第18話 旗を作ろう
「今日の学活はクラス旗作りだよー。はい実行委員司会よろしく!」
内田先生に言われて俺と吉野さんは立ち上がった。
クラスの実行委員の大切な仕事に、クラス旗を完成させる……がある。
うちの高校の体育祭は2m×2mの巨大な布を使ってクラスごとに旗を作る。
その旗は総合競技のダンスで使ったり、応援合戦の時に使われたりする。
ユニークなのは一番最後にその旗をクラス人数に切って持ち帰る所だ。
長い紐になった旗をみんな手首に巻いて写真を撮り、それをインスタにアップする……そこまで含めてうちの高校の名物だ。
去年はただ布を渡されて「作って!」と言われただけ。困惑しつつみんなで雑に描いた。
他の一年生のクラスも同じような感じだったけど、二年生三年生の旗は気合いが入っていて、かっこいいなあと思ったものだ。
今まではこの旗の作り方の手順や説明は、クラスの実行委員に丸投げされていた。
だけど今年は実験的に、今まで作った旗の写真をまとめたデータを俺が作ったので、それを元に話し合うことになっている。
「では、今年は辻尾くんが今までの旗をスライドにまとめてくれたので、それを流しながら考えようと思います」
吉野さんが前に立つと、内田先生は机から拍手した。
「ありがとう辻尾くん、マジで助かった、最高!」
俺はその声に軽く頭を下げて、スライドを各教室にあるiPadに流した。
それは黒板横にあるテレビモニターに接続されていて、自動的に流れる。
音楽をつけて動画にすることももちろん出来たけど、そんなことしたら来年、再来年の人は扱えないものになる。
だからただ写真をまとめたフォルダーを作り、それを自動再生することにした。
「あー。これはめっちゃ絵が上手い人がひとりで作ってるねー」
「刺繍可愛い~~」
「いやいや、無理だろ。刺繍なんてできねーよ。家庭科の授業かよ」
「墨! 白黒ってカッコ良くない?」
「でもこれは完全にどっかがやるだろ」
みんながスライドを見ながら自然と意見を出し合う。
今まで十年間くらいの旗の写真は残ってたのに、見せてもらえてなかった。
でもまとめたことにより、こうして意見が活発にでるんだから、やって良かったなあ……としみじみ思う。
ただ問題は……。
吉野さんはスライドが流れた状態で教卓の前で口を開く。
「では、うちのクラスの旗のアイデアを募集します。なにかある方いますか?」
そういうと、シーーーン……とクラス中が静まりかえった。そう、毎回こうなる。
新しいアイデアを言うということは、その責任者になるということだ。
どう進行するのかも、アイデアを出した人が進めていくことになる。
それがイヤで去年なんて誰も一言も言わずに30分経過して、あの時間はなんだったんだ……と思うほど苦痛だった。 だから今年は吉野さんと話し合った。
「旗の責任者……メインにたつのは、私がやります」
「おお……」
クラスがどよめく。これは吉野さんが言い出したことなんだけど、結局一番最初に手を上げるのがイヤなだけで、作り始めれば、みんな勝手にやるじゃん? と。
去年もまさにそんな感じだった。みんな表に立つのが嫌なだけだ。
だったらもう前に立っている自分がその責任を引き受ける、と。
教卓に立っている吉野さんを後ろから見て思う。
本当に何もかも頑張ってて、責任を全部引き受けて、それなのにどこか劣等感があって……。
俺みたいなのでも役に立ちたいなあ、何か手伝いたいなあとこういう時にいつも思うが、今俺は黒板の横に置いてあるiPadをイジっているだけだ。
意見が出ないと黒板に書くこともない。
「
クラスの
塩田はクラスの中でも声も身体も大きく、言いたい放題のタイプの奴だ。
塩田は続ける。
「美術部ってこのためにあるんじゃないの? てかみんなに絵を見てもらえるならラッキーって思うのが本音だろ? 見て貰いたくて絵を描いてるんじゃないの?」
平手はクラスの中でも目立たない存在で、みんなの前で「俺の絵を見ろ」というタイプではない。
塩田はめんどうなことを押し付けようとしている……そんな空気だった。
平手は居心地悪そうに机を見たまま動かない。
吉野さんは助け船を出すように声を上げた。
「誰かひとりにやらせようとしないでください。責任は私たち委員会が取るので、誰かにさせる……ではなく、アイデアを出してほしいです」
「だって誰も何も言わないからさあ~」
塩田は押し付けようとしたことをまるで悪びれない。
クラスの空気が悪くなった瞬間、教室後方からポイン……と何かが投げられるのが見えた。
え? なんか飛んだ?
