第478話 東京タワー前の戦い

【東京都港区 東京プリンスホテル屋上】


「そこまでよ!!狼藉はやめてもらえるかしら、アレス神」

眼鏡をかけた人間の姿のまま、真理は叫んだ。

空は青く澄みわたっている。風は心地よい。瀬戸内海で明石の大ダコが暴れ回っているとはとても思えなかった。ホテルの屋上から見える東京の街並みはごちゃごちゃしていてひとが一杯だ。電子機器の数でわかる。ここにも、人間たちの生活がある。神戸と同じように。

だから、それを破壊しようとする円卓を許すわけにはいかない。例え不利な物質世界リアルワールドでの戦いだとしてもだ。

果たして、周囲のスピーカーまで用いた精一杯の叫びは相手に届きはしたようだった。東京タワーの横に立つ200メートルの巨人のなんと大きいことか。怪獣映画のモンスターよりデカい。それですらネフィリムやヤマタノオロチよりはずっと小さいにしても。白塗りにして飾っておけば自由の女神みたいな感じに置いとけるだろう。ギリシャの神だし。まあどこに設置するかという問題はあるか。

こちらを向いたアレス神は、まるで人間同様に口を開いた。遠近感と目の錯覚でえらいことになっている。

『ふむ。私を呼び止めようとはよほど命が惜しくないと見える』

「その逆ね。命が惜しいからあなたを止めるの。殺してでもね。けれど今悔い改めて降伏する、というなら命までは取らない。さあ。どうする?」

若干くぐもったような声のアレスに対して、真理は堂々と返す。そこに恐れは一片も存在していなかった。

『くっくっく……ふざけた小娘であるな。私をそのなりで止められると』

「もちろんこのなりじゃ無理ね。けれど手段を選ばないのであれば、あなたを止めることはできる。殺すことも」

『ほう……できるというならばやって見せるがいい。生き残れるものならな!!』

アレスは、槍を振るった。200メートルの身長に見合ったそれを。

それだけで、都市の一区画が消えてなくなるだろう。それほどの破壊の力を、真理は跳躍して躱した。足元にエフェクトを発生させて。切り飛ばされたホテル屋上の構造物が飛び散り、衝撃波が走る。だが大したことはない。これから真理が起こすことと比較すれば。

真理は、己が持つ全ての資源リソースを呼び出した。そう。ここへやってくる前にリンクしておいた、東京中の電子機器から得られるパワーのすべてをその身に集めたのである。周囲のスマホやタブレット、モニターから流れ出るデータの奔流という形で出現したそれは、全方位から真理へと流れ込んでくる。凄まじいパワー。真理の内側から発光が始まり、では隠し切れなくなった。その全身に浮かび上がる幾何学的な電子回路の文様と、背後に広がる後光ハイロゥは見るものすべてを威圧する。高密度で複雑な物体が真理自身を核として自己組織化を開始。それらがデータで構築され、肉付けされ、たちまちのうちに実体化していく。

そうして着地したのは、巨人であった。影のような全身にはプログラムコードが浮かび上がり、仮面とプロテクターで身を守っている。羽織っているのはマント。アレスに伍する200メートルの巨体。女の巨人であった。

