第472話 大橋にて
【兵庫県神戸市垂水区 明石海峡大橋】
世界の終わりのような光景だった。
広大な本土と細長い淡路島、そしてその向こう側に広がる四国。いずれも100メートルの大津波に呑まれ、繁栄していた人類の痕跡は見る影もない。ただ一つ、明石海峡大橋を除いては。この、十数年前まで世界最大だった橋の大きさは途方もないものだ。端から端を見ると蜃気楼のように揺らいで見える。海面から橋の下まで40メートルの高さがあり、橋の主塔の海面からの高さは298メートルにも及ぶのだ。明石の大ダコが発した衝撃波と津波で洗い流されてもまだ、橋は落ちてはいなかった。
その、主塔にあるメンテナンス用のドアが開いた。中から現れたのは東慎一である。彼の肩にはゴンザ。静流が後に続き、四季、最後に火伏が現れてドアを閉じる。
「こいつは……」
風や波の飛沫は、状況から鑑みれば驚くほどに穏やかだ。せいぜい風速40メートルの台風くらいである。遥か東、大阪にいる悪天候の魔女にも話は行っている。その加護のおかげだろう。
皆が、大阪側を見た。暴風雨の向こう側に、途方もなく巨大な存在が蠢いているのが分かる。明石の大ダコだ。そのバカバカしすぎるほどの巨体が動くことで、この大災害が引き起こされているのだった。
「それでどうだ。この状況で儀式はできるか」
東慎一の怒鳴り声に、四季が答えた。
「無理。これじゃいくら何でも状況が悪すぎるわ」
「やっぱり計画通りにやるしかないんか」
今度は静流。そもそもこのメンバーが揃っているのは静流と火伏がビルの救援に行き、崩壊したビルから撤退した自衛隊を追跡したことによる。神戸北署に着いた時には戦いはもう終わっていたのだ。そこで雪と合流し、東慎一を介してトリニティの協力を仰ぎ、ゴンザを介して竜太郎と通信し、四季を連れてきて現在に至る。雪は秘密基地に残して来た。疲弊しきっていたし、過去の例から敵の攻撃を受ける危険があるため、防衛役も必要だ。
「どうやらそのようだ。俺とトリニティの力で暴風と津波を防ぐ。お前たちは妨害が入りそうだったら防げ」
「了解や」「ああ」
計画はシンプルだ。東慎一が暴風雨と津波から四季を守る。四季はその間にタコツボを復活させる。静流と火伏は手一杯の東慎一に代わって敵に備える。タコツボが復活したら、東慎一が明石の大ダコをタコツボに吸い込み陸まで持っていく。伝承によれば(奇稲田姫らの証言でも)陸に上がった大ダコは人間でも倒せるほどに弱体化するから、後はどうとでもなる。
東慎一がベルトを装着した。強烈なフィールドが発生し、メタルヒーローへの変身が完了する。ゴンザがベルトの中に吸い込まれるように消えて行った。彼がトリニティとの通信を維持する。次に取り出されたのはバリアーの絵が描かれた
その場に残された三人の目の前で、巨大な腕が真上に伸びあがった。馬鹿げたサイズの、機械で身を鎧ったダークブルーの巨人である。身長は100メートルはあるだろう。
「ひええ……」
呆然としているのは静流だけではない。四季や火伏もだ。これほどの力を持つとは。味方ならば心強い。
東慎一の最強形態にしてシグマ=トリニティの物質世界で活動するための姿、トリニティ=ダークEXであった。
彼の前面に巨大なカード型のパワーフィールドが出現する。東慎一自身に匹敵するサイズのバリアーだ。それはまるでトランプのカードの束のように横へ一気に広がり、そして上にも伸びた。海底から上方まで数キロメートルをカバーする、光り輝く防御圏が完成したのである。暴風や高波が、一気に消失した。
「すっげえ……」「まったくだ」「ほんとうにね」
それぞれ静流、火伏、四季の感想である。あまりに凄すぎてみんな似たような感想になっている。
