第474話 偽りの神々

【アメリカ合衆国ワシントン州 ホワイトハウス】


「そうか。始まったか……」

執務机で、合衆国大統領はそれだけを呟いた。

とうとう国内でもギガントマキアが始まった。西海岸。ニューヨーク沖でこちらの妖怪が破滅の怪物との交戦を開始した。ほとんど間を置かず、ハワイでも巨大な怪物相手の交戦が始まったそうだ。黙示録の怪物"ザ・ビースト"。七つの頭部を持つそいつは恐らく七体に分裂して出現するだろうというレポートが上がっていた。事前に入手したニューヨークの情報だ。間違いない。アメリカを包囲するようにキロメートルサイズの怪物が七体現れる。それと呼応し、円卓の黙示録派の天使たちが国内のキリスト教原理主義者や過激派にこう叫ぶ。「武器を取れ!!終末の時は来た!!」すでに暴動が始まり、内戦となりつつあるのだ。ラスベガスには途轍もなく巨大な移動する流砂が襲い掛かり、デトロイトは真夏だというのに猛吹雪に包み込まれたという。これも円卓の仕業に違いない。

ロシアでは上層部が狂ったことを言い始めている。あちらのトップは恐らく天使に取り込まれたろう。何しろ巨神戦争ギガントマキアについては情報の共有が図られているというのに、かの国の指導者は自らを預言者と言い始めている。

中東のアラブ諸国でも天使の扇動で軍事活動が活発化している。ただでさえ第五次中東戦争を、イスラエルが始めてしまったというのに。

打てるだけの手は打ったが、十分だったとは言い難い。それでもやれるだけのことはやったつもりだ。

機械神デウスエクスマキナ計画も、そのひとつだった。アメリカ合衆国の軍事力が世界最高水準なのはだ。その想いを利用し、神降ろしの秘儀を用いて旧式大型兵器の妖怪化を図った。国内に存在する、核兵器運用が可能な古い戦闘艦を12隻ピックアップした。中には元からすでに妖怪化していた"ニュージャージー"のような例(事前調査で判明した)もあったが。無尽蔵に核砲弾を撃ちまくれる超兵器の誕生だ。1000メートルを超える破滅の怪物相手ではそれでもようやく勝負の土俵に上がれるだけだが。妖怪化されたのは12隻の戦闘艦だけではない。人工衛星や、レーダーシステムなど様々なものを。神降ろしの秘儀を用いることのできる術者の調達には極めて苦労した。いや、術者を見つけ出すことそのものは簡単だったが。探し始めた時点で国内のネイティブアメリカンの中から現れたからだ。彼らは開口一番こう聞いてきた。「核兵器を上回る兵器に、いくらの値段を付けられますか?大統領閣下ミスタープレジデント」他の文化圏の妖怪たちは口を挟んでは来なかった。これは北米に住まう先住民たちと今を生きる者との権利闘争となったからだ。は困難を極めた。これでは巨神戦争ギガントマキアに勝利できたとしても、間違いなく将来の禍根となるだろう。彼らは自分たちが白人に蹂躙され絶滅の危機にある中でもそれを武器として用いなかったというのに、合衆国は自らが生き残るため、それを行使するよう命じたのだから。それでも彼らの要求を呑まないという選択肢は存在しない。南米、ブラジルの件を鑑みれば。破滅の怪物を生み出す術を持った先住民を敵に回すくらいなら、なんとしてでも味方にせねばならぬ。

