第470話 迎撃と使鬼
【京都府京都市右京区 嵐山】
つけっぱなしのテレビが、異変を伝えていた。
清岡四季は今日も変わらずに日常を過ごしている。仏壇に手を合わせ、遺影に想いを馳せていた。今のところ瀬戸内海で出現した明石の大ダコ、円卓の怪物は京都まで被害を与えることはないようだが今となってはいつ何が起きるか。
やがて、線香を上げ終わった四季は立ち上がった。畳敷きの部屋では、去年妹として引き取った刹那がテレビをじっと見つめている。この少女も不安なはずだ。総理の会見の様子をじっと見つめている。その内容に、四季も驚く。妖怪の実在がとうとう明らかになったからだ。
ショックが覚める前のことだった。
ぴんぽーん
玄関のベルが鳴る。急いでそっちに行くと、ちょうど玄関の扉が開くところだった。空いた向こう側は、見慣れた外の景色ではなく地下への階段であったが。
混乱する四季の前で、家の中に入ってきたのは二人の男。一人はよれよれのスーツを身に着けた男であり、もう一人は中学生くらいの少年。どちらも面識があった。
「比良山の次郎さんに……静流くん?どうして?」
「頼みがあるねん。それで急いで来た」
静流は、覚悟の決まった瞳でこちらを見上げていた。
◇
「とまあそういうわけやねん」
テレビで今まさにやっている内容に補足しながら、静流たちの説明は終わった。
四季は困惑する。タコツボは失われた?人間の想いを集めて復活させる?
「それでどうして私のところに」
「神降ろしの秘儀」
「!!」
静流の言葉に四季は絶句した。聞き覚えのある言葉だったから。
「式神を作る術って、神降ろしの秘儀ちゃうん」
「……そうね。原理的にはそのものだわ。そのバリエーション。やろうと思えば同じことができる」
「よかったわ。竜太郎のおっちゃんが四季のねーちゃんのこと覚えとってん。それで俺らが来たんや」
「……神降ろしの秘儀を使って、タコツボを直すため?」
相手は、深く頷いた。
ようやく四季にも事情が呑み込めてきた。明石のタコツボを復活させるために日本政府は妖怪の真実について明かしたのだ。それによって生じた想いをタコツボ復活に使うため。
「どないや。俺らを助けてはくれへんか」
じっと見つめてくる、静流。その澄んだ瞳を、四季は見つめ返した。
「危険なんでしょうね」
「そりゃもちろんや。けど俺らが守ったる。絶対とは言われへんけどな」
「……はぁ」
溜息。危険なのは四季にとって日常だ。かつての関西最強の妖怪ハンターとして名を知られていた呪術師。清岡玄弥。その助手として創造されたこの使鬼は、妖怪との戦いが生涯だったと言ってもいい。
ましてや、今回は玄弥の編み出した秘術が求められている。多くの人命を救うために。
「いいわ。あなたたちには借りがあるもの。それで、さっそく行くの?」
「おお。話が早くて助かるわ。すぐ行こ。時間あんまないねん」
「でしょうね。
―――刹那。留守をお願い」
一緒に話を聞いていた妹の方を向く。アルビノの彼女は、すぐさま頷いた。
「分かった。姉さまも気を付けて」
「ええ。必ず帰って来る」
人ならざる使鬼の姉妹は、抱擁を交わした。
◇
>>『妖怪は意思疎通ができる存在だそうだぞ。ならば大ダコを駆除するのはいけないことだろう。大ダコ駆除反対!大ダコと対話を!』
>>『政府は化け物と協力している!大ダコは政府の陰謀だ!!』
>>『怪物は神の裁きです。人間は謙虚な心で受け入れるべき』
>>『あの政治家は隠れてこそこそしている。妖怪に違いない。退治しなきゃ』
コンピュータワールドに、そんなメッセージが浮かんでいた。
SNS上の呟きである。
それをドン引きしながら見上げているのは真理。体に同居している法子もドン引きしている。
「うわあ……これマジで言ってる?」
「マジなんじゃないですかね……」