俺は思わず背を伸ばす。
その何か飛んだものは、塩田の頭に当たって教室内に転がったように見えた。
塩田が叫ぶ。
「いった!! なんだよ、ちょっと待てよ、誰が俺に……なんだこれ、何投げてんだ?!」
「あ、ごめんごめん。投げてみたら当たっちゃった。これよくない? 水風船。わりと頑丈だな、投げたら割れるって書いてあったのに」
「え?! 水風船?! は?! 中園やめろよ!!」
そう言って塩田は立ち上がった。
どうやら一番後ろから二番目の席……まあ俺の席の前なんだけど、そこに座っていた中園が塩田に向けて水が入った水風船を投げつけたようだ。
おいおい……それって。俺は苦笑する。
中園は机の引き出しからもう一個出して、手でポンポンさせた。
「これ昼休みに陽都と遊んでたんだけどさ。懐かしくない? 割りたくて作ったのに昼休み終わっちゃったよ」
陽都? 辻尾のことだよな?
一気に黒板横に立っている俺に視線が集まって、仕方なく声を出す。
「……久しぶりに駄菓子屋に行ったらまだ売ってて……楽しくなって買って筆箱に入れてたのを、中園に見つかってさ、昼休みに投げて遊んでたんだけど」
なんだよそれ、なんでそんな店に買い物に行ってるんだよーーー! とクラス中が俺を見て笑う。
実は吉野さんともっと子どもの頃の遊びをしようと思って、真っ先に思いついたのが駄菓子屋だった。
小学生の時に駄菓子屋で200円のお菓子を買って遠足にいったのをよく覚えていて、それを吉野さんしたら楽しいのでは……? と思ったんだ。
地元駅にあるんだけど、駄菓子とオモチャ、文房具や鞄とかがゴッチャになって売っているような雑貨店で、見に行ったら店はまだあった。
その中でも「懐かしい」と思ったのが水風船で、これで吉野さんと公園で遊ぼうと思って買ったのだ。
それを今日の放課後、委員会の時に吉野さんに見せようと思って筆箱に入れていたのを中園に見つかった。
アイツは週に三日消しゴムを忘れて、俺の筆箱から持って行く。なんなんだ。
でもまあ見つかったなら仕方ないなと楽しくなってふたりで昼休みに水入れて投げて遊んでたんだけど、全然割れないんだよな。なんか水風船分厚くなった? 俺が作るの下手になっただけ?
もっと水入れないとだめか? なんて言ってたら昼休みが終わった。
中園は手でそれをポンポンさせて、
「これに絵の具で色付けた水入れてさ、布に投げつけたらアートができるんじゃね?」
「面白いし、楽そう!」
「いいじゃん!」
クラス中が中園の案に同意して盛り上がってきた。
確かに絵を描いたりするよる楽だし、なにより楽しそうだ。
吉野さんは、
「じゃあ、水風船に色水入れて投げるのが基本で、その上にクラス名を描く……そんな感じでいいですか?」
「いいと思います!!」
クラスから拍手が上がった。
席に戻ると前の席の中園は手で水風船をポンポンさせながら、
「役に立ったな」
「お前……塩田の頭で爆発したらどうするつもりだったんだよ」
「さっき壁に散々ぶつけて大丈夫だったんだから、割れねーよ。アイツ前から思ってたけど、適当に言いすぎだろ」
「だよねえ~~~~」
クラスの中園が好きな女子たちがワイワイと集まってきた。
この女子集団、とにかく派手で押しが強くて、これはこれで俺は苦手なので席を立ってトイレに向かう。
すると廊下を出たところで平手に声をかけられた。
「……助かった」
「いやいや。マジで遊んでただけだから。大丈夫か?」
「塩田はああいうやつだ」
「いや、俺は絵を描けるヤツは単純に尊敬する」
「そっか」
平手は目に見えてほっとした表情を見せた。
俺たちはなんとなく話しながらトイレに向かった。
一回塩田みたいなヤツに目を付けられると学校生活は本当に面倒になる。
俺は中園がいるからかなり楽してると思うけど。
さあ吉野さんと旗作りの予行練習のために? 水風船で遊ぼうっと。
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