トリニティ=ダークがこちらを振り返り、頷いた。四季が代表して頷き返す。
巨大な手が、再び
作戦開始だった。
◇
【大阪府大阪市 梅田】
「何あれ……」
加山は、呆然とその光景を見上げた。
昨日の地震から世界は変わった。梅田の中心には巨大な樹が出現し、つい先ほどには向こうから巨大なタコがやって来る光景が見えるようになった。大阪府にも避難命令が出た。全域にだ。和歌山も。あの怪物が理由なのだろうということは分かった。昨夜から一部の人は移動を始め、今朝になって泡を喰って多くの人が大移動を開始したのである。地震も大阪にはほとんど被害を与えなかったから甘く見ていたに違いない。加山や友人の天里は違ったが。問題は、加山は親を説き伏せるのに失敗したこと。夜は危ないから朝になってから動こうとか言い出したのだ。おかげで交通機関が麻痺し、逃げる人波に巻き込まれて身動きが取れなくなり、そしてはぐれた。電話をかけてもとぎれとぎれだ。とりあえず最後についた連絡で、バラバラに逃げろとなった。この状況ではやむを得ない。友人の天里は今はもう連絡がつかないが、昨夜には家族と一緒に大阪を出たらしい。聞き分けのいい親を持つとは運のいい奴め。
だから、加山は梅田の中心を目指していた。あの不可思議な力を持つ魔女に頼ろうと。何とかしてビルの下のエレベータを見つけ出し、中に入るつもりなのだった。
そんな考えも甘かったと言わざるを得なかったが。人間がごった返し、地下街はまともに移動できる状態ではない。何とか逃げ出そうとして。
誰もいない、薄暗い地下街にたどり着いたことに気が付く。またか!!
二回目なので若干冷静さを保つ。ここは何なのか魔女に聞いたから今は知っている。なんでも梅田ダンジョンと言って、人間たちが迷いまくったことで抱いた想いが実体化した場所らしい。何じゃそらという感じだ。なんでも狸妖怪が住んでいて人間を助けてくれるらしい。バリボリと喰ってしまう悪い妖怪もいるらしいが。なんてこった。
仕方がないので奥へ進む。歩く。上がったり下がったりを繰り返す。やがて。
前方で、提灯が光っているのが見えた。あれか?
駆けて行くと、狸が歩いてる。二足歩行で。着物も着ている。灯りはふよふよ浮かぶ提灯だ。誰も持っていない。何にせよ狸だ。助かった。
「おやまあ。これはかわいらしいお嬢さんじゃのう」
「あー。あなた、地下に住んでる妖怪?外に連れてってくれるひと?」
「そうじゃぞ」
「よかったー。魔女さんに聞いてたやつだ。助かった」
事情を説明する。親とはぐれたこと。大阪を脱出しなければならないこと。魔女と知り合いなことなどを。
狸はふんふんと聞いていた。
「そうだ。狸さんも一緒に大阪から逃げよ。ここにいたらタコにやられちゃう」
「そうじゃのう。そうしたいところなんじゃがのう。逃げると言ったってどこへ逃げる?」
「え?」
ぽかんとする。相手が何を言っているか分からなかったから。
「魔女様が負ければ日本はお終いじゃよ。逃げ場はどこにもない」
「どういうこと……?」
狸は、悲しそうに首を振った。
「魔女様のところには今、日本中から神々が集まっておる。あの、明石の大ダコを退治するためにの。日本の総力を上げた戦いじゃよ。じゃから、魔女様が負けた時に日本は終わる。大ダコを止められるものはいなくなる」
「そんな……じゃあ。私はどうしたら……」
「ふむ。今日のところはうちに来るかの。上にいるよりは安全じゃぞ。津波にも耐えられる。梅田ダンジョンの結界の力で水が入ってこないからの」
「うん……」
加山は頷く。
こうして、一人の小学生がダンジョンの住居へといざなわれていった。
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