「閣下。オーストラリアの対小天体砲が攻撃を受けたそうです。他、中米、南米。アフリカ大陸。シベリア。中央や南アフリカ。中東。世界中で始まりました」

「そうか」

中東は大物が―――ティアマトーがすでに倒されていたはずだが他にどんな怪物がいるというのか。考えたくもないことだが、考え、対処をするのが大統領の仕事だ。

「神よ―――」

大統領はその言葉に、おかしさを感じた。敵は神だ。何に祈ればいい?神が実在し、その神は人間と本質的に同じ種族だと知らされた現在において。

「時間です」

「分かった」

国民は不安に思っているはずだ。演説をするべく、大統領は執務室を出た。


  ◇


【サウジアラビア王国 メディナ】


夜の街は異様な緊張感に包まれていた。

人々は皆、家を飛び出し天を仰いでいる。祈りを捧げる者も大勢いた。

そうするべき対象が、宙にいたから。

天使だった。

翼を広げ、白い衣をまとい、あるいは鎧兜で武装した何人、いや何十人もの天使たちが、光輝を放っているのだ。

それだけではない。

燃え盛る車輪が、地上を睨んでいた。

その大きさは途方もない。地上の人間たちからは計り知れなかったが、もし測ることができたのであれば直径は一キロメートルにも及ぶことが分かったであろう。その中央にある一つの目が、地上を睨みつけていた。

座天使ソロネ。ガルガリンともいう。物質的に存在する天使としては最上位であり、神の戦車を運ぶ者でもあった。

そしてその隣に並ぶのは、こちらも天使。人型をした彼は、世界の端から端まで届きそうなほどに大きかった。36対備える翼の幅は十キロメートル。その身長も何キロメートルという水準に達していたのである。全身に無数の目を備えた彼こそが、メタトロン。最も力ある天使のひとりであった。

メディナの街の上空に彼らが出現してからすでに小一時間。何の動きも見せぬ超越者たちに、地上の人間たちはただただ恐れ敬い、伏せて祈り、慈悲を請うばかりである。

やがて、天使たちの主が来た。

星空が歪む。何かが浮かび上がっていく。あまりに巨大な変動に、人間たちはそれが何か最初理解できなかった。何しろそれはメタトロンより尚も大きいのだ。空間を飛び越えて、何かが実体化しようとしていたのである。

やがて、目が現れた。虚空に爛々と輝く、光る目だ。続いてぎらぎらと輝く形が浮かび上がる。それは人の形だ。神聖なる姿をした、とてつもなく巨大な、爛々とする目を持つ巨大な存在が空に降臨したのである。それと比べればメタトロンですら小さい。

"神"だった。

地上の人間たちはその事実を、悟った。自分たちは神の足元にひれ伏しているのだと。

この段階でようやく、天使たちにも動きがあった。メタトロンが腕を振り上げ、そして地上のすべての者に届かんという声を発したのである。

『人間たちよ。時は来た。武器を取れ。聖戦を―――』

天使の言葉に人々が従おうという時であった。空間が震えたのは。

人々が困惑して天を見回す。何かとてつもなく巨大なものが現れ出でようとしている。神に比肩しうる何か。そんなものが存在するはずがないというのに!!

だが、彼らの直感は正しかった。"神"と対峙するように星空が歪む。人の形が浮かび上がる。先に現れた神とは違う。控えめに。しかしその存在を明らかに主張している、不可視の"神"。

先の神が新しいデミウルゴスであるならば、こちらは古の時代より人々を見守って来た古い"主"だった。

現れたのは"主"だけではない。天使の大群が、同じようにして空間を渡って来たのである。その数は先の"神"に従う者の比ではない。巨大な座天使だけでも二十近い数がいる。

そして、メタトロンに並ぶ巨大な天使。サンダルフォンが、その名であった。

天使たちの中でもひときわ輝く大天使たちこそが天使たちの将軍であり、麗しきガブリエルもその中にいた。

老いた人間の姿を脱ぎ去り、正体を現した彼女は若々しく力強い。

彼女は、主に代わって叫んだ。

「そこまでだ!!メタトロン。これ以上の狼藉を許すわけにはいかない。1500年前の決着をつけましょう」

『来たか!ガブリエルよ!!1500年ぶりだ。今度は前回のようにはいかぬぞ。我らと円卓が勝利し、全てを得るのだ。見よ。我らが主の威容を!!』

"神"の目が輝いた。途端。虚空が燃え上がり、そして炎が引いていく。あとに残されたのは無数の天使たちであった。

今この瞬間に創造され、召喚されたのだ。その数は"主"が引き連れていた者たちに勝るとも劣らない。

『さあ。人間たちがどちらの世界を望んでいるのか、ここで証明してやろう。来るがよい、ガブリエルよ!!』

「―――愚かな。

全軍、攻撃を開始せよ!!」

二柱の神に付き従う軍勢が、メディナ上空で激突した。

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