えて、包まれた頬に触れた指先の感覚とか、その指先が涙で濡れていたこととか思い出す。
そして俺に触れた唇……。
「っ……ちょっとまて」
あの場の勢いで、なんかメチャクチャ色んなこと言って、しかも俺からしたキ、キスは、事故のような強引さだった。
当然はじめてしたキスで、あんな顔面ぶつけるみたいなことして、大丈夫だったのか?
今頃になって地面に潜り込みたいほど恥ずかしくなってきた。
それに吉野さんが、俺にキスを、いや俺がしたからか。
……なーーーーんかカッコイイことばっかり言っちゃった気がするけど、恥ずかしくなった。
大丈夫だったか、俺。
列に並んでいる吉野さんを見ると、吉野さんも俺のことを見ていて、目があった。
そして目を細めて小さく手を振ってくれた。
あの指先が俺の頬に触れて、あの唇が……。
俺は日比野の肩に肘を乗せた。日比野はお調子者だけどサッカー部でクラスで一番足が速く男子側アンカーだ。
「おう、どうした辻尾、緊張してきた?!」
「……日比野はやっちゃったけど、穴に隠れて叫びたいほど恥ずかしくなったことってある?」
「俺小学校の時に校内放送で保健の先生に告白したことあるぜ」
「おっと、わりとすごいのがきたな」
心を癒やそうとして人の黒歴史を聞こうと思ったら、予想以上の黒歴史が飛び込んできた。
日比野はドヤ顔で、
「先生が俺の膝をさーー、すっごい心配してくれて親が『なんでもない』って言ってた怪我、わりとヤバかったんだよ。あの時先生が病院連れて行ってくれなかったら今の俺はいないね」
「あれ。黒くないな、わりといい話だな」
「だから俺は校内放送で、愛のラップを歌った」
「黒かった」
「あの時はやってたじゃん『キミに伝える愛のラップ』」
「あったなー……」
「『先生がいてくれてっ、ほんと感謝感謝! いっぱい大好きサンキュー!』」
「ありがとう、日比野、元気になってきた」
「おっ、日比野ラップの話? あの日の給食マジで伝説。先生たちみんな床に転がって笑ってたぜ」
俺たちが黒歴史トークをしていたら、塩田がニヤニヤしながら来た。
塩田はあまり足が速くないので、真ん中あたりで走ることになっている。
塩田が日比野ラップを歌い、日比野が踊り、中園はそれを「うるせぇバカ!!」と後ろから蹴飛ばした。
いつ通りのクラスの空気に、さっきの空間が、キスが嘘だったんじゃないかと思えてしまう。
でも……嘘にはしたくない。俺は吉野さんが好きだ……ともうすごく強く思えて、それが何というか、すごく『頑張ろう』に繋がっている気がする。
俺は屈伸をして顔をあげた。調子ヨシ、走るぞ!
このリレーは個人のタイムも得点に加味されるし、競技の中で最もポイントが高いので、優勝すると一位になる確率はぐっと上がる。
一時間前から得点表示はシークレットになっていて、今どこの組が一番勝っているか分からないが、午前の時点ではD組に次いで2位だった。
さっきからサブグラウンドに待機してるけど、横にある陸上競技場では吹奏楽部が演奏してダンス部が踊る演技を発表していて、最高に盛り上がっている。
聞き慣れたヒット曲が青空に抜けて、満員の観客たちの歌声が響く。
本当にうちの高校の体育祭はお祭りだ。
「よっし、二年生移動するよーー!」
進行係が声をかけて、俺たちは「おーーー!」と叫んで陸上競技場に向かって歩き始めた。
陸上競技場に入る瞬間はいつも緊張する。
中学の時も、この瞬間は特別だった。暗い通路を抜けた先にある明るさ、広さ、そして降ってくる圧倒的な歓声。
選手を出迎えるために小学校中学校高校大学までの吹奏楽部が演奏を続けて、ダンス部が踊っているのだ。
それに合わせて観客席はクラス旗が舞い、応援団が声を張り上げている。
これは走り慣れている俺でも緊張する。
リレーは一人200m走るので待機場所は二カ所だ。俺と日比野は前半一度走って、後半も走る。
吉野さんは反対側だ。チラリとみると、真剣な表情で靴紐を結び直していた。
歓声が響く渡る陸上競技場で一番手の人たちがスタートラインに並んだ。
みんな一番手はわりと速い男子を並べている。
スターターが手を上げて真っ黒なピストルが空に向けられる。
応援の曲も歌も、この時はピタリと止む。
空気が張り詰めた瞬間に、ピストルが高らかに鳴らされて、同時に一番手の選手たちが走り始めた。
うおおおおお! と観客席から一斉に歓声が上がった。
ドン!! とすぐに大きな太鼓の音が響き、ラッパが鳴り、応援団の声が響く。
一番手の選手が走って行く。一位はD、うちのBは二位だ。
Bは4番手まで男子生徒……しかもかなり速い人を前半に入れる作戦にした。
というかむしろ、中盤に速い人はいないので、それまでにかなり距離を稼がないと、吉野さんまでに追いつかれてしまう。
俺がもう少し足が速かったら、吉野さんに渡すアンカー前……日比野になれたのに……と思うけど、日比野はメチャクチャ速いのでここは任せる。
まずは前半の出番だ。順番を見てレーンに入る。
三番手のAは結構近くまで来ている。なるべく離したい!
