第477話 戦神襲来
【東京都千代田区 首相官邸】
最後の刺客の首が、飛んだ。
竜太郎は周囲を見下ろす。
転がっているのは何体もの妖怪。皆死んでいる。竜太郎が殺した。手にした青銅の剣で。
パニックになっている報道陣やスタッフ、警備の者たちへ叫ぶ。
「速やかに避難を」
警備スタッフがようやく己の役目を思い出したか、避難誘導を始めた。首相はもう避難している。きっと大丈夫だろう。鴇先や岸田たちもついている。
「ファントマ。無事かい」
「当然さ」
この数か月、助手を務めてくれている男装の少女へ顔を向ける。彼女も傷だらけだった。妖怪とまともに戦ったのだ。拳銃は使わなかったのだろう。彼女のものは威力が高すぎる。代わりにステッキを使っていた。ファントマへも竜太郎は暇さえあれば訓練を施している。雛子に匹敵する逸材だ。恐らく数年で竜太郎を超えるだろう。
「無事ならいい。それで、奴らは諦めたと思うかい」
「もちろんこの程度では済まさないだろうね。けれどどんな手で来るかは……」
そこでファントマの言葉は途切れた。竜太郎とファントマのスマホが震えたからだ。
取り出すと、真理が画面いっぱいに顔を出していた。彼女は叫ぶ。
『大変です!コンピュータワールドに敵が押し寄せてます』
「そっちもか。奴ら相当慌ててるな。インフラは守れそうかい」
『何とか。今東京中の電子妖怪が防戦に回ってます。私も戦闘中です』
「了解だ。何としてでもタコツボが復活するまでは守り通してくれ。総理のメッセージを発信し続けないといけない。奴らの流すデマも潰しつつ」
『分かりました。そっちは大丈夫ですか。大騒ぎみたいですけど』
「とりあえず刺客は始末した。けれど他にもいるかもしれない。また何かあれば伝えてくれ」
『はい。―――先生。早速悪い知らせです。何か来ます』
そこで、地震が来た。竜太郎たちはバランスを崩す。いや、この揺れ方は本当に地震か?
『コンピュータワールドを経由して、東京タワーから何か実体化しました!!身長200メートル!!』
「!!」
緊張が走った。
◇
【東京都港区 東京タワー東】
瀬戸内海が大変なことになっていても、大部分の日本人は今まで通りの暮らしを満喫していた。中には今、世界中で起きていることを知らない者さえ。何しろ彼らは手元にあるスマホでアクセスしなければ遠くのことなど分かりようもない。無関心とはそういうものだ。
だから、その旅行者が気付いた最初の異変は身近なところにあった。
「なんだ?」
東京タワーを見上げた彼は怪訝な顔をした。何やら丸いものが頂上付近に見える。目の錯覚、いや光の反射か何か?
周囲では時ならぬ異変に撮影を試みる者、立ち止まる者、気にせず通り過ぎて行く者などが散見される。
そのままであれば旅行者は通り過ぎて終わっていただろう。しかしそうはならなかった。円形の物体―――コンピュータワールドから繋がる
人間大として出現した彼は空中を落下する過程で巨大化し、20メートルの巨人として着地した。凄まじい衝撃。大地が揺れる。人間たちがひっくり返る。東京タワーがたわんだ。それで終わらない。30メートル。50メートル。どんどん巨大化していく"彼"。その姿が人形をしていることくらいしか分からない。旅行者にはそんなことを気にしている余裕がなかった。何しろ旅行者がいたのはそいつの足元だったから。押しつぶされる!!
幸いなことに、そうなる前に巨大化は終わっていた。身長200メートルの超大型巨人が、出現していたのである。黄金の兜と青銅の鎧に盾。槍で武装した、古代ギリシャ彫刻のような均整の取れた巨人であったが足元から見上げても遠近感が狂っているようにしか見えない。訳が分からない。
この時、都心部にいた多くの人間たちがこの巨人を見上げていた。
巨人は、槍の石突を振り下ろす。それだけで大地に亀裂が入り、半径数百メートルの地盤が歪んだ。旅行者のいるあたりもひび割れに呑み込まれ始める。地面を這うように逃げる。悲鳴を上げながらひび割れに挟まれた女性の悲痛な声が聞こえた。嫌だ、死にたくない!!
そんな思いはあっさりと踏みにじられた。物理的に、巨人が踏み出した右足によって。
旅行者は、いともたやすく踏みつぶされた。
◇
首相官邸から飛び出した竜太郎とファントマのふたりは、南の方を見上げた。そこに聳え立つ東京タワーのすぐそばに屹立する、黄金の兜をかぶった巨大な人型の姿を。
「あれはアレスだと!?自ら来たのか……!!」
竜太郎にはその顔に見覚えがあった。かつて魔女の庭の地下、梅田ダンジョンで死闘を繰り広げた相手である。こうして
巨大なアレスは官邸へ視線を向けると笑みを浮かべた。そして言葉を発したのである。
『おお、山中竜太郎よ。偉大なる我らが好敵手よ。そこにいたか。円卓を代表してアレスが自らやって来たぞ。あなたの試みを無にするためにだ。今回は邪魔をする父上や神々もおらぬ。あなたを守護する
名指しされた竜太郎は、手に汗を握り締めた。そう。ここには
打つ手がないと思われた時だった。スマートフォンから声が聞こえたのは。
『大丈夫。私が戦います』
真理だった。
『前に私がふたりになった時を思い出してください。同じことをします』
「行けるのか」
『分かりません。けどやらないわけにはいかないでしょう。コンピュータワールドの防衛は他の味方に任せます』
「分かった。頼む。
―――アレス!!確かに僕はただの人間に過ぎない。だがお前たちに屈服することは絶対にないと知るがいい」
竜太郎のスマートフォンから真理の気配が去った。戦いに行ったのだ。こうなれば竜太郎の役目は、信じることだけだった。
東京を舞台に、巨大な力が激突しようとしていた。
◇
【コンピュータワールド】
「なあ網野ー。マジで大丈夫なん?」
心配そうな法子に、真理は苦笑した。
「まあ大丈夫とはとても思えないですけど。ちょっとくらい頭がおかしくなったってアレスをぶっ飛ばせばいいですし」
「おいおい。不味いってそれー」
真理も、法子の心配は理解できた。闇の女帝としての力には巨大化がある。最大限までやればアレスと同じ200メートルまで可能だが、もちろんコンピュータワールド限定の能力だ。本来は。
しかし電子怪獣を大幅にスケールダウンして
例えば、以前の事件の時にも分割されたもう一人の真理へと無尽蔵に流れ込んできていた、負のエネルギーのような。
今なら分かる。あれは闇の女帝の本来の能力の一部だ。網野圭子が書き上げたプログラムを器としてこの世に生まれ出てきた女帝から零れ落ちてしまった力の一部。あそこまで含めてが"闇の女帝"とでも言うべき存在なのだろう。圭子が書いたプログラムは強力だったが、それですら真理の受け皿としては不十分だった。圭子の想いとプログラムの二つを核として結晶した今の真理にとっては外付けのハードディスクみたいなものでもあるが。
多分、本来ならば何十年もかけて飼いならしていかねばならない力だ。だが今は使うしかない。そして、幸いなことに暴走しかけたら止める方法はある。
「だから先輩。ヤバそうだったら止めてください。先輩ならあのパワーのスイッチ切れるはずですから」
「えー。マジかー」
「頼みますよ」
そして二人の意思を宿す一つの体は、物質世界に実体化した。
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