第466話 真実の世界
【兵庫県神戸市西区押部谷 隠し田】
「みんな、こっちに来るんだ。大変だ!!」
ノドカは、まどろみの中から目覚めた。
周囲を見回す。そこは昔ながらの農家の一角だ。広い土間。かまど。タイル張りされた水場。隅っこには薪で沸かす風呂とその目隠しが現役であり、土間に面した一角には囲炉裏がある。
まだ電気もガスも水道もなかったころの、古来よりある農家の作り。ブラジル育ちのノドカは去年触れたのが初めての経験だった。そう。芋掘りにミナを連れて来た時に。二度目に訪れたのは昨夜遅く。ボロボロに破壊された自動車で、これまた地震で破壊された道路を四苦八苦しながらやってきたのだ。夜間の移動は危険だったが、海側に残るのはそれ以上に危険だった。何とかたどり着き、ここの隠れ里に転がり込んだ。隠れ里の住人と面識があったのも幸いした。ひとまず一夜の宿を借りるのに成功したのである。重傷者の手当てにノドカは明け方まで働き、そして力尽きるようにまどろんでいたのだった。
周囲を見回す。ビルから連れてきた小妖怪たちは農家内の思い思いの場所に散ってどこに行ったか分からないし他の人たちはどうなったんだろう……と思っていると、何やら床の間の方にみんな集まっている。
そっちに行くと、古いテレビに皆が齧りつくようにしていた。何があったんだろう?
画面を見て、ノドカも絶句した。緊急速報だ。瀬戸内海、恐らく神戸あたりの山から撮影されたのだろう映像が流れている。そこに映し出された、信じられないほど巨大な生物の姿。海面から身を乗り出している、明石海峡大橋の何倍もありそうな図体の生き物は。先ほどから断続的に続く小さな地震も、大ダコの仕業なのか。
「明石の大ダコ……!!」
復活したのだ!!やはり静流たちは阻止できなかったのだろう。こうなればもう、あれを止められるかどうかは天のみぞ知る、だ。神々ですら戦いの結果は分からない。
「……ってあれ?機械に写ってる……?」
皆がそのことの意味を理解し、絶句した。もはや神秘のヴェールはめくられた。妖怪の真実は明らかになったのだ。
そして、画面が切り替わった。首相官邸。会見だ。画面内には無数の記者が席につき、ものものしい雰囲気が漂っている。この事態をどう公表するのか。
やがて、一人の男が台の前にやってきた。官房長官ではなく、首相自らだ。
皆は、固唾をのんで首相の発言を待った。
◇
【東京都千代田区 首相官邸】
「昨日午後四時四十八分、マグニチュード9の令和6年、瀬戸内地震が発生いたしました。まず亡くなられた方々に心からお悔やみ申し上げますとともに、被災されたすべての方々にお見舞いを申し上げます。すべての方は生命を守るための行動を引き続きとってください。
さて、今回の地震ですが通常の地殻変動によるメカニズムとは異なる原理により発生しております。こちらの画像を確認しながらお聞きください」
首相は、わずかに息を継いだ。
内心で溜息。史上、これほど理不尽な目に遭った総理は自分しかいないだろう。間違いない。酷い貧乏くじを引いてしまったが、他にやれる人間がいないのだから仕方がない。
用意されたモニターには、現実とは思えぬ画像が写っている。それは明石の大ダコだ。この実在を前提として説明をしていかねばならぬ。
「この存在は明石の大ダコ。兵庫県に古くから残る伝承上の存在で、足の長さが二里から三里、おおむね八キロメートルから十二キロメートルある非常に巨大なタコです。これだけの質量ですと、存在するだけで地殻に対する巨大なストレスとなります。専門家の見解では、昨日の地震はこの怪物によって引き起こされた、と考えるのが最も可能性が高い。こんな生物は自然界には存在しないと考えられてきました。しかし事実は異なります。このような生物は太古の昔、おおむね七万年ほど前から存在してきました。日本語のもっとも一般的な呼称に落とし込めば、この存在は妖怪と呼ばれます。妖怪は多様な形態を持ちます。神。悪魔。精霊。都市伝説。空飛ぶ円盤。ゾンビ。幽霊。妖精。これらは外見こそ異なりますが、本質的には同じ生物です。人間との交配も可能です。今問題となっている明石の大ダコもその一種になります。妖怪は人間の想いから生まれます。
例えば多くの人間が、「幽霊がいる」といううわさ話を信じたとしましょう。そうなれば幽霊に対する思いが集積し、ほんとうにその幽霊が物理的実体を伴って出現します。このような妖怪は、最初は人間がイメージした通りに行動しますが、年経た個体になると完全な自由意志を獲得します。我々人間のように考える個体が現れるのです。もっとも、あの大ダコがコミュニケーション可能かどうかは不明です。現在の状況を鑑みるに極めて困難でしょう。しかし、コミュニケーションが可能な妖怪たちも存在します。我々はそのような妖怪とコンタクトを取り、協力関係を築くことに成功しました。現在日本政府は、人類に友好的な妖怪と共同で大ダコの駆除を目的とする計画を実行中です。
伝承を紐解けば、明石の大ダコは一人の武士によって退治されたとあります。我々はこの時大ダコ退治に用いられたタコツボの入手に成功しました。武士は大ダコが狭いところに入るという習性に着目し、タコツボを罠として用いたのです。そのための具体的な手順も我々は把握しています。駆除には長くて数日間かかる見通しです。
国民の皆さんは大ダコが駆除され、災害の危険が無くなるまで生命を守るための行動をとってください」
息をつく。あとはこの事実を何度も繰り返して放送し、国民の間に伝えて行けばいい。しかしもう一つ重要なことを伝えねばならない。
「国民の皆さん。大ダコが今出現した理由についてもお伝えします。大ダコは過去に一度退治され、復活しないように封印されていました。しかしその封印を意図的に破壊した者が存在します。テロ組織"円卓"です。円卓は人類に敵対的な妖怪を構成員とする極めて大規模なテロ組織です。彼らは人類及び、自分たちに与しない人類に友好的な妖怪に対する兵器として明石の大ダコを復活させました。これは円卓による極めて大規模な無差別テロ攻撃なのです。明石の大ダコだけではなく、現在世界中で起こっている大規模な怪物による攻撃の多くが円卓によって引き起こされました。国民の皆さんは冷静さを保ち、デマに惑わされないように注意してください。繰り返します。国民の皆さんは冷静さを保ち、デマに惑わされないように注意してください。明石の大ダコの駆除作戦は現在進行中です。駆除は数日以内には完了する見込みです。世界各地の怪物による攻撃も近日中に鎮圧されます。国民の皆さんは冷静さを保ってください」
この後総理は記者の質問を受け、この会見の画像は何度も再放送された。
近代になって初めて、妖怪の実在を国家が公式に認めた会見はこのようにして行われた。
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