第467話 混沌とする世界
【ギリシャ共和国 オリュンポス山聖域】
張り詰めた空気であった。
夜の聖域。その中心である神殿内部に集った神々はすでに完全武装だ。最前列に並ぶのは麗しきアポロンとアルテミスの姉弟。三又の矛を手にした海神ポセイドン。伝令神ヘルメス。炉の守護神ヘスティアといった大物であり、下級神や巨人、英雄たちに至るまでが軍団を構成する。主力である神々の数は百近く、巨大な怪物たちも十以上。それでさえ、全体ではない。各地の聖域でもそれぞれで現地の神々が集合を開始している。ゼウス旗下の戦力は、主神クラスだけでも300を超えるのだ。
彼らを玉座より見下ろす神王自身、完全武装で告げた。
「とうとう"円卓"が動き始めた。恐れることはない。奴らの試みは歴史に、稀に見る愚行として記されるであろう。何故ならば我らは古代世界から現在に至るまで最強の軍団であるからだ。しかし油断はするな。神や精霊、魔物、怪物たちの存在を忘れ去った人間たちは思い出すからだ。我らがずっと見守っていたという事実を。だから我が軍団の一員として相応しき振る舞いをせよ。神話時代以来の
さあ。円卓の者どもに目にもの見せてくれようぞ!」
「「「応!!」」」
神王ゼウスは立ち上がると、宣言する。
「まずは手始めに、地中海より
この時、世界中の聖域で同様の光景が見られた。善なる神々は円卓との戦いに備えて武器を鍛え、訓練を行い、いつでも出陣できる態勢を整えていたのである。
こうして二つの陣営の神々の戦いが始まった。
◇
【インド ヒマラヤ山脈】
ヒマラヤは五つの国に跨る世界最大の山脈である。無数の山脈からなるこの山々は、西はパキスタン北部のインダス川上流、東はブラマプトラ河まで続き、古来よりこの地域の文化に大きな影響を与えてきた宗教的要地でもあるのだ。
とはいえこの日まで、山々を見上げる人々は真の意味では信じていなかったはずだ。神が、この山々に降臨するとは。それも物理的に。
峰に、ひび割れが入った。自然災害かとも思える光景だがそうではない。何故ならば、ひび割れの向こう側からこちらへと差し込まれているのは牙だからである。
ひび割れはたちまちのうちに拡大していく。凄まじい地震が大地を襲う。人間たちは何事かと見上げ、振動に耐え兼ねて跪き、地に伏せながら呆然と見上げていた。地の底から出て来ようとするあまりにも巨大な怪物の姿は、やがて現れる。
それは蛇であった。山そのものにも匹敵する大きさの長い蛇。蛇竜ヴリトラが、その名前だった。
「神よ……!!」
人間たちの祈りもむなしく、そいつは割れ目から全身を這い出すと、咆哮を上げる。それだけで木々がなぎ倒され、山が震えた。発生した土石流がすべてを押し流していく。
復活したヴリトラは大地を睥睨すると、遥か下界へ侵攻を開始した。
◇
【オーストラリア 西オーストラリア州 ギブソン砂漠 対小天体砲基地】
対小天体砲基地はパニック状態に陥っていた。
基地は途方もない広さだ。その巨大さゆえに何もない砂漠が建設地に選ばれ、秘密裏に驚異的な速度で建設された、という。原子力発電所多数と軌道計算のためのスーパーコンピュータ、空港や防壁。そして巨大な―――全長232メートルの電磁・装薬ハイブリッド式240cm砲八基が、軽やかにぐるんぐるんと旋回するデモンストレーションは関係者の度肝を抜いた。現代のテクノロジーで作ることは明らかに不可能な施設に、配属された人間たちは宇宙人からの技術支援で作られたに違いない、と囁き合っていたものだ。だが、これが人類にとって必要な施設であることは確かだった。何しろ2年後には直径10kmもの小惑星が落ちてくる。それを破壊できるのはこれだけなのだから。
ただ、これらの公表されたスペックや概観がとある有名な航空戦シミュレーションゲームのシリーズに登場する超兵器とそっくりであることを堂々と指摘する者はいなかった。何しろその想像は、宇宙人の技術支援よりも荒唐無稽であったから。ネット上で一時騒がれただけだ。
そんな代物だったから、厳重な警備が敷かれているのは当然ではある。当然ではあるのだが、多数の戦闘機や戦車・重砲を装備する陸軍一個大隊といった大戦力(各国軍による共同である)が配備されていることに関しては不審に思う者も多かった。対小天体砲は軍事施設ではない。地球上での有効射程が2000kmを超えるとしてもだ。戦争でもするのだろうか?