何度か練習しているので、後ろも振り向かずに最初から全力で走り出す。差し出した手にバトンがスッと入ってそのまま加速した。
おお、すごく良い感じにつなげた。足が上がって気持ちが良い。そのまま加速してDにあと一歩の所まで近付いてバトンを渡す。
次の五十嵐はどんどん追い上げて、そのままDを抜いて我らB組は一位になった。
そのまま日比野が受け取って、さらに加速、どんどん距離を稼いでいく。
「ッシャーーー!!!」
日比野が走り込んできた。その頬は高揚していてテンションが超上がっている。
俺とハイタッチをして、もう走った順番のガムテープを取る。
これは走る順番に身体に貼っているもので、順番ミスをなくすためのものだ。
俺と日比野は後半にもう一度走るので、そのまま場所を移動する。
すると俺の後ろに吉野さんが居た。
「辻尾くん、すごいっ!! すごかった!!」
「……うん。吉野さんも頑張って」
「うんっ!! みんながタイム稼いでくれてるから逃げ切れるように頑張るね!!」
「もう少し稼げるように、頑張る」
「うんっ!! B組がんばれーーー!」
速い組が走り終わり、ここから6人ほど足がそれほど速くない組だ。
E組は中盤に足が速い人を全員投入してきたので、ここで一気に順位を上げてきて、Dを抜いて二位に浮上してきた。
一位が我らB組、二位がE組。
走るのが苦手な塩田もなんとか抜かれず走りきり、かなり追い上げてきているEからほんの少し差がある状態で再び俺の順番がきた。
俺が走り、日比野が走り、その後アンカーの吉野さんだ。
俺の背中の体操服がギュッ……と引っ張られた。振り向くと吉野さんが、俺の体操服を引っ張っていた。
そして掌を見せる。ハイタッチ……ならみんなの前でしてもおかしくないかな。
俺も掌を見せると、吉野さんはパンッ……と掌を当ててきて、そのまま指の間にギュッ……と自分の指を入れてきた。
心臓がばくりと音を立てて、歓声が遠ざかる。
吉野さんは俺の手を強く握った。まるで自分の体温と俺の体温を混ぜて、ひとつにするように。
本当に数秒だったけど、俺にはものすごく長く感じた。
そして吉野さんは祈るように閉じていた目を開いた。
「頑張って!!」
「おう」
掌に残る体温そのままに再びレーン入る。
E組との差、2m……ほんの少しでも離して吉野さんに繋げたい。
さっきと同じように振り向かずに加速する。手にパシンと冷たい感覚……バトンが入った。
さっきまで聞こえていた歓声は何も消えない。
たださっき吉野さんが握ってくれた掌の感覚、体温だけがバトンに残っている気がして、そのまま強く握る。
足をあげて踏み込んで、ただ先で待つ日比野の所に全力で行く。
日比野とは結構練習してきた。日比野はテンションが上がっているのか、最初からトップスピードで加速していく。
はええええ!! 全力で間に合わせる! 最後の力を振り絞って加速して日比野にバトンを渡した。
そのまま日比野は飛ぶように速く駆け出していく。
俺の横を他の選手たちが高速で走り抜けて風が空に向かう。
グラウンドに戻って日比野を見ると、丁度吉野さんにリレーする瞬間だった。
日比野は吉野さんに「とにかくこっち見ずに全力で加速して! 俺がぜったい間に合わせるから!!」と断言していた。
吉野さんはアンカーのたすきをなびかせて、加速、そのまますさまじい速度で飛び込んでくる日比野からバトンを受け取って走り始めた。
ぶっつけ本番でなんとかなった!!
D組との差はさっきより少し開いて3m。でもE組のアンカーは女子バスケ部で有名な選手だ。
身長が小さくて足が速い、吉野さんのほうが身長はあるけど、間違いなくすばしっこいのはE組だ。
でも吉野さん……400m走った時より足が上がっている。身体も軽そうだ。
そのままカーブを曲がって更に加速。E組が近付いてくる、速い!
「吉野さんがんばれ!!」
「吉野さん、もうすぐだ!!」
「ファイトーーーー!!」
B組みんなで声を張り上げる、あと少し、もう5m、でももうすぐそこまでE組が来ている、あとちょっと!!
もう並ばれる、横にE組が来た瞬間、吉野さんは全力で走りそのまま身体を前のめりにゴールに飛び込んだ。
ゼッケンにはICチップが入っていて、どちらが速かったかはすぐに出る。
みんなが電子掲示板をバッと見ると、吉野さんが0.3秒速くゴールに飛び込んでいた。
「一位だーーーーー!!」
「うおおおおおおお!!!!」
B組のみんなが吉野さんに駆け寄る。日比野も塩田もみんな真ん中に出てきてハイタッチした。
「吉野さん、すげぇえええええ!」
「おつかれさま!!」
「すごーーい!!」
そこ声に吉野さんは小さく首を振る。
「みんなが稼いでくれた距離、守れて本当に良かった……ああ、良かった-」
そう言って笑顔を見せた。
さっきは走り終わってすぐに来賓席のほうを見ていたのに、今は一度も見ていない。
ただ俺たちと一緒にハイタッチして、クラスの真ん中で本当に嬉しそうな笑顔を見せている。
電光掲示板を見ると総合ポイントが表示されて、横でE組が飛び跳ねて喜んだ。
このリレーは個々のタイムが得点に加算される。一緒の順番で走った人たちの中で一番速かった人に追加得点があるのだ。
それを加味すると、リレーの優勝はE組になった。
これで残念だけど文化祭の飲食店を出す権利はなくなった。でも間違いなく一位でゴールしたのは俺たちだ。
俺たちはE組ともハイタッチをして、陸上競技場を出た。
俺の前では吉野さんが笑顔で走っている。
総合では負けたけど、勝負には勝った。なにより吉野さんが笑顔で良かった。
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