第486話 現人神

日本の弾道核ミサイル攻撃に対する防衛はミサイル防衛BMDと呼ばれる取り組みによって行われる。早期警戒衛星と呼ばれる軍事衛星によってもたらされた報に基づき防御行動が行われるのだ。ミサイルが到達するまでの様々な段階に応じた迎撃を組み合わせることで、単体での防衛よりも成功率を高めようという試みだった。発射されたミサイルが上昇段階での迎撃。高高度を慣性飛行している中間段階での迎撃。落下してくる弾頭が再突入してくる時に撃墜する終末段階。更には爆心地であっても個々人がシェルターや遮蔽物で身を守ることも被害を軽減し、生存率を高める役に立つだろう。

今回の中国および北朝鮮からの攻撃では様々な形式の核ミサイルが使用されている。そのいくらかはすでに着弾し、例えば韓国ではソウルが文字通り火の海と化して消失するなどの被害が出ている。台湾やインドネシア、フィリピンなどにもミサイルは迫りつつあり、それらの国家は持てる能力のすべてを用いて攻撃を防ごうと懸命に努力していたのである。

そして日本。

ミサイル攻撃の第一報を把握したとき、すでに貴重な時間の相当分が失われていた。円卓による電子攻撃の被害はミサイル防衛にも深刻な打撃を与えていたからである。それでも懸命にシステムは復旧され、イージス艦によるミサイルの迎撃が行われた。電子妖怪がミサイルに直接機器を破壊することも相当数が行われた。真理もそれに参加し、いくつかのミサイルとデコイを破壊したのである。

それでも、わずかに力が足りない。

高度一万メートルでミサイルの機能を叩き潰した真理は、落下していく別の弾頭の姿を確認した。落下していくそいつはプラズマに包まれつつあり、電波が届かない。電子妖怪が乗り込む余地はない。

「追いつけない―――」

「網野、無理だって。逃げないと」

「でも先輩」

「ああもう!」

法子が真理を。真理の体に同居している法子にはそれが可能なのだ。抵抗しようにも、もはやほとんど力が残っていない。身体の支配力でまだ元気な法子が上回る。諦めた真理は、法子の言葉に従った。近くの人工衛星へと飛び移る。つい先ほどまで、アレスと戦った負傷でダウンしていたのだ。無理を押して出てきた体で、まともにミサイルを撃墜できただけでも奇跡に等しい。

一つの体を共有するふたりは、呆然と落下していくミサイルの姿を見下ろしていた。地上のイージス艦の乗員や、周囲にもいるだろう味方の電子妖怪たちも固唾をのんで見守っていただろう。落ちていく核弾頭はひとつではない。いくつもだ。

地上から上がって来るミサイルが、核弾頭と交差する軌道を取った。パトリオットPAC-3システムだ。ひとつが撃墜される。二つ目も。しかし次は外れた。その次も。

迎撃は、それで終わりだ。間違いない。二つが地上に落ちる。片方は東京目がけて。もう片方は東北の方だろうか?きっとどこかの自衛隊の駐屯地を狙っているのか。どちらももう防ぎようがない。

「神様……!」

真理は、。ただ、純粋に。

そのときだった。地上から途轍もない力が膨れ上がっていく。霊感などもたない真理にも分かる。中心は東京だろう。いったい、何が。

真理と法子は、起きようとする現象を固唾をのんで見守っていた。


  ◇


―――なんだ、これは

竜太郎は、東京を見下ろしていた。どんどん知覚が拡大していく。身体が膨れ上がっていくような錯覚を覚える。これが、魔女雛子のやっていたということなのか。どこまでも遠くを、竜太郎は見渡していたのである。

これが神の視座。

途方もない力がみなぎって来る。真理の言っていた核ミサイルを探す。あまりにちっぽけ過ぎて、危うく見落としそうになった。神々が普段、脆弱な人間体で生活している理由が分かった。この状態はあまりに視座が大きすぎ、不安定過ぎる。目的を達成するためにパワーが過剰なのだった。人間相手に戦うときでもだ。結局のところ、神々も人間の一種に過ぎないという竜太郎の仮説は正しいのだろう。たぶん。だから最も安定する姿が人間のそれなのだ。