過去の発言履歴をざっと見るとなんかヤバい発言ばっかりしている。陰謀論に傾倒している奴だ。ヤバい。
呟きの主と、そして呟きにぶら下がっているツリーを確認。とりあえず問答無用で全員アカウントを凍結させる。発言を削除。
「これ、円卓の攻撃なんかな」
「たぶん普通の人間だと思いますけど」
「うわー。なんか腹立つなー」
命からがら神戸コミュニティから脱出し、家族の安否すら分からず、明石の大ダコを倒すために尽力する二人にとっては腹立たしいどころの話ではなかった。地震が起きてから今朝までの政府の避難命令だけで、瀬戸内海沿岸にいた人々が避難できるわけもない。何しろ地震の被害で交通インフラも壊滅的被害を受けていたのだから。現在進行形で何百万という人の所在が不明なのだ。その多くはもう亡くなっているだろう。ふざけてこんなものを書く人間が目の前にいたらぶん殴っていたかもしれない。目の前にいなくてよかった。
ふたりはネットのパトロール中であった。特に首相官邸近辺を電子的に守るのが竜太郎に頼まれた主な仕事だが。
アメリカでは円卓がギガントマキアにおけるデマの効果について研究をしていたという。たった数十人のインフルエンサーが何百万人も殺せるのだ。幸い、日本の電子妖怪社会ではカウンターのシミュレーションが行われており、円卓の"不安定化を目的とする攻撃"に関しては一斉に叩き潰すことができた。これも以前ニューヨークで円卓に関する情報を得られた結果だ。残るは雨後の筍のごとく出てくる奴である。いちいち発信元を確認していてはきりがないが。片っ端から見かけたら潰すしかない。
今、真理たちだけではない。日本中の電子妖怪たちが協力しあっていた。明らかに円卓の利になるような発言をしている一部の衆議院議員などのアカウントも凍結させたり端末ごとふっとばしたりしている。普段なら真理も人間の発言には干渉しないが今だけは別だった。陰謀論に取り憑かれた人間は元に戻せない。厄介の芽は小さいうちに潰すに限る。
それに攻撃は、陰謀論に毒された人間の呟きにはとどまらない。
テレビでも電波ジャックをしようとする動きを数限りなく潰しているし、ネットにはフェイク動画も溢れ始めている。大半は人間によるものだろうが、円卓が扇動しているものもあるに違いない。真理の役目は会見で公表された事実が歪まず伝えられるのを見届けることだった。
電子の世界で、死闘は続いていた。
コンピュータワールドはビルがたくさん並んでいる構造をしている。向こうの方からも電子妖怪のグループの姿が見えた。味方である。二人がいるスマホの近くのノートパソコン上にいるようだ。手を振って来た。真理も振り返す。
「ここ数時間が勝負かなー」
「ですね」
昨日からほとんど休んでいないが、それくらいならまだ踏ん張れる。持参していたバッグからコンビニのサンドイッチを取り出し、齧ろうとしたところで異変が起こった。
ネットワーク上で、警報が鳴り響いた。東京中の電子妖怪たちが昨夜から突貫で設置した防衛システムだ。
「何?なんなの?」「ヤバ……先輩、敵です!!」
ワイヤーフレームの地平線の彼方から雪崩を打ってやってくるのは無数のおっきなキューブ型の機械。先ほど見たような内容のメッセージを大量に吐き出しながら、まるで絨毯爆撃のように転がって来る。あれでは津波ではないか。
「なんじゃありゃ……!」
「あれ、
「うへー。マジかー」
このタイミングでそんな攻撃を仕掛けてくる相手は一つしかいない。円卓だ。
周囲の電子妖怪たちは早くも戦闘態勢である。ビルが解体され、巨大なロボットや怪獣に再構成されていく。真理もサンドイッチを無理やり口に押し込むと、九つ首の巨大な竜を構築した。
「迎撃します!」
「おー。ぶっ飛ばせー!」
電子怪獣からなる防衛線に、無数の
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