第6話 まっすぐに目を見て
「なんて恐ろしいPC……データ整理が楽しくて夢中になるレベル……」
「辻尾くん優秀! 先生ね、動画編集なんて全くしたことないのにダンス部の映像編集も押しつけられてるの。助けてくれない?」
「それはちょっと荷が重そうですけど、マジで人員不足がヤバすぎるっていうか、そういうのって教師は外注できないんですか?」
「全部サービス残業なんだよ……ほんとひどい、教師が何もかもできると世界は思いすぎだと思わない?!」
「とりあえずこのPCは使える所までします。これ使うの俺になりそうなので」
「助かるーー」
担任の内田先生は両手をパチンと合わせた。
今年は始まってすぐに2年A組の担任が入院したり先生たちも大変みたいだ。
そんなこと生徒の俺は知らないけど。
吉野さんとふたりの時間が作れるなら……と思ったけど、吉野さんはクラス旗の布発注のために三年生の人たちと店に行ってしまった。
PCオタクと外で活躍できる吉野さんが同じ委員に入ってもそんなに一緒に居られないのか……と絶望していると、吉野さんからLINEが入った。
『えーん、今日は17時に喫茶店行けないよ。まだ店で布の値段交渉してるの』
『俺も無理そう。PCがアホすぎて時間かかる』
今日は喫茶店で話せないのか……と少し落ち込む。
すぐに既読になって『ひらめいた!』のスタンプが踊った。
『ね、辻尾くん、どこの駅からバイト先行ってる?』
『西中央』
『私も! ね、駅からちょこっと一緒に歩かない? 少しだけでも今日のこと、顔みて話したいなあ』
『分かった。じゃあクッキー屋の前ね』『あ、交渉終わった、あとで!』
了解、とスタンプを送って俺はスマホを握りしめた。少しだけでも顔見て話したい。
それは俺も思ったことだけど、バイトが終わるとさすがに時間が遅すぎて、母さんに怒られる。
だから今日は無理かなと思ったのに、そんな風に思って貰えてメチャクチャ嬉しい。
俺は作業が終わり次第、鞄を掴んで学校を飛び出した。
西中央駅は古い地下鉄の駅で、大きな駅とコンコースが直結されている。
太い通路には色んな店が出ていて、そのひとつにクッキー屋がある。その店があるから、この通路は常に甘い香りに包まれている。
いつもは「すごい匂いだな」としか思わないけど、そのお店のキャラクターはベージュでふわふわヘアーをしていて、吉野さんのことを思い出した。
だから俺はここの前を通って三年。はじめてひとつ……いやふたつクッキーを買ってみた。
食べると匂いよりは甘くなくてサクリとしてるのにほろほろ柔らかくて美味しかった。
「辻尾くん、クッキー好きなの?」
声に振り向くと吉野さんが立っていた。
吉野さんは今日は最初に会った時と同じベージュのふわふわとしたロングヘアーだった。
服はピンク色のジャケットを羽織っていて、チェックのスカートを穿いている。
なにより黒のストッキングが良い感じに透けていて……すごくいい、今日もめちゃくちゃ良い。
俺はふたつ買ったうちのひとつを吉野さんに渡して、
「この駅、三年間使ってるんだ。でもこの店でクッキー買ったことなかったけど……バイト前だし小腹が減って。吉野さんもどう?」
買ったことなかったけど、この店のキャラクター吉野さんみたいだから買っちゃった……なんて軽い言葉は言えない。
「うれしい、ありがとう」
吉野さんは俺の手からクッキーを受け取ってパクリと食べて目を輝かせた。
「ん。今まで食べたことなかったけど、美味しい」
「ね。俺もはじめて食べたけど、思ったより甘くない。それに軽食に丁度いいな」
「そうだよー、いつもバイト行く前に少しだけ食べるんだけど、今日は全然時間なかった。辻尾くん、話しながら食べてバイト先行こ!」
「うん」
そう言ってコンコースを歩き始めた吉野さんの後ろを俺は歩き始めた。
吉野さんはクッキーをぱくぱく食べながら、
「もう布なんてなんだっていいと思うの。悪いけどもう全部同じなんだよーー。それを三年生の人たちが『去年はペラペラな布で縫いにくかったから、もう少しいいのがいいな』とか言って選び始めちゃって。めんどくさああい。いいですね、いいですねってまともなコメントして疲れちゃった」
