第468話 猶予期間の終わり
【コンピュータワールドのどこか "円卓"会議室】
「やっと始まったか」
「長かったな」
「そうだな。本当に長かった」
そこは円卓の会議室。組織の宿願ともいえる大計画が発動し、各地の報告が上げられていく中でオーディンとアレスは言葉を交わしていた。
組織を立ち上げたのはこの2神であり、そこに多くの神々が加わって今に至るまでに1000年以上の歳月が過ぎた。この場に居合わせた最高幹部は皆、同じ心持ちであったろう。もはや後戻りは効かぬ。世界はもう二度と元通りの形にならぬ。妖怪の存在は明らかとなった。幾多の破滅の怪物は復活する。もちろん、この半年余りの暗闘で多くの計画が頓挫し、あるいは軌道修正を余儀なくされていたとしても。
あとは勝つか負けるかではない。やり遂げるかであった。いかなる妨害に逢おうとも。
もっとも、戦いは水物だ。相手も手を打ち、死力を尽くす。想定通りにすべてがうまくいくわけではない。その証拠に、さっそく一つの問題が発生した。極東、日本で。
『我が君よ。こちらを』
配下が上げてきた映像を、アレスは見た。テレビの会見であろう。日本国の首相が写っているのが分かった。
『我々はこの時大ダコ退治に用いられたタコツボの入手に成功しました。……駆除には長くて数日間かかる見通しです……
国民の皆さんは大ダコが駆除され、災害の危険が無くなるまで生命を守るための行動をとってください』
会議室に、テレビの音声が流れた。最高幹部たちは眉をひそめる。
「タコツボを手に入れた、だと?馬鹿な」
「アレス神よ。タコツボは破壊したのでは?」
「そんなはずはない。タコツボは確かに破壊した。私の息子たちによるものだ。間違いない」
実際にタコツボを破壊したアレス神は断言できる。タコツボを破壊した双子の神々はアレスの分身であり、その行動は間違いなく把握している。確かにタコツボは破壊されたのだ。
いや。まさか。
「あ奴らはタコツボを復活させるつもりではないのか」
アレスと同じことを考えたか、オーディンの発言である。
「うむ。恐らくはそうであろうな。悪あがき……と言いたいところだが、日本政府の背後にいるのは山中竜太郎のはず。となれば油断するべきではない」
「ならばどうする」
「私自らが出向くしかなかろうよ。かつてあなたが言った通り、あの男は我ら円卓最大の敵手であり、"ティアマトー"を倒した恐るべき射手でもある。アレクサンドル・ヴィヨンを倒した天乃静流もあの男の生徒にあたる。生かしておけば今後、どれだけの災いとなるか」
「そうか。あの男は君の祖父にもあたる存在であったな」
「うむ。血の繋がりはなくとも相応の敬意は払わねばならぬであろうよ。戦場で相まみえるにしても」
「同感だ。私もそろそろ持ち場へ行くとしよう。人間どもに身の程という奴を教えてやらねばならぬからな」
「幸運を祈る」
「そちらもな、友よ」
二柱は立ち上がると、それぞれの背後に門が開いた。
それだけではない。何柱もの神々が立ち上がる。彼らの背後にも門が開く。計画の最初の段階は過ぎつつある。イレギュラーに対処するために持ち場へと移動するのだ。
「健闘を」「うむ。よき勝利を」「円卓に栄光あれ」
互いに挨拶を交わし、神々は散っていった。
◇
【ベルギー王国 ブリュッセル 欧州委員会本部】
時ならぬ緊張が走っていた。
ベルレモン・ビル13階にある欧州委員会の会議室では何人もの委員が言葉を交わし、青ざめた表情。それが深夜に叩き起こされたことによる寝不足が原因などではないことは明らかだろう。何しろイタリアで起きている戦闘の余震はここ、ブリュッセルにまで届いていたから。
「日本でも出たそうだ」
「北極海では戦闘開始時刻を繰り上げたと」
「インドでは悪竜ヴリトラや
「中米でも戦闘が始まりました」
「古代人の妄想どもが独り歩きしおってからに!!」
ダリユス・サボニス委員が議場に着いた時、委員たちの間ではそのような話題で持ちきりであった。
混乱するのも分かる。EUの歴史でも類を見ない世界的危機が訪れようとしている。国家で言うならば内閣に相当するのが欧州委員会だ。現在北極海と地中海、二つの場所で進行中の円卓との戦いとそれに伴う被害は喫緊の課題であった。