右手の方を確認する。よかった。まだあった。投石紐を。虚空から。既に石弾が装填されてるそれを振りかぶり、そして投げつける。

一撃は見事、ミサイルの弾頭部分を貫いた。ばらばらになって落ちていく。

もう一発を追いかける。石を投げつける。まずい。外れた。まだ力に慣れていないせいだ。再装填する前に爆発するのが。まだ現実にはなっていない。だがあと数秒でそうなるだろう。

だから竜太郎は、ミサイルと地上の間に

核弾頭が爆発する。すべての生命を殺傷する強烈な放射線が生じ、衝撃波と熱線がまき散らされていく。東京の人口の大部分を殺せる火球が、膨れ上がっていく。

しかしそれは下には落ちてこない。都市を庇った竜太郎の力のすべてが、破壊力を受け流し、真上へと押し返していくからだった。たちまちのうちに核爆発は収束していく。それが消滅したとき、竜太郎もまた。元のひとりの人間の姿となっていた。

「―――生きてる」

呆然と呟く。これが神の権能。こんな力を持つものたち相手に、自分は戦っていたというのか。

力が出ない。さすがに初心者がやりすぎたか。空を確認する。もう何も落ちてくる気配はない。たぶん。つまりもう大丈夫だろう。

気付くと、自分が支えを失っていることに気が付く。これは結構まずい気がする。まあなんとかなるか。流石に落ちたくらいで死にはすまい。

山中竜太郎は目をつむると、そのまま地上へ落下していった。


  ◇


「ぅ………」

怪盗ファントマは、意識を取り戻した。自分がまだ生きていることに気が付く。竜太郎と共に上野恩賜公園で戦い、円卓の怪物にやられたところまでは覚えていたが。当たりどころが良かったらしい。気絶だけで済むとは。

身を起こす。周りは酷い有り様だ。バカでかい怪物の死体がゴロゴロし、その周囲で味方の妖怪や警官、自衛隊や逃げ遅れた人たちの屍が転がっている。動くものはない。

と思ったら、妖怪たちのいくらかが身動みじろぎ。生きていたか。そこで気付く。自分の腹の部分にある、服の破れを。この具合では背中まで貫通したのでは?しかし腹に傷はない。まさか息を吹き返した妖怪たちはみんな、致命傷から蘇った?

どうやら推測は正しいらしい。妖怪だけではない。倒れていた人間も、そのいくらかは身動ぎしている。彼らも生き返ったのだろうか?しかし妖怪と違ってその割合は少ない。ファントマは知らなかったが、神と言えども死んだ人間を生き返らせることはできないのだった。しかし死にかけているものを救うことはできる。今起きたのはそのような現象であった。新たなる現人神―――それも治癒神の霊力を持つ―――の誕生に伴って、共に戦った人間たちと妖怪たちの上に奇跡が起きたのである。

「おい。あれ!!」

誰かの叫びに空を見上げると、何かが落ちてくる。それももの凄い勢いで。

皆が逃げる。もちろんファントマもだ。皆が安全圏まで避難したところで。

怪物の死体の山の上に、一人の男が激突した。

「いてててて……」

恐るおそる近づいてみると、竜太郎だった。今の落下で無事らしい。というか何があったのか。

「竜太郎?」

「ファントマ……無事だったんだな。よかった」

「何があった」

「うまく説明できない……ただまあ、かなりの時間は稼げたと思う。あとは雛子ちゃんたちを信じよう」

「竜太郎?ちょっと?」

気付いた時にはもう、寝息を立て始めていた竜太郎である。

しばしその寝顔を見ていたファントマは、竜太郎を担ぐと怪物の死体の山を下りた。

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