彼女は、アレス神が返す刀で振り回した槍を。精妙な足さばきで体重移動する。わずかな路面の損壊だけで被害を局限する。

『―――!?』

驚愕の表情を浮かべるアレス神に対し、女の巨人は

超絶的な技量から放たれる八極拳の一撃は、アレスの巨体を100メートルも後退させるに至ったのである。

『ぬおおおおおお!?』

バランスを著しく崩したアレス神であったが、槍を地面に突き立てて転倒を阻止する。そこへ劈掛掌ひかしょうの掌は、盾ごとアレス神を押し込んだ。

『―――おのれえ!』

反撃の槍を大きくバックステップで躱した女の巨人は油断なく身構える。対するアレス神も態勢を整え、防御の構え。

『くっ……貴様、何者だ!ただ者ではないな!!』

アレスに誰何された真理。その変じた姿である巨人は高らかに答えた。マントを手に取り、槍へと変じさせながら。

あたしの名は闇の女帝。山中竜太郎の生徒のひとりよ。さあ。ここを通りたければあたしを倒してみるがいいわ』

2本の槍が、互いに突きつけられた。


  ◇


『ぐぬぅ……!』

アレス神は歯軋りした。まさかまだ、山中竜太郎がこれほどの切り札を隠し持っていたとは。200メートルに巨大化する妖力に加え、アレスと互角以上に渡り合う技量。ただ者ではない。

しかしアレスに撤退の二文字はない。敵も相当に追い詰められているはず。それに今山中竜太郎の首を取っておかねば、次はいつ機会が訪れるか分かったものではない。何としてでもここで決着をつける必要があった。

だからアレスは。100倍の身長、100万倍の質量で突撃したのである。槍が激突する。鍔迫り合いに持ち込む。盾。足技。次々と技を繰り出すのが。やはりこの女相当な達人。強い!

墓地を踏みつぶし、公園を更地とし、夏休みでほとんど空っぽの学校の校庭にクレーターを残しながら戦いは進む。一進一退の攻防とも見えたが質量はわずかにアレスの方が上。それが幸いしたか、闇の女帝を名乗る女は徐々に後退していった。とはいえ油断はできぬ。牽制の一撃を放つ。

あっさりと躱されるかと思えた槍は、真正面から受け止められた。

『―――!?』

予想外。そのまま物凄い力で闇の女帝は押し返してくる。何故だ?

そこで気が付いた。あれ以上下がれば、闇の女帝は建物を踏みつぶしていたと。公園や墓地、寺院があるあたりを、両者の戦いはすでにはみ出そうとしていたのである。

こやつは人間たちを庇っているのだ!!

そうと気付けばしめたものだった。アレスも力を込める。押し込む。

『ははははは!!闇の女帝よ!!人間たちを案じて死ぬか!!』

『さすがはアレス神。神話に違わぬ野蛮人ね』

『何とでも言うがいい。さあ。どうする!?』

『やれやれ。それほど見たいなら見せてあげるわ。あたしに一体何ができるのかということを!』

闇の女帝の内側から凄まじいエネルギーが膨れ上がる。それは周囲一帯の電子機器にアクセスすると、片っ端からコンピュータワールドへのゲートを開いたのである。何十、何百という人間が、スマートフォンやパソコン、電話といった機器の中に吸い込まれ、どこかへ転送されていく!!

そうやって空っぽになった建物を、闇の女帝は惜しげもなく踏みつぶして後退。アレスの押し込みをやり過ごすと、強烈な反撃の突きを繰り出した。

『くっ―――!?』

再び距離が開く両者。

闇の女帝が小ばかにしたように告げる。

『で?町の人間を人質にとって勝てると思った?浅はかな戦神だこと』

『ぬぅ……ようやくあなたの正体が分かったぞ。あなたは近年新たに産まれた神なのだな。それも人間たちの想いがインターネットを拠り所として集積した電子の世界の神。いわば電脳神なのだな!!』

『そうなのかしら?そんなこと今まで興味もなかったから。それに、そんなことが分かったからと言ってあたしを倒せると思って?』

『くっくっく……あなたの実力は認めよう。その自信に見合うだけのものだ。されどあなたも神とはいえ、電子妖怪でもあるのだろう。いや、電子妖怪たちの神、か。故にそのパワーソースはコンピュータワールドのはず。違うか』

『だったらどうだって言うの?』

『はははは!コンピュータワールドは今も我らの攻撃を受けていることはそちらの方が把握していよう。だから私は命じる。円卓の電子妖怪たちよ。この女の力の行使を阻害せよ!!』

『!!』

物質世界リアルワールドの裏側から、無数の軍勢が押し寄せ始めた。

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