第469話 北極圏の戦い

【北極圏 ノールアウストランネ島周辺海域】


北極圏では太陽が沈まない。

夏の間、白夜がずっと続く。それは薄暗い明るさを地上にもたらし続けるのだ。だからこの地域はまるで、幻想のようにも見える。

しかしこの場に今集まっている人々にとっては、それは現実だった。幻想ではなく。

北極海に展開していたのは、艦隊だった。人類の保有する空母・原子力潜水艦・巡洋艦・駆逐艦・フリゲート他を要する、総勢五十隻にも及ぶ大艦隊である。北大西洋条約機構NATOに属する演習艦隊であった。名目上は緊張が高まるロシアに向けた示威行為であるが、事実は異なる。その証明は、彼らの上空に現れていた。

「おい……見ろよ。あれを」

「本物だ……」

艦隊は今、常ならぬ客を迎えてざわめいていた。上空に飛来する、2頭の山羊に引かれた戦車という。

それはゆっくりと降下すると英国空母"クイーン・エリザベス"へと着艦する。まるでファンタジー映画そのものの光景に、人間たちはその視線を集中させていた。

戦車から降り立ったのは、屈強な戦士。手には巨大なハンマーを持ち、身に着けているのは分厚い鎧兜である。どんな攻撃を喰らってもびくともしないであろうことが一目でわかった。古代風の姿である。

彼は、艦橋の方へ顔を向けた。そちらからやって来る、13歳のそばかすが浮いた少女とくたびれたスーツに帽子の男、軍服を着た女へと。

戦車から降りた戦士は、彼らへと手を振る。

「久しぶりだな、ロキ!そっちのちっちゃいのはブリュンヒルデか。」

「よお。確かに久しぶりだ。オーディンの欠席裁判以来か」「ご無沙汰しております、トール神」「……(ぺこり」

それぞれくたびれた男、少女、そして女軍人の反応である。前のふたりは、トールと呼ばれた戦士にとって古い顔なじみであった。ロキ神―――ジェイクとヘルガ。女軍人はアインヘリアルとなったスザンナだった。

「しかし壮観であるな。人間と神が手を取り合って戦争など何千年ぶりだ?」

「まったくだ。オーディンの野郎をボコボコにしてやろうぜ」

「うむ」

トールとジェイクの会話が進む間にも、様々な未確認飛行物体UFOが来訪しつつあった。猫が引く戦車。空をスキーで滑り降りてくる夫婦。

そして―――巨人。

蜃気楼のように揺らめいて見えるのは、単純に彼らが大きすぎるからだ。地平線近くの山々を見上げればそうであるように、彼らはその巨体故に揺らめくのである。艦隊の右翼にゆっくりと追いついてきたのは、身長がどれほどあるのだろうか。海面に出ている腰より上だけでも何百メートル、という巨体である。恐らく全体像は1300メートル近くはあると思われる、武装した男女の巨人たちが何体も歩いているのだ。こちらに大きな影響が出ないよう、十分に距離を離したうえで。

神話に登場する神々や巨人たち。精霊たち。魔獣や神獣たち。目立つのは北欧≒ゲルマン神話に属する者たちだが、ケルト神話や北欧でも独自の神話体系であるカレワラの神々などもいる。"円卓"と戦うためにこれだけの神々が集ったのだ。

そして、艦隊の中央を飛翔するのは十数名の天使たち。

北大西洋条約機構に属する兵員の多くはキリスト教徒である。異教の神々と共同で戦う配慮から派遣されてきたのだった。派遣したのはアヴィニヨンの大天使の異名を持つ七大天使が一、ガブリエルであり、派遣されてきた天使の指揮官は同じく七大天使のひとり、ミカエル。甲冑を身にまとい、翼を広げて飛翔する彼らの姿は勇壮であった。

主神クラスだけでもその総数は100を超え、身長1000メートル超の怪物も10体を超える大軍勢である。

艦隊に属する人間は皆が事実を知らされてはいた。もちろん、こんな光景を見せられて平静でいられるはずもなかっただろう。しかし彼らを戦力に入れないという選択肢はなかった。敵は数百ものワルキューレに加えて破滅の怪物、スルト。それ以外にも怪物は準備されているだろう。加えて多数のアインヘリアルからなる軍勢が待ち構えていたからである。人類の兵器では空を飛び矢除けの加護で守られたワルキューレを殺すのはほとんど不可能だが、アインヘリアルならば殺せる。逆に、アインヘリアルは神々に手傷を負わせることはできる。ワルキューレだけでも手一杯となるであろう神々を援護するという意味で重要であった。

重要な神々の代表が何名も下りてくる中、その知らせは届いた。スザンナがレシーバーを介して聞いた内容をヘルガに耳打ち。

ヘルガは、すぐさまトールたちへ告げた。

「トール神、大変です。日本で破滅の怪物が復活しました。12キロメートル級の大物です。地中海でもギガースが目を覚ましたと。恐らくこれから怪物が次々と立ち上がるでしょう」

「そうか……ならば我らはまず自分たちの持ち場を片付けねばな。時計を繰り上げねば。テュール神も間もなくやって来る。速やかに島へ攻め込むぞ」

「はい」

世界中で、戦争がはじまりつつあった。


  ◇


攻撃は、まず人類による核兵器の投入という形で幕を開けた。艦隊に随行していた戦略原子力潜水艦複数がサイロを開き、ありったけのミサイルを放ったのである。一発。二発。三発。止める者は存在しなかった。それはたちまち雨のように降り注ぎ、そして起爆する。

ターゲットは、海面を覆い尽くすほどのアインヘリアルの艦隊。

ワルキューレたちはミサイルを迎撃しようとした。投げつけられた雷や槍、火球によって多くのミサイルとそれ以上の数のデコイは犠牲となったが、それでもごくわずかな本数が迎撃をかいくぐり、火の玉となった。たちまちのうちに艦隊の大部分は火に呑まれて撃沈されたのである。あるいは大ダメージを負っていくか。

しかしそれだけの惨状にあっても、ワルキューレの損害は全くなかった。矢除けの加護に守られた彼女らを核兵器で殺すことはできないから。

やがて、人類がミサイルを撃ち尽くしたと確信したワルキューレたちは銅鑼を叩いた。夕食の時刻を示すためのそれを。

銅鑼の音が響き渡った海域で、たちまちのうちにアインヘリアル艦隊が浮かび上がり、復元していく。その軍勢を構成する兵員ごと。アインヘリアルは死んでも一日一回は蘇るのだ。復活の回数を一回消費させた。という意味では意義のある攻撃ではあったが。

飽和攻撃に用いたミサイルはもはやない。すべて撃ち尽くされた。

この時点で、人類と歩調を合わせる神々の中から風の神や精霊たちが前に出た。強風を操り核で汚染された大気を噴き散らしていく。

そうする間にもワルキューレたちは陣形を組んだ。儀式魔術―――神降ろしの秘儀ですでに実体化寸前まで持ってこられていた怪物どもの最後の一押しをしてやるための。

ワルキューレたちと連合軍のちょうど中間に、巨大な雷が落ちた。その総数は3。

雷が晴れた時。そこに出現していたのは、1000メートル超級の怪物である。狼。蛇。犬。そいつらの名を魔狼フェンリル、世界蛇ヨルムンガンド、そして魔犬ガルムといった。

更に、後方の島が鳴動すると、火山から伸びた腕の氷が砕け散る。そいつが這い出して来るまでもはや時間はほとんどないであろう。

ここまでが、決戦が開始されるまでの流れとなった。

やがて。

双方の軍勢は、前進を開始。中間地点で激突した。

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