ダリユスにも、話しかけてくる委員がいた。
「サポニスくん。どうやら始まったようだな」
「ええ。しかし分かっていたことです。違いますか」
「まったくだな。ただ、どうしても気に入らないことがある。我々の味方側の"神々"に対しては円卓は宣戦布告したそうだが、人類に対しては何の音沙汰もない。眼中にないのだろうな。舐めているのだよ、奴らは」
「ははあ。無視されるのはお嫌いですか」
「それはそうだろう?何しろこれは我々人類に対する戦争なのだから」
やがて、委員が一通り集まる。皆が席に着いた。速やかに事態を動かさねばならない。円卓にイニシアチブを握らせるわけにはいかないのだ。
「どこまで情報を公開しますか」
そう。妖怪の実在を知らしめることと破滅の封印の決壊は表裏一体である。構成国各政府との調整も必要だ。
「日本が先鞭を切ったようです」
委員のひとりが発言した。彼の指示を受け、スタッフがモニターに現在行われている日本の会見の様子を流す。
映っていたのは日本国首相であった。
「これは……」
「どうやら日本は事実を公表し、大衆の想いをコントロールする道を選んだようですな。我らも彼らに倣うべきでしょう。どちらにせよもう隠せない」
「賛成だ」
たちまち賛同する意見が頻出した。
「よろしい。それでは他に意見はおありですか」
委員長が室内を見回した。そのまま決が取られる。
「皆の考えが一致してくれて安心しています。円卓に、自らの愚かさを知らしめてやるとしましょう。奴らの狙うような今の世界の秩序の崩壊は起きないと」
「はて。それはどうですかな」
委員長へと反論した声に、皆の視線が集中した。発言者はダリユス・サポニス委員。片目を持たぬこの男は立ち上がると、場に居合わせた者たちを一望したのである。
彼は先ほど話した委員へ視線を向けた。
「おっしゃられましたな。円卓が人類に宣戦布告しないことが気に食わない、と」
「え、ええ」
「ならば宣戦布告して差し上げましょう。なに、私とあなたの仲だ。それくらいは朝飯前です」
「な……何を」
「こういうことですよ」
そしてダリユス・サボニス委員の身に、異変が起こった。高級なスーツ姿の初老の男性だった彼の着衣は分解され、黄金の鎧兜と青いマントへと変わっていく。手に槍が握られる。たちまちのうちに、欧州議会の委員は古代世界の神へと変貌していたのである。
議場に幾つもの悲鳴が上がった。
「け―――警備員!!侵入者だ!!」
異変を察知し、警備の者たちがたちまち雪崩れ込んで来る。彼らに銃を向けられても、ダリユスは動じない。
「ははははは。そのような豆鉄砲で何ができるというのだね。まあいい。私、ダリユス・サボニス委員は今この場を持って委員を辞任すると致しましょう。代わりに円卓の一員、オーディンとしてそなたたち人類に告げる。長い
「愚かなことを……構わん、奴は人間ではない!円卓のテロリストだ、撃て!!」
委員長の命に従い、警備員たちが一斉に射撃した。無数の轟音が響き渡る。このような状況に慣れていない議員らが耳を押さえ、悲鳴と共に伏せる。
それが収まった時。
ダリユス―――いや、オーディン神には傷一つ存在しなかった。撃ち込まれた銃弾のことごとくが命中する直前に静止していたからである。
矢除けの加護の霊力であった。
「ははは。その程度かね?矢除けの加護を破ることもできぬというのに神に挑んだのか。愚かな。その事実を後悔しながら死んで行け」
途端、幾つもの絶叫が響いた。オーディンの目が輝くと同時に警備の者たちが息絶えたのである。胸を押さえながら倒れ伏す彼ら。
心臓が止まったのだ。
「さて。ではそろそろお暇するとしよう。この後の予定が立て込んでいるのでね。さらばだ、諸君」
オーディンが壁を向くと、それだけで穴が空いた。そこから飛び込んで来た八本足の馬にまたがると、悠々と去っていくオーディン。馬はそのまま空中を駆けて行く。
あとには呆然とする委員たちと、苦悶の表情で事切れた警備の者たちが残された。
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