「全クラス同じ布で作るんだ?」
「そーみたい。やっぱりそこに差をつけるとぶーぶー言う人たちも多いんじゃない? 一年の時は渡された布にテキトーーに絵を描いただけだったのにねえ」
「一年の時から吉野さんしっかりしてたよね」
一年生の時から吉野さんは『頭がいい美人さんがいる』と評判だった。
それこそ体育祭の時に「どの子だろう」と気にして見たりしていたけど……その子が今、俺の横でこんなに素敵に微笑んでいる。
吉野さんは食べ終わったクッキーの袋をポケットに入れて、
「ごちそうさま。クッキー美味しかった! それでね一番話したかったこと。実行委員、一緒になってくれてすごく嬉しかった」
「いや、秘密だけど……親友、だろ? 吉野さん忙しいから俺も何かしようかなと思って」
吉野さんはその言葉を聞いて目を細めた。
「嬉しいーー。今回の体育祭、お母さん来賓で見に来るみたいだから、もう逃げ道ゼロ。絶対に実行委員やらなきゃダメって空気で、仕方ないかなあと思ってたけど、辻尾くんが立候補してくれて、すごくすごく、本当に嬉しかったよー。ごめんね、無理してない? 忙しいのに」
その言葉を聞いて、俺はそんなの……と思う。
「……吉野さんのほうが忙しいのに」
「私は仕方ないよ。辻尾くんにお母さんの話聞かせちゃったから無理させたかなって、それがすごく気になってて。今までそんなこと誰にも話したことなかったから心配だったの。それをね、顔を見て話したかったんだ」
吉野さんはピョンと俺の前に立って、顔を見た。
本当に穴があくようにまじまじと、確かめるように。
今日の吉野さんは眉毛もベージュに塗られている。今日はカラコンを入れているのか青色の目に薄いピンクのアイシャドーが可愛い。
ピンク色のグロスが塗られた唇が開いて、
「……うん。嘘じゃないみたい。良かったー。えへへ。私ね、嫌われるのが怖くて、失望されるのが怖くて仕方ないんだなあ。だからやっぱり何も言わないほうが良かったかなとか、余計なこと言いすぎたかなって、気を遣わせちゃったかなって思っちゃって、嫌われちゃうかなって……」
「そんなことないよ。全然ない」
自分でもびっくりするような声でしっかりと、まっすぐに吉野さんをみて言い切った。
吉野さんがポカンとしているので、俺は慌てて続ける。
突然言い切りすぎたか。慌てて言葉を探す。
「いや、今まで学校行事に関わったり、委員会したりなんて、全然してこなかった。学校なんて適当にすごせば良いって思ってた。バイトのが楽しいって思ってたけど、吉野さんと知り合ったから、そういうのもいいかなと思って、それも悪くないと思ってる」
「……ありがとう。えへへ、もお……また泣けてきちゃったよ。辻尾くん優しすぎるよ……」
「いやほんと、吉野さん大変すぎだよ。それに役員になったら、学校で話してても変じゃないし」
「うん! そう思う。同じ役員だもんね!」
そう言って吉野さんは目元を押さえた。その指先にキラキラとしたアイシャドウが付いている。
俺は無限に持っているキャバクラのティッシュをポケットから取り出して渡した。
吉野さんは「えへへ。良かった、安心した」と目元を拭いて、再び歩き始めた。
また泣けて……? どこかでこっそり泣いているのだろうか……少しそう思う。
学校でずっと優等生して、それで認められてきたから、素の自分は受け入れられないと思ってるのかな。
そんなの、マジで全然ない。なんならこっちのが好み……それを言おうとしたけど、正直学校の吉野さん……今日指先を触れさせてきた時のいたずらっこのような表情も、ものすごく良かった。
だからそんなの気にしなくて良いのに。
俺と吉野さんはふたりで夜の街に向かって歩き出した。
少しでも一緒にいられて、話して歩けて、すごく嬉しい。
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