まさしくその疑問が解ける日が、今日だった。
日本や地中海で怪物が現れたというニュースが流れるのとほとんど間を置かずして、基地から240kmの砂漠地帯で怪物が出現した、という知らせが入ったのである。それも全長100メートルから200メートルもある
もちろんそれが円卓によって降ろされた強力な妖怪だということをほとんどの人員は知らなかった。しかし対小天体砲を運営する上層部は即座にそれが敵の攻撃であると見抜き、防戦の命令を下したのである。
オーストラリアの砂漠を舞台に、対小天体砲防衛戦が始まった。
◇
【南エーゲ海 コス島】
大地が、闇の中で鳴動していた。
コスは小さな島だ。ギリシャ本土よりトルコに近い、東西40kmほどの島である。観光と農業くらいしか産業がないこの島では異変が起きつつあった。大地震だ。
咄嗟に家の外に飛び出した姉弟は倒壊した自宅に悲鳴を上げた。中にはまだ両親がいるのだ。
助けを呼ぼうにも揺れは収まらない。それどころか、島の中心が崩れ始めた。そこに聳え立つ大きな山が。斜面を土石流が流れてくる。村が呑み込まれる!!
悲鳴を上げ、弟を庇った姉はうずくまった。
ややあって、何も起きないことに気付いて顔を上げる。
そして、ぽかん。となった。村を飲み込むはずの土石流が左右に割れ、村を避けていったからである。
「かみさま……?」
その言葉を呟いたのは、姉と弟。どちらが先であったろう。
そう。村を守るように1柱の女神が浮かんでいたのである。夜間でありながらその姿ははっきりと認識できる。姉弟だけではない。村中の人々がその光景を見上げていただろう。その女性は古代風の衣装をまとい、その上から光り輝く鎧兜と盾で身を守り、そして右手には燃え盛る聖なる松明を掴んでいたのである。まさに女神であった。
彼女の一瞥が、村へ向けられる。しかしそれも一瞬。何故ならば、山の頂が震え始めたから。
人間たちは見た。山の頂を内側から粉砕しながら、立ち上がっていく巨大ないきものの姿を。
それは
人間たちはそれを、畏怖することしかできない。あんな巨大な存在に対して他にどうすればいい?
巨人は、足元をうろつくちっぽけな人間たちの姿に気付いたようだった。視線をこちらに向けたのである。
姉弟は悲鳴を上げた。それ以上どうすることもできない。逃げるのは間に合わない。大きすぎる。
そいつが一歩。こちらに踏み出そうとしたところで、女神が動いた。手にした松明が半ばまで消失していく。
その代わりに、闇の中で炎が揺らめいた。燃え上がるそれはとてつもなく大きい。
虚空の中から引きずり出されてきたそれは、目を凝らして見れば、半ばまで消失したはずの女神の松明だった。只の松明ではない。全長が500メートルもある、信じられないほど巨大な松明が、
女神が、手元に残った柄を振り上げる。
巨大な松明がその動きをトレースし、
そこへ、強烈な攻撃が幾つも降り注いだ。巨岩。燃え盛る火柱。槍。矢。などなど。超絶的な破壊力が集中したのである。
たまらず、後ろ向けにひっくり返っていく、
「神様……」
異変はそれで終わらなかった。巨人が急速に沈んで行く。土の下深くへと。再び封印されていくのであったが、人間たちには分からなかった。ただ、それはごく静かに行われていく。
やがて
下敷きとなっていた人々を女神が救ったのだ、と人間たちは悟った。
そのまま女神は背を向ける。それを、姉は呼び止めていた。
「あ―――あの!!あなたは―――?」
「……ヘラ。神々の女王」
女神はそれだけを答えると、今度こそ上昇していく。
そこで人々はようやく気が付いた。女神だけではない。何柱、いや十数もの光り輝く神々が空を舞っていたという事実に。先ほど降り注いだ数々の攻撃は彼らによるものだったのだ。
そのまま、神々は次の戦場へと去っていった。
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